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電力不足に一石を投じるか!? “地熱バイナリー発電”の可能性

  • 2023年01月30日

全国で電力不足が叫ばれている今、岩手県雫石町の山あいで新たな“地熱発電所”が稼働した。

その発電所ができたのは滝ノ上温泉という温泉地。東日本大震災以降、客足が減り、当時4軒あった温泉施設がすべて閉館に追い込まれた。しかし、温泉から出る熱水と蒸気を利用した発電方法を取り入れ、復活を遂げようとしている。

世界有数の火山国である日本。
多くのエネルギー資源を輸入に頼る中、“地熱”は世界3位のポテンシャルを持つ。(2021年 資源エネルギー庁)
純国産の再生可能エネルギーとして注目されている地熱だが、国内で発電可能な約2,347万kW分の地熱資源のうち、実際に導入されている地熱発電設備の全体の容量は約61万kWと全体の約2.6%にとどまっている。

その理由は何なのか。
雫石町の小さな温泉地で始まった発電所の事例から見えてくる、日本の地熱開発の現状を取材した。

温泉から生まれる「再生可能エネルギー」

岩手県の県庁所在地、盛岡市から車で約1時間の場所にある滝ノ上温泉。
もくもくと蒸気が沸き立つ景観は、まさに“秘境温泉”という言葉がぴったりだ。
 

この場所で地熱発電を開発したのが、盛岡市出身の岩岡重樹さん。一級建築士の資格を持ち、全国で再生可能エネルギーを利用した建物や施設の建設に関わってきた。

岩岡さんが滝ノ上温泉で開発したのが、毎時50トン以上も湧き出る温泉の蒸気と熱水を使った地熱発電所、「滝ノ上地熱バイナリー発電所」だ。

多くの地熱発電は、地中深くから200℃以上の熱源を使って直接タービンを回し発電を行う。
 

しかし、滝ノ上温泉の熱源は120℃ほど。そこで、沸点が36℃のガスを媒介してタービンを回す“バイナリー発電”という方法を取り入れた。

発電出力は約650kW。一般家庭約1,100世帯分の電力をまかなうことができる。
 

発電に利用した温泉は泉質も変わらないため、そのまま入浴用として使用することが可能。さらに、施設の暖房にも活用している。
余った温泉は地下の熱源に戻されるため「温泉資源の枯渇」や「環境への負荷」といった問題も起きづらいと岩岡さんは言う。

 

地域に眠っているエネルギーをどうやって活用したらいいのか。化石燃料も二酸化炭素を排出するなど、いろんな問題がある。
できればヨーロッパがやっているような自然エネルギーで町おこしみたいなことをやれたら地域を活性化できるんじゃないかと考えました

開発費10億円をかけた温泉復活プロジェクトその採算の見込みは・・・

200年以上の歴史をもつ滝ノ上温泉。かつては、地元の人や登山客たちでにぎわいをみせいていた。

東日本大震災以降、客足が減り、4軒あった温泉館のすべてが閉館に追い込まれていた。そんな中、岩岡さんは2011年に温泉組合長から経営を引き継ぐと、温泉郷の復活事業をスタートさせた。

これまで10億円の融資を受けて開発。
今後は、電力の固定価格買取制度(FIT制度)を活用して、1kWあたり40円(+税金)で売電。
年間で約1億5,000万円の利益を生み出せると試算している。
 

地熱発電のメリットのひとつは、ほかの太陽光や風力といった再生エネルギーとは異なり、天候などに左右されず常に安定した発電が可能であること。

売電で得た収益を経営に充て、温泉施設のリニューアルや観光地としての整備に充て、最終的には、かつてのにぎわいがあった滝ノ上温泉郷の復活を目指している。

ここが、温泉郷として再生をして、バイナリー発電所が動いてくると、新しいということで施設見学者が出てきます。子どもたちが、再生可能エネルギーのことを学べる施設として機能させることもできるんじゃないか。

しかも、二酸化炭素は排出しない。環境に優しい。自然環境と自然エネルギーをうまく活用することで、地球温暖化防止に貢献し、観光や子どもたちの学びにもつながって、循環するような地域貢献を考えております。

オープンまで10年。あえて選んだ「国立公園」という立地条件

岩岡さんが進めてきた地熱バイナリー発電のプロジェクトは、構想から実現まで10年以上もの歳月がかかった。
その最大の理由は、滝ノ上温泉が十和田八幡平国立公園の中にあるという立地条件だ。

実は計算上、日本にある地熱資源の約8割が国立・国定公園の中にあるとされているが、公園内での開発にはこれまで厳しい制限がかかっていた。

東日本大震災後、環境省の規制緩和(2012年3月措置)により、国立公園で特に規制が厳しかった第2種・第3種特別地域でも、地域の合意形成や周囲の自然環境への配慮がなされた「優良事例」として認められるものに限り開発が可能になった。
2015年には第1種特別地域でも規制が緩和され、特別保護地域を除く資源量全体の約7割の開発ができるようになった。

滝ノ上温泉の事例は、第2種特別地域における地熱開発の「優良事例」として環境省からの認可が下りたケースだ。
しかし、環境省・経済産業省・林野庁と、岩手県・雫石町の各行政機関に対し、100以上にも及ぶ許可申請が必要だった。

書類の準備と申請だけで8年の歳月を費やした。

約10億円の開発費用を融資してくれる金融機関を探すことにも苦労した。

小さな温泉組合の一事業者である岩岡さんが、本当に国立公園内での開発の許可をとり、開発費を回収することができるのか。

説得と交渉にも多大な時間と労力をかけ、ようやく県外の金融機関から融資を得ることができた。

実際に建設した発電設備は、国立公園内の景観を崩さないよう、周囲から見えないように配慮した。

地熱バイナリー発電であれば、設備を通常の地熱発電設備よりも小型に収めることができる。

さらに、もともとあった温泉施設の建物の規格を変えずにリニューアルして再利用するなど、新規の建築物の開発も最小限にとどめた。

岩岡さんは、自らが培ったノウハウを全国で地熱バイナリー発電の開発を計画している温泉地にも共有したいと言う。
すでに、宮崎県の温泉業者が視察に訪れ、滝ノ上温泉からバイナリー発電の広がりはじめている。

“地熱バイナリー発電”の可能性は

地熱発電に詳しい産業総合研究所の野田徹郎名誉リサーチャーに話を聞いた。

電気を作るというのはとても大変なことですよね。ほかの再生可能エネルギーと比べると、太陽光は太陽パネルを貼ってやればすぐにでも発電できるし、風力も風車を建てて回してやって電気を作ることは割と容易なんですよね。
けれども、地熱の場合は、バイナリー発電といえど、井戸を掘ってやるということが必要です。さらに、国立公園の規制も関わってきますし、我々が普通経験しないような知識も多いですね。

岩岡さんも、例えば、福島県の土湯温泉というバイナリー発電を行っている地域へ見学に行って知識を得ているわけで、滝ノ上もこれから見学者が増えるところになると思います。

野田さんはバイナリー発電の可能性について次のように述べている。

海外の方が実は日本よりも先にどんどん進んでいるんですね。特にアメリカなんかは日本と違ってもっと規模の大きいバイナリー発電をやっていたりします。
計算上、バイナリーについては日本の国内であと600万kWくらいはやれるんだろうという計算。それにどうやって近づけていけるのかということですよね。

バイナリーはひとつひとつは小さいんですけれども、数をたくさん作れば大きい発電量になりますから、温泉地で出来る範囲のことはやっていただくと日本の中でも貢献度は大きい。

また、電力不足の際や災害時において、地域に安定して電力を供給できるベース電源としても、地熱バイナリー発電は大きな役割が期待されると言う。

日本は都市部はもちろん人が集中しているけれども、いたるところの山間部とかも人がたくさん住んでいるわけですね。そういったところへの電力の供給は国としても考えていかなければいけない。

近くにバイナリー発電所をつくり地元で発電することで、四六時中安定した電気を送ることが可能な電源になる訳なので、とてもいいことだと思います。

15年後の課題を見据えて

岩岡さんの10年にもわたる地道な努力の結果、今月運転を開始した滝ノ上バイナリー発電。

しかし、今後大きな課題に直面することが予想されている。
それは、1kW=40円(+税)で電力を売ることができる固定価格買取制度、通称FIT制度に設けられた15年という期限だ。
期限を越えると、市場での取引価格での買取に切り替わる。

岩岡さん曰く、その頃には1kW=8~9円にまで落ち込んでいるかもしれないとか・・・。
岩岡さんは15年後問題を見据えて、次なる計画を企てている。

将来的には、地域電力会社を起こそうと思っています。
滝ノ上など、雫石町内で発電したクリーンな電力を直接地元の公共施設や一般家庭に売電する仕組みです。大手の電力会社による市場取引を介さないことで、売る側と買う側、双方にとってメリットのある電力売買ができます。

おまけ:滝ノ上温泉入浴レポート

週末にもなると、県内外から入浴客が訪れる滝ノ上温泉。その多くは、10年前、かつての滝ノ上温泉を知る客たちだ。再開を待ちわびた人たちからの喜びの声が上がっている。

浴槽は当時の温泉の大きさや木の質感を再現した。

なんと、天井はリニューアル前の建物の資材をそのまま再利用。

温泉の温度は44℃を指している。

少し熱めだが、ほかにお客さんがいなければ、湯船の横にある蛇口をひねって冷水を出し、自分でちょうどいい温度に調節してもいいそうだ。

泉質は単純ナトリウム泉。中性のお湯はさらさらとした感触で、刺激をほとんど感じない、柔らかい温泉だった。

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