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大船渡高野球部投手4人 旅立ちの時

故郷・岩手を離れ新たな道へ
  • 2024年03月29日

    厳しい勝負の高校野球の世界。それでも10代の高校生だなと感じる瞬間があります。取材でお邪魔した際、ふとした瞬間に見せる和気あいあいとした雰囲気だったり、ジョークを言った選手に他の選手が突っ込んだり。ああいいな、高校野球ならではの青春だなと思える至福の時間。私が本格的なスポーツ取材を始めるきっかけともなった高校野球。ともに全力でプレーし涙し、そして旅立ちの時を迎えた大船渡高校野球部の4投手の燃えた夏、悩んだ秋、試練の冬。そして別れの春です。
    4投手が左から佐々木怜希・熊谷滉太・上野樹・山本健世の順で並んでインタビューに応じてくれたのは去年6月。夏の高校野球岩手大会を控えた初夏のことでした。              

    始まりはー初夏ー

    夏の高校野球岩手大会を勝ち抜き甲子園を目指していた大船渡高校の4投手。エースナンバーをつける佐々木怜希投手と山本健世投手は小学生のころからずっと一緒。中学校で上野樹投手、高校で熊谷滉太投手が加わり、4人がそろいました。

    左から:佐々木投手・熊谷投手・上野投手・山本投手

    仲がいいのだなとすぐにわかる雰囲気で練習する4人ですが、実は4人全員がピッチャーになったのは1年足らず。エースナンバーを背負う佐々木投手がチーム事情などもありショートからピッチャーに転向したのは2年生の秋のこと。4人でお互いを支えながら切磋琢磨してきました。

    投球フォームを確認する佐々木投手と新沼悠太監督

    山本:(佐々木)怜希と(上野)樹はオーバースローでいい球を投げるし、(熊谷)滉太はしっかり緩急をつけられて、多種多様ないいピッチャーです。

    上野:4人とも強みというかタイプが違うからこそ吸収できることもあるので、とてもいい雰囲気で練習できています。

    熊谷:それぞれがしっかり打って、投げるときは自分の役割を果たしてお互い信頼しあっています。

    佐々木:ピッチャーに転向したばかりの時は変化球の握り方を教えてもらったり、アドバイスをもらったりしました。みんながエースということで仲良く練習しています。

    “盛夏”に聖地を目指して・・・

    大船渡高校が最後に夏の甲子園に出場したのは1984年、今から40年前のことです。2019年夏にはプロ野球・ロッテのエース、佐々木朗希投手を擁して決勝まで進みましたが、甲子園にはあと1歩届きませんでした。「憧れの聖地へ」4人で戦う最後の夏が2023年7月7日に開幕しました。

    春の岩手県大会でベスト8入りしていた大船渡はシード校として2回戦からの登場。2回戦を7対0で7回コールド勝ちし、3回戦に進み、準々決勝進出をかけて2022年の夏の岩手大会でベスト4入りをしている盛岡第一と対戦しました。

    先発登板は、エースナンバー「1」をつけた佐々木怜希投手が務めました。1回の裏、盛岡第一の攻撃。しかし先頭バッターから2者連続でフォアボールを与えるなど制球が定まりません。そして3回。2アウト2塁3塁の場面でレフト前ヒットを打たれ失点。

    その後もヒットを打たれるなどして3失点。2回と3分の2を投げて降板し、頼れる仲間たちに後を託しました。

    佐々木投手と2番手で登板する熊谷投手

    2番手でマウンドに上がったのは、サイドスローの熊谷投手。4回、2アウト満塁と追い込まれましたが、ラストバッターから三振を奪って無失点に抑えました。

    5回途中からマウンドに上がった山本投手は、テンポのいい投球で失点を0に抑え、後ろにつなぎました。

    8回からは4人目、上野投手がマウンドへ。要所をしめるピッチングで大船渡の最後の攻撃につなげる投球を見せました。

    9回の表、大船渡高校最後の攻撃は8番バッターから。連打でノーアウト2塁3塁のチャンスを作ると犠牲フライで1点を返しました。この回、5人目の打者はツーアウト2塁で山本投手。ボールをしっかり見極め、フォアボールで塁に出ました。

    同点のランナーが出た大船渡。この回6人目の打者は上野投手。7球目を打ち返しましたがピッチャーゴロ。執念のヘッドスライディングも実らず3アウトで試合終了。

    4人全員が登板した最後の夏が終わりました。

    佐々木投手:悔しいです…。次に繋いでいけるようなピッチングをしようとしたんですが、思うようにいかずいつものピッチングができませんでした。チームで甲子園出場を目標に努力してきて悔しい形で終わってしまったので、後輩たちには来年絶対甲子園に行ってほしいです。自分自身としては、この悔しさを次のステップに繋げられるようにしていきたいです。

    熊谷:これまでの練習試合でも、誰かがピンチを作っても誰かが抑えるという形で継投してきたので、自分はあんまり球が速くないですが、バックを信じてリズムを作るように投げました。      

    上野:できるだけ悔いが残らないように投げました。最後の攻撃は8番バッターからでしたが、4番の自分まで回してくれて、チームメートに感謝してもしきれないという気持ちと、後ろに繋ごうという気持ちで打席に立ちました。ネクストバッターサークルで(佐々木)怜希が『ここで泣くな』と言ってくれて、リラックス出来ました。

    山本:4人でここまで切磋琢磨してきて、最後の試合は4人で継投できてとても楽しい3年間でした。甲子園には行けませんでしたが、みんなそれぞれ次のステージに進むと思うので…。

    悔しさが残る中、並んで取材に応じてくれた4人。季節は高校3年生が進路をどうするか、そして多くの高校球児が野球を続けるかを考える“秋”へと移ろいで行きました。

    それぞれの道ー試練の冬ー

    2024年1月23日。大船渡高校のグラウンドには、熊谷投手の姿がありました。

    一人で黙々とグラウンドを走り続ける熊谷投手。大学入学共通テストが終わったあとから野球の練習を再開させました。東北地方の方言を研究したいという熊谷投手は、希望を叶えられる大学として、青森県の弘前大学に進学することに。

    熊谷投手は、社会科目も大好きでニュースを見ていて『ピン』とくる瞬間が気持ちいいんだとか💡

    続けるか悩んでいた野球については、夏の大会で試合でヒット打ったり、外野を守ったことで負けた悔しさより楽しさを感じられたことから継続を選択。大学ではピッチャーだけでなく、打つ楽しさや守る楽しさを求めながら練習に取り組んでいくことに決めました。そして、卒業後の夢も見つけたと話します。

    将来的には岩手県で働きたいと思っていて、自分が住んでいる沿岸地域だったり、岩手県の魅力だったりを発信したり後世に伝えていって岩手県の文化や魅力をしっかり残していきたいです。

     

    佐々木投手はピッチャーに転向してから野球を続けたいという思いが日に日に強くなり、大学で野球を続けることを決意。自分から様々な大学の練習会に参加し、中央大学のスポーツ推薦を受験しました。

    ピッチャーとして本格的に始動していき、大会などで投げていくうちに高校卒業後も続けたいと思うようになりました。最後の夏は悔しい結果で終わってしまいましたが、その悔しさが大学で続けようという強い決意に変わったので、結果的にはよかったのかなと思っています。

    吉報が届いたのは12月。大学でもピッチャーを続けられることが決まりました。中央大学といえば東都大学野球リーグに所属する強豪で、2022年のドラフト会議では森下翔太選手が阪神から、2023年は西舘勇陽投手が巨人から、それぞれドラフト1位で指名されています。佐々木投手と同じ学年で入学する部員の中には18歳以下の日本代表に選ばれた選手や甲子園で好投した選手も数多くいて、熾烈なレギュラー争いへ向け、一歩ずつ歩みを進める思いです。

    甲子園で活躍するような選手と野球をする機会というのが今まであまりなかったので、吸収できるところは吸収して自分のレベルアップに繋げられたらと思っています。まずは同じスタートラインに立つことを目標にし、大学4年間先発ローテーションに入っていけるように頑張りたいです。

    佐々木怜希投手の兄は日本球界のエース、プロ野球・ロッテの佐々木朗希投手ですが、参考にしているのは、大リーグ・ドジャースの山本由伸投手だそう。投球フォームを意識するというよりは、山本投手が行っているトレーニングなどを調べて実践したり、参考にしたりしているそうです。兄・佐々木朗希投手のことは尊敬しています…とはにかみながら答えてくれましたが、大学進学に向けて一緒に学校を調べてくれたと話してくれました💡

    残る2人の決断は

    手前:上野投手 奥:山本投手

    2月下旬。あまり雪の降らない大船渡でも雪が降ったこの日。残る2人の姿がグラウンドにありました。

    野球を引退してから自分のやりたいことを模索し続けたという山本投手は、東京の大学に合格。自分の学びたい分野を学べる大学で4年間を過ごします。

    一般受験になったとしてもそこの大学に合格できるように頑張ろうと思っていたので、合格した時は本当にほっとしました。大船渡市に住んでいて本当にいい街だと思っているので、将来は大船渡市のような被災地に貢献できる人間になりたいです。まだまだ自分の力は未熟ですが、大船渡市の発展の助けになることが目標です。

    進学で一時は東京に住みますが、思いは故郷にあり続けている山本投手。継続するか悩みに悩んだ野球についても聞かせてくれました。

    できれば硬式野球部に入りたいと思っているんですけど、そのためにはセレクションや練習会があるので、そこで合格できなかったら野球は辞めて勉強に専念しようと思っています。

    4人の中で唯一、一般受験での大学進学を決めた上野投手にも吉報が。2月に合格の知らせが届き、ホッとした表情を見せていました。

    ずっと野球をしていてあまり勉強をしてこなかったので、すごく辛かったです。重荷が下りたというか本当に解放された感じがありますし、家族も『よかったね』と言ってくれるのが嬉しいです。

    学びたいことを極めながら、アルバイトにも挑戦してみたいという上野投手。夏の大会以降やりきったと思っていた野球については、準硬式野球で続けることを決めました。受験勉強で野球と離れている間に野球をしたいという気持ちが高まったということです。

    別れ・旅立ちの春

    3月1日に大船渡高校の卒業式が行われました。

    遠征先でゲームをしたこと、温泉に行ったこと、甲子園を目指し野球に打ち込んだこと、テストのため勉強机に向かったこと。故郷・大船渡での思い出を胸にそれぞれの目標へと歩みを進めます。

    卒業式後、真っ白なスニーカーを履いて卒業証書を手にした4人が我々のもとへ来てくれました。これから始まる新たな道にワクワクする気持ちと、大好きな故郷を離れる寂しさが入り混じったようなそんな表情をしていて『青春』を感じました。大学野球部の合宿に行っていた佐々木怜希投手が岩手に戻り、全員が揃うのは久しぶりのことでした。

    山本:何日に東京へ引っ越すか決まっていないですが、卒業証書をもらって岩手を離れる実感がわいてきて、少し寂しいです。

    上野:4月からいよいよ大学生になるという期待もありますが、慣れ親しんだ土地を離れる不安もあるので、不安とも戦いながら頑張っていきたいです。

    熊谷:卒業式で校歌を歌っているときに春の大会や夏の大会で歌った記憶がよみがえってきて、懐かしい気持ちになりました。僕だけ東北に残る形になったので少し寂しいですが、東京に行くことがあれば、4人を頼っていきたいです。

    佐々木:大学の合宿を終えて1か月ぶりに大船渡に帰ってきましたが、見慣れた景色が目に入った瞬間に心がホッとしました。卒業式で友達と話せて楽しかったです。大船渡はいい街なので、離れたくないですけれども、東京で頑張ると決めたのでしっかり練習に励んで活躍できるように頑張ります。

    初めて取材した時よりも一回り大きくなりたくましくなったように感じられた4人。
    大学で勉強や野球、それぞれのペースで頑張ってほしいです。
    可能であるならば、いつの季節にか…また会いましょう。

      • 加藤早和子

        NHK盛岡放送局 

        加藤早和子

        埼玉県出身
        毎週月・木・金に出演
        県内各地のスポーツ現場へ
        取材に伺います!

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