ページの本文へ

岩手取材ノート

  1. NHK盛岡
  2. 岩手取材ノート
  3. “ともに伝えていく” 岩手 大槌町×インドネシア アチェ

“ともに伝えていく” 岩手 大槌町×インドネシア アチェ

  • 2024年03月07日

インドネシア・スマトラ島北部に位置するアチェ州。州都のバンダアチェ市に、去年12月、岩手県大槌町にある大槌高校の2年生の生徒が訪れました。
2つの町の共通点は「津波の被災地」だということ。
震災の教訓を後世にどう伝えていったらいいか、ともに考えました。
(盛岡放送局 記者 村田理帆)

20年前の大津波

アチェ州では、2004年に起きたスマトラ島沖地震によるインド洋大津波で、16万人以上が犠牲になりました。
それから20年。現地では若い人に記憶や教訓を伝えていくか現地では課題となっています。

岩手県大槌町も、2011年の東日本大震災のあとの津波で住民の1割が亡くなった被災地。
大槌高校には、防災のあり方や、震災の教訓を対外的に発信する活動をしている「復興研究会」というサークルがあります。

派遣前の研修の様子

今回、復興研究会に所属する2年生4人が、初めて海外での活動を行うことになりました。
生徒たちは震災発生当時はまだ4歳。当時の記憶はほとんどありませんが、大人たちの話を聞くなどして、震災の記憶と向き合ってきました。 

菊池康介さん
「アチェに行くのがとにかく楽しみです。ふだんの知識や備えが、助かる助からないに関わってくると思うのでそれを少しでも伝えることができればいいなと思います」

いざ、アチェへ

期待を胸に、アチェを訪れた高校生たち。5日間の滞在の中で、多くの同年代と交流しました。
この日は大学で、大津波で母親を亡くし、片足を失った女性から話を聞きました。

「大津波によって、私の人生は一変しました。でも、私は立ち直ることができた。私は1本の脚で世界中を歩き、世界中の人々と会って震災について語っています。どうか伝えることを忘れないでください」

このあと、参加者たちは震災を語り継ぐ意義について意見を交わしました。
大槌高校の菊池康介さんも自分の意見を述べ、人種や国境を超えて、同じ志を共有し、語り継いでいく決意を示しました。

菊池康介さん
「日本では、震災の話題はとてもデリケートで、大人の人たちに、悲しい気持ちになるので震災について話すのをやめてくれと言われることもあります。その人たちの気持ちもわかるが、忘れ去られてしまったらただの負の歴史として刻まれることになる。震災を経験した最後の世代である私たちや、教訓を伝えられたアチェのみなさんのような若者が、主体的になって次の世代に伝えていくことが、私たちに求められている役割だと思う」

次の世代への継承

大槌高校の生徒たちは、滞在中、バンダアチェ市内の中学校や高校を回り、防災授業も行いました。
ある高校では、復興研究会が作った「防災絵本」を贈りました。

この絵本は、震災当時、大槌高校の生徒だった先輩たちの体験談を元に作られました。
地震が起きて、津波が押し寄せた時のこと。また避難所になった高校の体育館で、率先して運営に携わったことなどが描かれています。
発表した兼澤美海さんは、先輩たちが絵本で残してくれた教訓が、自分たち後輩にも受け継がれていることを語りました。 

兼澤美海さん
「私は中学3年生のときに、避難所を運営する訓練を受け、この絵本に描かれている先輩たちの経験を疑似体験しました。実際にやってみると大変さが身にしみてわかり、いざというときに、自分がどのような行動を取るべきなのか、体で覚えることができました。次災害がきたときには先輩たちのように率先して避難所運営に関わり、多くの人を救えるようになりたい」

兼澤さんの発表を熱心に聞いていたのは、アニサ・ヌルラティファさん。
20年前の大津波では祖父母が犠牲になりました。
アニサさんは大津波のあとに生まれましたが、トラウマに苦しむ父親を見て育ったといいます。

アニサ・ヌルラティファさん
「父は、トラウマと闘いながらも、震災の教訓を私に伝えてきてくれました。それを受け取った私が、どのように後世に伝えるかが大事だと思います。大槌高校の生徒と話して思ったのは、私たちの国はどちらも、大人たちが震災のトラウマと戦っているということです。贈られた絵本は、震災を伝える上でとてもいいものだと感じました。私たちの学校でも、アチェバージョンのものを作ってみたいと思います」

兼澤美海さん
「私には妹がいるんですが、震災後に生まれているので、身近にすでに震災を知らない世代がいるという状況です。今回交流したアチェの人たちも震災後に生まれている人がほとんどという状況で、これからもっと下の世代に伝えていくということが大事だという思いを共有できたと思います。東日本大震災の教訓をアチェの人に知ってもらって、それを周りの友達に話したりとかして どんどん繋がっていってほしいなって思います」

ともに思いを共有した若者たち。震災を知る大人たちの教訓が、若者たちを通して、さらに下の世代へと、バトンが受け継がれます。

  • 村田理帆

    NHK盛岡放送局 記者

    村田理帆


    沖縄局、釜石支局を経て、2023年9月から盛岡放送局

ページトップに戻る