検証・南海トラフ巨大地震への備え
津波による浸水が想定されるエリアの現状は?今後考えていくべき課題を、データを元に検証します。
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高齢者施設 各地の対策調べました!
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南海トラフ巨大地震に伴って津波の浸水が想定される県内の広いエリアで、東日本大震災以降、老人ホームなどの入所型の高齢者施設が急増している問題。全国の高齢者施設では津波から高齢者を守るため、どんな対策が取られているのでしょうか。 (宮崎放送局記者・牧野慎太朗 佐藤翔 社会部記者・齋藤恵二郎)
【地域のみんなで逃げよう】
地域で協力しながら避難する態勢を整えているところがありました。愛媛県宇和島市にある「ウェルつしま」という老人ホームです。14人の高齢者が生活していて、ほとんどが車イスに乗っているそうです。この施設では、毎年、地域の自治会や高校と一緒に、津波からの避難訓練を行っています。
ただ、これまで取材した宮崎市内の高齢者施設からは「避難訓練は高齢者にとって転倒などリスクが伴う」といった声が聞かれていました。この点はどうしているのか?「ウェルつしま」の施設長に尋ねました。
「職員が高齢者役として参加しています。訓練は、施設に駆けつけてくれた人たちが、車イスに乗った高齢者役の職員を実際に高台まで連れて行く避難の流れを確認しています」
訓練のおかげで、施設の職員は避難場所や避難ルートを明確に認識できるだけでなく、住民側も車イスの重さを体感し、どうすれば迅速に避難できるのかを考える貴重な機会になっているそうです。
【まずは「自助」 その上で助け合いを】
しかし、地域内に高齢者施設がある宮崎市内の自治会長からは「地域の住民も、高齢者ばかりで、施設の支援に手が回らない」という声も聞かれました。
宇和島市の久保津自治会では、7年前に、「ウェルつしま」と地元の高校に呼びかけ訓練を始めました。当時の自治会長によると、この地区でも高齢者が多く住んでいて、津波の時、必ずしも施設の支援に回れるかはわからないとしながらも、毎年の訓練の重要性を次のように話していました。
「まずは、住民側は自らの命を守る『自助』を行うことが基本です。津波が来る『時間帯』や『曜日』によって人手の状況が変化するので、施設への支援について、確実なことは言えませんが、住民の中には60代前半の比較的動ける高齢者もいるし、平日であれば高校生の助けを借りられるかもしれない。ただ、毎年一緒に訓練を行い、顔をあわせておけば、互いに助け合う可能性を高めることができると思っています」
元自治会長は、近くに中学校がある地域では助けを得られる可能性があるのでは、とも話していました。
一方で、施設側の努力も欠かせないと「ウェルつしま」の施設長は話していました。
「地域の人も自分や家族の避難で手一杯かもしれません。でも、もし手が空いた人が、施設の存在を思い出し駆けつけてくれたら1人でも多く命が助かるかもしれません。施設側が危機感を持って地域と日頃からつながろうとすることが大切です」
【お金はかかるけど…ハード面の対策は?】
ハード面の対策で高齢者を守ろうとするところもありました。
高知県中土佐町では、津波の想定到達時間内に避難が難しい施設に対し、津波の避難シェルターを導入しています。
シェルターは、水に浮く素材で作られ、強い衝撃にも耐えられるのが特徴で、救助を待つ間、一時的に津波から身を守ることができます。
町では、人が乗り込めるこの避難シェルターを7つ購入し、高齢者施設に無償で貸与しているのです。1つあたり700万円近くかかる高額なものですが、町は「緊急防災減災事業債」という国の制度を活用。国が防災にかかる事業費の7割を交付金で支援する制度です。全国では津波避難タワーの整備などに活用する例が多いそうですが、この制度をシェルターに活用して、町の負担は実質3割で整備できたということです。
中土佐町の担当者は「高齢者にとってシェルターの中の環境は良いものではないという課題もあります。ただ、いつ起きるかわからない災害に対して、命を守るための多くの選択肢を持っておくことが重要だと考えました」と話していました。
県内には多くの施設があるので、全てに手当てするのは難しいかもしれませんが、整備が進めば助かる命は増える可能性もあると思います。
宮崎市の担当者はどう考えているのでしょうか???
「まず施設には避難計画の作成や訓練の実施を十分行い、避難できる可能性をできるだけ高めてもらいたい。津波避難シェルターの存在は知っているが、自治体の規模によっても必要な数は異なるし、実際に命を守れるのかについても課題になってくる。いまのところ、施設からニーズあるという声は聞いておらず、導入の検討は行っていない」
この避難シェルターは最近さまざまなメーカーから販売されていて、障害者支援を行う徳島県のNPO法人では、約250万円で15人ほどが入れるシェルターを導入したそうです。
【"もし津波が来たら"想像して対策を】
県内の施設の中には、津波対策として高台への移転を行ったところもありました。ただ、小規模な老人ホームもあるなかで、移転の費用を捻出するのは決して簡単なことではありません。また、地域の協力にしても、避難シェルターにしても、高齢者施設に100人いたとして、100人全員を助けることができるとは限りません。ただ、何もしないより助かる可能性を高めることはできそうです。施設が津波の浸水エリアに建てられている以上、そのリスクを理解したうえで、もし津波が来たときどうするのか、具体的に想像をめぐらして施設が行政や住民を巻き込みながら対策をとってほしいと思います。
(2020年3月31日掲載)
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被災地からのメッセージ
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南海トラフ巨大地震に伴って津波の浸水が想定される県内の広いエリアで、東日本大震災以降、人口や高齢者施設が増えている問題。当時、被災した高齢者施設から宮崎に向けたメッセージです。
(社会部記者・齋藤恵二郎 宮崎放送局記者・牧野慎太朗 佐藤翔)
【"悲劇繰り返さないで"変わらぬ被災地の思い】
本当に、このままでいいのでしょうか。そう思うのには、理由があります。
取材していく中で、9年前の東日本大震災では、高齢者入所施設の入所者と職員の死者・行方不明者が658人にのぼったことを知ったからです。(厚生労働省調べ)
今回の分析結果について犠牲を目の当たりにした被災者はどう受け止めるのでしょうか。
宮城県気仙沼市の介護老人保健施設「リバーサイド春圃」を訪ねました。施設長の猪苗代盛光さんは、分析結果を前に驚きを隠せませんでした。
「津波の恐れがある場所に、高齢者の施設が増えるなんて、想像もできない。行政もどのように受け止めているのか、問いたくなります」。
猪苗代さんの施設では、入所していた人や利用者あわせて59人が犠牲となりました。震災前の想定では、施設の2階に避難すれば助かるはずでしたが、それを上回る津波に襲われたのです。
自らも津波に巻き込まれた猪苗代さんは、入所者たちが次々と濁流に消えていった光景を、今も忘れられません。
「今でも、もっと多くの命を助けられたのではないかと、苦しくなります。宮崎の方には、被災地を見て、津波の恐ろしさとリスクにしっかりと向き合ってもらいたい。悲劇は二度と繰り返してはいけないし、もう誰にも私と同じ思いをして欲しくありません…」
(猪苗代さん)。
津波の浸水想定エリアで、人口が増え、高齢者施設が増えているという分析結果。
ただ、実は、津波の浸水想定エリアで人口が増えているのは宮崎県だけではありません。
南海トラフ巨大地震で甚大な被害が予想される太平洋沿岸の9県についても分析してみました。すると、すべての県で、浸水想定エリアで、人口が増えているエリアがいくつもあったのです。
こうした結果を見ると、「命を守るためにリスクを避けることが大切だ」という9年前の震災の教訓が、十分に生きていないのではないかと不安になります。今後、さらに取材を重ね、命を守るヒントについて考えていきたいと思います。
(2020年3月10日掲載)
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"津波浸水エリア"高齢者の避難は?
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南海トラフ巨大地震に伴って津波の浸水が想定される県内の広いエリアで、老人ホームなどの入所型の高齢者施設が急増している問題。東日本大震災前と比べて3.7倍の101施設まで増えていることがNHKの取材で明らかになりました。
(3月2日掲載「“津波浸水エリア”で高齢者施設も増加」)
多くのお年寄りが生活する高齢者施設。津波から避難できるのでしょうか。取材すると、、、大きな不安を抱く結果となりました。
(宮崎放送局記者・牧野慎太朗 佐藤翔 社会部記者・齋藤恵二郎)
【16施設に聞きました】
県の想定で地震発生から最短18分で津波が到達するとされている宮崎市。今回、宮崎市内で震災後に津波浸水エリアに建てられた16の施設に尋ねました。
「津波から避難できますか?」
施設自体が津波避難ビルに指定されていたり、目の前に高台があったりする施設を除いて、ほとんどの施設から返ってきた答えが「難しい」または「わからない」でした。
【施設①「動ける人を優先的に」】
5メートル以上の浸水が想定される老人ホーム。この施設では、自力で動ける高齢者や職員を優先的に高台に避難させる方針です。施設には車イスの高齢者もいます。ただ、車イスの高齢者を車に乗せるには人手も時間も必要になり、全員が津波に巻き込まれるおそれがあるため、こうした対応を取ることにしているそうです。
「非常に難しい判断になるとは思いますが、職員には間に合わないと思ったら逃げるように伝えています。高齢者のご家族にもすべて説明し納得して入所してもらっています。特に夜間は職員が1人しかいないので、地震直後の短時間で高齢者全員を避難させるのは現実的には厳しいと思います」(老人ホームの施設長)
【施設②「2階に避難しか」】
中には、高台への避難を諦めざるを得ないというケースもありました。
5年前に開所した老人ホームは、屋外には避難せず、建物の2階に避難することにしています。
この老人ホームの施設長は「想定される5メートル近くまで浸水した場合、2階でも津波に巻き込まれるおそれがありますが、ほかに選択肢がない」と話しています。
「入所者は足腰が弱く、認知症の方もいて、全員を車に乗せるだけでも20分以上。そうなると、周辺は渋滞していて逃げられないと思うので、避難は間に合わない。津波の話をしていると、入所者の方からは、避難を諦めるような発言も出てきます。現実的には、避難先が2階しかないんです」
本当に津波が起きたら・・・と考えると非常に恐ろしく感じました。
【避難訓練は?】
さらに驚いたのが、津波の避難訓練を行ったことがないという施設が多いこと。
「消防訓練は毎年2回行うが、津波からの避難訓練はやったことはない」と、多くが口をそろえて話していました。
宮崎市内の津波浸水エリアで増えている老人ホーム。消防訓練が法律で義務づけられていますが、津波からの避難訓練は努力義務になっているそうです。
宮崎市は、施設に対して避難計画の策定や避難訓練を行うよう指導しているそうですが、実現できていない施設が多くあるようでした。
しかし、建物から外に逃げればいいという消防訓練と、高台など遠くにまで逃げなければならない津波の訓練は大きく異なります。
訓練を行わない理由は「どういう想定で行えばいいかわからない」というのが1つ。
もう1つは「高齢者にとって訓練はリスクが伴うから」です。
避難先の高台やマンションは、どこも階段ばかり。途中で転んでケガをするかもしれません。訓練でさえ、施設側にとっては高いハードルになっているといいます。
【地域の助けは?】
高齢者施設の「自助」が難しい現状。地域の間で助け合う「共助」に頼ることはできないのでしょうか。
地区内に2つの高齢者施設がある自治会長に聞くと、「地区の住民は多くが高齢者です。津波到達まで時間がない中で、住民も自分が避難するだけで精いっぱい。施設の高齢者の避難の支援までは、とても手が回らない」と話していました。
【行政も制限難しい現状が。】
ただ、在宅の介護が難しい中で、津波浸水エリアであっても施設を必要とし、救われている高齢者や家族がたくさんいることも確かです。しかし、津波の避難が難しい現状を聞くと、「なんとかできないのか」と思います。
そこで、宮崎県や宮崎市、国の担当者に、施設の建設を制限できないのか、聞いてみました。
特に津波の危険が高い地域では、福祉施設などの建設を制限できる制度が、震災のあとにできたそうです。しかし、この制度が適用されたのは、これまでに静岡県の一部の地域のみ。宮崎県も、住民の反発が懸念されることなどから、制度を利用していません。
【被災施設はなにを思う】
9年前の東日本大震災でも多くの犠牲が出た高齢者施設。取材班では、当時被災した高齢者施設の担当者に、宮崎の現状をどう受け止めているのか話を聞きに行きました。次回は被災地から宮崎に向けたメッセージです。
(2020年3月6日掲載)
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いったい何が!? 津波浸水想定域にマイホーム
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海に近い場所に新築の住宅が売りに出ていることに気づきました。しかもけっこうな数が。
日向灘に面した宮崎市は、南海トラフの巨大地震で津波に襲われるとされています。
いったい何が起きているのでしょうか?今回の取材は、その“疑問”から始まりました。
(宮崎放送局記者 一柳和人 2019年3月26日のNHKNEWSWEBの記事を再掲しています。データをはじめとする取材内容は当時のものです)
【とりあえず調べてみた!】
私が"疑問"を感じたのは、不動産会社のサイトをネットサーフィンしていた時のことでした。「ここ、大丈夫かな?」。以前、仙台で勤務し、津波の被災地も取材してきた私は、思わずつぶやいていました。
30年以内に70%から80%の確率で起こるとされている南海トラフの巨大地震。宮崎市の津波ハザードマップでは、市街地を含めて、広い範囲が浸水する想定です。サイトで見つけた新築の住宅は、そうした地域に建っていました。
まずは、宮崎市内で浸水が想定される場所に建てられた住宅が、どれぐらいになるのか調べてみることにしました。とりあえず、宮崎市の建築指導課というところに聞いてみました。
「そのようなデータはありません」。
『そうですよね…』。
「ただ、どこにいつ、どんな建物が建てられたのかはわかります」。
建物を建てるとき、「建築計画概要書」という書類を自治体に提出します。書類には、建築主、建てる場所、建物の種類などが書かれていると言います。
早速、宮崎市に情報公開請求をすると、閲覧の許可が出ました。津波ハザードマップの浸水想定域と建築計画概要書の情報をひたすら照らし合わせる…地道な作業が始まりました。
【土地込みで2000万円の住宅も】
「建築計画概要書」の「建築主」の欄を見ていくと、住宅メーカーになっているケースがありました。業者が家を建ててから売る、いわゆる建売住宅です。
一番の「売り」は、安さのようです。土地込みの価格で2000万円前後の住宅もあります。
さらに取材をしていくと、こうした住宅が数多く建っている地区では、宮崎市が区画整理事業を進めていることもわかりました。宮崎港のすぐ西側の地区に、約40万平方メートルの新たな宅地を作り出そうという計画で、きれいな道路や公園の整備も進んでいます。近くには、大型ショッピングセンターをはじめ、多くの店が並びます。
「夫婦とも職場に近い場所で、周りに公園も多い。高台よりも土地が安かった」。
「新しい街で、買い物に便利」。
「毎月の支払いが賃貸の家賃と同じくらいで済むのが良かった」。
新築の住宅を回って住民に聞くと、こんな声が聞かれました。多くは、小学生以下の子どもがいる家庭です。あこがれのマイホームを手に入れたい、若い世代の人たちが、手ごろな価格や、買い物、通勤の便利さにひかれているようです。
【防災面での不安】
こうした取材の一方で、宮崎市に提出された「建築計画概要書」を調べる作業も進めていきました。その数は、この5年間で約9800件。すると…宮崎市全体では、津波で1メートル以上の浸水が想定される場所に少なくとも370軒のマイホームが建っていることがわかりました。
国は、浸水が1メートルを超える津波に巻き込まれた場合、ほとんどの人が死亡すると想定しています。そして、区画整理が行われている地区では約100軒の新築住宅が出来ていました。区画整理が行われている地区の人口は将来的に6500人になる計画です。
一方で、「防災」の面から不安な点も見えてきました。区画整理が行われている地区は4つの町にまたがっているのですが、そのうち2つの町では、自治会も消防団もないそうです。避難訓練に参加したことがないという住民が大半でした。
「ハザードマップは見たことがないし、あるのも知らなかった」。
「いつ来るか分からない津波を気にしていてもしかたがない」。
住民の皆さんに話を聞いて回るとこんな意見もありました。
【市長に聞いてみた】
津波のリスクを抱える地区の住民の安全をどうやって守っていくのか…。 宮崎市の戸敷市長に記者会見で聞いてみました。
区画整理が進められている地区の対策については、避難ビルには7700人が収容可能で、避難に使う道路も整備されているという回答でした。
『そういった対策で住民の命は全員守れるとお考えですか?』
「行政ですべてできるとは考えていません。自主防災組織をつくっていただいて住民みずからの命と財産を守る努力をしていただかないと」。
【「逃げれば大丈夫」は本当に「大丈夫」!?】
でも、本当にそれで津波から逃げられるのでしょうか。宮崎市の説明では、津波避難ビルは歩いて15分以内のところに必ずひとつはある計算です。
昼間、健康な大人だけだったら逃げられるでしょう。
でも、小さなこどもが2人も3人もいる人は?
停電で真っ暗になったら?
避難にどれだけ時間がかかるのでしょうか。「津波が来たら逃げれば大丈夫」は本当に「大丈夫」なのでしょうか。
できあがった街が移転するのは、そう簡単なことではないでしょうが、最悪のケースを十分にイメージしながら、防災対策に取り組んでほしいと思います。津波の浸水が想定される場所に多くの人が家を建てている現実があるのですから。
あのときの教訓はどこへ行ってしまったのだろうか…。そう感じながら迎えた東日本大震災8年でした。
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"津波浸水エリア"で高齢者施設も増加
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南海トラフ巨大地震に伴う津波の浸水が想定される県内の広いエリアで、人口が増加している問題。NHKのデータ分析班の取材で、その実態が明らかになりました。
(2月28日掲載「“津波浸水エリア”で人口増 なぜ?」)
こうしたエリアを歩いてみると、気になる建物を見つけました。新しい老人ホームなどの高齢者施設です。まさか、浸水想定エリアで高齢者施設が増えている?
(宮崎放送局記者・牧野慎太朗 佐藤翔 社会部記者・齋藤恵二郎)
【高齢者施設が3倍以上に増加!?】
そこで、東日本大震災前の2010年と今年の高齢者の入所施設の一覧を宮崎県から入手し、位置情報を地図にプロット。その上で、浸水想定エリアにある施設数を数えてみました。その結果は、想像以上でした。
宮崎県内の浸水域にある高齢者の入所施設は、2010年に27施設だったのが、今年には101施設、実に3.7倍も増加していたのです。
【なぜ津波浸水エリアに?問題は「コスト」】
なぜ、高齢者の入所施設が増えているのでしょうか。
5年前に開所した宮崎市の老人ホームが、取材に応じてくれました。2階建ての施設のある地域は、2メートル以上5メートル未満の浸水が想定されています。施設では8人の高齢者が生活。訪ねたときはカラオケやトランプで盛り上がっていました。
なぜ、津波の浸水想定エリアに施設を建てたのか。施設長の女性に率直に疑問をぶつけると、返ってきた答えは「コストの問題」でした。
「この場所に土地を持っていたので、津波の浸水想定エリアになったことは知っていました。老人ホームを新しく始めるときに、高台にある土地を探しましたが、土地代が高く、数千万円の借金をしてまで他の土地を購入できなかったんです」(施設長)
コストを抑え、地域の高齢者が年金の範囲内で入れる施設にしたかったという施設長。津波の浸水想定エリアでも部屋は埋まり、今も入所を希望する問い合わせが相次いでいるといいます。
【便利だから施設は増える】
今回の取材では、宮崎市内で震災後に建てられた高齢者の入所施設のうち、16の施設から話を聞くことができました。なぜ津波の浸水想定エリアに建てたのか尋ねると、「コスト」の問題に加え、さまざまな理由が聞かれました。
「建設に向け1年間場所を探したが見つからず、沿岸部にしか土地がなかった」
「沿岸部の開発によって人口が増え高齢者も多いためニーズが高いと考えた」
「山沿いだと土砂崩れのリスクもあり、100%安全な場所はないと思う」
「山の近くだと認知症の高齢者などが施設を抜け出し徘徊すると、探すのが大変」
平野が広がる宮崎市。高台で、条件のよく、まとまった土地を探すのは大変なことに加え、沿岸で人口が増えている地域があることも、津波の浸水想定エリアで高齢者施設が増える理由のひとつだと言えそうです。
【避難できるの?】
9年前の東日本大震災では、高齢者入所施設の入所者と職員の死者・行方不明者が658人にのぼりました。(厚生労働省調べ)
南海トラフ巨大地震に関する宮崎県の想定では、宮崎市には、津波が最短18分で到達するとされています。多くのお年寄りがいて避難に時間がかかりそうな高齢者施設。実際に避難できるのでしょうか。次回以降、この疑問を探ります。
(2020年3月2日掲載)
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"津波浸水エリア"で人口増 なぜ?
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「津波のリスクのあるエリアで、人口が増えている」。
そんな情報を元に、何が起きているのか調べることにしたNHKのデータ分析班。オープンデータの分析を元に、気になる現場を歩き回ると、想像もしていなかった事態に行き当たりました。
(宮崎放送局記者・佐藤翔 牧野慎太朗 社会部記者・齋藤恵二郎)
【「浸水想定エリア」のデータを調べてみた】
来月で東日本大震災の発生から9年。県内では、南海トラフ巨大地震に伴って、最大で17メートルの大津波が押し寄せると想定されています。県が今月まとめた被害想定では、最悪の場合、1万2000人が死亡するとされています。(速報値)
今回、使ったのは、2010年と2015年の国勢調査のデータ。
つまり、2011年の東日本大震災の前後です。500メートル四方のエリアごと分かれた人口データから、津波の浸水が想定されるエリアの人口を調べました。
【広範囲で人口増加 いったい何が…】
500メートル四方のエリアを詳しく分析すると、広い範囲で人口が増加している地域が、各地に見つかりました。
特に気になった地域を見てみます。
宮崎市の海岸にほど近い、2メートルの津波が想定されるエリア。
海岸線をなぞるようにもっとも海に近い場所に、人口が増えたエリアが並んでいます。
次に、県北部の日向市の一角。こちらもほぼ全域が2メートル以上の津波が想定されるエリアです。2キロ四方のほとんどで、人口が増えていました。
いったい、何が起きているのか、現場に行ってみました。
【津波浸水エリアで子育て世帯が増加】
人口およそ6万の日向市。工場や港湾がある産業都市で、市全体では人口の減少が続いています。しかし、JR財光寺駅を囲むように、広い範囲で人口が増えていました。いずれも、津波による浸水が想定されているエリアです。
この地域を歩くと、目についたのは、新しいアパートに新築の戸建て住宅。外で遊ぶ子どもの姿も目立ちます。
地元の区長に話を聞いてみると、移り住んでくる人たちで目立つのは、子育て世帯。それも、増えたのは、この10年ほどのことだと教えてくれました。
最近、このエリアに移り住んだ5歳の男の子の母親に、話を聞くことができました。3年前に一軒家を建てて、家族で引っ越してきたといいます。
引っ越しの決め手は、土地の価格の安さでした。家を探していた当時、この付近の地価は、市役所などがある日向市の中心部と比べてかなり安かったと言います。高速のインターチェンジに近く、商業施設が増えているなど、子育てがしやすそうな環境にも魅力を感じ、家を購入しました。買ったときには津波のことは、ほとんど意識しなかったと言います。
しかし、いざ住んでみると、海面からの高さを表示する看板や、相次いで整備される津波避難施設を見かけることが増えました。
「津波への意識が強くなり、恐れを感じるようになってきた。ただ、せっかく購入したマイホームから引っ越すことも考えられない」。
【人口増には市の計画も関わっていた】
津波の浸水想定エリアで人口が増加している理由には、行政の計画も関係していることがわかりました。
日向市は、1993年度から、財光寺駅付近の広い範囲を対象に、大規模な土地区画整理事業を進めています。住宅街や道路の区画を整理して新たな住宅が建てやすくする事業で、市街地の活性化が目的でした。
しかし、その事業のさなかの2011年、東日本大震災が発生。翌年に南海トラフ地震の津波の想定が公表され、周辺の広い範囲が、津波の浸水想定域に入っていることが示されたのです。日向市の市街地整備課の担当者は、次のように話します。
「区画整理が進んで便利になった住宅街には、震災発生後にも多くの人が移り住んでいて、途中で計画を止めたり、変更したりすることはできなかった。地域の中には、避難施設の整備を進めているので、住民にはそうした施設を活用して、自ら命を守ってもらいたい」。
【命を守るために…】
日向市の中心部には、浸水エリアを除くと、ほとんど土地がありません。
また、話しを伺った女性のように、一度購入したマイホームを買い直すという選択も、現実には厳しいかもしれません。
ただ、今回、取材を通じて驚いたのは、多くの住民が「津波の際に避難する施設や指定されているビルの場所は知っているけど、実際に訓練を行ったことはない」と話していることでした。
どうすれば命を守る行動を取ってもらえるのか、データの分析と現場取材で、ヒントを探っていきたいと思います。
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