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三陸スナック ディレクター探訪記 

スナックの扉をたたき続けて 気づいたこと
  • 2024年03月21日

スナック初心者 いざ入店!

三陸の港町は、スナックの密集地帯らしい。
岩手県沿岸の市町村であわせて170軒ほどのスナックがあります(※番組調べ)。
調べていくと、「濃い」店が多いらしい…との情報が。

東日本大震災から13年。港町のスナックを巡ると、そこでしか聞けないお話や人々の飾らない表情に出会えたりするのではないか?そして、番組で個性的なスナックをご紹介することで、三陸に行きたい・応援したいと思ってもらえる人が一人でも増えてほしい!そんな願いを込めて、三陸のスナックを巡る番組を企画することにしました。

 

旅人は照英さんと菅谷鈴夏アナウンサー

私は、スナック初心者。これまで3~4回しか行ったことがありません。
初めて三陸の店を事前取材で訪れたときは忘れられません。
扉の前に立つと緊張で汗が。店に窓はなく、外から店の様子を伺い知ることはできません。1人で入っていいものだろうか?どんな客がいるのだろうか?扉に耳を当ててみたり3分くらいウロウロして、息を止めて、えいと飛び込んでいきました。

扉を開けると…

ん?
扉の先には、廊下が続いていました。
これは夢か?およそ20mのレッドカーペットは、私を一層不安にさせました。帰ることも考えましたが、廊下の先にある扉のドアノブが笑って手招きしているようで、私はおそるおそる先の扉を開けてスナックの世界に入っていったのです。この廊下は番組でも登場しますが、私にとって忘れられない瞬間で、「先入観にとらわれるな」ということを教えてくれました。

スナックと海

取材は、ママ・マスターからスナックを始めたいきさつや、町の歴史を伺うことから始まります。
いきさつについては、「バブル景気に乗っかるように夫婦で店を出した」「親がスナックで働いていて、一緒に働くようになった」「子どもを育てるため」など、さまざまな理由がありました。
また、多くの店が栄えてきた背景には、漁師たちの存在があったようです。
昭和の時代、三陸は全国のサンマ船を始め漁業の拠点になりました。漁師が頻繁に夜の町に繰り出すので、スナックが発展してきたそうです。

 

昭和30年代の宮古港 サンマ船がずらり


ママが目を輝かせながら話すのは、昔の漁師の豪快な姿です。とれた魚をあふれんばかりに箱で抱えてきて「持って行け!」と置いていったとか、腹巻きから100万円の札束をビシッと取り出したとか、伝説は数知れず。
しかし、今の三陸の海は、漁獲量が減り、漁師も高齢化が進んでいるそう。
「あのころから比べると、静かになったねぇ…」とグラスをふいていました。

 

山田町のママから「港のにぎわい」を聞く照英さん

「スナックは家」


事前取材では、ディレクター2人でおよそ40軒を巡りましたが、三陸のスナックはなんといってもママと客との距離の近さが魅力。初対面の私に、ママが「ちゃんとごはん食べてる?」とおでんを出してくれたり、人生相談に乗ってくれて「私もいろいろあったのよ~」と経験を交えてアドバイスしてくれたりしました。なぜか落ち着ける場所なんです。客と意気投合して2次会に行ったこともしばしば。私のような怪しい人間にも声をかけてくれるのは、三陸の人々のやさしさ以外ありません。

意気投合した客とカラオケ!

この、胸をなでおろせる感覚はなんだろう?
照英さんが「スナックは家じゃん」と話していて、ハッとしました。
扉を開けるためらいは、誰かの家にお邪魔するときの緊張感に似ています。
店に入ると、店主が作り出した世界が色濃く広がっています。内装から水割りの濃さに至るまで、人柄がにじみでています。これも家と同じ。
気に入った店だと居心地がよくて安心してしまうあたたかさ。まさに家なのです。

「スナック=家」説、いかがでしょうか?
あなたにぴったりな「家」を求めて、ぜひ三陸に足を運んでいただきたいです。
 

 

三陸の夜に乾杯!
  • 馬久地杜行

    盛岡放送局 ディレクター

    馬久地杜行

    記者経験を経て2022年にディレクターとしてNHKに入局。鳴き声を聞くだけで鳥の種類がわかります。

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