菌で肉をつくる!?新たな代替肉「菌肉」開発プロジェクト始動
つくば支局 浦林李紗(記者)
2022年06月16日 (木)

お肉好きのみなさまに朗報です。コレステロールゼロで、しかも環境負荷の少ない新しい「肉」が、近い将来、食卓に並ぶようになるかもしれません。
日本人の食を支えてきた、ある「菌」で肉をつくるという「菌肉(きんにく)プロジェクト」。菌で肉を作るとは、いったいどういうことなのでしょうか。味は?美味しい食べ方は?
筑波大学で始まった新たな代替肉の開発現場を取材しました。
菌肉の正体は、発酵食品に欠かせない「麹菌」
菌肉の開発に取り組むのは、筑波大学生命環境系の萩原大祐准教授。萩原さんが注目したのは、みそやしょうゆなどの発酵食品を作るときに欠かせない「麹(こうじ)菌」です。
米や大豆などの食材をやわらかくしたり、うまみや甘味を引き出したりするために使われる麹菌。
発酵食品としてふだんから取り入れている人が多いうえ、大豆に含まれるのと同じくらい豊富にたんぱく質を含むといわれていることから、萩原さんは、代替肉になるのではないかと考えました。
広がる代替肉開発
代替肉の開発は世界で急速に進んでいます。
背景にあるのが、地球温暖化です。
例えば、牛肉。牛1頭あたりゲップなどで出る温室効果ガスの量は、二酸化炭素に換算して年間およそ2.8トン。日本全国の畜産牛を合わせると1000万トンを超えるとされています。
一方、代替肉として現在主流となっている大豆肉は、家畜を飼育する必要がないため、温室効果ガスの排出量を減らすとされています。ただ、大豆は種まきから収穫するまで半年ほどの期間がかかり、収量は天候の影響を受けるという課題もあります。
それに対して、麹菌からつくる菌肉は5日間ほどで成長し、収量も天候に左右されないため、効率的に栽培できると萩原さんは考えています。
菌で肉を作る方法
菌肉を作るために用意するのは、麹菌、酒かす、砂糖、そして水の、4種種類だけ。
麹菌はもともと、「胞子」と呼ばれる、目には見えないほどの小さな種。それが成長するためのエサとして、エネルギー源に砂糖を、たんぱく源に酒かすを与えます。
萩原さんは、本来なら捨てられてしまうような材料を菌のエサにした、環境に優しい菌肉を作ろうと考えています。今回の培養で使ったのは、日本酒を造っている茨城県つくば市の酒造会社から提供してもらった、酒かす。ビールかすや米ぬかなどでも試してみたそうですが、独特の苦みが出たり、粉っぽくなったりして、いいできにはならなかったそうです。それが酒かすをエサにしてつくってみたところ、うまみのある味わい深い肉に仕上がったといいます。
酒かすと砂糖、水を入れた栄養液に、試験管から取り出したスポイト2~3滴の麹菌を加え、専用の装置にかけて温度を30度に保ちながら5日間培養。すると、白い物質がフラスコいっぱいになるまで成長しました。麹菌の種から綿毛のような細い菌糸(1本の太さは約1000分の5ミリメートル)が伸びて、複雑にからみあった状態だということです。
ここから水分を取り除いていくと、麹菌の塊ができあがりました。見た目はメキシコ料理「タコス」の皮、トルティーヤのようです。
さらに、肉っぽさを出すため、もう一手間。手でちぎって小さくし、塩で味付けをしてから、つなぎとして少量の卵白を加え、ミキサーで細かくします。そして、専用の型に入れて蒸したあと、油をひいたフライパンで焼くと、菌肉の焼き肉が完成しました。
肉厚は1センチ弱としっかりとした厚みがあり、見た目は鶏肉のような感じで、肉を焼いたときと同じような香ばしいにおいが漂っていました。
地元企業とのコラボで商品開発を目指す
今月上旬、酒かすを提供した酒造会社の経営者・浦里知可良さんを招いて菌肉の試食会が開かれました。浦里さんは、菌から作られたことに半信半疑ながらも、口に運び、じっくりと味わいました。
食感は完全にお肉ですね。かんでいると肉汁のようなうまみが出てきて、本当にお肉だと思います。
使い道がなくて捨てられてしまう酒かすがあるのも現実なので、そういった問題がひとつ克服されるようになれば、蔵元としてはうれしいです。
繊維がしっかり味わえる食感があり、かんでいてもわりと口のなかに残っていてくれる、そういうところがかなりお肉に近いんじゃないかなと思います。
評価は酒造会社にも上々のようです。萩原さんは、今後も地元の企業などと連携しながら、さまざまなエサで菌肉の試作を続け、商品開発につなげたいとしています。
記者も食べてみた
今回、特別に記者も菌肉を食べさせてもらいました。
食べてみると繊維質の少ないやわらかめの鶏肉のような食感。脂質が少ないため淡泊な味わいですが、菌に砂糖を与えたからなのか、ほのかな甘みを感じました。焼いた時に使った油がほどよく菌肉にしみこんでいて、厚みは1センチくらいあり、十分に肉感を感じることができました。
料理のプロも熱視線 おいしい“菌肉料理”を探る
萩原さんは、作った菌肉を携えて、都内に住む料理家・真藤舞衣子さんの調理場を訪ねました。よりおいしく菌肉を食べるにはどうしたらいいかを探るためです。
発酵食品を日頃から積極的に料理に使い、発酵食品のレシピ本まで出している真藤さん。萩原さんの取り組みを知り、開発に協力したいと自らコンタクトを取ったといいます。
ついにこの時代が来たのかなと、本当に、ある意味感動しています。仕事としても食に携わっている上で、環境のこともやっぱり考えていかなくちゃいけないかなって思っています。
真藤さんが作ってくれたのは、菌肉のマーボー豆腐。小さくちぎった菌肉は挽肉の代わりです。つなぎには片栗粉を使いました。
ねぎやしょうがと一緒に炒め、豆板醤やしょうゆなどで味付けして、豆腐を入れて仕上げると、美味しそうなマーボー豆腐が完成しました。
さっそく、できたてのマーボー豆腐を萩原さんに食べてもらいました。

舌の上で溶けますね。つなぎに卵白を使うと肉が硬めになってプリッとしちゃう感じがあるんですけど、今回は片栗粉のせいかすごいトロッとしていますね。ふつうのマーボー豆腐のようなうまみを感じる気がします。
お肉よりはあっさりしていますが、うまみがありますよね。不思議だなあと思っています。
ほかにも、にんじんと一緒に炒めた「にんじんしりしり」、茹でた山菜と和えた「山菜の酢の物」も作ってもらいました。菌肉料理、さまざまなレシピができそうです。
地球を救う存在となり得るか
真藤さんも、菌肉の可能性に大きな期待を寄せています。

もうこれは可能性しかないと、ゆくゆくは地球を救うんじゃないかなと感じています。地球温暖化のなかで、菌肉が広がれば、食の未来も変わっていくのではないかと思います。

植物を育てる農業であるとか、動物を育てる畜産であるとか、そういった産業があったんですけれども、菌類を育ててそれを食料にするというのもまた新しい一つの産業になり得ると私は考えています。消費者にも興味を持っていただけるようになれば、早く製品化できるのではなないかと考えています。
始まったばかりの「菌肉プロジェクト」。萩原さんは今後、詳しい成分の分析も行ったうえで、将来的には食品会社などと連携して製品開発なども目指していきたいということです。
新たな代替肉の選択肢として、菌肉がスーパーやコンビニなどに並ぶ日もそう遠くないかもしれません。
菌肉、みなさんは食べてみたいですか?