保育士を自治体が奪い合い!?
藤田梨佳子(記者) 、 小野田明(記者)
2023年04月13日 (木)

茨城県内に住んでいながら、わざわざ県外の保育園に通っている保育士がいる。
茨城県内の保育関係者からこんな話を聞き、私たちは取材を始めました。その結果、茨城県内も含む自治体間で、「保育士の獲得競争」とも言える事態が起きていることが、明らかになってきました。
千葉県内などの自治体が、給与をアップさせるといった手厚い支援策を次々と打ち出しています。
給与の差から、保育士が県外に「流出」することすらあるというのです。
(取材:NHK水戸放送局 藤田梨佳子記者・小野田明記者)
保育士が県外に なぜ?
茨城県内に住む20代の保育士の女性。車と電車で約1時間をかけ千葉県内の保育園に通っています。茨城県内の保育園2か所に勤めた経験がある保育士の女性。千葉県内の保育園に就職した理由の1つが給与だといいます。
給与は5~6万円は変わるかなと思います。
女性は、茨城県内の保育園は、いまと比べて給与は低く、生活のために保育士とは別にアルバイトをしたり、親から借金をしたりした時期もあったといいます。
手取りで12~13万円ぐらいだった時期もあったので、相当低いのかなと思います。両親に相談してお金を借りるというところがあったので本当に厳しい感じでした。当時は専門学校に行って資格を取ってまでするような仕事なのかなって思っていましたね。
千葉県内の園の給料の差に愕然
いま勤めている千葉県内の保育園は、手取りおよそ25万円。職場には茨城県内から通っている保育士も数人いるといいます。
こんなにもらえるんだと驚きました。仕事量は、前に辞めたところよりちょっと軽くなったかなと思うので、それでこの給料をもらえるなら、変えてよかったのかなと思います。茨城で、また働こうってなると、ちょっと『うーん…』という感じです。
給与上乗せや家賃補助も
なぜ、保育士の給与に大きな差が出てくるのか。保育の関係者に取材を進めると、その背景の1つに自治体の支援策の違いがあることが分かってきました。
保育士への手厚い支援策を打ち出している自治体の1つが、千葉県柏市です。柏市は、保育士の確保を子育て支援策の柱としています。支援内容をまとめたパンフレットを毎年作成し、市内の約80園が参加する合同就職説明会を開催して各園の魅力をPRしています。
そのうえで力を入れているのが、市内で働く保育士の給与をアップするための独自の支援制度です。
柏市は私立の認可保育園などで働く保育士を対象に、1人あたり月額4万円を給与に上乗せ。さらに月額7万2000円を上限に家賃の補助もしています。こうした保育士の給与の上乗せ制度は、千葉県内では複数の自治体が導入しています。

柏市の場合、どうしても東京への流出といいますか、そちらに通ってしまう方がいます。このため、給与水準を合わせて柏市も就職先の選択肢の1つとしてみなさんに選んでいただけるように、この支援制度をスタートしております。
独自支援は茨城県内でも
茨城県内でも保育士の支援策に踏み切っているところがあります。つくば市では2017年度から、私立の認可保育園で働く常勤保育士などに対し独自に月額3万円を支給。市外からつくば市内に転入した場合には1年間、月額2万円の家賃補助も行っています。
保育士の奪い合い
子育て世代の流入が続くつくば市では、今も新たな保育園の整備が進められていて、市内に保育士はまだ足りません。千葉県の自治体が手厚い支援制度を設けているなかで、何もしないわけにはいかないといいます。

つくば市よりも、千葉県などの自治体の方が助成額でいえば出していると認識しています。自治体間同士で保育士の奪い合いみたいになってしまっているかもしれませんが、保護者の保育ニーズに対応するために、保育士の確保というところで、こういう事業は継続していかなければいけないと思っています。
そして、つくば市はいまの支援制度に効果があると分析しています。つくば市は制度を導入した後に働き始めた保育士を対象にアンケートを行いました。そのなかで、「3万円の給与の上乗せが、就職先を決めるにあたって影響があったのか」尋ねたところ、「影響があった」「少しあった」と回答した人は全体の8割以上に上りました。
保育への支援が少ない自治体は
支援策が少ない自治体の保育園のなかには、人材確保に苦労するところもでています。小美玉市の保育園です。

募集をかけても、応募は本当にゼロに近いですね。
小美玉市には保育士の給与の上乗せといった独自の支援策はありません。こうしたなか、園長の萱場さんは、市内に住んでいる保育士が比較的給与の高いつくば市などの園に通勤するケースが実際にあるといいます。
市単独の補助金を出しているところもありますよね。そうした情報を聞いて保育士が他の園に移動するとか、そういうことはやはりありますね。
ギリギリの体制のなかで質確保
保育士が思うように増やせないなか、保育の質を確保するために、シフトなどを工夫してなんとか乗り切っているのが現実だといいます。
午前中は、保育士はもう時間刻み、分刻みです。こまかいスケジュールの中で、職員は園内を移動しているという感じになっています。厳しいですよね。最低基準という本当のギリギリのところを確保して、保育をしているのが現状になってしまっています。
萱場園長は、保育園が置かれた状況を見るにつけ、市の将来が心配になると話します。
街自体の存続っていうところになると、子どもがいなければその街は衰退していきますが、そういう意味でほかの自治体と大きな差は感じています。子どもたちが暮らし続けられるような環境整備が必要だと思います。
一方、小美玉市はNHKの取材に対し、「保育園の人材確保と給与の面に問題はないと認識している。保育園側から、給与を上げるために独自の支援策を打ち出してほしいという要望は来ていない」としています。
自治体にとっての子育て支援の重要性 専門家は
保育の現場の実情に詳しい茨城キリスト教大学の飛田隆教授は、少子化が進む中で、子育て支援に力を入れるかどうかは、自治体の将来をも決める、大きな選択だと指摘します。
子育て支援に簡単に言ってしまえば、いかにお金を使うかです。市町村も財政が厳しい中で本当に大変だとは思いますが、どの政策を1番にもっていくか、2番にもっていくかは、当然、議会を含めて、市町村の考えだと思います。やはり、子育て支援や若い人を街にいかに呼び込むかということは、その市が10年20年先を考えたときに、大きな1つの視点になるんじゃないかなと思います。
NHK水戸では、今年度、「シリーズ茨城の課題」として、茨城の皆さんの生活に身近なさまざまなテーマを深掘りしていきます。今月から6月までの3か月間は、子育てや教育をめぐる課題を取り上げていきます。