いわてEYE
2021/12/27

“宮古の海に鮭が全然いません”

雫石川はもうサケが帰ってこないかも

サケがいない。海にも、川にも、そして店にもいない。

「そんなことは今に始まったことではない」

そう思われた方も多いだろう。その通りだ。サケの漁獲量は年々減っている。しかし今年は“半端じゃない”。記録的な不漁となった去年をも下回る大不漁なのだ。

昨年度、県内の海でとれたサケの量は1277トン。これは「記録的な不漁」だった。漁獲量がピークを記録した25年前・平成8年にとれた6万9734トンの2%にも達していないのだ。

では、今年度の漁獲量はどうか。それはまだまとまっていない。ただ、結果をうかがわせる数字は多少ある。その1つが3700万個だ。

これは県内31か所の人工孵化場で、12月上旬の時点で確保できたサケの卵の数だ。人工孵化場では川を遡ってくるサケをつかまえて卵をとり、孵化させて、稚魚にして放流している。そして帰ってきたサケをとって、また孵化させている。

その孵化場での採卵数、去年の同じ時期の数字は1億6700万個。実に今季の4.5倍なのだ。「記録的な不漁」といわれた去年でもこの数だ。今季の3700万個がいかに深刻な数字なのか、分かっていただけただろうか。

このまま不漁が続くと、今季、放流できる稚魚は全県で5000万匹程度と見込まれている。と言われても、この数字も多いのか少ないのか、ピンと来ないかもしれない。ちなみに昨シーズン放流したのは2億3000万匹あまり。かつては4億匹が放流されていたのだ。見込みどおり1億匹を割り込めば、今のように効率化が進んだ孵化場がまだ整備されていなかった昭和46年、ちょうど50年前以来のことになるのだ。

そこで孵化場の1つ、盛岡市の雫石川東部漁業協同組合の施設を訪ねてみた。盛岡市の中心部から車で20分ほどのところにある。

ここでは今季、サケ漁を9月から始めた。取材した時点で漁が始まって2か月以上が経っていた。

例年だと、この期間に1500匹から1600匹ほどのサケがとれる。ほとんどがオスで、メスはこのうち300匹ほど。さらに卵がとれる個体となると、ぐっと減って150匹から160匹だという。そのメスから合計20万匹から30万匹の稚魚が生まれる。

ところが、今季とれたメスは、取材した時点でわずかに8匹だという。1日ではない。今季通算で、だ。思わず「80匹の間違いじゃないですか」と確認したくなったほどだ。

例年1000匹以上とれていたオスも今季は30匹程度。孵化させることができた稚魚は、わずか1万6000匹にとどまっているという。実際、稚魚を入れる水槽はがら空きだった。

放流したサケが川に帰ってくるまでには4年かかるという。その4年前、組合は30万匹の稚魚を放流した。そこからの8匹なのだ。今季、雫石川でのサケ漁は、これでほぼ終わりだという。つまり、これがほぼ今季の実績となる。すると4年後は何匹が川に戻るのだろう。

組合長の落合信次郎さんが、稚魚がまばらに泳ぐ水槽を見つめながら答えてくれた。

「来年、還ってこなければ、この川にはもう十何年はサケが帰ってこないかもしれません」

宮古の海に鮭が全然いません

他の川はどうなのか。例えば河口近くは。そこで、宮古市の津軽石さけ繁殖保護組合を訪ねてみた。津軽石川は、かつて本州一のサケの漁獲量を誇ったという川だ。

川に網が仕掛けてあった。ここに例年なら、水面が盛り上がるほどのサケが入るという。特に毎年11月末に行われる「又兵衛祭り」が終わると漁獲量が一気に増えるのだそうだ。そう聞いて何やら因縁めいているなという印象を持った。というのもこの祭り、サケにまつわる神事なのだ。

江戸時代、領主が川に囲いをつけてサケを独り占めしたことに対し、大坂夏の陣で知られる豪傑・後藤又兵衛が囲いを外して、飢えに苦しんでいた村民を救ったという言い伝えが元になっている。

飢えを救うほど、とれていたサケ。しかし取材した時、結構な広さがある“囲い”の中に認めることができたサケは十数匹だった。しかも、この前日に網をあげる予定だったのが、あまりに少ないために見送っていたというのに、この数なのだ。

取材に対応してくれた組合長の山野目輝雄さんは何匹いるか数えてから肩を落とした。

「もう少し入っているかなと期待していましたが、がっかりしました。話にならない」

と。

結局、組合はこの日も網をあげるのを見送った。

その後、足を伸ばして宮古市の魚菜市場に行ってみた。
すると鮮魚店の店先に「今年は宮古の海に鮭が全然いません」という表示が出ていた。

しかし店頭には塩をまぶしたサケがたくさん積まれている。どういうことだろう。
よく見ると表示には小さな文字で「とりあえず宮城県の鮭売ります」と書き添えてあった。
坂本照彦店長に話を伺うと、地元産を入手できないため、宮城県でとれたサケを仕入れたのだそうだ。この店で宮城県産のサケを扱ったのは、これが初めてだという。

隣の県ではサケがとれているのか?そうではない。宮城も不漁に変わりはない。たまたま入手できたということのようだ。

坂本店長「宮古港には1日に10本とか20本とかしか揚がらないので、他県を頼ってどうにか仕入れている状況です。去年までは、少ない日でも何百本とか揚がっていいました。こんなに捕れないなんて初めてです」

と話す。

港町の鮮魚店ですらサケを仕入れるのに産地を選んではいられなくなっている状況なのだ。当然のことながら値段も高騰する。この店では例年の1.5倍ほどの高値になっているそうだ。こんな状況で最も影響を受けるのが消費者だ。

取材中、店を訪れた客は

「お歳暮で毎年サケを贈っているのに今年は贈られない。全然手に入らない」

そう話した。

一体、サケはどこへ行ってしまったのか。

三陸沿岸では潮の流れが変化

鮮魚店に「初めて」と言わせるほどのサケの品薄。なぜ、これほどの不漁になってしまったのか。釜石市にある岩手県水産技術センター漁業資源部の大友俊武部長に話を伺った。

大友部長は、要因は大きく2つ考えられると説明してくれた。

1つは海の水の温度だ。サケの稚魚は3月から5月くらいに川を下って海に出る。その時期の海水温が近年、近年、高めに推移しているというのだ。サケの生息に最も適した海水温は5度から13度。しかし、この温度が維持される期間が短くなってきている。自分で体温を調節できないサケは水温の変化に敏感だ。うまく期間に当たればいいが、期間を外れ、水温が上がり始めると、たちまち弱ってしまうのだ。

2つめは潮の流れ。サケの稚魚は海に下ったあと北上する。しかし三陸ではその北上する時期の潮の流れが強くなっていて、稚魚が北へ向かうことができずに、沖合や南へと流されて弱ったり、他の魚や生物に食べられたりするケースが増えているとみられている。

そして、この潮の流れは1つ目の水温にも影響しているという。親潮の南下がこのところ非常に弱いというのだ。言うまでもなく親潮は水温が低い。その冷たい水が来ないことも海域の水温の上昇に繋がっているとみられている。

では、なぜ潮の流れが変わったのか。

それは現時点では分からないという。三陸沿岸の海水温は、数十年の周期で温かい時期と冷たい時期を繰り返すことが知られているが、その周期が正確にどのくらいなのかも、原因は何なのかも、実際のところ解明されていない点が多いのだとか。

何か打開策はないのか伺ってみた。そこは水産技術センターも手をこまねいているわけではない。岩手県の沿岸より南に生息するサケをもってきて、上がった水温に適応できるサケを増やしたり、より泳ぐ力のあるサケを増やしたりできないか、研究を重ねているという。

ただ、一定の成果が出るのはまだ先、という話だった。

取材後記

今回の取材、きっかけは「盛岡の川にサケが全然来ていない」という情報提供だ。

私は今、NHK盛岡放送局で農林水産業の取材を担当している。担当記者というと、いろいろと事情に通じているように聞こえるかもしれないが全くそうではない。というのも盛岡にはこの11月に転勤してきたばかりだ。前任地は山形。生まれは宮城の石巻。同じ東北だが、岩手での勤務は初めてだ。そして漁業を担当するのも実は初めてだ。前任地では蔵王山の「樹氷」の取材などに取り組んできた。その私が岩手で最初に始めたのが今回の取材だ。

サケがとれていない。それは分かっていた。前任地・山形でもとれていなかった。しかし、岩手でもと聞いて、事の深刻さをようやく認識できた。サケといえば北海道か岩手。「南部鼻曲がり鮭」は他県の人間でも知っている。岩手のサケも山形・秋田のハタハタや北海道のニシンのように幻の魚となってしまうのか。

情報の提供を受けて、あちこち漁協を取材したり、沿岸の市場をのぞきに行ったりした。行く先々で、今季がいかに深刻な状況か話を聞かせてもらった。そして話を伺った多くの方々が「温暖化の影響」を口にした。

ただ、専門家の大友さんから話を伺うと、そう単純なことでもないようだ。確かに温暖化は要因の1つとみられている。しかし、温暖化で海水温が上がるということを裏付ける、はっきりしたデータは得られていないのだという。

一方で、今回の取材では漁業関係者から気になる話も耳にした。宮古の近海で、かつてはとれなかったサワラがとれるようになったというのだ。サワラは小型の魚を捕食する魚である。三陸の港ではサワラ以外にも、これまで東北以南でしかとれなかった魚がしばしば揚がっているという。そのこととサケの不漁との因果関係は十分、整理できていないが、ただ海では潮流、海水温、魚の生息域など複合的な変化が起きているようだ。

私たちの生活に大きな恵みを与えてくれる海。そして東日本大震災では甚大な被害をもたらした海。私のふるさとも海に面している。そこで起きている環境の変化を今後も見つめ、取材し、発信していこうと思っている。

2021年12月14日『おばんですいわて』で放送