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日本とインドネシア “まったく逆”だから

介護 人材不足解消へ 故郷の若者を岩手へ
  • 2023年06月07日

“人手不足の日本に、就職先がないインドネシアの若者を送り出すことができれば、日本の役に立てるんじゃないか”
岩手県奥州市に住むインドネシア出身の女性は考えました。
女性は20年前、日本の男性との結婚をきっかけに来日。岩手で暮らすようになり、子育てのかたわら介護福祉士の資格を取り、10年間働いてきました。その介護の現場で感じた日本の深刻な人手不足。そしてインドネシアの故郷の現状を思い、双方の“架け橋になりたい”と動き出しました。
(NHK盛岡 釜石支局 記者 村田理帆)

“語学力”身につけて

インドネシア北部の島、スラウェシ島にある人口40人ほどの地方都市「マナド」。
ここに、4月、新しい日本語学校がオープンしました。

開校式の様子を見守った村上・ジェイン・マルセラさん。
現在岩手県奥州市に住むマルセラさんは、マナド近郊の村の出身。岩手の介護施設に技能実習生を送り込むため、ふるさとに日本語学校を立ち上げました。

村上・ジェイン・マルセラさん

村上・ジェイン・マルセラさん
「開校式を迎えられてうれしいです。この日本語学校で学ぶ生徒たちを(岩手に)多く送り出せるよう期待しています」

日本語学校の授業風景

マルセラさんが立ち上げた日本語学校。
18歳から32歳まで約50人が学んでいて、授業は平日の朝9時から夕方4時まで続いています。
力を入れているのが、介護部門の技能実習生が来日するために欠かせない「日本語能力試験」の対策です。
 介護部門の技能実習生として来日するには、日本語能力試験で「N4レベル」と認定されなければなりません。これは「基本的な日本語を理解できる」というレベル。5段階あるレベルの中では比較的難しくないほうですが、介護以外の業種では、そもそも試験に合格している必要はありません。
介護分野は、技能実習制度の中でもハードルが高いといわれているのです。

マルセラさん
「N4は最低限求められるレベルですが、この学校に通うみなさんにはそれ以上のレベルを身につけてほしいと思っています。あらかじめ日本語能力が高い状態で入国すれば、受け入れ先の企業ともうまくコミュニケーションを取ることができます。技能実習制度を巡っては、よく『実習生が職場から逃げ出してしまった』というようなトラブルも聞きますが、それは結局、言葉が通じないことが原因だと思います。語学力を身につければ、企業側も安心して受け入れられるし、実習生も企業さんにある程度意思表示をすることができます」

 日本とは“逆” 故郷の若者のために

 日本語学校を立ち上げたマルセラさんにはある強い思いがありました。

「就職難に陥る若者の力になりたい」

 マナド近郊の小さな村で生まれ育ったマルセラさん。 小学校、中学校では常に成績がトップだったと言います。その後は高校に通うために、マナドの親戚のおじの家に身を寄せました。
そして、国立大学の日本語学科の教授だったおじの影響で、マルセラさんも大学で日本語を学びました。

大学時代のマルセラさん(写真中央)

マルセラさん
 「“日本語を学べば、将来が必ずよくなる”というおじの言葉を信じて、勉強に励みました。おじはとにかく厳しかったです。家では常に、学習のノルマが課せられていました。おじが仕事で日本に行ったときの写真などを見て、日本への憧れを強めていきました」

 大学を卒業し、結婚を機に来日したのが20年前でした。
子育てをしながら、日本で介護福祉士の資格を取り、岩手県内の介護施設に10年間勤務。
そこで介護業界の深刻な人手不足を実感しました。
岩手県では介護人材の不足数が、2025年までに約2700人、20年後には6000人余りに上るとという試算があります。
一方で、故郷のインドネシアに目を向けてみると、大学を卒業した人でさえ、就職難に陥っているという状況でした。特に、マナドは首都ジャカルタから飛行機で3時間以上の距離にあり、就職先を見つけるのは簡単ではありません。

マナドの様子

マルセラさん
「最近になって、マナドにもモールができたりして企業も増えてきましたが、それでもジャカルタに比べれば全然働き口はありません。さらに、マナドの人が海外に行こうと思っても、技能実習で日本に行くプログラムなどのほとんどが、首都のジャカルタでとどまっていて、マナドの人は、日本に行きたくてもどうやって行くのか全くわからないという状況なんです。そこを助けてあげたいと思って、まずは日本語学校をつくりました。日本は逆に人手不足なので、就職先がないインドネシアの若者を日本に送り出すことができれば、日本の役にも立てるんじゃないかと思いました。お互いの国が良くなるように、マナドと岩手の架け橋になりたいと思っています」

マルセラさんの思いに賛同し、日本語学校の立ち上げなどに協力したのが大久保博さんです。岩手県内各地で介護施設を経営する大久保さんもまた、県内の介護人材不足に強い危機感を持ち続けていました。

大久保博さん

大久保博さん
「東南アジアのほかの国の若者たちの間では“日本離れ”も進んでいるが、インドネシアの人たちは、日本に行きたいと言ってくれる人も多いので、とてもありがたい。日本に来たいと言ってくれる人たちを大事にしていきたいです。まずは日本語学校でしっかり日本語を学んで、戦力となる状態で、日本に来てほしい」

 スキルある若者の派遣に向けて 

岩手に介護分野の技能実習生を送り込むため、マルセラさんが着目したのが「看護大学」でした。
インドネシアは看護大学の数が、東南アジアでも随一であると言われていますが、こうした大学で学び専門技術を身につけた若者でさえも、働き口を見つけることは難しいのが現状です。
インドネシアは国民の平均年齢が29歳とあって、平均年齢が47歳の日本と比べ、病院や介護施設での需要が低いのです。 

ルマサキテリン大学の学生たち

マルセラさんは、マナド周辺にある4つの大学と提携。
日本への渡航を希望する学生たちは、在学しながらマルセラさんの日本語学校の授業を受けることができます。どの大学でも、およそ20人が日本語を学んでいるといいます。

取材のためマルセラさんとともに、提携している看護大学のひとつ、ルマサキテリン大学を訪れた日、学生からマルセラさんに質問がありました。

(学生)「日本の給料事情を知りたいです」
(マルセラさん)「1か月でだいたい1500万から2000万ルピア(約15万円)くらいもらえます」

この答えに、学生たちからは歓声があがりました。

看護大学 学生
「ちゃんと就職先を見つけられるか不安だったし、こちらでは給料も低い。日本に行ってスキルアップを図るほうが、こちらにいるよりずっといいと思いました」

 日本語学校と提携することは、大学側にとってもメリットが大きいといいます。

ルマサキテリン大学 ドゥウィ・ヨゴ・ブディ・プラボウォ副学長 

ドゥウィ・ヨゴ・ブディ・プラボウォ副学長 
「日本語のプログラムがあることは、大学のアピールポイントになりますし、知名度も上がります。卒業生がすぐに働ける環境を作ることができるので、提携は非常にありがたいです」

すそ野を広げて 挑戦は続く

 マルセラさんは、今後も定期的にインドネシアに帰国し、日本語学校で学ぶ学生などを来てからもサポートを続けたいと考えています。

村上・ジェイン・マルセラさん

マルセラさん 
「私も頑張って日本語を勉強して、日本に行って、生活が豊かになりました。自分が幸せになった分、今度はふるさとに恩返しがしたい。ふるさとの若者にも『頑張れば道が開ける』と伝えたいです」

マルセラさんの日本語学校からは、2023年6月の時点で6人が技能実習生として岩手の介護施設に行く準備を進めています。こうした技能実習生たちの来日後の働きや課題、外国人に頼らなければならない岩手の介護の実情など、介護人材不足の解消という課題にどう向き合うべきか取材を続けていこうと思います。

  • 村田理帆

    NHK盛岡 釜石支局

    村田理帆

    2018年入局
    沖縄局を経て2021年11月から現所属。

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