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いまだから伝えたい思い 11分間の映像

  • 2024年02月19日

13年前に撮影された11分間の映像。
そこには、大津波の様子が克明に記録されていました。
茶色く濁った海水はあらゆるもの飲み込み押し流しました。
「何もできません、地獄です…」
撮影した男性のことばが、すべてをものがたっています。
この映像は2年前動画投稿サイトで公開されるまで、一切メディアに取り上げられることはありませんでした。それでも今回初めて撮影した男性がNHKの取材に応じてくれました。
(盛岡放送局 記者 川原玲奈)

あの日

東日本大震災が発生した2011年3月11日。
新沼暁之さんは大船渡市内で買い物をしていました。
大きな揺れが続き、真っ先に頭に浮かんだのは“ただ事ではない。津波が来る”ということでした。
まず妻の安全を電話で確認。そして市内三陸町越喜来地区にある高台の自宅へ向けて車を走らせました。

大船渡市中心部から高台にある自宅へ

「津波が来る」と、いつもとは違う道を選びました。
その途中、学校から避難をする子どもたちにあって無事を確認。自宅に到着したのは地震から20分ほど過ぎていました。新沼さんは自宅の様子を確認したあと、買ったばかりだったというデジタルビデオカメラを手に海が見下ろせる高台に向かいました。

「うわっ終わった…」

目の前に広がっていたのは、信じられない光景でした。
のどかな港町を飲み込んでいく黒い波。
波の勢いで次々になぎ倒されていく松の林。
大津波警報の発令を知らせる防災無線。
体中に響き渡るごう音、嗅いだことのない異様な臭いが立ちこめていたといいます。

越喜来地区を襲った大津波

動画に記録された新沼さんのことば
「3時20分です…港町は…めちぇめちゃです」
「2階建てのアパートです…車が流されています」
「防波堤です。もはや…意味もありません」
「先ほどの2階建てアパートは…流されています…」
「もうめちゃめちゃです…いまも地震は続いております。余震です」
「またすごい強い地震です…何もできません、地獄です…」
「これが話には聞いていた“引き波”と思われます…」

大津波が町を壊していく惨状を目の当たりにし足がすくんだといいます。

新沼暁之さん

新沼暁之さん
「うわっ何か終わった…っていうぐらいにしか思わなかったな。とにかく、すごい事だから、カメラに収めなきゃっていうことと、ちゃんと伝えなきゃっていうことで撮ったかな。お世話になった見てきた町、子どもたちも行った学校が飲まれてるとか、酒屋さんに酒買いに行ったなと、お菓子買いに行ったなっていう町が流れてくっていうのには、足はすくんだ。手ももしかしたら震えてたのかもしんない」

公開しなかった映像 公開の理由

この映像が、震災のあとメディアなどに公開されることはありませんでした。
それは妻・礼子さんへの気遣いでした。
新沼さんが撮影した三陸町越喜来地区は、妻の礼子さんの地元。
幼い頃に通っていた小学校、いつも見ていた松林が流されていく映像。
礼子さんは、ふるさとに押し寄せる津波の映像を見ることができませんでした。

新沼暁之さん
「最初のころ、妻が動画を少し見たときがあった。でももう、最初だけで見られなくなった。
妻は自分の生まれ育った町に思い入れがあったんだろうと思う。妻からしてみたら、きっと、全てが、思い出だっただろうから。あの辺に小学校があってとか。ずっと、泣いていた。もしかしたら妻は動画を消そうと思ったかもしれないね。ボタンひとつで消せちゃうわけだから」

結局、新沼さんは映像をDVDに録画するなどして保管。
その後、家族の中で津波の映像が話題になることもなく時間がすぎました。
転機となったのは、2022年2月。友人が動画投稿サイトに登録したことを知り、新沼さんはあの日の映像があることを思い出します。
その1年ほど前、妻の礼子さんは闘病の末、亡くなりました。
新沼さんは、友人に映像の公開を依頼します。

妻の礼子さん

新沼暁之さん
「そのタイミングってわけじゃないけど、変な意味じゃなくて。世に出していいのかなとか、見てもらいたいなっていうタイミングだった。せっかくだから大勢の人に見てほしかった」

動画は、2022年3月11日。地震が起きた午後2時46分に公開されました。
すると動画には国内外から多くのコメントが寄せられました。

『地獄です』の言葉が刺さりました。あの日私も地獄を見ました

Everything you know and love…just being washed away.
So unbelienably scary and sad.
(あなたが知っているもの、愛するものすべて…
 ただ押し流されていくだけ。信じられないくらい怖くて悲しい)

その怖さをこれからの人達に伝える事が次の命につながります。

2011年以来の大津波警報

2024年1月1日。
能登半島地震では、東日本大震災以降では初めてとなる大津波警報が発表され、各地で被害が報告されました。東日本大震災と比べ、能登半島地震では地震の発生直後に津波が沿岸に押し寄せたと言われています。そして避難を始める前に津波が到達し、その様子を撮影したと見られる動画がSNSなどに投稿されました。新沼さんはそのことに強く危機感を強く持ち、今回「津波の恐ろしさ」を思い出すきっかけになってほしいと映像の公開を思い立ったといいます。
取材を申し込んだ日、新沼さんはテレビで初めて自身が撮影した津波の映像を公開することを了承してくれました。そしてその理由を聞くと、あの日津波映像を撮影した新沼さんだからこそ訴えたい思いがあることを知りました。

新沼暁之さん
「津波は命を懸けてまで撮るもんじゃない。だけど今回の地震では避難せずにまだ(津波の映像を)撮っている人がいるんだと思った。だからもう一度、津波の映像をみなさんに見てもらって、津波の怖さを知ってもらい、そのうえで助かる人が1人でも増えてほしい。この映像がデータとして貴重かどうかは分かんないけど、もう1回この映像を見てくれて、“こんな本当にやばいんだ”っていうふうに思ってくれて、一人でも(命が)助かるのならば、ぜひ見てほしいって思った」 

  • 川原玲奈

    NHK盛岡放送局 記者

    川原玲奈

    2023年入局
    岩手県金ケ崎町出身
    警察・スポーツ担当
    剣道四段

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