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赤飯が、甘い?!

大学生の視点で釜石の魅力再発見
  • 2024年03月14日

    赤飯が、甘い?

    東京から訪れた大学生たちは耳を疑いました。でも食べてみると、あれ、意外とおいしい。これをお菓子として売り出したら・・・?

    東日本大震災、コロナ、物価高騰、そして記録的な不漁と相次いで逆風に見舞われ、地域経済の活性化が大きな課題となっている釜石。地元の人にとっては当たり前で、気づかれずにいた地域ならではの魅力を、東京の大学生の目を借りて掘り起こそうという取り組みが始まっています。
    (NHK盛岡放送局 村田理帆)

    冷え込み続く“鉄のまち”

    岩手県の沿岸南部にある、釜石市。かつては製鉄所を中心とした“鉄のまち”として栄え、60年前には10万人近くが暮らしていました。
    それが1989年に製鉄所が高炉を停止。そして東日本大震災。コロナ。サケなどの記録的な不漁。物価高騰。人手不足。そして少子高齢化と逆風が吹き続け、去年11月にはついに、人口3万人を切りました。
    釜石に限らず、岩手県の沿岸部は震災を境に地域経済が冷え込みが続いていて、ことし岩手県が行ったアンケート調査で「震災後、地域経済が回復した」と答えた人は、100を満点とした指数で25.9。震災からの復興需要が一段落した2018年から減少傾向が続いています。
    こうした実情に地域経済を支える地方銀行も活性化策を模索し始めました。

    東北銀行釜石支店 水野支店長
    「震災からの復興がある程度進み、さあこれからだというときに、コロナ禍になった。釜石のまち全体が行き詰まっているなと感じたんです。これだけ人口減少と高齢化が進む中で、銀行として何かできることはないかと考えました」

    活性化は地元の資源で

    水野支店長が目指したのはいわゆる「箱もの」の建設とか、企業誘致とかいったものではなく、もともと地域にあって価値が見いだされていなかったものを発掘し、魅力の1つとして発信しようというユニークな試みでした。そのためには地域の外にいる人の視点が必要だと考えました。

    そこで声をかけたのが日本大学芸術学部です。もともと大学の創立100周年を記念して全国各地で自治体や企業とタイアップしたまちおこしに取り組んでいました。

    水野支店長は日大芸術学部の布目幹人准教授と面識がありました。

    日大芸術学部 布目幹人准教授

    宮城県気仙沼市にある銀行の支店にいた2013年、震災で被災した水産加工会社の経営を立て直すことになった際、布目准教授のアドバイスをもらっていました。

    布目さんはアートディレクターとして広告代理店で働いていた経験を生かし、母校の日大芸術学部で教べんを執っていました。

    布目さんのアイデアで、売れないために廃盤にした魚のフレークのパッケージデザインを一新するなどした結果、評判を呼び、東京の店などでも広く取り扱われるようになりました。これを釜石でもう一度、行おうと思ったといいます。

    水野支店長
    「みなさん、いい商品を作る技術はあるんです。ただ、それを手に取ってもらう工夫ができているかというと、そこには課題がある事業者が多いですし、地元で商品を売っているだけではどうしても認知度も低いままです。そこで、広告の専門家である布目さんに相談しました。学生も巻き込むことで、釜石の交流人口の拡大にもつながるとも思いました」

    布目准教授
    「大手企業であれば、PRのための予算もかけられるけれど、なかなかそれも難しい、となったときに、まだ掘り起こされていない地域の魅力というのを、まだ世に出ていないクリエイターの卵たちである学生が掘り起こして、ちゃんとブランド化していくということは、釜石の人にとっても、学生たちにとっても、非常にいい経験になるのではと考えて今回は授業としてプロジェクトに関わることにしました」

    有名なお菓子がない

    この結果、去年7月、「釜石新ブランドプロモーションコンソーシアム」が発足しました。日本大学芸術学部と釜石の食品メーカー、紙箱のメーカー、飲食店、旅館の4社がメンバーです。学生が新商品のアイデアを出して、4社と協議しながら、各社それぞれの専門技術でバックアップするプロジェクトです。
    去年の夏休みには、布目さんの授業を履修する学生40人が釜石にやってきて、メンバー企業と打ち合わせたり、市内を歩いて新商品や地域活性化のアイデアを探しました。
     

    釜石市内の飲食店と打ち合わせ

    こうした中で、地元の人々が口をそろえて言っていたのが、
    「釜石には、おみやげになるような有名なお菓子がない」ということでした。

    学生たちは、何かお菓子として商品化できるものはないか、探りました。
    この中で、学生たちが口にして驚いたのが、甘い赤飯でした。

    デザイン学科3年 山川七海さん
    「最初、甘いの?赤飯が?という感じだったんですけど、食べてみたらどこか懐かしい味というか、全然受け入れられる味で、おいしかったです」。

    “赤飯スイーツ”誕生へ

    学生の1人が「これをひとくちサイズにしたらお菓子なる」と提案。“赤飯スイーツ”の開発が始まりました。
    一方、「赤飯は甘いのが当たり前」と思っている釜石の人たちには、赤飯に驚く学生たちの姿が新鮮に映りました。

    コンソーシアムメンバー maruwa mart 橋本亜寿香さん
    「当たり前だと思って小さいときから食べてきたんですけど東京の方とかは赤飯は甘くない、しょっぱいって聞いて逆に意外に感じました。学生たちの発想は斬新なものも多くてとても刺激になりました」。

    学生たちのアイデアをもとに橋本さんたちが製品を試作。それを夏休みが終わり東京に戻った学生たちが試食して改善点を打ち返し、また橋本さんたちが試作。
    一方、お菓子の名前やパッケージデザインは、学生たちが布目さんの助言も仰ぎながらミーティングを繰り返し、釜石側に説明。これに釜石側が意見を述べ、また学生たちがミーティングと、東京と釜石とでやりとりを何度も繰り返して味もパッケージも吟味していきました。
    この結果、味つけを本物の赤飯よりもやや甘くしました。
    決まった名前は『ちゃっこいしあわせ』。釜石の方言で「小さな幸せ」という意味です。パッケージには釜石市中心部を流れる甲子川にかかるまちのシンボル「大渡橋」と製鉄所のイラストをデザインしました。

    だんごくらいの大きさの“ひとくちサイズ”に金時豆を乗せていて、6個入りの箱を1つ600円で販売することになりました。

    デザイン学科3年 山川七海さん
    「釜石では、赤飯が日常生活の中に溶け込んでいるので、日常生活で当たり前にある小さな幸せみたいなイメージを手に取った人にも感じ取ってほしくて、こういう名前にしました」。

    評判は上々

    完成した「ちゃっこいしあわせ」は3月5日と6日の2日間、東京・銀座の岩手県のアンテナショップ「いわて銀河プラザ」で開かれた釜石物産フェアでお披露目となりました。
    釜石のまちそのものをPRする、学生たちが用意した特設ブース。そこに、『ちゃっこいしあわせ』も陳列し、学生たちが訪れた人に試食を振る舞いました。

    「甘い赤飯」というインパクトを最大限に利用しようと、「赤飯新聞」という新聞も作って訪れた客に配りました。

    釜石では日常的に甘い味つけの赤飯が食べられていること。その赤飯をお菓子に開発するまでの裏話などを記載しました。

    また会場には今回のプロジェクトに参加した別の学生たちのグループが制作した釜石のプロモーションビデオも流され、多くの人ににぎわいました。
    客の反応も上々で、生産した200箱のうち、およそ140箱がこの2日間で売れました。
     

    訪れた人

    「甘みがあとからじわっと来る感じで、初めて食べるような味でした」。

    「赤飯と聞いて食事の赤飯のイメージでいただいたら甘くてびっくり。桜餅みたいでした」。

    デザイン学科3年 山川七海さん
    「自分が作ったものがこんなにいっぱい並ぶことなんて学生の立場だとなかなか見られる光景ではないのでとても感慨深いです。これから卒業して社会人になってクリエイターとして活動する際にも今回の経験というのは絶対役立つと思います」。

    取り組みは今後も

    地元で気づかれていなかった資源を掘り起こすこうした取り組み。プロジェクトを仕掛けた東北銀行釜石支店の水野吾一支店長は、今回は実績を作ったことで一定の成果は出たと評価していました。
    一方で民間だけでの取り組みには限界もあるとして、今後は釜石市など行政を巻き込んでいきたいとしています。

     東北銀行釜石支店 水野吾一支店長
    「ようやく1つの成果物ができたかなという感じはしています。学生たちとコラボすることで釜石の交流人口も増やせますし、地域のよさを知ってもらうきっかけになったのでよかったと思っています。まだまだ小さい一歩だとは思いますが、こうしたプロジェクトを地道に続けていって、釜石の魅力を全国にPRしていければと思います」。

    東日本大震災から13年。地域経済の活性化が課題となり「復興の実感がわかない」といった声も多い中、気づかずにいた地元の魅力を見つめ直す営みが始まっています。

      • 村田理帆

        NHK盛岡放送局 記者

        村田理帆


        沖縄局、釜石支局を経て、2023年9月から盛岡放送局。経済担当。

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