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岩手取材ノート

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チャグチャグ馬コをつなぐ絆

  • 2023年02月14日

特別な思いを抱いて参拝する馬主

毎年正月に行われるチャグチャグ馬コ初詣。馬コたちが向かうのは、チャグチャグ馬コの出発地、滝沢市の鬼越蒼前神社です。盛岡市、滝沢市、矢巾町から合わせて10頭の馬が参拝に訪れる冬の行事。雪の中を歩く馬コの姿は初夏のチャグチャグ馬コとはまたひと味違った美しさがあります。

ことし特別な思いで神社に参拝する1人の馬主がいました。大坪昇(おおつぼのぼる)さん85歳。ちょうど1年前の正月に息子の一幸(かずゆき)さんを亡くしました。

「姿は見えないけれども(息子も)一緒に歩いたと思っているんじゃねえかな。」

経営するきゅう舎の跡継ぎとして一幸さんに期待していた大坪さん。そんな中、去年亡き息子に変わってきゅう舎を継ぐ人が。馬コをつなぐあるきゅう舎の一冬を追いました。

チャグチャグ馬コを長年支えてきた大坪さん

鬼越蒼然神社から車で5分ほど。雪に覆われた住宅街の中に大坪さんのきゅう舎はあります。

飼育する馬は全部で8頭、これは滝沢市内でも最大級です。この春に出産予定の馬もいて、頭数はさらに増える予定です。

このきゅう舎を一代で築き上げたのが大坪さん。小さい頃から馬が好きで、38歳から馬を飼い始めました。これまで取り上げた子馬の数は157頭にものぼり、多くの馬をチャグチャグ馬コに参加させてきました。長年の貢献が評価され、2年前には県内の馬事文化の発展に貢献した人を評価する「馬事文化賞」を受賞。名実ともに馬のスペシャリストです。

チャグチャグ馬コにはこれまで40回参加。きゅう舎の入り口にある休憩室に案内してもらうと…

室内には思い出の写真がいっぱいです。大坪さんのお気に入りの一枚は家族みんなで初めて参加した写真です。

「やっぱり第一回目だからよけい思い出になるのさ。今より人は少なかったけど、お客さんの前で歩いたことは覚えているな。」

祭りに1度も欠かさず参加していたのが長男の一幸さんです。幼いころから馬が好きで大坪さんの手伝いをしていたといいます。運送業の仕事を辞めて、きゅう舎を手伝いはじめたのは15年ほど前。以来大坪さんと二人できゅう舎を切り盛りしてきました。

息子との突然の別れ

去年の正月、初詣の馬の飾りつけをしている時のことでした。時間になっても出てこない一幸さんを心配して大坪さんが様子を見に行くと、一幸さんは自宅で亡くなっていました。もともと心臓を患っていました。

「それからことしの元旦はやめますとなったのさ。すっかり皆飾りつけてからな。まさか亡くなっているとは思わないんだもの。何十年やって元旦休んだのは初めてだな。」

跡継ぎとして一幸さんに期待していた大坪さん。きゅう舎の今後を考えていました。

「私がいなくなれば馬がなくなる。馬がいなくなればチャグチャグ馬コもなくなるのさ。私もあと何年かは続けるけど、この先どうなるか…」

チャグチャグ馬コ 出馬頭数減少の現実

南部盛岡チャグチャグ馬コ同好会の菊地和夫会長です。近年、馬主の高齢化や担い手不足からやめてしまう馬主も多いといいます。

「去年はチャグチャグ馬コを3年ぶりに開催できましたが、その前の2年間はコロナの影響で開催ができなかった。その間にやめちゃおうかなという人もいたのかもしれません。」

全盛期には100頭以上の装束馬が参加していましたが、徐々に減少していき、4年前は63頭、去年は50頭にまで落ち込みました。

その一方で観光客の数は、去年、過去最高の18万4千人を記録。菊地会長も今まで感じたことがない盛り上がりだったといいます。

「見てくださっている方も待ち望んでいたというものが見えましたし、私たちも開催できてとてもよかった。チャグチャグ馬コは世界に誇れる馬事文化の一つだろうと思いますからこの先も続けていきたいと思います。」

きゅう舎に現れた新たな担い手

大坪さんのきゅう舎に一幸さんの友人がやってきました。鈴木学(すずきまなぶ)さんです。1頭の農耕馬を所有し、去年の10月から大坪さんに飼育を依頼しています。滝沢で生まれ育った鈴木さんは障がい者福祉施設を経営。チャグチャグ馬コには5年ほど前から関わっています。

「もともと盛岡競馬場で働いていたんですけど、どこからかその話がチャグチャグ馬コ関係者に伝わって、ちょっと手伝ってくれないかと。そこから関わるようになりましたね。」

「僕、農耕馬ってすごい小さい馬だと思っていたんですけど、サラブレッドの倍あって。でもおとなしい馬ばっかりだなっていうのを見てかわいいなって思ったんですよね。」

その後、地元に貢献したいと馬を飼い始めました。その際、祭りのしきたりなどを教えてくれたのが一幸さんでした。同い年だったこともあって意気投合。馬コの将来について話し合っていました。

「僕のほうでは調教、一幸さんのほうでは馬の出産とか種付けとか、下支えできる存在になりたいよねっていう話をしていました。」

鈴木さんは今、時間の許すかぎり、大坪さんを手伝っています。この日は餌やりの手伝い。大坪さん流の餌の分量を覚えていきます。

「競馬場時代とは餌も全然違いますし、昇さんのやり方を細かく覚えたくて。馬の世話は楽しいので夢中になれますね。」

馬の新たな活用

12月、大坪さんのきゅう舎に若手の馬主たちが集まってきました。鈴木さんが一幸さんたちと話していたことの一つ、チャグチャグ馬コ以外で馬を活用させるための調教です。

この日は馬にスノーチューブをつけて人を引っ張るアトラクション。2月には滝沢市内でイベントを開催しました。今後も続けていく予定です。

「今まではチャグチャグ馬コは年に1回の行事だったんですけど、馬にも1頭1頭名前も個性もあるし、こうやって調教して子どもたちや一般の人たちと遊べる機会を作ってファンがついてくれればいいなと思います。」

2年ぶりのお参り

正月。馬の飾りつけが始まりました。チャグチャグ馬コ同好会の人やカメラマンも集まり、きゅう舎がにぎわいます。大坪さんは慣れた手つきで飾りつけを進めていきます。ことしは鈴木さんの馬も初参加。鈴木さんも作業を進めます。

飾りつけているポニーには一幸さんの文字。

「一緒に歩くようにと。姿は見えないけれども本人も一緒に歩いているような気に私もなるし。ちょっと雪が降ってきたから大変だと思うけど頑張ります。」

きゅう舎からの2年ぶりの参拝。大坪さんを先頭に15分ほどの道を歩きます。

境内には馬コを一目みようと多くの参拝客が集まっていました。

大坪さんの馬と写真を撮る人も。大坪さんもうれしそうに見守ります。

「とにかく馬の頭数を増やすために鈴木さんに頑張ってもらいたいのさ。馬がいなければチャグチャグ馬コできねえの。」

大坪さんも体が動くうちはきゅう舎を支える気持ちです。

「年を取ったからここらでゆっくりしようと思ったらすぐあの世へいくのさ。それじゃだめ、100歳まで動いて子馬生産200頭までは頑張りますよと。」

力強く話す大坪さんの表情が印象的でした。

いわチャン「“冬の馬コ”つなぐ絆」は2月17日(金) 夜7時30分~放送予定。岩手県内向けの放送です。ぜひご覧ください。

取材後記

ディレクターとして岩手に来てことしで4年目になります。去年初めてチャグチャグ馬コを見ることができ、鳴り響く鈴の音や、迫力のある馬コ、きれいに着飾った人の行進に圧倒されました。しかし華やかな行事の裏で、多くの伝統行事が抱える担い手不足や高齢化の波はチャグチャグ馬コにも迫っていました。取材中、大坪さんのきゅう舎に幾度となく通いましたが、85歳とは思えないほどの体力できゅう舎を動きまわり、取材後にはいつも甘酒を振る舞ってくれました。「チャグチャグ馬コを楽しみにしてくれる人がいるから頑張れる」と話す大坪さん。これからもチャグチャグ馬コを取材していきたいと思います。

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