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“その時は一緒に逃げましょう”

東日本大震災12年 津波避難を「ご近所」の力で
  • 2023年03月08日

東北の三陸地方には「津波てんでんこ」ということばがあります。
地震が起きたら津波が来るので誰かを待ったり探したりせずそれぞれ高台に逃げろ、という意味で語り継がれています。
一方で、実際には障害があったり病気だったり、あるいは高齢だったりして「1人で避難できない人」も。そうした人たちを「ご近所の力」でサポートしたいという取り組みが始まっています。
(NHK盛岡 釜石支局 村田理帆)

避難を諦めている人も

(記者)津波が来る、となった時はどうするか考えていますか?
(女性)考えているけども、どうしようもない。もうその時は、もういいやと思っています。

そう話すのは、岩手県大槌町大ヶ口地区で1人暮らしをしている80代の女性。足腰が弱って津波が来るとなっても自力での避難は難しいと考えています。

12年前の東日本大震災で、大槌町は町役場が津波にのまれるなど多くの犠牲者を出しました。
その後、海沿いには防潮堤が作られるなどハード面の復興事業は終わりましたが、ここに来て新たな課題に直面しています。
去年、岩手県が発表した巨大地震発生時の津波の新想定です。
女性が暮らす大ヶ口地区は、震災では地区の一部が浸水しただけでしたが、新想定では地区の全域が浸水するとされたのです。
地区の自主防災組織は、来る災害に備え万全の備えをしたいと考えています。

自主防災組織のリーダー 松田弘さん
「地区のみなさんは、新しい想定を受けて、津波に対する恐怖感がものすごいです。中には自分1人では逃げられないと考え、避難を諦めている人もいるんです。私たちの活動は地域の人たちに背中を見せることにもなると思うので、活動によって避難への不安感を少しでも取り除きたい」

1人で避難できない人 どうサポートする

去年11月の避難訓練

避難を諦めている人がいるのではないか、そう松田さんが考えたきっかけは、毎年行っている避難訓練でした。
「参加している人たちは“健康”な人たちばかりなのではないか」
「自力で逃げられない人をどうやってサポートするかが、自主防災組織の役割なのではないか」

そこで松田さんは、1人で避難できない人が地区にどれだけいるか、自主防災組織のメンバーで手分けしてアンケート調査をすることにしました。

アンケートに回答してくれたのは地区全体のおよそ6割にあたる178世帯。
災害時に自力で避難できるかどうか尋ねたところ、31人から「難しい」と回答がありました。
松田さんは、追加の訪問を重ねて個別の事情を把握したうえで、31人をAからFまでの6つのグループに分けました。

A)一人での避難は難しいが同居者と避難可…………………13人
B)一人での避難は難しいが近隣の人と避難可……………… 6人
C)車を運転できるが、一人での避難が不安………………… 2人
D)避難先での避難が困難(酸素吸入をしている人など)… 3人
E)免許を返納していて車の運転ができない………………… 2人
F)同居者や近隣の人との避難ができない…………………… 5人

特に注目したのは、EとFに該当する7人です。
7人は、自宅の玄関までは自力で出てくることができる人たちでした。
松田さんは、こうした人たちならば、専門知識がなくとも「ご近所の力」で避難を手助けできると考えました。

松田さん
「私たちが医療行為をすることはできないので、寝たきりの人など、Dに該当する人については行政の力を借りたいです。私たちが手助けできる人たちは、玄関までであれば自力で歩けるという人が前提。EとFなら、間違いなく私たちが手を差し伸べることができる人たちです。本当はAやBに該当する人を、私たちの日々の見守り活動の中でさらに増やしていきたいと考えています」

「向こう3軒両隣」

アンケートを受け、松田さんは、「自力で避難できない」と回答した人たちを頻繁に訪れ、日頃から見守り活動を行っています。

この日訪れたのは、1人暮らしをする80代の女性。
町の要支援者名簿には登録していないものの、1人での避難に不安を抱えていました。

女性
「足腰が悪いので、いざというときはもうどうしようもないと思っていました。でも、松田さんたちがこうして私たちを見守ってくれているので、いざという時は一緒に避難できると思うと、とても安心です」

松田さんは、自分たちができる範囲で避難をサポートする仕組みづくりを進めるとともに、日々の地域の見守りにも生かしたいと考えています。

松田さん
「私のモットーは『向こう3軒両隣』。災害の時だけではなくて、日常の困りごとも含めて、いざというときにご近所さん同士で支え合い、誰かが手を差し伸べてくれるような、そんな地域づくりをしたいです」。

個別避難計画 作成へ

大槌町は大ヶ口地区の取り組みをモデルに、ほかの地区にも自主防災組織の活動を呼びかけていこうと考え、市区町村の努力義務とされている個別避難計画の作成を進めていきたいと考えています。

個別避難計画は、障害がある人など災害時に支援が必要な人を
▽どこに避難させるのかや
▽誰がサポートするのかなどをあらかじめ決めておくものですが、大槌町は、まだ1人の計画も作っていません。作成にあたっては地域住民との連携も欠かせないといいます。
松田さんの集めたアンケートにより、役場でも把握できていなかった細かな事情を知ることができたということで、計画に反映していきたいとしています。

  • 村田理帆

    NHK盛岡 釜石支局

    村田理帆

    2018年入局
    沖縄局を経て2021年11月から現所属。

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