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鳥です!めちゃめちゃ鳥います!

三陸の無人島・三貫島で出会った生命の神秘
  • 2023年10月20日

鳥好きの少年、無人島へ

 

9歳の筆者

私は8歳の頃から野鳥が好きだった。
北海道出身の私は、渓谷でキセキレイという黄色い鳥を見て、その美しさに感動したのがきっかけだった。
それからというもの、休日には「タカが見たい」「ヤマセミが見たい」と珍しい鳥を求めて、父親が持っていた双眼鏡を譲ってもらい、山、川に向かうようになった。
 

現在の筆者

それから21年。私は今も鳥が好きだ。
鳥の中で最も好きなフクロウの子育てを追いかけたり、朝、電柱にとまったカラスに話しかけたり遊んだりしている。
なぜここまで好きなのか。私は、鳥たちの暮らしだったり、普段何を考えているのか知りたくてしょうがないのだった。できるならば鳥と話せるようになりたいし、誰よりも身近でいたいのである。
 

そんな私があこがれ続けていた島がある。
岩手県釜石市、三陸の海に浮かぶ三貫島(さんがんじま)だ。
国の天然記念物などに指定されている、周囲4キロほどの無人島。自然保護のため上陸は厳しく制限されていて、島の様子をその目で見た人はほとんどいない。

釜石市の無人島 三貫島(さんがんじま)

何やら、すごいらしい。いや、鳥がすごいらしい。人生観が変わるらしい。
3年前、数少ない上陸経験者である自然写真家の方から噂を聞いて、私は沸き立った。
準備を重ねて、ことしの夏、専門家の調査に同行することなどを条件に特別に上陸が許可された。

いよいよ上陸

三貫島は、最寄りの集落、仮宿(かりやど)地区から船で10分ほどで到着する。
島は険しい崖で囲まれていて船着き場はなく、上陸地点は1か所のみ。上陸できるのは天候・波・風が穏やかな日に限られ、月に数日しかない。 

険しい崖が目立つ三貫島

6月中旬。青空の下、船は三貫島へと向かっていた。船上は私とカメラクルー、そして山階鳥類研究所の佐藤 文男さんの4人。佐藤さんは50年島に通い続けている。今回の撮影は佐藤さんの調査に同行する形で行われる。 

上陸地点へ近づく

船が波の動きに合わせて岩場に近づいた時を狙って、ぴょんと飛び移る。3年間願い続けていた瞬間にたどり着いた。叫びたかったが、天然記念物の島なのでやめておいた。

神宿る島

佐藤さんを先頭に、さっそく島の頂上を目指す。
歩いて数分で現れたのは、タブノキの森だ。人の手がほとんど入ってこなかった島とあって、巨木があちらこちらにみられる。 

タブノキの森
タブノキの巨木と山階鳥類研究所の佐藤さん

出発して1時間半ほどで標高およそ100mの山頂に到着。
小さなほこらがあった。今から250年ほど前に地元の漁師などが海の安全を祈って建立したそうだ。 三貫島は信仰の対象として、昔から厳しく上陸が禁止されてきたのである。 

山頂にあったほこら

島は、驚くほど静かだ。タブノキの森を見つめていると、向こうから一斉に揺れて風が来たことがわかる。夏だというのにウグイスが鳴いている。神聖な場所らしく、厳かな雰囲気に包まれていた。 

頂上付近から海岸線が一望できる

地面に無数の穴

森を歩いていると、気づいたことがある。地面に無数の穴が開いているのだ。穴の直径は15センチくらいだ。

地面には無数の穴

中をそっとのぞいてみると…。鳥がいた!
体の大きさ50センチくらいのオオミズナギドリという鳥だ。海の上で一生を過ごす鳥だが、春から秋にかけて三貫島で子育てをする。体の下で1個の卵を温めていた。
 

穴の中にいたオオミズナギドリ

鳥です、めちゃめちゃ鳥います!

日没後、沖へ出ると無数の鳥が飛んでいる。群れは旋回しながら、あっという間に島全体を覆っていく。数万羽はいるだろうか。
 

島を覆う鳥の大群

「鳥です!めちゃめちゃ鳥います!」
私が叫ぶのも気にせず、鳥たちは「ピー」などと鳴きながら森へと飛び込んでいく。
 

上空を旋回するオオミズナギドリ

「オオミズナギドリが、カラスやトビといった外敵がいない日没後の時間帯を狙って島に戻ってきたのです」と佐藤さんが解説してくれた。飛んでいたオオミズナギドリは、島の巣穴で卵を温めていた鳥のパートナーなどのようだ。

「始まりますよ」と佐藤さんはつぶやいた。
森へ向かうと、耳をふさぎたくなるような鳥の大合唱だ。さらにオオミズナギドリはタブノキにぶつかりながら、地面に着地している。
 

タブノキにぶつかるオオミズナギドリ

オオミズナギドリは海の上を長い距離飛ぶために翼が発達している分、地面に着地するのは苦手だ。そこで、タブノキにぶつかって衝撃を和らげて降りて来るのだ。
「ガサガサ」「バサバサ」枝を揺らして降りて来るオオミズナギドリたちと、けたたましい鳴き声が響く異様な光景だ。
木にぶつかりながら着地したというのに、けろっとした表情でたたずんでいる。そして、うろうろしながら地面に開いた穴の中へ入っていった。
オオミズナギドリのペアは交代で食事をとりにいき、卵を温める。
 

30分もすると、地面をひしめき合うような数のオオミズナギドリ。けんかをしたり、羽づくろいしあっていたり、のびのびしている。

地面はオオミズナギドリでいっぱい

人間を間近で見たことがないせいか、鳥たちは人をほとんど恐れない。私たちの足元にいても「なんですか」という風にこっちを見るだけで逃げない。私たちが「すみません」と謝りながら、よけて歩くことになる。ここは鳥たちが主役のようだ。10万羽から20万羽が暮らす、まさに鳥の楽園だ。
 

オオミズナギドリに気をつけながら歩く

「君も頑張れよ」

オオミズナギドリに謝りながら森の奥へ行くと、今度はヒラヒラと飛ぶ小型の海鳥に出会った。大きさ20センチくらいのウミツバメの仲間たちだ。
 

ヒメクロウミツバメ

絶滅危惧種のヒメクロウミツバメ。国内の生息地は三貫島のほか、ごくわずかしかない。島で子育てをするのだ。
他にも、絶滅危惧種のなかでもとりわけ数が少ないクロコシジロウミツバメや、コシジロウミツバメの計3種類が見られる。
 

クロコシジロウミツバメ
コシジロウミツバメ

ウミツバメたちは日中、海へ出て食事をとり、外敵のハヤブサなどが寝静まった夜に島に帰ってくる。
座っている私のすぐ横に舞い降りたヒメクロウミツバメと目が合った。初めて見るであろう人間に関わらず、こちらをまっすぐ見つめ返してくる。その瞳に私はドキッとした。
 

「君も頑張れよ」

ヒメクロウミツバメは、東南アジアやインド洋から数千キロ以上の長旅を経て、子育てのため三貫島にやってくる。命を落とす危険がいくつもあるだろう。
私は言葉こそ交わさなかったが、懸命に生きる彼らに思いをはせてしまい、胸がいっぱいになった。妄想は止まらない。私には鳥の声が聞こえた。「君も大変そうだけど、私たちもなんとか生きてるから頑張れよ」と。
 

ヒメクロウミツバメの親子

三貫島は懸命に生きる鳥たちにあふれ、エネルギーに圧倒された。
私がこの文章を書いている今、あのヒメクロウミツバメは、島を離れて越冬地へ南下していることだろう。もう出会うことはないかもしれないが、元気でいることを祈っている。

  • 馬久地杜行

    盛岡放送局 ディレクター

    馬久地杜行

    記者経験を経て2022年にディレクターとしてNHKに入局。鳴き声を聞くだけで鳥の種類がわかります。

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