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指揮者・佐渡裕 悩みながらも届いていた音楽

  • 2024年03月06日

「誰のために、何のために音楽を届けるのか」
世界的指揮者・佐渡裕さんは、東日本大震災を機に考え悩みながらも、この13年被災地での演奏を続けています。
その音楽は震災で大切な思いを失った人の心に響き、大きな変化を生んでいました。

(NHK盛岡アナウンサー 菅谷 鈴夏)

音楽家は無力だと号泣したあの日から

佐渡裕さん
「震災の後、初めて東北に行ったのは2011年の8月ですね。岩手の釜石に行って、たくさんの人が亡くなられた海に向かって演奏というか、献奏がしたいと」

世界的指揮者として多忙を極める中、佐渡さんがライフワークとして続けているのが被災地での演奏です。
阪神淡路大震災の復興のシンボルとして自らが芸術監督を務める兵庫県立芸術文化センターを拠点に立ち上げた、子どもたちによる楽団「スーパーキッズ・オーケストラ」を率いて、2011年から毎年行っています。
13年がたつことし3月にも岩手の沿岸を巡り、地元の人たちとの共演を交えながら音楽を届ける予定です。
今も被災地で演奏する意味を考え続けているという佐渡さんは、その始まりを振り返ります。

佐渡さん
「阪神淡路大震災から10年が経った頃、兵庫の復興を音楽で支えていくっていう活動を始めて。使命感を持って様々な活動をしてきました。その中で、兵庫の人たちにポジティブなことをたくさん言っていくわけですよ。この街を豊かにしましょうって。でも東日本大震災が起きて、津波の被害をテレビで見たときに、音楽家って何にもできない、なんて無力なんだって号泣していました。指揮者なんて特に、オーケストラがいなきゃ音楽すらできないわけです。ただただ、その状況に打ちのめされているだけでした」

当時、音楽家として無力感に打ちのめされていた佐渡さん。
しかし、その後長年続く東北支援に向かわせる転機が訪れました。

震災からわずか3日後、日本に向けてベートーヴェンの第九を指揮してくれないかと、ドイツの楽団から連絡があったのです。

佐渡さん
「とてもじゃないけど、喜びの歌を指揮するような状態ではないんやと。大変なことになっているし、そんな気持ちに全くなれない」

それでも懇願されるうち、もう一度「喜びの歌」の意味を問い直すと、見えてきたものがありました。

佐渡さん
「喜びの歌ってなぜ喜びかって言うと、人と人とが抱きあいなさいっていう意味が込められているんですよね。ハグしなさいって、これ重要なことで。僕の中にも大きな悲しみがあった中で、音楽は誰かと一緒に生きる喜びみたいなのを届けることができるのではないかと」

そして、震災から15日後。
祈りを込めて、第九は響きました。

佐渡さん
「自分にやるべきことを考えさせられる、大きな力になった経験だったのは確かですね」

それから毎年、なぜ音楽が復興に必要なのか絶えず問いながら、1人でも多くの心の支えになることを願って演奏を続けています。

大切な思いを失った少年の心に

その演奏を聴いていた1人、釜石市出身の小井土文哉さん。

幼いころからピアノを習い、生活の一部というほど演奏に親しんできました。
しかし高校入学を前に、故郷を襲う津波を目の当たりにしました。

左側、津波に襲われた釜石の街を父親と歩く小井土さん。
撮影・提供:岩手日報社

日常が失われ大きな喪失感にさいなまれる中、高校進学のため盛岡で一人暮らしを始めなければならず、釜石を離れることに。
ピアノを弾きたい気持ちは失われていきました。

小井土文哉さん
「大変な状況の釜石から内陸の盛岡に逃げてきたというか。自分の中ではそうとらえてしまって、もやもやした何かが心の中にずっとありました」

そんな時、佐渡さんの指揮する演奏会が盛岡市で開かれ、大きな転機となります。

小井土さん
「その時の音楽が自分でもわからない、言葉にできない心の奥底に届いた気がして。これだ。音楽の道に進もうって最大のきっかけになりました。たまたま聞いた演奏だったけれど、こうして活動をしてくれている人がいなかったら、そのたまたまに出会うことはなかった。自分の中で大きな衝撃があった出来事でした」

何か啓示を受けたかのようにも思えたという小井土さん。
「ピアノを弾きたい」思いを取り戻した瞬間でした。

そして―。

小井土さんは今、国際的なコンクールで最高賞に輝くなど、注目のピアニストとして台頭。
活躍の場を広げています。

小井土さん
「今も震災は自分に強烈な負の感情を残していますけど、その負のイメージを音に乗せることで表現できるものもあって、自分の強みになっています」

音楽によって少しずつ、震災の経験をつらい記憶としてだけではない、自らの糧として捉えるようになった小井土さん。

今度は自分が、誰かの心を良い方向へと動かせないか。
音楽の力を信じて、この冬、故郷でのリサイタルシリーズを始めました。

小井土さん
「まだ13年しかたっていないので、元に戻ったつもりでも全然そうではない部分もあるんですよね。だから、自分はこのリサイタルシリーズを同じ熱量で長く続けていきたい。その中で少しずつでも音楽を聴いた人に伝わるものがあるといいなと思っています」

演奏は未来を誓う場

震災から10年が過ぎて様々な面で支援や補助が終了する中を襲った、新型コロナや物価高。
被災地では今、生業も危うく復興を遠く感じる人は少なくありません。
そんな中で音楽には何ができるのか。
佐渡さんは震災13年を前に、音楽を届け続ける意味を深めています。

佐渡さん
「毎年東北に行って地元の人と交流する中で、やっぱり、自分らが自分らしく生きていける街を作るっていうのは、まだまだというか、10年過ぎた今のほうがしんどいものがあるかもしれないと感じますよね。でもだからこそ、音楽を通した街づくりをして、暮らしの豊かさというものを生み出さないと。その思いを持って被災地での演奏を続けるわけなんだけれども。被災地で演奏するってことはね、亡くなられた人たちへの鎮魂と同時に、残された人たちがこの街を復興するんだって。犠牲になった人たちのためにも、未来を誓う場でもあるって今は考えているんです。だからこれからも演奏を続けていく、そう決心がついたという感じですね」

  • 菅谷 鈴夏

    NHK盛岡アナウンサー

    菅谷 鈴夏

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