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「タウンみやざき」創刊時は主婦が記者?今とは違う37年前の様子を大公開!

#みやざきノスタル部
  • 2024年03月13日
タウンみやざき創刊号

懐かしい映像で宮崎を振り返る「#みやざきノスタル部」。
今回は宮崎のありとあらゆる情報が載っているタウン情報誌「タウンみやざき」を特集します。創刊して37年。創刊当時の様子など関係者が振り返ります。

37年前の様子は?

宮崎では1987年までに何度かタウン誌や情報誌が発行されていましたが、いずれも経営難で長続きしませんでした。そんななか生まれたのが「タウンみやざき」です。創刊から37年。全国的にもタウン情報誌が減っている中、休むことなく月に1回発行し続けています。NHK宮崎にこのタウン誌の「プレ創刊号(8月号)」を制作している様子が残っていました。それがこちら。

プレ創刊号を制作している様子プレ

当時は主婦や学生たちを中心にボランティアによる手作りのタウン誌で、子どもといっしょに取材する様子も残っていました。街や人の紹介・各地のイベント情報などで100ページを超す内容となっています。

子どもといっしょに取材する様子
プレ創刊号に掲載された内容

NHKが取材時に制作していたのはプレ創刊号で、このあと1987年10月に創刊号が出ました。こちらがその創刊号です。創刊号うみたて。当時の価格は200円でした。

1987年10月に発行された創刊号

今の出版社へ

雑誌を発行する宮崎市の出版社を訪ねて、当時の様子を見てもらうことにしました。案内してくれるのは1995年入社、過去に編集長もしていた営業・販売担当の福元英典さんです。編集部では社員や外部スタッフなど、約25人が毎月の締め切りに追われながらも鮮度の高い情報を載せるべく奮闘しています。

当時の映像を雑誌の今の編集長・東条隆子さんと一緒に見てもらいました。2人ともまだ入社前の映像ですが、知った顔もいたようです。

編集長・東条隆子さん

みなさんいきいきと取材されていて雰囲気は昔も今も変わらないように感じます。
(お店などは)SNSであったり、デジタルで情報発信をしていますが、正確な情報をキャッチするためには実際にお店の方にお会いしたり、お話をしないと分からないことがたくさんあるので、それは昔と変わらないのかなと思います。

そして、創刊号から最近のものまでの一部を並べて見せてもらいました。宮崎の37年が詰まっていて圧巻です。

過去のタウン誌で話がはずむ福元さんと辻本キャスター

人気コーナー「コマ地図」

読者とのコミュニケーションを大事にしてきたこの雑誌。投稿コーナーも長年続けています。なかでも根強い人気を誇るのがこちら「コマ地図」。独自の地図記号と車で進む距離が35コマで表されていて、そのとおりに進むとゴールにたどりつくというロードゲーム。毎月変わるゴールで写真を撮り、投稿することもできます。

独自の地図記号と車で進む距離が35コマで表されている「コマ地図」

今回この人気コーナー「コマ地図」の制作過程を体験させていただくことに。「コマ地図」はいつも宮崎駅が出発点となっており、ひとりが運転手、もうひとりは助手席でひとコマに地図記号や距離、目印を書いていきます。

「コマ地図」を制作する福元さんと辻本キャスター
福元英典さん

今度は0.3キロと書いてください。

辻本キャスター

こまめに曲がったりするから作るの大変ですよね

福元英典さん

そうですね。作るのはすごい大変ですよ。ちゃんとコンビニとかお店とか書かないと読者がたどり着けませんからね。ちゃんと書いてくれてますか?

辻本キャスター

スピードが速すぎて書けてません。。。。

初めてで「コマ地図」を書くのは少し難しかったよう。。。そして福元さんがゴールに設定したのはNHK宮崎放送局でした。今回は練習でしたが、毎回この労力は恐れ入ります。この「コマ地図」は創刊69冊目からずっと続いているそうです。

タウン誌へ込める思い

37年間「宮崎」の「旬」を取材し発信してきたタウン情報誌。地元・宮崎への思いを聞きました。

福元英典さん

僕たちがカメラを持って取材にいくと、それ以上のパワーをお店の人からいただく。こういうお店にしたいとか、こういうイベントにしたいとか。そういった取材先のパワーをいただいて、それをうまく紙に載せる。タウンみやざきに限らずですけど、発信する場をなくしちゃいけないかなと思います。

創刊当時から宮崎を明るく・元気にしたい、応援したいという気持ちがずっと続いているのが取材現場からも熱く伝わってきました。

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