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震災を直接知らない子どもの心にも影響が・・・

  • 2024年04月05日

東日本大震災の発生から13年。これまで地震や津波を経験した人への支援に隠れて見落とされがちだったのが、震災後に生まれた子どもとその親の心のケアです。被災3県の児童精神科の医師が震災後から続けてきた調査で見えてきた影響と、今後、求められる支援などについて取材しました。(NHK盛岡放送局 記者 渡邊貴大)

災害後の混乱期に生まれた命は

東日本大震災発生時、未曾有の被害に見舞われた沿岸部には多くの出産を控えた人たちがいました。住み慣れた街が壊滅的な被害が出る中で、自分の命、さらには今後の生活の再建、そしてお腹の中の大切な命をどう守っていくのか。当時、多くの思いをめぐらしながらどのように過ごしていたのか、宮古市で2人の子どもを育てている母親に話を聞くことができました。女性は13年前のあの日、長男を妊娠中でした。

震災から5か月後に出産した女性
当時は本当に、目の前のことで精一杯という感じでした。地震の翌日から仕事もあって、自分が妊娠していることに気づいたのも震災から1か月ほどたってからだったほどです。

高台にあった宮古市内の自宅は直接の被害を免れましたが、大船渡市にあった実家や、宮古市の知人が地震と津波で被害を受けました。復興に向けた動きが徐々に始まり、まだまだ混乱も続く中、女性は地震の発生からおよそ5か月後。2011年(平成23年)8月に出産しました。宮古市から実家のあった大船渡市での里帰り出産を選択しましたが、津波で浸水被害を受けた実家の1階部分はかろうじて生活できる程度に修復されているにとどまり、もともと自分の部屋があったという2階部分で1か月ほど過ごしたということです。

震災から5か月後に出産した女性
やはり最初の子どもだから、本来であればもっとこういうふうにできたのだろうなとか、いろんなことを考えたこともありますが、街もまだがれきの山で、車がかろうじて通れるというくらいで復興には全然まだまだ追いつかない時でした。

出産後しばらくして宮古市に戻りましたが、夫の転勤に伴って被害の大きかった大船渡市や大槌町などに引っ越したということです。大槌町では、厳しい住宅事情から仮設住宅に入居して子育ても経験しました。未曾有の災害後で、震災前とは大きく異なる状況での子育て。女性は震災を直接経験していない子どもであっても、震災後の混乱が続く中で、ストレスなどで親の心が不安定な状態になっていると、子どもの心の成長にも少なからず影響が出る可能性を感じたということです。

震災から5か月後に出産した女性
子どもというのは周りのものを見たり聞いたりしながら成長するものなので、震災当時を子ども自身が経験していなくても、そういったものを見たり感じたりしながら成長していけば、やっぱり心に何かしら影響はあるんじゃないかと感じました。

初の調査行った専門家は

こうした震災後に生まれた子どもの心に注目したのが、長年、東日本大震災の被災地で子どもと、その親の心のケアに当たってきた岩手医科大学の八木淳子教授です。

八木教授は東日本大震災後、子どもに接することの多い現場の声を聞いたことがきっけけで、大規模な災害の後に生まれた子どもとその親を対象に、子どもの成長や心の発達の軌跡を調査することを決めたということです。

岩手医科大学 八木淳子教授
震災を体験していないはずなのに、例えば落ち着きがない、あるいは集団行動になじめない子どもがいる。そういった声が被災3県の保育士や先生から上がってきていたんです。震災を全然経験していないのにも関わらず、その影響が出ているというのはどういうことなのかを調べる必要があると思い調査を始めました

調査は震災発生5年後の2016年にスタートして以降、毎年行われています。岩手・宮城・福島の被災3県で合わせて200組以上の親子を調べていて、災害後に生まれた親子への影響を調べた研究としては、これまでに例のない規模だということです。

調査の結果、岩手では驚くべき結果が出ました。調査を開始した2016年に、震災当時の状況や心の状態について振り返ってもらったところ、震災直後には、被災3県の平均で35%が、岩手は実に40%以上の親が「そううつ」や「自殺を考える」など、何らかの精神不調を抱えている状態だったことが分かったのです。他の2県よりもその割合が高くなる結果になった岩手。その理由について聞くと八木教授は、もともと医療資源が豊富ではない岩手で、震災前に妊婦や親を支えていた「地域コミュニティ」が震災で分断されたためではないかと指摘します。

岩手医科大学 八木淳子教授
岩手県のような、例えば医療過疎とかあるいは専門職が極めて少ない中で親を支えてきたのが、「地域のまなざし」でしたが、震災によってその力が落ちてしまったことによって、子どもの問題が親にとって相対的に大きくなってしまうということは、岩手県のような地域だと特に起こりやすい状況にあったと考えられます。

また、震災から10年が経過した段階でも、こうした心理的トラウマを抱えている状態の親が、全体の10%ほどに上ることも最新の調査で明らかになりました。

さらに、そうした心の不調を抱えている親のもとでは、こどもの心の発達や行動にまで問題が生じやすくなるという調査結果もまとまりました。子どもの▽語いの習得速度や▽発達テストの結果に標準的な子どもよりも遅れが生じるなど、心の発達や行動の問題が起きやすくなることが示されました。さらに、親が震災で心理的なトラウマの症状を抱えている場合、次の年の調査で、その子どもに行動上の問題が表れることが多いと確認されたのです。調査では子どもの行動上の問題が、親の心理的な負担にもつながるということも示されており、様々な要素が複雑に絡み合いながら子どもと親の双方の心に影響を及ぼしていることが、データで明らかにされた初めての成果となりました。

岩手医科大学 八木淳子教授
今まで感覚的には被災した地域で言われてきたことで、親と子どもの症状が複雑に絡み合っているというのは実感としてみんな気づいていたことでした。私たちの調査で、それがはっきりと形になって表れたことになります。

八木教授は、こうした知見は東日本大震災で初めて得られたものであり、大規模な被害を受けた能登半島地震を始め、今後起こりうるすべての大規模な災害に共通して今後、重要になる視点だと指摘します。

岩手医科大学 八木淳子教授
今後起こりうる自然災害全てにおいて着目しておくべき点だと思っています。大規模な災害の後に生まれた子どもにも、最初から災害の影響があるかもしれないという視点で配慮をしていくということが大切になってきます。

適切なケアで改善確認「希望のある調査結果」

地震の後に生まれた子どもにも震災の影響が色濃く出ていることが分かった今回の調査。これまで直接被災していない世代への影響と言うことで見落とされてきたといえる影響が明らかになった調査ですが、八木教授はこの調査の真の意義は、子どもや親が適切なケアを受けることができれば、こうした状態が改善していくことが確認できたことにあると強調します。

調査の中で、希望する親や子供に対して▽個別の相談や▽保育所との情報共有、▽各地域の福祉・行政機関への紹介といったフォローを行ったところ、子どもと親ともに、心の状態や発達状況が適切に回復していったのです。こうした結果について八木教授は、適切なケアをすることができれば改善につながることが確認できた、研究において最も重要な成果となったと強調します。

岩手医科大学 八木淳子教授
親やその子どもが支援を受けられないケースへの警鐘を鳴らすことも重要ですが、支援を必要とする人たちをいち早く見つけて諦めずにサポートしていければ改善していくことが分かったということが希望になる研究にもなりました。

  • 渡邊貴大

    NHK盛岡放送局

    渡邊貴大

    平成25年入局
    東日本大震災の発生時は大学2年生で、仙台にて被災経験をしたことがきっかけで記者を志す。

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