1月16日、午前0時すぎ、日本各地の沿岸に津波注意報が発表された。そして午前3時前、岩手県沿岸では津波警報に切り替わった。前日の夜7時すぎの段階では「多少の潮位の変化があるかもしれないものの被害の心配はない」と発表されていたが…。私たちは危機感を抱き始めていた。対象地域の住民は真冬の、しかも深夜の避難は困難を極めるのではないか。夜が明けて次第に情報が伝わってくる。一定の時間で更新される県の避難者数の発表を見るたびに「避難している人たちが少ないのではないだろうか?」と感じ始めた。
岩手県では東日本大震災の発生以来、およそ11年ぶりの津波警報。
行政や住民はどう行動したのか。冬の深夜という状況下でも避難行動はうまくいったのだろうか。
私たち(入局2年目・盛岡局勤務2年目の記者&ディレクター)は津波注意報解除後に本州で最大の1.1mの津波を観測した久慈市に向かった。
出発前、記者の携帯電話には気がかりなメッセージが届いていた。
送り主は、久慈市の町内会で事務局長を務める大石純夫さん。今回の津波警報の避難指示の対象地域に入ってはいなかったが、以前、津波避難訓練など地域の防災活動に取り組む町内会の活動を取材した際にお世話になった方だ。
状況が落ち着いた頃に電話をかけてみると、いつもより力のない大石さんの声が聞こえてきた。
住民は私たちが想像していたよりも難しい避難行動に迫られたのではないか。現地に到着し、取材を始めた。
久慈湾に面し、避難指示の対象となった元木沢地区。
地区の町内会長である一沢福一さんの自宅を訪ねた。94歳の母と妻と3人で暮らしている。住んでいるのは海から700メートルほどの場所だ。
一沢さんは11年前、東日本大震災で目にした光景を鮮明に思い出したという。自宅のすぐそばまで津波が押し寄せ、逃げた高台からは津波が車や船を飲み込んでいく様子を目の当たりにした。
一方で、真冬の深夜に避難することの難しさを痛感したという。
一沢さんが避難を開始したのは津波警報に切り替わった午前3時ごろ。
当時の気温は0.9度。避難したのは自宅から800メートル離れた高台で市の指定避難場所にもなっている久慈総合運動場。
辺りは真っ暗で路面も凍結していて危なく、高齢の母親を連れて徒歩で避難するのは困難だと考え車で避難することにした一沢さん。
なんとか避難場所までたどり着いたが、そこは屋外の駐車場。当然、暖房器具などはなく、室内で暖をとる場所もない。
車内にとどまりエンジンをかけて親子3人で8時ごろまで過ごした。
なぜ、久慈総合運動場への避難を選んだのか。以前は毛布などが保管してある「元木沢地区防災センター」に避難していたが、おととし国が公表した日本海溝の巨大地震による津波の新想定で、センターに通じる道路が浸水エリアに入ったことから市の指定避難場所から除外された。
一方で、津波警報が出ているのに遠く離れた暖房器具などがそろう避難所への移動も危険だと考え一沢さんたちは自宅から一番近い高台の避難場所に向かうしか選択肢がなかったのだ。
一沢さんは、深夜の寒い時間帯に避難したくても躊躇した住民が多かったのではないかと話す。
1月に町内会長になったばかりの一沢さん。自主防災組織としても活動する町内会のリーダーとして、早期の避難行動や防寒対策の重要性を地域の住民に呼びかけたいとしている。
私たちは、避難しなかった住民にも話を聞いてまわった。
避難指示の対象地域でとりわけ海に近い場所でも、「避難しなかった」と話す人が驚くほど多かった。
その理由を尋ねると、「深夜で暗い中、路面も凍結しているのに避難所には行けない」「寒い中、高齢者を連れて避難するのは不安だった」という声もあるなかで、
実際に、多くの人が避難しなかった実態が明らかになった。岩手県沿岸にある12市町村では津波注意報の発表で相次いで避難指示を発表。県によると対象は計2万2403世帯、4万7306人にのぼった。
そのうち、実際に避難した人は最大で1984人。率にして4.2%にとどまる。
市町村別で見てみると、割合の高い順に
最も割合が高かったのは、1.1mの津波を観測した久慈市。それでも2割を切った。
残る11市町村は、1割にも満たない。
行政も危機感を募らせている。
さらに今回、避難した人の多くは車での避難を選択していた。
1月26日の知事会見。達増知事は今回の避難者数をどう受け止めたか尋ねると···
私たちが危機感を強くした理由の1つは、去年12月に国が公表した衝撃のシミュレーションがあるからだ。
日本海溝で巨大地震と津波が発生した場合の被害想定。岩手県では冬の深夜に発生し、早期の避難率が低かった場合、震災の2倍近くにあたる1万1千人の死者が出るとの想定が出された。また冬の深夜に発生した場合、津波から逃れても屋外で長時間過ごすなどして低体温症になり、命の危険にさらされるおそれがある人がおよそ1万4000人に達すると想定されている。
一方、避難する人の割合が高いと、冬の深夜でも死者は3200人まで減らすことができるとされている。
「冬の深夜」という、条件だけは一致したうえでの今回の避難行動。
専門家は冬の避難への備えを訴える。
そのうえで、改めて避難の意識を高めていく必要があると強調する。
2022年01月19日『おばんですいわて』で放送
盛岡放送局 記者
梅澤 美紀
2020年入局
震災・防災、警察取材を担当。
盛岡放送局 ディレクター
大北 啓史
2020年入局
岩手の「町おこし」に夢中。