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ウクライナ侵攻 大学生が感じた戦争と「日記」につづった言葉

  • 2022年10月06日

ウクライナ隣国で避難民支援のボランティアにあたった宮崎公立大学4年生の中野すみれさん。彼女が目の当たりにした戦争の現実とそのとき、つづった言葉を特別に見せてもらいました。
 「不安」「期待」「現実」「自分の変化」「“戦争”について」…国境付近でボランティアにあたった2週間のリアルです。

どこにでもいる“普通の大学生”

「平気な顔してご飯を食べてかわいい洋服を買って。苦しい思いをしている人がいるのを知っておきながら平気な顔でふだんの生活をしている自分が嫌だった」

9月、ウクライナの隣国などで避難民の支援のボランティアにあたった宮崎公立大学国際文化学科4年生の中野すみれさん。

ボランティアにあたった2週間、この経験を忘れないようにと自分が見て、感じて、思ったことを日記につづっていました。当時の自分の思いやウクライナ避難民の現実を少しでも伝えたいという気持ちからご本人の許可を得て日々、記していた記録の一部をご紹介させていただきます。

日本を出国した日(2022年9月3日)

「学生最後だし何かしたい」「正直、ロシアとウクライナの戦争について何も知らない」今回の活動への動機などをこう振り返るところから始まる最初の日記です。まだ、実感のわかない自分の素直な気持ちとボランティアの仲間たちとの出会い、そして、不安を抱えながらもこれから何が待ち受けているのか、期待に胸を膨らませていました。

今私は羽田空港の第3ターミナルでこれを書いている。これから日本財団のプログラムで、ウクライナ支援をしに、ポーランドとオーストリアに行く。正直、あんまり実感は湧いていない。「学生最後だし何かしたい」「国際協力への思いが消えないよう何かしたい」ってぼんやり思ってる頃にこのプロジェクトについて知って“面白そう”で申し込んだ。正直、本当に正直、ロシアとウクライナの戦争について何も知らない。何で戦争が起こったのか、今どういう状況なのか、どのくらいの人が被害にあっていて、どれほど危険なのか、全く知らない。

ただ、実家にいるときに見てたテレビで、ウクライナで私と同じ人間が困っていること、大変な状況におかれているのは知っていて、何だろう。少し違和感を感じた。

私はそのテレビを見ながら、平気な顔をしてご飯を食べて、かわいい洋服買ったりお花畑に行ったり、大学で学んだりしてて、こんな苦しい思いをしている人たちがいるのを知っておきながら平気な顔で普段の生活を送っている自分が嫌だった。本当に、今は実感が湧いていない。

ウクライナ語もロシア語も勉強していない。正直、すごいやる気に満ち溢れている!!て感じでもない。「行くんだ~」って感じ。きっと、いろんな景色や状況や人や空気や温度に囲まれて、またいっぱい、感じるんだろうな。それが楽しみ。私がどんな人と出会って、どんな景色を見て、どんなことばを聞いて、話して、感じて、考えるのか。それを忘れたくないし、逃したくないから、これから日本に帰ってくるまで毎日、その日のことを書き留める。とりあえず、今は、初めてグループのメンバーに会うからそれに少し緊張している。

上手く話せるか、仲良くなれるか、こんなに心配するのいつぶりだろう(笑)まあ私はいつもの私らしく、みんなと接しよう。約2週間後、笑顔で、“すてきな経験ができた!”て思って帰ってこれますように。身体に気をつけて、心にも気を配って、元気にいってきます。

活動前のオリエンテーション(2022年9月4日)

オーストリアのウィーンに到着した中野さん。ボランティア活動の前にオリエンテーションを受けた日です。“自分に足りないこと”に気づき2つの目標を立てました。

今は、ウィーンのホテルで、●●ちゃん(ボランティアの友人の名前)と一緒の部屋でこれを書いているところ。移動は本当に疲れたけど、みんなとだいぶ打ち解けることができて、空港でご飯食べておしゃべりして、楽しかった。それで初めてヨーロッパに到着!天気も気温もちょうどよくて、すごく気持ちよかった。ホテルに荷物置いて、自由時間があったから、みんなでベルベデーデ宮殿まで散歩した。本当に、街並みがかわいくてずっと歩いていられた。途中でみんなでアイス(ジェラート)買って食べておいしかった😊

夜ホテルに帰ってミーティングした。この長い1日を通して感じたことは「みんなすごいこと」「私に主体性がないこと」。「みんなすごい」のは、みんなそれぞれ率先してできることをしたり、自分の意見を言ったり、周りに配慮したり、ロシア語を話せたり、一生懸命覚えたりしていて、私今日この1日で、みんなのいいところ、いっぱい見つけた気がする。そんなみんなと活動できるのが誇らしいし、嬉しいし、自分も負けられないなという気持ち。「私に主体性がないこと」は、今日1日基本みんなの意見に賛同して、みんなの後ろについていって、自分から何か提案したり、行動したりしなかった。こんな自分じゃ嫌だし、周りに恥ずかしいし、私が選ばれた意味とか、私ができることとか、私の強みとか、考えとか。明日から責任感と主体性を持って動いていきたい。明日チームのスローガンを決めるんだけど、私1人のスローガンも決めよう。“自主性”“主体性”はキーワードだな。明日の長時間移動のときに考えよう。今日はゆっくり休もう。おやすみ。

最初の活動場所・ポーランド(2022年9月5日)

オーストリアから最初の活動場所のポーランドまで移動した3日目。初めて間近にウクライナからの避難民を見て「私に何ができるか。私がここに来た理由は何か」と中野さんは自問自答します。

今日はウィーンからポーランドのプシェミシルまで移動する日だった。朝ご飯がパンとシリアルでめちゃくちゃおいしかった!そのあと現地コーディネーターに会ってバスでみんなで移動した。移動時間長かったけど、交代で席替わって、チームのみんなといろんなおしゃべりができて楽しかった😊そのあと、夜ごはん食べて、駅を見に行った。そしたら避難民の方々がたくさん駅にいて、急に現実に戻った。

私がここに来た理由は何なのか。私は何ができるのか。現地コーディネーターが言ってた。
「私はすごくみんなのことを誇りに思う。みんなはこの期間を友達や家族、恋人などと大切な時間を過ごすことができた。けど、みんなはここに来ることを選んだ。それはすごいことだ。誇りだ。ロシアがこの戦争に勝つことは、ロシアにとって自然なことだ。とてもシンプルでナチュラルだ。でもウクライナが負けるということは、その人々にとって自分の家が、国がなくなるということだ。この戦争がどうなるかは分からないが、君たちはその目撃者だ。しっかりと目に焼き付けて記憶して」て言ってた。

こういう話を聞いたり、駅内の雰囲気、空気に触れただけで一気に空気が変わってすごい緊張した。あ~私すごいところに来ちゃった。私場違いだ、私ここに来るべきじゃないや。私にできることなんてないってすごい不安、ネガティブになった。でも、そのあと、夜●●(ボランティアの友人)くんといっぱい話したり、ドライヤー使えなくてわーきゃー言って少し元気になった。明日はめげずに!笑顔で!自分にできることを探して全力でやりきろう!人との交流!目を見る!恐れずに話す!私ならできる!おやすみ!

ボランティア活動の初日(2022年9月6日)

“空気がすごかった”避難民に声をかけることすら怖いと感じたこと、子どもたちとの交流で胸が熱くなったこと。戦争について考え、いろんな感情がわき上がったという率直な気持ちを記していました。

今日から活動!1日目。緊張して早く目が覚めた。昨日の夜、私何もできない・・・て不安になってたけど、できないなら、できないなりに何か頑張って、自分ができることを探したら良いし、私がここに来たのには必ず理由があるから、私は私を信じて、笑顔で、辛いことがあっても耐えて後でメンバーに相談して今日を乗り越える!私ならできる!同じ世界市民のために。平和のために。目の前で苦しんでいる人のために。がんばろう。

今日は活動初日だった。すごく緊張しながら駅まで行って、パスポート見せてスタンプもらって、中に入った。それからずっと重たい荷物を持ってる人の荷物運びをしてた。なんかもう、空気がすごかった。みんなものすごく大きくて重たいかばんと子どもを連れて移動してて、余裕も無さそうで。

最初は話しかけるのすら怖かった。でも何回か運んでいるうちに私も少し慣れてきて、笑顔で声かけてウクライナ語がんばって話したりしたら“ありがとう”ってハグしてくれたり、頭なでてくれたり、男の子がキャンディーくれたりして、そういう瞬間は本当に、胸が熱くなった。

もちろん断る人もたくさんいたけど、そういう人たちも笑顔で“ありがとう、でもいいのよ”って感じで、それがすごい温かかった。でも本当、ずっと犬抱えてすわっている男の子とか、泣き叫んでる子どもがいたり、そういうのを見て、自分の居場所がなくなるのって、戦争って、本当にひさん、て思った。もう活動している間、色んな感情とか思いが湧き上がって、どう整理すればいいのかわかんないけど、うーん。
(中野さんは書いてる途中で疲れて寝てしまい、日記は途中に)。

ボランティア活動の2日目(2022年9月7日)

自分の支援活動はささいなことかもしれないが、相手の記憶に少しでも残り、その人の心を豊かにできればと、自分が今ここにいる意味を考え始めていました。そして、自分の強みだと思っている「笑顔」を心がけて活動することを自分の中で密かに誓いました。

現地ボランティアの人が、“少しの言葉とか言動で君はその人の人生に大きな影響を与えたり、少しでもその人の人生を変えることができるよ”て言われて、本当に、ただ荷物を持って階段を一緒に登ったり降りたりするだけだけど、その行動や私がかけた言葉とか笑顔が、その人の記憶に少しでも残って、その人の気持ちを明るくできたり、温かい気持ちにさせることができたらいいなって本当に思う。だから今日もいまから朝活動するけど、笑顔で声かけして、荷物持って、少しでも多くの人に、少しでも温かい気持ちになってもらえればな、て思う。私がこのチームに選ばれてここにいる意味はまだ分からないけど私の強みはきっと笑顔とか人の心に寄り添うとか、温かい気持ちにさせることだと思うから、それを意識して今日は、笑顔で明るく、ウクライナ語を一生懸命多く話して、少しでも多くの人の力になれるようがんばろう。他のボランティアの人とも少し交流できるといいなって思う。よし!じゃあ今日も1日!明るく笑顔で!自分の心を大切にして!がんばって生きよう!!!!

今日は2日目の活動日だった。昨日とずっと同じことしてたけど、今日は特に子どもたちとの交流が多かった。ずっと不安そうな顔をしている子どもとか、重い荷物を持っている子どもとか見て、本当に胸が痛くなった。小さい子どもが、そういう状況にいるのってどんな気持ちなんだろう。

ボランティア活動の3日目(2022年9月8日)

現地で目の当たりにした“民族差別”で感じたこと避難民の子どもとの交流から自分が願ったことを書き留めていました。

昨日、日記途中のまま終わっちゃったから今日、昨日のことを書こうと思う。昨日も、活動としては避難民の方たちの荷物運びをした。けど2日前より子どもたちとの交流が多くて、折り紙をあげたら喜んでくれてすごい嬉しかった。小さい子どもが、ずっと重い荷物を持ってだまってお母さんの側から離れなかったり、2人の女性がこれどうやって持ってきたの?て目を疑うくらいの量の荷物を運んでいたり、みんな余裕がなさそうな顔をして焦っていたりして、自分の居場所が無くなるのって本当に残酷だなって思った。

駅前にラマ族の人がいて、お母さん3,4人と赤ちゃん3,4人でポーランドに着いたけどラマ族ってだけでコスコに入れてもらえなかったりホテルに滞在させてもらえなかったりで、朝5時からずっと駅前にいて、夕方6時にもまだいた。ラマ族にどういう歴史があるのか全く知らないけど、民族で差別されて、居場所がないっておかしいってすごく思う。その人達は何も悪くないかも知れないのに。子どもがいて絶対大変なのは見て分かるのに。ラマ族ってだけでみんなに白い目で見られて追いやられて、どんな気持ちなんだろう。私だったらたえられない。人種差別って本当に悲しい。まあ私ももっとラマ族について調べよう。

そのあと午後に「Medica」という、ウクライナとポーランドの国境にある難民施設に行った。テントの中に何人か人がいて、子どももいて、夜なんて絶対寒そうで、でも手を振ったら振り返してくれて、笑ったら笑い返してくれて、でも本当に、どういう気持ちなんだろう。家がなくなって、親も亡くなってるかもしれない、食べ物に困っているかもしれない、寒くて震えているかもしれない。戦争のせいで。あ~本当なんで平和にならないの?自分の国が無くなって、急に自由がなくなって、近しい人が亡くなって、どういう気持ちなんだろう。今ある平和が、当たり前が、豊かな生活が急にうばわれるのって、本当に怖いし悲しいし許せない。

「Medica」で避難民の方の話を聞きたいってセンターの人に言ったら、「ボランティアだからって信用できない。ロシアのスパイかもしれない、写真も撮ってほしくない」て言われた。実際にボランティアにロシアのスパイが紛れ込んでたり、写真や名前を聞かれた人が人身売買で売られたことがあるらしい。想像もできない。本当に改めて、いま私はすごい状況、場所にいるんだなって思った。しっかりと目に焼き付けて、思うこと感じることをこうやって残しておこう。昨日、泣いてる男の子に折り紙で折った手裏剣を渡したら、泣き止んで、喜んでくれて、少したったあと、私のところに来てその男の子が折ったつるとかぶとを笑顔で渡してくれた。本当に心が温かくなった。その男の子の記憶の中に私がずっと残っているかは分からないけど、あの瞬間、あの男の子を笑顔にして、私に折り紙を折ろうとしてくれた気持ちがすごく嬉しい。あの男の子と、あの男の子の家族が早く安心して寝れますように。少しでも優しい気持ちを多くの人に届けられますように。今日は「Medica」と夜は駅での活動。目の前にいる人の心に明るい火をともせるように私も笑顔でがんばろう!

ボランティア活動もあと数日(2022年9月15日)

10日目。これまで会った人たちとの出会いに感謝し、そのやさしさを思い起こしながら今回の経験を通して自分の中で「戦争」について考えました。

今日はオーストリアのウィーンで活動4日目。ウィーンのホテルの1階の、朝食会場でミーティングのあと残って書いているところ。ずっと日記書けてなかった。忙しかったし、書く余裕なかった。ウィーンでは「Arrival Center(避難民の一時滞在施設)」で避難民の方に食事を配給したり、衣服の整理をしたりしている。

今日は子ども達とバレーして、なんだかすごく不思議な気分だった。みんな子どもたち元気に楽しそうにバレーしてて、でもその子達は毎日食べ物がなくてここに来てて、ウクライナから避難してきてて、家とかなくして大変な生活をしてて、そんな子ども達が楽しそうにバレーしてて、うーん何だろう。胸が熱くなった。あと現地ボランティアの人に最後にあいさつしたら、“きみに会えて本当によかった。これが最後だけど、君たちはずっと心の中にいるよ”って言われてすごい泣きそうになった。本当にボランティアの人たちみんな良い人で優しくて、温かくくて、大好き。いつも目が合ったらにっこり笑って、片言の英語でコミュニケーション図ってくれて、本当に素敵な人ばかり。1日しか会えなかった人も多いから、すぐに忘れちゃうかもだけど、名前覚えてない人も多いけど、いま覚えている限りの人の名前を書いておく。(現地ボランティア7人の名前)。

あーまだたくさんいるけど名前が出てこない。でも本当、あの人たちに出会えて良かった。あとプシェミシルのときからだけど、チームのみんな、みんな良い人で、相性良くてすごい良い感じ。適度に気を遣わなくて良くて、居心地が良い。うん、本当このチームでよかった。また日本でも集まりたいなー。何だろう、ポーランドでもウィーンでもいろんな体験をして感じること、考えることもたくさんあるけど、言語化が追いつかない。やっぱり言語化能力って大切。でもやっぱり子どもたちと接したらすごい、複雑な気持ちになる。駅ですごい泣いている子どもがいたり、重たい荷物を我慢して持ってる子どもがいたり、黙ってうつむいている子がいたり。

純粋で何の罪もない子どもが、なんでこんな暗い気持ちになったり、ひどい経験したり、つらい思いをしなくちゃいけないんだろうってすごい思う。戦争って残酷。本当に。

現地に行って本当によかった

現地では無力感を抱くことの連続だったと振り返る中野さん。しかし、苦しい状況に置かれているにも関わらず“ありがとう”と感謝を口にしてくれた避難民の人たちと出会い、心のつながりを感じたと話していました。

「これからもウクライナへの軍事侵攻のニュースに関心を持ち続けたい」

こう話した中野さんの目は、ボランティア活動を経験する前よりも生き生きとしているように感じました。

中野さんへのインタビュー記事はこちら
https://www.nhk.or.jp/miyazaki/lreport/article/001/69/

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