ページの本文へ

岩手取材ノート

  1. NHK盛岡
  2. 岩手取材ノート
  3. 遠野物語に見る「畏れ」と「思いやり」

遠野物語に見る「畏れ」と「思いやり」

気鋭の映画監督・福永壮志
  • 2023年08月08日

遠野に伝わる伝説や民話を集めた、柳田國男の『遠野物語』。
民衆の夢か現か。不思議な世界観で語られるいくつもの物語に、
今に伝えたい自然に対する畏れと、思いやりの気持ちを見い出し、1本の映画が作られました。

『山女』6月30日(金)より全国順次公開 配給:アニモプロデュース ©YAMAONNA FILM COMMITTEE

タイトルは『山女』
18世紀後半、冷害に苦しむ東北の小さな村で、身分や性別など、様々な差別を受けながら生活する主人公・凛(演:山田杏奈さん)。
「村にいても人じゃない」
ある日凛は、父の罪を被り、村人から恐れられていた早池峰山へと入っていく。
そこで出会うのが...

遠野物語にも登場する山男(演:森山未來さん)。
ともに過ごし、山奥で自然の恵みと脅威に触れ、生きることに初めて喜びを見出す姿が描かれます。

 

作ったのは、映画監督の福永壮志さん。

これまで、西アフリカ・リベリアからニューヨークで生活する移民の物語『リベリアの白い血』(2017)、北海道のアイヌの少年を主人公にした『アイヌモシㇼ』(2020)などを手がけ、国際的に高く評価されてきました。
なぜ今遠野物語に着目し、作品にどんな思いを込めたのか。
岩手を訪れた福永監督に話を聞きました。

(聞き手:NHK盛岡アナウンサー 菅谷 鈴夏)

なぜ今、遠野物語なのか

今回遠野物語が題材ですけど、いつも監督は題材選ぶときにどんな視点で考えていくのですか。

 初めはもう完全に自分の興味関心で知りたいこと。 前回、アイヌの映画を作ったんですけど、その中で昔話や伝説や詩とかから知ることができたものがたくさんあって。海外生活が長かった反動かもしれませんが、日本の昔話や伝説に興味が向いて、遠野物語に行き着きました。

遠野物語のどんな点に特に興味を持ったのですか?

 書かれ方とか、あとはその文体もそうなんですけど、伝説とか昔話だけじゃなくて、うわさ話とか。実際に体験したり話している人の声を聞いているように、お話が採集されていて。当時の時代の人たちがそういう不思議な事とか不思議な存在とかを現実のものとして受け止めていたんだなっていうことをすごく感じて。そこに自然に対する畏怖の気持ちのような。 何ていうか日本人のすごく深い部分を感じて、遠野物語に特にひかれました。

遠野物語から感じたことを、なぜ今物語にしていったのでしょう?

 遠野物語はいろんなお話があるけどそれぞれ短いんですよね。いろいろな要素を取って1つの話を組み立てていったんですけど。脚本をしっかり腰を据えて書いていたのがコロナ禍で、現代の日本社会のテーマとか問題だとかを見ていると、今に通じる話にできるんじゃないかと。

持っていた問題意識の中で強かったのは?

 1つは女性差別。男尊女卑のこの風習というか、考えみたいなものはやっぱり日本に根深く残っていると感じていたので、女性の主人公にして描いたというのが1つあります。長田育恵さん(連続テレビ小説『らんまん』の脚本を手掛ける)にも共同脚本として入ってもらって、女性の視点も入れるようにしました。あとはコロナの中で明るみになってしまった同調圧力とか、閉塞的な雰囲気を表現しようと思いました。

暗さを恐れず撮る  表現した「自然への畏怖」

東北地方の山間部で撮影されたこの作品。
夜のシーンも、極力照明を使わず、自然の光にこだわって作られました。

暗さを恐れず撮る、かなり挑戦した映像ですね。

 そうですね(笑)。狙いとして、1つは、時代物でフィクション性が強い映画ですけど、どうやってリアリティを持たすかっていうことの方法として。当然、現代より昔の方がずっと暗かったわけで、映像表現として本当の暗さを出したかった。

 あと1つは、不思議なことって夜に起きるじゃないですか。 遠野物語の話もそうですけど、こう、真っ暗の中でぼんやりと、少し何か見えるんだけどその闇が深くて、なんだろう、何かがいる、というような気持ちを表現している。それはきっと自然に対する畏怖もそうですけど、怖がる気持ちがいろんな話を作っていったんじゃないかと思って、映画体験として再現したかった。 

怖がる気持ちというのは、どんなものだと捉えて落とし込んでいったのですか?

 当時は、今よりも深く自然と付き合うことをしなくては、食べていけないし。その一方で人間にはどうすることもできない自然の力もあって。自然との生き方の中で育まれた信仰だったり、自然に対する畏怖の気持ちだと思うんですけど。それはぼく個人としても、とても貴重なもので日本人特有のものだし、持ち続けるべきなんじゃないかっていう自分の考えがあって。それは、日常生活の中で、自然に対するその敬意と畏怖の気持ちを持つっていうことが、何かその、人間が謙虚に健やかに生きるのに1つ大事な役割なんじゃないかと。

映画作りにあたって何度も遠野を訪れた中で、感じたことはありましたか?

 初めて訪れたときの印象は、町全体をこう山が囲んでる、山がすごく近く感じたんですよね。その場に立ってみて、こうした自然に対する敬意が育まれていったんだと体感して。車を走らせていて道端にふとある鳥居だったり、その後ろに森が残っていたり。生活の中に溶け込んで信仰っていうものがあるんだと。荘厳なタイプのその神社とかお寺とかとまた全然違う、すごく民衆に近いというか、すごく親近感の湧く信仰の形が残っているように思いました。そういう生活・自然に根ざした信仰の形にひかれたし、何よりも印象的です。自分が海外生活が長かったので、自分のルーツである日本に興味関心が湧いて、日本独特の信仰の形っていうものを知りたいっていうのはありますけど。宗教とかそういうことではなくて、人間として学べるものが、遠野の景色にはたくさんあるんじゃないかって思いました。

「映画にできるのは、思いやりを促すこと」

主演の山田杏奈さんを始め、山男役の森山未來さん。
さらに、二ノ宮隆太郎さん、三浦透子さん、永瀬正敏さんなど実力派俳優たちが脇を固める今作。

キャスティングにもかなりこだわりを持っている印象です。

 そうですね。理由は、一人ひとりが持っているものはあるんですけど 。一貫して言えるのは「人間味」。白黒つけて悪者を描くことはしたくなかったので。人間の多面性をちゃんと表現できるかた。お話の世界に地に足をつけて人間味を持って演じられることを大切に。

白黒つけずに描くっていうのは?

 映画にできる大きなことの1つって、思いやりの気持ちを促すということだと思うんです。見ているとキャラクターに感情移入して見るので、全然自分と違った視点だったり立場だったりの人間の気持ちを想像してみる、ということだと思うので。その中で人を単純化して、白黒つけて描いてしまうと、思いやりを促す逆の、偏見とかそういうことを助長してしまうようなことになるんじゃないかって気持ちがあって。だから、常にその人間の複雑さというのもできるだけ描こうと意識しています。

最後に、遠野物語が生まれた岩手で『山女』が公開されることへの思いは?

 遠野物語にとにかくひかれて始まった映画なんですけど。そのお話しの強さや、世界観の独特さ、その奥深さっていうのは日本中探してもなかなか無いほどすばらしいものだと思っていて。映画の形でお話の生まれた岩手の人に見てもらるのは、うれしいことです。きっと若い世代の方で遠野物語を読んだことない人はたくさんいると思うんですけど、どれだけすばらしい話かって、映画をきっかけに、例えば読み返してくれたりとか、遠野でその文化を守り続けているかたに目を向けたり。岩手には、すばらしいものが多分たくさん転がってると思うんですけど、それを改めて見つめるようなことが起きたら、とってもうれしく思います。

  • 菅谷 鈴夏

    NHK盛岡アナウンサー

    菅谷 鈴夏

ページトップに戻る