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いわて花巻空港 60年の歩み

  • 2024年02月15日
開業当初の花巻空港

1964年2月15日の供用開始から、ことしで60年を迎えた「いわて花巻空港」。路線の開設や休止、滑走路の拡大と反対運動。そして東日本大震災や新型コロナという幾多の困難を乗り越えて”還暦”を迎えた花巻空港の歴史を貴重な当時の資料で振り返ります。
(NHK盛岡放送局 記者 渡邊貴大)

岩手の空の玄関口が開港!

開港当初の花巻空港

花巻空港が開港したのは終戦から19年後の1964年2月15日でした。まだ、東北新幹線も開業していない時代に東京・羽田空港との間を1日1往復で運航しました。

東京便の1番機に乗り込む乗客

当時の運賃は片道5800円と、現在の物価でおよそ2万5520円でした。花巻ー東京便は、東北新幹線が開業する1985年までのおよそ20年間に渡って運航されました。

札幌便のジェット機就航

開港から13年後の1977年には大阪便が、1979年には札幌便の運航も始まり、順調に利用者を増やしていった花巻空港では、1981年に利用者数が100万人に達しました。利用者の増加に伴い、空港の拡張、整備が進んでいくことになります。

しかし、空港周辺の騒音問題などから一部の住民などによる反対運動も。県や空港が説明を重ね、1980年にはジェット化を見据えた新しい滑走路が完成しました。滑走路はその後、1983年に2000メートルに。2005年には2500メートルに延長されました。

国内外に広がる翼

空港機能の向上に合わせるように、路線も広がっていきます。1985年に名古屋便、1996年に福岡便、そして3年前の令和3年には神戸便が加わり、現在も運航される5つの国内線が揃いました。このほかにも一時は新潟便や(1997~2001)那覇便も(1997~2008)運航されました。多い時期で国内線は6路線が運行され、1997年には年間55万人を超える利用者となりました。

記念レリーフの除幕式

利用者が行きかうターミナルビルも2009年に新ターミナルビルとしてオープン。イメージソングにはシンガーソングライターの松任谷由実さんの「緑の町に舞い降りて」が選ばれました。

シンガーソングライター 松任谷由実さん
空港に降り立つときの風景があまりにも美しかったので、この曲はすらすらと作れてしまった、そういう記憶があります。

空港の敷地内には記念のリンゴの木も植えられ、いまも子どもたちが毎年リンゴを収穫しています。

翼は海外にも広がりました。2018年には台北(たいほく)との間で初の国際定期便の運航が始まり、翌2019年には上海便も就航しました。

過去の教訓、備えに生かして

花巻空港での航空機事故(1993年)

その一方で、ことしの年明けに日本中を驚かせた羽田空港での着陸事故と同じ航空機事故が、花巻空港でも起きたことがありました。1993年、名古屋便の旅客機が花巻空港で着陸に失敗して炎上。幸い死者は出ませんでしたが、乗員・乗客58人がけがをする事故となりました。

花巻空港では、この事故を教訓に、毎年、航空機事故を想定した救助訓練が行われていて、空港職員や消防、警察などが万が一に備えた対応を確認しています。

度重なる困難、いくつも乗り越えて

東日本大震災では、ターミナルビルの天井が崩落する被害が出るなどして地震直後は直ちに空港を閉鎖しましたが、揺れが収まって点検を行ったところ、運用に支障が出る被害は出ていなかったため発災から2時間後の16時37分にオープンしました。救護活動に入る自衛隊や警察、消防、それに支援物資の輸送拠点として、3月末まで24時間運用で使用されました。

特に、災害時の広域医療搬送拠点に空港として全国で初めて指定され、県内外の病院から駆け付けたDMAT=災害医療派遣チームが活動し、沿岸から運ばれてきた患者あわせて16人をヘリで羽田空港や新千歳空港、それに秋田空港へ搬送するといった重要な役割を担いました。
 

そして、新型コロナの世界的な流行。感染が拡大した2020年には、花巻空港の利用者数は前の年度から7割を超える大激減となり、すべての路線が運休しました。行動制限の解除を受けて1か月後には国内線が再開されましたが、国際線は台湾便が3年あまりにわたって休止、上海便は現在も再開のめどが立っていない状況が続いています。

銀翼は未来へと

全国植樹祭の際の天皇皇后両陛下ご来県

60年の歴史の中で幾多の困難に直面してきた花巻空港。それでも、ようやくコロナ禍も明け、利用者は増加傾向にあります。去年5月には、3年ぶりに再開した台湾便によるインバウンド需要に県内経済が湧き、翌月には全国植樹祭でのご来県のため、天皇皇后両陛下も花巻空港をご利用されるなど、明るい話題も多くありました。

こうした効果もあり、令和5年度の利用者は、実に4年ぶりに年間の利用者数が40万人を超えると見込まれています。
 

時代の移り変わりとともに歩んできた花巻空港。この間、のべ1600万人あまりが降り立ち、飛び立っていきました。これからも岩手の空の玄関口として、未来へと翼を広げていくことでしょう。

  • 渡邊貴大

    NHK盛岡放送局

    渡邊貴大

    平成25年入局
    東日本大震災を仙台で経験し記者を志す。
    私が生まれた平成2年は、花巻空港の乗降客数が300万人を達成した年でした。

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