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便利なのに見られない? 文化財を守る岩手発の地図

東日本大震災の教訓いかして
  • 2023年07月10日

スマホの地図アプリ、みなさん、日ごろ、どのくらい使っていますか? 

私も取材する人との待ち合わせや移動先の食事、休日の買い物など使わない日はありません。

その地図について、何やら気になる情報をつかみました。

「便利なのに見られない」という地図が、この春誕生したというのです。 

岩手生まれのこだわりマップとは。 

(盛岡放送局記者 髙橋広行/ディレクター 石井正樹) 
※放送動画はこの記事の一番下にあります

一目でわかる・・・けど

向かったのは、岩手県立博物館です。 

その地図がこちら。 

岩手県版 文化遺産防災マップ

その名も「岩手県版 文化遺産防災マップ」です。 

岩手県立博物館と県内33の自治体がオンライン上で運用していて、県内2400以上の文化財の所在地が、一目でわかるようになっています。

ですが、この地図、一般の人は見ることができません。 

地図制作を手掛けた、専門学芸調査員の目時和哉さん(40)に話を聞きました。 

岩手県立博物館 専門学芸調査員 目時和哉さん

何を助ければいいのか

きっかけは、12年前の東日本大震災にさかのぼります。

震災の津波は、陸前高田市立博物館を全壊させるなど、沿岸地域の文化財にも大きな被害を出しました。目時さんは、発災からまもなく陸前高田市に入り、海水とがれきにまみれた文化財を見つけ出し、安全な場所に運び出す「文化財レスキュー」にあたっていました。 

被災後の陸前高田市立博物館 写真中央が目時さん

目時和哉さん
「実は一番ネックになっていたのが、何を助けていいかわからないということでした」

歴史の遺産とも言える「文化財」なのに、「わからない」とは、どういうことなのか。

目時和哉さん
「もちろん、博物館に保管されていたものであれば、館内やその周辺を探すしかありません。国や県が指定している文化財であれば、私たちの手元にも情報があります。ところが、市町村の指定文化財やそれ以外のものまで含めると、民間の個人が自宅や蔵で管理しているものも多くあります。個人情報の観点から、そもそも関係者間で、詳しい情報共有はされてきませんでした。当然、市町村の担当者はその情報を持っています。でも、その担当者が亡くなってしまったり、被災者となっていたり、データごと情報が失われてしまったケースもありました。頼るべきものがなく『わからない』状態だったんです」

個人情報の壁

どこの、誰が、どんな文化財を所有しているのか?

個人情報を守ることが、災害時には大きな弱点になってしまったのです。 

岩手県内で震災の被害を受けた文化財は、少なくとも50万点以上に上りますが、正確な数はいまもわかっていないといいます。 

「人知れず、消えてしまった文化財もあったのではないか」

目時さんは、もどかしさを抱えたまま、その後、何とか運び出すことができた文化財の洗浄や脱塩などの作業に追われました。

そして、震災の3年後には、博物館からもとの職場であった県立高校に異動。その後、6年間は高校教員として、文化財の現場からは離れていました。

ただ、この間、災害時に文化財を守る対策は、着実に強化されていきました。 

その①「誰が」助けるのか。 

震災当時は、被災した自治体の担当者が声をあげ、限られた人員で「文化財レスキュー」のチームが結成されるなどしましたが、いまは県内の博物館や自治体の文化財担当でつくる連絡協議会で「被災を免れたエリアの担当者が支援する」というルールが明文化されました。
2020年には、国の機関として、こうした対応に専門的にあたる「文化財防災センター」も発足しています。 

その②「どうやって」助けるのか。 

海水に浸かった文化財の修復・保全は、世界的にもほぼ前例がありませんでしたが、水害復旧の手法をもとに、県立博物館が専門家の協力を得ながら、独自にノウハウを積み上げていき、広く共有されるようになりました。

ところが・・・。

その③「何を」助けるかについては、震災後も対策は進んでおらず、2020年に異動で県立博物館に再び着任した目時さんは、強い危機感を覚えました。 

目時和哉さん 
「あまりにも被害を受けた文化財が多かったので、目の前の仕事が大変過ぎて、そこまで手が回らなかったことが大きかったと思います。と、同時に、やはり、個人情報の壁がありました。個人が所有する価値の高い文化財の場所や情報を共有することについて、関係者の議論が進んでいませんでした。このままでは同じことが起きてしまうのではないかと感じたんです」

大きな後悔

災害が起きる前にできることは本当にないのか。 
目時さんを突き動かした背景にあったのは、文化財レスキューの経験だけではありません。 

目時さんは、震災で教え子たちを亡くしていました。 

目時和哉さん 
「4年間、沿岸の高校で地理や歴史を教えていました。ですが、おそらく一度も、授業やホームルームで、生徒たちに津波の歴史や恐ろしさについて、自分の言葉で語ることができなかった。それが、震災以降ものすごく大きな後悔になっていました」

2021年になって、今回の手法を呼びかけていた東北大学の蝦名裕一准教授と知り合います。

防災科学技術研究所が提供する「eコミマップ」というシステムを利用するもので、IDとパスワードを設定でき、閲覧は関係者に限定されます。

つまり、懸案だった情報の共有と個人情報の保護が両立できるのです。 

導入を決めた目時さんは県内33自治体の担当者すべてに説明を尽くし、理解を求めました。

そして半年がかりで、マップを整備。都道府県単位で、全域の指定文化財が1つの地図にまとめられたのは、これが全国で初めてだということです。 

事前にリスクを把握

この防災マップは、大きな特徴があります。

津波の浸水域や土砂災害など、ハザードマップの情報を重ねることで、文化財にどのような災害リスクがあるのか、事前に把握することができます。

陸前高田市の画面

例えば、陸前高田市では、48の指定文化財のうち、19が津波の浸水域にあることがわかります。

災害時には、例えば、浸水域の衛星画像とこの地図を重ね合わせれば、どこから活動を始めたらいいかなど、現地入りする支援者がシミュレーションも行えます。 

ただ、現在登録されているのは、国・県・市町村の指定文化財にとどまっているため、目時さんは、情報をさらに充実させ、文化財の減災・防災に役立てたいとしています。 

目時和哉さん 
「この地図にあるものだけを守ればいい、それ以外は守らなくていいということでは決してありません。このマップを使って守りたいと思っている文化財については、幅広く載せていく必要があります。広域の文化財の防災訓練というのは全国的にもまだ例がないので、今後、県内の市町村と、このマップをもとにした訓練を行って、より実践的な取り組みを重ねたいです。東日本大震災を経験した岩手から発信ができれば、震災で全国から支援をいただいた1つの恩返しにもなると考えています」

取材後記

今回の手法の活用を呼びかけている、蝦名准教授にも原体験がありました。

東北大学災害科学国際研究所 蝦名裕一 准教授

2003年7月26日、宮城県北部を震源とする地震が相次いで発生。震度6強を1回、震度6弱を2回観測するなどし、600人以上がけがをしました。

当時、研究者としての道を歩み始めたばかりの蝦名さん。

地震で民家の蔵が崩れ、中にあった古文書などが被害を受けているのではないかと、発災から1か月近くかけて、被災地にある蔵の場所を調べ上げました。

ところが、いざ調査がまとまって、現地に出向いてみると、すでに多くの蔵が撤去され、中にあった資料もろともなくなっていたそうです。

この苦い経験が、後に文化遺産防災マップのアイデアにつながったということで「ツールはあっても使ってくれる人がいなければ何の役にも立たない。関係者の合意形成の苦労を惜しまない目時さんのような存在は少なく、大変ありがたい」と話していました。

放送された動画はこちら

2023年6月8日「おばんですいわて」より

  • 髙橋 広行

    盛岡放送局 記者

    髙橋 広行

    埼玉県川越市出身。2006年入局。広島局、社会部、成田支局を経て、2019年から盛岡局。8歳と6歳の暴れん坊(甘えん坊)将軍の父親。
    今回の取り組みは、目時さんが誰に頼まれた訳でもなく、ずっと問題意識を持ち続けた結果、進んだものです。本気の人たちとの出会いがあるから、この仕事はやめられません。

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