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変わる牛乳作り 持続可能な酪農を模索する現場を取材

キーワードは「自給」 コスト上昇への対応
  • 2022年08月26日

酪農家でいま何が? 深刻なコスト上昇 

さまざまなモノの値段が上がっている昨今。11月には、牛乳も影響を受けるかもしれません。生産者団体からメーカーに売り渡される生乳の価格(飲用や発酵用)が、1キロあたり10円上がることになっていて、最終的に私たち消費者が店頭で手にする価格も上がりそうです。

その背景の1つが、円安やウクライナ情勢などをうけた、酪農の現場でのコストの上昇です。影響は深刻で「乳量が下がるのを覚悟して、牛の健康を損なわない程度までエサを減らす農家も出ている」と話す関係者もいます。

このように酪農家の経営が厳しさを増す中、テクノロジーを駆使して、生産コストを下げようとする取り組み始めた人がいます。今回は宮崎県新富町(しんとみちょう)の本部博久(ほんぶ・ひろひさ)さんが営む従業員8人の農場を取材しました。

本部博久さん

本部さんの農場では、親牛約250頭、子牛約150頭を飼っています。

いま最も深刻なのは化学肥料の代金。本部さんのところでは、おととし7月には20キロ2000円ほどだったのが、去年7月には2500円、今年7月には4100円と、2年間で実に2倍以上に跳ね上がりました。「この先10月には5000円に達しそうだ。とても農業をしていく環境ではなくなってきている」と訴えます。

逆境の中 生産を続けるための取り組み

本部さんはコストを削減したり、あらたな収入を得たりするため、下の図のようなさまざまな取り組みを始めています。

①まず牛のエサになるトウモロコシや牧草は、畑の規模を拡大し、自前で生産できる量を増やしました。現在は30haの農地を使って、エサ全体の3分の1を賄うことで価格の上がる輸入のエサの割合を減らしています。

さらに牛の排せつ物も重要視しています。②~④のような使い道です。

詳しく見ていきましょう。

牛から出る排せつ物をタンクに集めて熱を加えると、微生物の働きで発酵が起こりメタンガスが生まれます。

②の発電は、このメタンガスを使うものでヨーロッパで盛んな技術です。水分や硫化水素といった不純物を取り除いたうえでガスを燃やして発電機を回わす仕組みです。発電量は一日で一般家庭約100軒分になるということで、これを販売することで収入を得ています。

生み出されたガスの入ったバッグ
発電機

一方、ガスを取り出した残りの液体や固体の部分は、これまで一部は廃棄していました。しかし設備投資を行い、それぞれ余すことなく活用することにしました。

③の肥料は液体部分が主な原料です。エサとなるトウモロコシや牧草の畑で液肥として活用します。肥料の価格が高騰する中、自前で肥料を作ることで、年間225万円かかっていた肥料代は75万円まで圧縮できたといいます。
④さらに固体の方は畜舎の敷物、いわば「牛のふとん」に活用しています。これまでおがくずなどを購入するため年間約600万円かかっていたコストは360万円に抑えることに成功しました。

こうした液肥や敷物への加工は、専用の機械を使って、人の手をかける部分を減らして行われています。

加工し利用されている畜舎の敷物

模索し始めた自動化

さまざまな技術を導入してきた本部さん。さらなるコスト削減のため、8月下旬から新たな装置の実証実験を開始しました。

それが無人で畑に肥料をまく機械です。

無人で液肥をまく自動散布機
散布のようす

東京大学情報理工学系研究科の深尾 隆則(ふかお・たかのり)教授が開発にあたっているもので、GPSを使って畑の中を自動で動きまわり液肥をまいていくものです。GPSを使って2センチの精度で動かすことが出来るため、散布場所が重複することも少なくなります。

これまでは人が大型トラクターを運転して肥料を施していましたが、この機械はメンテナンス用の運転席はありますが、作業時に人が乗り込む必要はありません。さらに従来のトラクターと比べサイズがおよそ半分と小型であるため、狭い通路なども行き来できることです。

本部さんは30haの農地での作業を自動化出来れば、生産性があがると期待しています。

東京大学情報理工学系研究科 深尾 隆則教授

深尾さんは、「労働力不足や農業従事者の高齢化によって、液肥を散布するという仕事が非常に大変になってきている現状で、その改善が見込めます。また自動化することによって、空いた時間で別の仕事をすることも出来ます。効率的に仕事が出来るのではないか」と話しています。

 

これまでにも本部さんは、エサにつられた牛が自ら乳を搾るスペースに入ると、装置が乳頭の場所を探り当てて完全自動で搾乳する機材なども導入していて、いっそうの機械化・自動化を進めたい考えです。酪農の現場には熱やにおいと格闘しながらの重労働も多くあります。従業員からは「特に夏場は精神的にも体力的にもつらく、体調を崩したこともあったのですごく楽になった」という好評の声が上がっていて、労働環境の視点からも効果が表れています。

自動搾乳機

SDGsの観点も

SDGsや環境を重視する動きが進む中、国は、この夏、生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現しようという「みどりの食料システム戦略」を始動しました。戦略には、肥料やエサ、エネルギーなど、輸入に支えられてきた農業の在り方の見直しも含まれていて、地域の中での資源の循環を促すことが1つの柱です。

本部さんは、自らの取り組みは「化学肥料の使用量3割減」「有機農業を全農地の25%まで拡大」という指標に当てはまりそうだと言います。

みどりの食料システム戦略(一部抜粋)

これまで本部さんの農場で購入した装置の総額はおよそ3億円。全体の収支で見るとまだプラスは出ていませんが、今後、このような取り組みが、宮崎県の農業に変化を起こすのか?注目されます。

  • 神谷一鷹

    宮崎コンテンツセンターアナウンサー

    神谷一鷹

    コーヒーには牛乳を必ず入れます。

  • 土橋大記

    宮崎放送局コンテンツセンター アナウンサー

    土橋大記

    農業関連の取材26年。大学では畜産を学んでいました。

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