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選挙のインターネット投票は実現できるか?

執筆者のアイコン画像つくば支局 浦林李紗(記者)
2023年03月14日 (火)

大抵のことはインターネットでできる時代になった。特に新型コロナウイルスの感染拡大で、ネットで完結することの範囲は飛躍的に広がった。
しかし、いまだに“アナログ”なもののひとつが、選挙の投票だ。
来年の市長選挙で全国初のネット投票を目指すという“科学のまち”茨城県つくば市を取材した。

スーパーシティの危機感

まずは、選挙の投票の現状を確認しよう。日本の選挙はそもそも法律で、決められた投票所に本人が出向くことが原則とされている。期日前投票も、駅やショッピングセンターに投票所が設けられたりとずいぶん利用しやすくなったが、やはり投票所まで行かなければならない。投票所まで行けないという人のためには不在者投票といった制度があるが、手続きに手間がかかり、活用が進んでいないのが実情だ。

 この仕組みを大きく変えようとしているのが、つくば市だ。国家戦略特区「スーパーシティ」としてさまざまな実証実験が国から許可された、いわば実験都市。特区の枠組みを活用し、来年10月の市長選挙と市議会議員選挙で、全国初のネット投票の実施を目指している。

 ではなぜ、つくば市がネット投票の実現を目指しているのか。それは前回・3年前のつくば市長選挙にさかのぼる。投票率は51.6%と過去最低となり、市が年代別の投票率を抽出調査で調べたところ、特に20~24歳の若い世代と80代以上の高齢者で投票率が低かった。

 

20230314u_1.jpgなぜ投票に行かないのか。高齢の市民からは「坂の上にある投票所まで歩けない」「車の運転をやめたので移動手段がない」といった声が聞かれたという。

 

20230314u_2.jpgまた、市が筑波大学の学生を対象に行った調査では、「自宅や外出先などからスマホやタブレットで投票できるようになったら、利用したいと思うか」と聞いたところ、9割もの学生が「はい」と答えた。

 投票は、長い歴史のなかで国民が勝ち取ってきた、大切な権利だ。「投票所に行きたくても行けない」という切実な声はもちろん、「行かなければと思うけど、ちょっと面倒」という隠れた声にも応えるためには、ネット投票の実現が必要なのではないか。つくば市がスーパーシティの指定を目指した大きな動機の1つだった。

 

ネット投票 効果はほかにも

つくば市は、ネット投票によって市民の政治参加のほかにも、さまざまな効果が期待できるとしている。例えば、投票所や開票所の運営コストや職員の負担の削減だ。

 20230315u_03.jpg選挙に関する自治体の業務は、人海戦術に支えられている。つくば市でも、投票所や開票所の運営には、約500人の職員が通常業務を調整するなどしてあたっている。それでも足りない分は派遣のスタッフを雇う。このほか立会人を確保したり、必要な機械や消耗品などをレンタル・購入したりと、つくば市の場合、選挙のたびに6500万円程度の税金が支出されている。

 ネット投票になれば、これらの業務や必要なものが大幅に減り、市の支出を抑えることができる。

 

なぜ進まないネット投票

このようにメリットの多いネット投票だが、なぜ導入されてこなかったのかというと、本人確認やセキュリティ面での懸念があるからだ。

 投票所ではないところで投票が行われるため、どうやって本人確認を行うのか。買収や強要が起きていないことをどのようにチェックするのか。また、「投票の秘密」を守るため、投票した人と、誰に投票したかが結びつかない仕組みを作る必要もある。通信障害やデータ改ざんといったリスクもある。

 

検討中の投票システムとは

つくば市はネット投票の実現に向け、これらの課題を克服するシステムづくりを始めている。

 

20230314u_4.jpgまずは、複数の認証による本人確認だ。具体的には①有権者に専用のアプリをダウンロードしてもらう、②アプリ上で、あらかじめ個々に割り当てられた投票用のQRコードを読み取る、③さらにマイナンバーカードを読み取ると、投票画面が表示される、という3段階になっている。さらに、顔認証などの生体認証の導入も検討しているという。

 また、買収や強要による投票を防ぐため、ネット投票ができるのは期日前投票の期間中のみとし、期間中は何度でも投票をやり直せるようにする。これにより、例えば監視のもとで特定の候補者に投票するよう強要されたとしても、その場を離れてからやり直しができるようになる。万が一、ネット投票ができる期間中にやり直しができなかったとしても、投票の当日に投票所に行って従来どおり一票を投じれば、ネットでの投票は取り消される。

 「投票の秘密」を守るためには、投票者の情報と投票した内容の情報は切り離した上で、投票者の情報は匿名化し、投票内容の情報は暗号化して管理するようにした。これにより、システムを管理する選挙管理員会でも、誰が誰に入れたという情報は分からない上、万が一、サイバー攻撃によりデータの改ざんが行われた場合でも瞬時に把握できるという。通信障害に備えては、データのバックアップを分散して管理する。

 

ついに実証実験

これらの開発中のシステムを使い、つくば市は去年11月、市民にスマホから架空の候補者に投票してもらう「ネット模擬選挙」の実証実験を実施した。

 市があらかじめ指定した4つの地区に住む市民のうちマイナンバーカードを持っている人を対象として参加を呼びかけ、4つのキャラクターを候補者にみたてて投票してもらった。

 

20230314u_5.jpg模擬選挙の投票期間は1週間で、対象となったおよそ1万4000人の市民のうち、11%の1506人が参加した。市によると、システムへのアクセス集中による遅延や不正アクセスによる侵入、改ざんはなく、不正な投票データも確認されなかったという。

 

「今後もネットで」が8割 一方で…

つくば市は「ネット模擬選挙」に参加した市民を対象にアンケートを実施した。このなかで「今後、選挙でネット投票ができるようになったらどのように投票するか」と聞いたところ、「インターネットで投票する」が8割を超えたという。

 ネット投票のメリットとしては、「時間や場所に縛られず、短時間で投票できる」とか、「誤字脱字による無効票がなくなる」、「子どもを連れて行くと動き回って集中できないが、ネット投票だと落ち着いて投票できる」といった声が寄せられた。

 一方で、マイナスの声もあった。「スマホに慣れた若い世代と違い、高齢者には難しいと思う」とか「マイナンバーカードの暗証番号を忘れていて本人確認に手間取った」、それに「スマホを持っていないのでパソコンで投票できるようにしてほしい」といったものがあったという。

 模擬投票に参加した宮澤正さん(78歳)は、日頃から電話やメール、SNSなどでスマホを利用しているが、投票に3時間以上かかったという。

 

20230314u_6.jpg宮澤正さん
午前9時ごろから投票に挑戦しましたが、途中で『アプリの更新が必要』という表示が出て、アプリを更新したらまた始めからやり直しになりました。マイナンバーカードの暗証番号を覚えていなくて何度も入れ直したり、漢字や数字などいろいろな種類の文字を入れなくてはならなかったり。若い世代なら10分くらいでできてしまうかもしれませんが、私にとってはとても大変な作業でした。

 

意地になって操作を続けたという宮澤さん。

宮澤さん
ほかの高齢者に聞いても、スマホが分かる人に教えてもらってなんとか投票できたという人が多かった。中には投票を途中であきらめたという人もいました。スマホに慣れていない高齢者でも、操作しやすいようにしてほしいです。要領が理解できれば前よりはスムーズに投票できるかもしれないので、実際の投票の前に、何度か操作が体験できるといいですね。

 

また、ことし2月には、視覚障害のある大学生など7人にもこのネット投票システムを使ってもらった。

 

20230315u_7.jpg参加者たちはスマホの文字読み上げ機能を使って投票にチャレンジしたが、読み上げがスムーズにいかないところがあったり、画面上で次の操作に進むためのボタンの位置がわかりにくかったりと、戸惑う様子が見られた。なかでも、スマホに表示された文字列をコピーしてはり付ける操作は難しかったようで、参加者からは「音声入力しかできない人もいるので、文字入力を極力減らしてほしい」といった意見が出た。

 

つくば市の受け止めは

ネット模擬投票の実証実験について、つくば市スマートシティ戦略課の中山秀之課長にも話を聞いた。

 

20230314u_8.jpgつくば市スマートシティ戦略課 中山秀之 課長
ネット投票に対する肯定的な意見もあるが、不安に感じている市民もまだまだいます。高齢者や障害者などがスマホを使って投票の操作ができるようになるための整備や支援、スマホだけでなくパソコンを使っての投票など、市民からの意見を参考にしながら具体的な対応の検討が必要です。

 

今後も模擬的な投票を重ねながら、さまざまな課題を洗い出し、実現に向けた検討を進めていくという。

 科学のまちとして、市民の暮らしをよりよくするための技術革新をいとわない、つくば市。目標としている来年の市長選挙までに、課題をどのようにクリアしていくのか、取材を続けたい。

 

 

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