去年、茨城県に甚大な被害をもたらした台風19号から1年がたちました。
台風を機に、各地で見直されているのが、過去の災害を記録した「伝承碑」の存在です。
大子町にも、その名も「おそるべし」の碑という伝承碑が残されていました。
今から130年前、明治23年に起きた水害を伝える伝承碑です。
長い間、地元でも忘れられていた伝承碑の存在を見直し、今後の防災に生かそうという取り組みが進められています。


【被災地域に忘れ去られた伝承碑】

20201012_1.jpg

去年の台風19号で、大子町は住宅588棟が浸水する被害にあいました。
被災した地域の一つ、久野瀬地区に住む益子恭平さん(70)。

足元が水につかる中、夜遅くに車で避難しましたが、その後、自宅は床上30センチほどまで浸水しました。

「1時間もしないうちに、家に近づけないような状態になりました。
 この辺も濁流という感じでしたから」(益子恭平さん)


20201012_2.jpg
益子さんの自宅のすぐそばにあるのが「おそるべし」の碑という災害の伝承碑です。
およそ130年前に建てられたこの伝承碑には、明治23年の洪水で、この碑の場所まで浸水し、久慈川の水位がふだんよりも6メートルほど増水したことが記載されています。

去年の台風19号の際も、まさに同じ辺りまで浸水していました。


20201012_3.jpg
実はこの伝承碑、益子さんの祖父・益子祐次さんが建てたものでした。
江戸時代、万延2年(1861年)の生まれで、のちに旧袋田村の村長もつとめた地元の名士でした。

しかし伝承碑は古くなって文字が見えにくいうえ、ほとんどが漢字で書かれているため、益子さんも詳しくは内容を知らなかったといいます。

伝承碑の内容が広く知られていれば、自分や周囲の人も、早い避難につなげられたのではないかと考えています。

「130年前も前の話ですので、地元の人には忘れ去られていた石碑でした。油断という気持ちがあったと思います。あとの代、孫とかの代まで分かってもらいたいという気持ちが強かったと思います」(益子恭平さん)


【大子町に残された3つの伝承碑】

20201012_4.jpg

大子町には、このような伝承碑が3つ残されていたことが、台風19号のあとの町の調査で分かりました。
いずれも明治23年の洪水を記録したもので、去年浸水した地域と重ね合わせると、ほとんど浸水の範囲も合致していました。

中には、JR水郡線の鉄橋が崩落した場所のすぐ脇に残されていた伝承碑もありました。

先月、これらの伝承碑を国土地理院の担当者が視察して詳しく調べました。
国土地理院が認定する「自然災害伝承碑」の地図記号に登録するためです。

「自然災害伝承碑」の地図記号は去年運用が始まったもので、インターネット上の地図で、碑のある場所や記載されている碑文の内容について詳細に確認することができます。

 

【今後の防災に生かしたい】

20201012_5.jpg
今回大子町は、より多くの人に町内の伝承碑の存在を知ってもらおうと、国土地理院に申請することにし、古い資料などを参考に伝承碑に書かれている内容を調べました。

「洪水の1年後に、地区の有志の方たちが、後世への戒めとして洪水の記念碑を建てたという内容が載っています」(大子町教育委員会 山崎仙一事務局長)

伝承碑には、「古老に聞いてもいまだかつて聞いたことのない洪水。人や家畜、田畑や家屋も流された」と克明な記録が残っているものもありました。

大子町では今後、小中学生が使う教材に伝承碑を掲載することなどを検討しています。

「当時の方は、本当に大変な災害だったということをこれだけ記録してくれていた。私たちにとっては勉強できる資料になります。今回の災害を機として、過去の災害についてよく勉強していただき今後に生かしていきたい」(大子町教育委員会 山崎仙一事務局長)


【被災地域の伝承碑 ネットで掲載開始】

「おそるべし」の碑という名前からも、自然の脅威を「おそるべし」と感じた先人の強い思いが伝わってくる大子町の伝承碑。
10月9日には、国土地理院のインターネット上の地図で「自然災害伝承碑」として掲載が始まりました。

今回は、大子町のほか常陸大宮市や水戸市など、4つの市と町の合わせて8つが新たに登録されました。すべて久慈川と那珂川の流域に残る伝承碑で、いずれも台風19号で被害を受けた地域です。

今回登録されたうちの1つである水戸市の伝承碑には、「天災は逃れることはできないが人の力が及ぶ範囲は努力しなければならない」という旨の記載もありました。

昔の人の思いをむだにすることなく、地元に残る先祖の教訓を今後の防災に役立てていくことが必要です。


取材:平山佳奈 記者

 

 

RSS