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岩手 陸前高田 “復興のリーダー”はなぜ負けたのか

  • 2023年02月08日

東日本大震災で1800人余りが犠牲になった岩手県陸前高田市。震災発生から12年になるのを前に市長選挙が行われました。
3期にわたり復旧・復興を指揮し抜群の知名度を誇る現職と地元出身で元官僚の新人との一騎打ちは思わぬ結末になりました。
(NHK盛岡放送局 大船渡・陸前高田支局 村上 浩) 

薄氷の勝利から4年 再びの“一騎打ち”

2019年の市長選挙 3回目の当選を決めた戸羽太市長

4年前・2019年に行われた陸前高田市長選挙。市役所の再建など復興事業の進め方が争点となり、現職の戸羽太さんは県の元理事の新人に5票差に迫られながら、からくも3回目の当選を果たしました。
それから4年。今回の選挙も一騎打ちの構図になりました。

現職の戸羽 太氏(58)は、2011年2月の市長選挙で初当選。
その1か月後に東日本大震災が発生しました。
それから市の復旧・復興を3期12年に渡って指揮。各地に講演などに赴くなど復興状況を発信し続け、陸前高田の名を全国区に押し上げました。4期目を集大成と位置づけ、現職市長として物価高騰に苦しむ市民生活の支援や、ふるさと納税の拡大による住民サービスの向上などを訴えました。

これに挑んだのが農林水産省の元職員 佐々木拓 氏(59)。漁業の盛んな市内の広田地区出身で、定年退職を待たず2022年12月にふるさとに戻り、初めての選挙に臨みました。
キャッチフレーズは「復興の先にかじを切れ!」。
大学の誘致やITなど先端産業の誘致で1000人規模の雇用創出、農林水産業の生産額倍増など大胆な公約を次々に打ち出し、中央官庁時代に培った知見や人脈も生かして実現を目指すと訴えました。

戸羽 太 氏

戸羽 太 氏
「この12年、皆さんと東日本大震災の復旧復興に力を入れてきた。これからワクワクするようなまちづくりを進めるが、まずはコロナやウクライナの問題、物価の高騰で苦しんでいる市民に手を差し伸べたい。みなさんが前を向いて生きがいを持って生活できる環境を作る」

佐々木 拓 氏

佐々木 拓 氏
「少子化や若者の流出が続けば陸前高田は衰退してしまう。給食費の無料化や給付型奨学金で子どもや若者、その親などを支える。公約に掲げた大学や先端企業の誘致、水産業をはじめ1次産業の生産額倍増などは公務員ではできない約束で、研究者や農水省のOBなどの助言を得ながら必ず実現する」

復興事業が完了したいま、復興のその先を見据えた新しいリーダーを選ぶ今回の選挙は市政の継続か刷新かが最大の争点となりました。

「リベンジ」と「マンネリ」

佐々木氏の支援団体の看板

3期12年の実績と市内全域に張り巡らせた組織力を誇る戸羽氏に対し、およそ40年ぶりにふるさとに戻りわずか2か月で選挙に挑む佐々木氏。
当初は圧倒的に不利とみられましたが、同級生や地元の広田地区での支持固めから始まり、徐々に体制が作られてきました。4年前の選挙で5票差で敗れた候補の後援会長を務めた隣の大船渡商工会議所の会頭や市議会議員などが中核となり「4年前のリベンジを」とばかり結束を固め、攻勢を強めていきました。
市を二分し、時に誹謗中傷も飛び交う激しい選挙となった前回に似た構図ができあがりました。

戸羽氏の支援団体の看板

一方の戸羽陣営。支援する市議会議員は自らの地盤を回って支持を固め、選挙事務所には連日、多くの支持者が集まり日程を確認したり和やかに談笑していましたが、その多くは高齢者。前市長の時代から受け継いだ支援団体も高齢化が進む中で、陣営幹部は不安を感じていました。
 

陣営幹部

「これまで復興のために頑張ってくれたと評価する一方で、そろそろ代わってもよいのではというムードを感じる」
「多選批判は確かにある。できれば今回の選挙は無投票で終わって欲しかった」
「震災から12年もたって、生活もある程度落ち着いてきたら、あの時の苦労も市長への思いもみんな忘れてしまったのだろうか」

見えてきた焦り
 

選挙戦終盤、地元紙の報道で劣勢が伝えられると、焦りからか戸羽氏の街頭演説には政策とは別のテーマや相手陣営への批判に時間を費やす場面も見受けられました。

「相手候補の裏には大船渡商工会議所の会頭がいて、今回の選挙の先には市町村合併も見据えていると思われる。選挙の結果次第では将来、市の名前も変わってしまう」
「『復興の先』という話がある。そりゃそうでしょう。でもあの震災があったから、陸前高田は本当によみがえるのか不安を抱えながら皆さんと苦労して歩んだ12年があるから今がある」
「復興の先にかじを切れと言われたって、その前はどうだったか知ってるんですかと言いたい」

一方の佐々木氏。街頭演説で隣接する一関市との境にある交通の難所でのトンネル整備に触れました。
 

「現職はベテラン市議の仲介で県知事に要望したということだが、大きなプロジェクトの実現には市長自らトップセールスをしなければならない。私が市長になれば直接、知事に直談判します!」


思わぬ大敗

迎えた投開票日。
結果はおよそ1200票の大差を付けられ戸羽氏は落選。
全体の投票率は79%と前回を上回り、地区別で佐々木氏の地元・広田地区で84%、前回の新人候補の地元・横田地区でも83%を超えた一方で、戸羽氏の地元の高田地区は76%にとどまり、支持を固められなかったのは明らかでした。

予想外の票差での勝利で喜びに沸く佐々木陣営とは対照的に沈痛なムードが漂う選挙事務所で戸羽氏は悔しさをにじませながら取材に応じていました。

戸羽 太 氏
「多選批判があったことは否めないが全部とは言わないけれどできる事、やるべき事は一定の成果をあ げることができたと思う」
「佐々木さんはかさ上げ地に大学誘致をしてキャンパスを作ってとできる訳がないじゃないですか」
「市民が期待した公約をぜひ実現してほしいし、自分も応援できるところは応援したい」


震災からまもなく12年。長く復興を指揮してきた一方でマンネリもささやかれてきた“名物市長”の退場は県内最大の被災地でも広がる記憶の風化を何よりもうかがわせる結果となりました。
 

取材後記

2022年12月に行われた戸羽氏の選挙事務所開きには、支援する県議・市議や主だった団体の代表も顔をそろえる中、大勢の支持者で盛り上がりを見せ盤石の体制を誇示したかに見えました。ただ終了後に陣営幹部が漏らした言葉が印象的でした。
「4年前の選挙のしこりは残っている。相手候補が誰であっても『戸羽太』と聞いただけで拒絶反応を見せる“反戸羽”の一定票は向こうに行く。今度も辛い選挙になりそうだ……」
果たして“不吉な予言”は現実のものとなり、震災の記憶の風化を強く印象づけるとともに選挙後の“しこり”が残ることも懸念されます。
新しいリーダーに選ばれた佐々木氏は「もし選挙に負けたらこれからの4年間どうしよう、漁師の見習いをしようかと思ったこともある」と打ち明けていたことがありました。
復興の先のまちづくりを見据えて「大学誘致」や「先端産業の誘致で任期の4年間で1000人の新規雇用」など、なかなかに高いハードルの公約の実現に加えて、新市長が“政争のまち 陸前高田”で市民をどのようにまとめリーダーシップを発揮していくのか、追い続けていきたいと思います。

  • 村上浩

    NHK盛岡放送局大船渡・陸前高田支局

    村上浩

    1992年入局
    2012年から宮城・福島などで被災地取材を続け2020年から現任地

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