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5類に移行でコロナはもう怖くない?

医療現場で始まったウィズコロナへの転換
  • 2023年02月02日

徹底した衛生管理と厳格な感染対策。医療現場は新型コロナと隔絶された、いわば「ゼロコロナ」の世界が徹底されている。そんなイメージはありませんか?ところが、その医療現場こそ、第8波による感染拡大の影響が最も深刻な現場の1つでした。「命を救える体制を守りたい」とウィズコロナへの舵を切った病院の決断を取材しました(盛岡放送局 記者 渡邊貴大)


▽「本来救えたはずの命」が失われていた可能性も

「新型コロナの影響で、入院を延期させてもらいたくてお電話差し上げました…」

新型コロナウイルスの患者を受け入れている、岩手県矢巾町の岩手医科大学附属病院です。県内の新型コロナの病床使用率が改善傾向にあった1月下旬になっても、一部の科で新規の入院や手術の受け入れができない状況が続いていました。8波のピーク時には、1日に50件近く入院や手術を断ることも珍しくなかったと言います。

岩手 病床使用率 推移

岩手県内の病床使用率は、1月31日時点で13.9%。第8波のピークだった去年12月19日時点の45.3%と比べて3分の1以下まで下がっています。県が示しているオミクロン株に対応した「医療ひっ迫防止対策強化宣言」の発表基準では、病床使用率の水準としては「レベル1」に落ち着いたことになります。なぜ、医療現場では今もひっ迫した状況が続いているのでしょうか。

新型コロナ、岩手医科大学附属病院

その理由は、医療従事者やその家族、そして患者への感染拡大にありました。病院では、1つの病棟で5人以上感染者が出た場合にクラスターとして県や国に報告。そして、感染の拡大を防ぐためにクラスターが出た病棟を閉鎖して、新たな入院や手術を受け付けないという対応を続けてきました。そのため、多いときで600床ある病床のうち200床が病棟閉鎖で使用できない状況に陥っていました。病院内のベッドの3分の1が使えない状況となれば、新型コロナ対応だけでなく、通常診療にも影響が出てくるのは当然です。

岩手医科大学附属病院
小笠原邦昭病院長

岩手医科大学附属病院 小笠原邦昭病院長
「院内感染が起こって病棟を閉鎖したり医療従事者が来られなかったりして、通常の診療ができないということが今回の第8波の一番の問題だった。県内の多くの基幹病院で同じことが起こっていて、本来救えていた患者の命が失われる危機が起こっていたし、今も起こっている」

▽医療現場の”ゼロコロナ”からの転換

こうした背景には、ウィズコロナに向けて加速する社会と、いわば”ゼロコロナ”を続けてきた医療現場のギャップが広がっていることが理由として考えられると小笠原病院長は指摘します。5類への移行が決定したいま、会社や学校で近くの人が新型コロナに感染したとしても、症状がなければ「自分は大丈夫だし検査をしなくてもいいだろう」と考える人もいるのではないでしょうか。しかし、医療現場では厳格な感染対策が続けられています。例えばこの病院では、感染者が出た場合には、同じ病棟の全員が抗原検査やPCR検査を行っています。徹底して調べていれば、感染が確認されるのは当然のことです。問題はこの病院が、そして県内の他の多くの病院も同様に、「5人以上感染者が出た場合、病棟を閉鎖する」という対応を続けてきたことでした。

感染力が強いオミクロン株は、これまでよりも広がりが早く、1人の感染が確認されるとあっという間に病棟に広がり繰り返し病棟閉鎖となる事態が続いていました。使えない病床が増えた結果、通常の診療にまで影響が出てくる深刻な状態となりました。

岩手医科大学附属病院 小笠原邦昭病院長
「入院患者を受け入れられなくて、一番ひどかったときは青森県の病院に運んでもらうようにお願いしたこともある。病棟を閉鎖するのも大変で、患者や家族に説明して理解してもらうという、現場の疲弊感もあった。コロナそのものよりも、こうした対応で職員が精神的・肉体的にやられてしまうという危機感があった」

社会がウィズコロナに適応していこうとする中、病院だけがこうしたゼロコロナ政策を続けて通常の医療が圧迫された状態が続けば、間もなく職員も患者も限界を迎えてしまうと感じた小笠原病院長は、決断を下します。

岩手医科大学附属病院 小笠原邦昭病院長
「我々もウィズコロナで通常診療をやっていくと決めた。ゼロコロナをもうやめないと、また同じような事態になったときに通常診療ができない。ただ、感染対策は、引き続ききちんとやっていくという方針に変えた」

見直したのは、病棟を閉鎖する感染者数の上限です。厚労省に確認したところ、5人以上の感染者が出た場合というのは、クラスターとしての報告義務があるだけで、何人以上感染者が出たら病棟を閉鎖するかどうかは、それぞれの病院が状況によって決めていいと回答を得ました。そのため、この病院では、1月末(すえ)からこれまでの2倍の、10人以上の感染者が出た場合に病棟閉鎖すると基準を引き揚げました。これにより、現在は状況が徐々に改善傾向にあり、入院や退院を受け入れられ始めていると言います。

加えて、これまでは病棟を分けて隔離していた新型コロナの患者について、今後は5類への移行に向けて、感染対策を徹底した上で同じ病棟の一角にコロナ患者も入院、治療できるように対応を変えていくことを検討することにしています。すべては、新型コロナに限らずすべての「救える命を守る体制」を維持していくためです。

岩手医科大学附属病院 小笠原邦昭病院長
「患者を受け入れながら新型コロナも見る体制を作っていく。それをやらなければ我々の命はなくなるかもしれないと言うことを理解していただき、適切なタイミングで治療して命を救うという機会をわれわれに与えていただきたい」

▽数字が示す”隠れ感染者”の可能性

命を守るためにウィズコロナへ舵を切った医療現場。取材させてもらう中で、今回の第8波の特徴として死者数の多さにも特徴があるという説明を受けました。たしかに、県内でコロナに感染して亡くなった人の数は、去年12月が149人、ことし1月はさらに増えて158人と、2か月連続で過去最多を更新しました。一方で、発表される感染者数は減っています。第8波で亡くなっている人の特徴を、岩手医科大学の眞瀬智彦教授に伺いました。

岩手医科大学
眞瀬智彦教授

岩手医科大学 眞瀬智彦教授
「以前はコロナに典型的な肺炎の方が調子が悪くなって亡くなるということが多かった。一方で今は、誤嚥性の肺炎や、あるいは持病で亡くなっている高齢者が明らかに多い。医療施設に元から入院している方、あるいは高齢者施設に入所している方は免疫が落ちているので、余力がない状況で感染すると回復が難しくなる」

隠れ感染者

加えて眞瀬教授は、表に出てきていない「隠れ感染者」が相当数いる可能性があると指摘します。基準になると考えているのは、妊婦の感染者数です。去年9月に国が全数把握を見直して以降も、妊婦の感染者はこれまでと同様の把握方法が続けられています。その数が、第7波のピークと比べると、第8波のピークはおよそ2倍ほどに上っているというのです。

どちらもオミクロン株が主流の感染だったことを考えると、継続して数えることができている妊婦の感染者数を元にすれば、第8波の実際の感染者数は、第7波のピーク時の2倍いたかもしれないという可能性をデータは示していました。

さらに、感染者何人につき1人が亡くなっているかを計算すると、同じ傾向が見えてきました。
月によってばらつきはあるものの▽第7波の去年8月は、感染者の676人に1人が亡くなっていました。一方で、▽第8波の去年12月は314人に1人、▽ことし1月は152人に1人と、亡くなる人の割合が数字上高くなっていることが分かりました。

オミクロン株の致死率が7波と8波で変化したという報告は出されていません。つまり、分母に当たる感染者数が本来よりも少ない数字しか明らかになっていない可能性が考えられるのです。

岩手医科大学 眞瀬智彦教授
「オミクロン株が主流であることは変わっていないので、致死率が変わる理由はない。つまり、第8波では今発表されている1点5倍から2倍くらいの陽性者が実は発生していたのではないか」

感染者が見かけの数字ほど減っていない可能性も浮上する中、5月には感染症法上の位置づけが5類に移行することが決まりました。行動制限はとられなくなり、マスクについてもそれぞれの判断になることで、ウィズコロナに向けて社会が一層加速していくことが予想されます。ただ、新型コロナ自体は何も変わらず私たちの側にあり続けます。今も毎日、高齢者や基礎疾患のある方を中心に亡くなる人が出ている感染症です。大切な人の命を守るためにも、場面に応じた感染対策はこれからも取り続けていく必要があると感じました。


【取材後記】
去年12月に緊急の記者会見で小笠原病院長が発した「クラスターの発生で一般医療がひっ迫し手術や入院が行えていない」という言葉に、私は強い衝撃を受けました。新型コロナ用の病床使用率は40%ほどになっていたものの、一般医療についての情報は発表されておらず、そこまでひっ迫した状況だったことを認識できていなかったためです。今回、病院の協力も得ながら取材を進めていく中で、コロナを最も受け入れないのではないかというイメージのあった病院が、ウィズコロナに向けて舵を切ったことに驚かされました。ただ、それは今回のひっ迫を経験したからこそ、通常医療を維持していくための当然の決断であったことも知り、この決断の背景を多くの人に理解してもらう必要があると強く感じました。5月には5類への移行も決まりましたが、これからも、命を守るための医療現場の取り組みについて取材を続けていきたいと思います。

NHK盛岡放送局
記者 渡邊貴大
H25入局 災害、経済、行政取材を経験
広島局時代にコロナ禍で医療取材に取り組み始め、
盛岡局でも医療取材を担当

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