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逆境のアパレル企業 起死回生の一手は"干しいも"

執筆者のアイコン画像安永龍平(記者)
2023年03月24日 (金)

「アパレル企業が干しいもを作っている」。茨城県内の経済関係者からこう聞いたのは、去年の暮れのことでした。
茨城県は全国有数のさつまいもの産地とはいえ、なぜアパレルが。これは現場を見せてもらうしかないと、私はさっそく取材に向かいました。

アパレル企業 本気の挑戦

20230324y_1.jpgそのアパレル企業とは、婦人服の製造・販売を行っている茨城県ひたちなか市の「フクダ」です。1972年に創業し、今の福田勝也社長(45)が2代目として12年前に会社を継ぎました。社員は約110人。関東や東北などのショッピングモールに20店舗余りを展開しています。

 

20230324y_3.jpg敷地を案内してもらうと、ありました。服がストックされている倉庫の隣に、大量のさつまいもが保管されている倉庫が。保管可能な容量はおよそ100トン。湿度や温度などはAIで自動で管理しているという、本格的な倉庫です。

20230324y_4.jpgさらに、倉庫の向かい側には、干しいもの加工工場が。去年12月に稼働し、毎週2日、社員が干しいもを製造しているといいます。

倉庫や加工工場の整備にかかった費用は、なんと1億円。これは思った以上に本格的です。

「どうしてアパレル企業が、さつまいもに?」

 私の疑問に、福田社長は順を追って話してくれました。

 

さつまいもは“三方よし”

20230324y_5.jpg新型コロナウイルスの感染拡大が始まった2020年。行動制限などにより、会社は大きな打撃を受けました。売り上げの減少による合理化で、福田社長は店舗の4分の1を閉め、さらに東京の事業所を閉鎖。本社機能をひたちなか市に集約しました。新型コロナの影響がいつまで続くのか見通しはまったく立たず、アパレル業界の先行きも不透明。強い危機感を抱いた福田社長は、新たな収益の柱となるような事業を立ち上げようと考えました。そこで考えついたのが、さつまいもだったのです。

 

20230324y_6.jpg農業が盛んな茨城県は、全国有数のさつまいもの産地でもあります。そして本社があるひたちなか市は、県内でも干しいも作りが盛んな地域です。

ところが、農林水産省の統計によると、茨城県の荒廃農地の面積は全国で7番目の広さです。そこで県は、農地の再生に向け、さつまいも生産に乗り出した事業者に補助金を支給するといった事業を展開していました。

こうした事情を知った福田社長は、▼地域貢献になることや▼補助事業が充実していること、そして▼近年の焼きいもブームなどさつまいもの需要に伸びがみられることから、「さつまいもの生産は収益化が見込める」と判断しました。

20230324y_7.jpg福田勝也社長
さまざまな事業を検討するなかで、さつまいもは、まさに“三方よし”と感じた。短期的に終わらせるのではなく、長期的に続け、収益の柱にできると思った。

 

“ファッションなのに”の声も

さっそく会議で「畑を借りてさつまいもを育てよう」と説明した福田社長。社員からは驚きと、そして反対の声もあったといいます。社員のみなさんに、当時のことを尋ねてみました。

 (40代SE)「『ちょっと何を言っているのか分からない』という気持ちになりました。ただ、詳しい話を聞いて、できるかもしれないと思うようになりました」
(50代物流担当)「まさか、と思いましたよ。自分が農業に携わるなんて、考えてもいなかった。」


「社員全員が合意の上でのスタートではなかった」というこの事業。福田社長はみずから、地元の農家に栽培方法を学び、およそ5アールの畑でさつまいもと向き合いました。

福田勝也社長
『今は本業のアパレルを頑張るべきではないか』、『ファッションなのに全く関係ない農業をやるなんて』など、反対の声はもちろんありました。だからこそ、率先して動いて背中を見せることで、社員のやる気に火を付けたかった。

 

さらなる問題①原材料価格高騰

20230324y_8.jpgコロナ禍で本業では初めての赤字も出るなか、1億円の設備投資に踏み切った福田社長。

ところがそこに、思いがけない打撃がありました。ロシアによるウクライナ侵攻と円安です。綿やウールといった海外から調達している原材料価格の高騰で、生地の値段は最大で4割も値上がりしたのです。

新型コロナによる行動制限の緩和でようやく売り上げが回復してきても、今度は利益が減少するという事態に追い込まれました。

 

福田勝也社長
生地の仕入れ先を変えたり、縫い方を変えたりしてコスト削減を図っていますが、すでにコスト削減には取り組んできているので、やれることには限界がある。

 

さらなる問題②人材確保

そして福田社長には、もうひとつ、懸念がありました。それが、人材確保です。

本社があるひたちなか市では、おととし、日立ハイテクの半導体関連の工場が完成し、その隣ではJX金属が同じく半導体関連の工場建設を進めています。JX金属の工場は2026年度に本格的な操業を開始する予定で、500人以上の雇用が見込まれています。

 さらに茨城県は、今後も半導体関連などの企業の進出が期待できるとして、50年もの間、手つかずだった国有地のうち約23ヘクタールを国から買い取り、工業団地を開発する計画です。こちらは再来年度の完成を目指しているといいます。

 ネームバリューがあり、さらに賃金も高い大手企業が次々とやってくれば、人材の獲得競争が激しくなる。負けないためには、賃上げするしかない。しかし、この逆境の中、どうやって賃上げできるだけの収益を上げていけばいいのか・・・。

 ここで会社にとって希望の光となったのが、思い切って踏み出した、農業への道でした。

 

干しいもで賃上げへ!

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20230324y_10.jpg去年12月。収穫したさつまいもを使い、干しいも作りが始まりました。ふだんは経理やバイヤーなどとして働いている社員たちが、帽子と白衣に着替え、蒸したさつまいもの皮をむいていきます。

 干しいもというと、かつては地味なイメージがあったかもしれませんが、今、世間は干しいもブーム。優しい甘みで食物繊維が豊富、ダイエット中のおやつにぴったりだと若い世代にも人気で、女性向けの雑誌でも取り上げられるほどです。脂質が少ない炭水化物として、筋トレに励む人たちの間でも人気があるようです。

 

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20230324y_12.jpg若い世代、女性といえば、本業のアパレルのターゲット層です。そこで福田社長たちは、アパレル企業として、干しいもを売り出す際のデザインにもこだわりました。洋服の隣に並んでいても全くおかしくない、洗練されたイラスト。小腹がすいたときに気軽に食べられるように、何ならジムでのトレーニングの合間にも食べられるようにと、個包装のものも作りました。

 会社はことし6月から、最大で5%の賃上げを行う方針です。干しいもの売れ行きは好調で、経営に逆風が吹く中、賃上げを実現するための貴重な原資になるといいます。

 ことし1月には、新たにさつまいもの農地を購入し、これまでの10倍にあたるおよそ7ヘクタールを確保しました。今後は通年で干しいもを生産できるようにしたい。製造過程で生じるさつまいもの皮を使って、さつまいもチップスを作ってはどうか。将来的には本業と同じ規模の売り上げにまで伸ばしたい考えです。

 

福田勝也社長
新型コロナやウクライナ侵攻、それに原材料価格の高騰など経営環境はめまぐるしく変化しますが、何が起きても対応できるような柔軟性を備えなければいけないと考えています。

 

逆境での、異業種への挑戦。その裏には、この厳しい経営環境の中でも何とか生き残ろうとする、懸命な経営努力がありました。努力する経営者の姿を見つめると、この時代を生き抜くためのヒントもあると感じました。引き続き、さまざまな企業の取り組みについて、取材を続けていきます。

 

 

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