ページの本文へ

岩手取材ノート

  1. NHK盛岡
  2. 岩手取材ノート
  3. 再生可能エネルギーか?絶滅危惧種イヌワシか?両立のジレンマ

再生可能エネルギーか?絶滅危惧種イヌワシか?両立のジレンマ

  • 2024年07月04日

二酸化炭素の排出量を減らすため、国が推進する再生可能エネルギーのひとつ、風力発電。
建設が相次ぐ中、絶滅危惧種・イヌワシの保護との両立が大きな課題となっている。
専門家は「このままでは第2のトキになる」と警鐘を鳴らす。
風力発電を強力に推し進めていた岩手県では、全国初のイヌワシ保護策を打ち出した。
脱炭素と種の保全の“ジレンマ”を追った。
(NHK盛岡放送局 アナウンサー 黒澤太朗/記者 仲沢啓)
 ※この記事は7月4日の『おばんですいわて』で放送された内容をもとにしています

“全国初”のイヌワシ生息地マップ 公開のワケ

岩手県がことし3月に公表した地図が波紋を広げている。

生息地が赤と黄色で示されている。

絶滅危惧種・イヌワシの詳細な生息地を示していて、公開は全国初だ。
1km四方で細かく色分けされ、赤色のレッドゾーンは、繁殖地や餌場として使われている“特に重要な生息地”だ。希少な生き物の生息地は、生態への影響を配慮して非公開が常。
岩手県が公開に踏み切ったわけは、このままではイヌワシが絶滅しかねないという強い危機感があるからだ。

東北の「空の王者」 絶滅の危機
 

大空を優雅に飛ぶ、イヌワシ。ヘビやノウサギを餌とし、食物連鎖の頂点にいる、「空の王者」。
その勇ましさに魅了され、ファンも多い。

特に東北地方はなじみが深く、プロ野球・楽天のチーム名「ゴールデンイーグルス」の由来にもなっている。象徴的な存在だ。
一方、イヌワシは環境省が定める絶滅危惧種。
国内では、わずか500羽しかいない。餌場となる開けた草原が減少したことなどから、その数は減り続けている。
岩手県は、そのうち25つがいが確認されている、日本有数の生息地だ。
そんな中、新たな問題が浮上している。風力発電所の建設だ。

近年、絶滅が危ぶまれる希少な鳥が、風車の羽に衝突して死ぬ事故が相次いでいる。
ことし4月も、北海道・幌延町の陸上風力発電所で絶滅危惧種のオジロワシやオオワシなどが、ことし3月までの10か月間であわせて3羽、風車に衝突して死んでいたことが分かった。
環境省によると、北海道ではおととしまでの18年間で、風力発電所の風車にオジロワシとオオワシが衝突する事故が73件発生。2008年には、岩手県内でも、イヌワシが風力発電所の風車に衝突して死んでいる。
対策は、喫緊の課題なのだ。

このままでは第2のトキになる

イヌワシ研究の第一人者、岩手県立大学の由井正敏名誉教授は、風力発電所の影響は、衝突にとどまらないと指摘する。

イヌワシを30年以上研究 岩手県立大学 由井正敏 名誉教授

岩手県立大学 由井正敏 名誉教授
「風力発電所が建設されると、衝突を恐れて、発電所の周囲500mはイヌワシをはじめほとんどの鳥が近づかなくなり、餌場として使えなくなる。貴重な餌場が減ることで、イヌワシが飢餓状態に陥ってしまう。このまま発電所の建設が相次げば、あっという間にイヌワシは滅んでいなくなる。このままでは、第2のトキになってしまう」

岩手県は「風力ラッシュ」

専門家がここまで危機感を強めるわけは、岩手県で風力発電所の建設ラッシュが起きているからだ。
二酸化炭素の排出量が少ない「再エネ」は、脱炭素が世界的な潮流になる中で、国も積極的に推進している。
岩手県でも、2030年までの10年間で、県内の風力発電の電力量をおよそ4倍に引き上げ、再エネの主力とする計画を打ち出し、導入を支援している。
岩手では現在、風力発電所の建設に向けて行われる環境影響調査の手続きが29件進められている。
まさに、「風力ラッシュ」だ。
 

県が公表…1km四方の生息地

しかし、ここで大きな問題が生じている。
風力発電所の予定地に、イヌワシの生息地への立地を目指しているものが増えてきたのだ。
風力発電に適した、風が安定して吹く開けた草原は、イヌワシの生息地とも重なるためだ。
岩手県は、再エネ拡大の一方、イヌワシの保護の方針も当然、掲げている。
どちらも環境を重視した政策。どちらかを無視することはできない。
岩手県で環境影響調査を担当する部署の担当者は、こう語る。
 

岩手県環境保全課 加藤研史 総括課長

岩手県環境保全課 加藤研史 総括課長
「本来、イヌワシなどの保護のために建設を避けるべきエリアに、多くの事業が計画されているということが判明した。事業の計画段階で岩手の特性やリスクについて、事業者に知ってもらう仕組みが必要だと考えた」

赤や黄色のエリアでの風力発電所の建設を避けるよう促したというわけだ。

レッドゾーンに風力発電所が5件 実態は

しかし、今回の対応はあくまで県のガイドラインの変更にとどまっている。
つまり、レッドゾーンへの建設を防ぐ強制力はないのだ。
さらに、これまで計画をすすめてきた事業者にとっては、後出しのように「レッドゾーン」を指定されたことになる。
NHKが調べたところ、5件の風力発電事業が、レッドゾーンの中で進められていることがわかった。

5件の事業予定地

取材すると、
「撤回」や「エリア外への計画変更」を考えている企業はひとつもなかった。
そのうちの1社に、話を聞くことができた。 
再生可能エネルギーの開発をおこなう愛知県の企業の髙島保夫社長。
大手電機メーカーで、再生可能エネルギー開発部門の責任者を担っていたこともある。

髙島保夫 社長

盛岡市中心部から車で45分ほどの中山間地で3年前から計画を進めてきた。
距離およそ3kmに渡って11基の風車を建てる計画だ。
過疎化が深刻な地域で、「風力発電所の建設で、雇用が生まれるのではないか」など、経済効果に期待する地元の声も聞かれた。
しかし、その予定地がすべて、「レッドゾーン」に指定されたのだ。髙島社長は、「寝耳に水だった」と話す。
そんな髙島社長も、計画を続ける考えだ。ただし、イヌワシ保護の対策は徹底するという。
 

イヌワシをみずから調査 レッドゾーンで負担増も

この事業は、「予定地がイヌワシの餌場と重なっていないか」を慎重に調べるため、「ひと月ごとに3日間、15人の目で点検することを2年間」実施するよう、県から求められた。
しかし、より丁寧に確認するため、監視する人数を25人に増やした。
さらに、草原に監視カメラ3台を設置して、常時観察することにした。
 

すべて髙島社長の自発的な調査だ。
新たな設備はもちろん、調査に時間もかかり、費用負担は当初より2億円余り増えるという。
 

髙島保夫 社長
「これだけの負担増は、風力発電事業をやっていく上では経済的に難しい問題はある。イヌワシが餌を実際にとっているかをしっかり確認し、イヌワシの保護にもデータをいかしていきたい。我々ができる範囲で対策を講じれば、イヌワシと風力発電所は共存できると思っている」

岩手県のイヌワシ生息地の公表は、事業者から「岩手は再エネに後ろ向きに見え、風力を新たにやるなら他の自治体で、と考えざるを得ない」という声も聞かれた。
「再エネ拡大」も「イヌワシ保護」も、どちらも環境に配慮したものだが、この両立には大きなジレンマがある。
国を挙げた議論が求められている。

  • 黒澤太朗

    NHK盛岡放送局 アナウンサー

    黒澤太朗

    2022年入局。仙台局を経て、2023年から盛岡局。
    震災と原発事故をきっかけにエネルギー問題に関心を持つ。

  • 仲沢啓

    NHK盛岡放送局 記者

    仲沢啓

    2011年入局。福島局→福岡局→経済部を経て盛岡局。
    福島局では原発事故を取材し、経済部では経済産業省担当としてエネルギー政策などを取材。

ページトップに戻る