ページの本文へ

岩手取材ノート

  1. NHK盛岡
  2. 岩手取材ノート
  3. “あの日 何もできなかったから” 氣志團 綾小路 翔さん

“あの日 何もできなかったから” 氣志團 綾小路 翔さん

岩手への思い、自分たちにできること
  • 2024年03月26日

人気ロックバンド「氣志團」の團長でボーカルの綾小路 翔さん。千葉県出身ですが、両親は岩手県遠野市の出身で、ルーツである岩手に思いを寄せ続けてきました。
東日本大震災後は継続的に被災地に支援活動を行うなど「岩手の皆さんに恩返しがしたい」と語る綾小路さんの思いとは。
(NHK盛岡放送局 キャスター 中條奈菜花)

生粋の岩手の血が流れている

氣志團は、2002年に「One Night Carnival」でメジャーデビュー。ヤンキーとロックを組み合わせた“ヤンクロック”で日本の音楽シーンをけん引し、近年では千葉県で大型野外音楽フェス「氣志團万博」を主催しています。
そんな氣志團の團長でボーカルの綾小路 翔さん。生まれは千葉県君津市ですが、両親は岩手県遠野市の出身。親族はいまも遠野市や釜石市にいて、みずから生粋の“岩手人”の血が流れていると話します。
物心つかない頃から小学6年生まで、夏休みは遠野で過ごしていたほか、遠野の祖母の家に住んでいた時期もありました。故郷を愛する両親のもとで育ち、岩手の人が話す方言やなまりは耳なじみよく感じるそうです。遠野のいいところを聞きました。

とにかく郷土愛が強いところがいいなと思います。遠野はずっとみんなのふるさとのような場所で。父は数年前に亡くなりましたが、最期まで関東で暮らしながらもなまり続けていて、本当に遠野が好きな父でした。父にいちばん多く言われたのは、「おだづなよ」(意味:調子に乗るなよ)という言葉。いつも調子乗りだったので、言われ続けていましたね。
両親たちが故郷を愛し続けているので、憧れのようなものがあるのかもしれません。僕らも地元のことを愛して盛り上げたいと思うのは、その影響なのかなと思います。

氣志團のメンバーと一緒に、何度も訪れているという遠野市。
祖母がいる実家にメンバー全員で泊まったり、あのカッパが住んでいると言われる「カッパ淵」に遊びに行ったり、思い出深い場所です。
コンサートやファンクラブの企画で遠野を訪れることもあり、その度にまちの人たちが応援してくれるので、いつもありがたくてうれしいと話します。

遠野にて
遠野の祖母・メンバーと共に

東日本大震災

その岩手県をはじめ、各地に甚大な被害をもたらした2011年の東日本大震災。
綾小路さんはあの日、揺れの届かない海外にいました。

2011年3月11日という日。僕は中国の上海にいたんです。しかも3月11日の午前中に日本を発ち、中国のホテルでテレビをつけたら日本のニュースが流れていて津波を見ました。
日本で大変なことが起きて、実家や事務所やスタッフに電話しても繋がらなくて。唯一Twitter(現在のX)だけが動いていたので、そこで情報を得ました。
いまだに得体の知れない後ろめたさがあります。僕は知らないんですよ。みんなが体感した揺れとか、その時の恐怖や不安感を直接的には知らない。それはふとした時に今でも思い出して、申し訳なさを感じてしまうのは間違いないですね。

震災直後の被災地

帰国した当初は、被災地へ支援物資や募金の協力などしていましたが、「何かしたい」と思いながらもできることは少なく、無力さを感じていたそうです。

自分たちができること

被災地は過酷な状況が続いている中、自分たちができることとは何だろう。
考えたすえにたどり着いたのは、多くの人に笑顔になってもらえるような音楽を届けることでした。

震災3か月後に宮古市で行われたチャリティーライブ(撮影 菊池茂夫)

僕らって演奏したり歌ったりすることでしか皆さんに貢献できることがないので、ちっぽけなんですけれど、できることから精一杯やっていこうと決心しました。

初めて被災地を訪れたのは震災の3か月後。
仲間のアーティストとともに岩手県宮古市でチャリテイーライブを行いました。

身近な人が亡くなられている人や家がなくなってしまった人もいる中で、前を向く東北の人のたくましさに触れました。もちろん悲しいしつらいけれど、生きていかないといけないから、と話してくれました。

震災3か月後に宮古市で行われたチャリティーライブ(撮影 菊池茂夫)

その翌月には仙台へ。
楽曲が応援歌となっているサッカーJリーグ「ベガルタ仙台」の試合でハーフタイムショーにかけつけて、エールを送りました。
後に東北6県のライブハウスを回るツアーも行い、音楽で東北を励まし続けました。
ライブの時は、被災地への募金を呼びかけたほか、綾小路さんの自費で作った缶バッジやタオルを販売し、売り上げを被災地に寄付するなどしたそうです。

実際、音楽が世界を変えるとか地球を救えるかと言ったら分からないです。だけど、僕たちが発信することでみんなが新しい考えを持ってくれることが音楽の最大のパワーだと思っているので、何かのきっかけづくりになれれば、これ以上幸せなことはないと思っています。

“他人事じゃない”

東日本大震災から13年。この13年の間にも各地で自然災害が起きて「日本全体が満身創痍のようなところがある」と語る綾小路さん。
2019年9月に自身の地元、千葉県を襲った台風15号被害の際には、被害が続く中での野外音楽フェス「氣志團万博」の開催に悩みながらも、明日を生きる活力になればと決行。
集まった募金を被災地に寄付しました。
ことし1月に起きた能登半島地震では、現地に物資を送ったり募金を集めたりするなど、いち早く支援を始めました。
これからも多くの人と声をかけ合い、つながり続けたいという思いがあります。

震災によって、全国どこでも“何が起きても他人事じゃない”という感覚に日本人みんなが変わっていったと思うんですね。東北の人たちは奥ゆかしい人が多く、プライド高い人も多いですから、いつまでそんなに人に頼っていられないみたいな気持ちがあるかもしれないけれど、全然気にせずに言ってほしいと思うし、お互いに「どうよ?」って日本全体がもっと声かけ合う雰囲気でいられたらいいと。そういうことが震災を風化させないことにもつながっていくんじゃないかと思っているんです。

“オラ、実は岩手人!これからもヨロスグな!”

画像は、綾小路さんが岩手の人へ向けて書いたメッセージです。

そこには
「オッス、オラ、実は岩手人!これからもヨロスグな!」ということばが書かれていました。

僕は自分は岩手人なんだと感じることが不思議なくらいあるんですよ。例えば料理の味付けだったり、方言の心地よさだったり。だから岩手は確実に僕のルーツなんです。
僕は岩手の人や文化に救われて生きてきたので、岩手に何か恩返ししたいし、一緒に地域を盛り上げたいと思いますし、震災のことも風化させずに頑張っていきたいです。
今後、遠野でのイベントや東北六県を回るコンサートを実現したいと思っています。

  • 中條奈菜花

    NHK盛岡 キャスター

    中條奈菜花

    岩手県滝沢市出身
    「おばんですいわて」担当
    氣志團応援して早20年

ページトップに戻る