結城酒造 火災から半年 2人で挑む酒蔵復活へ"新酒の仕込み"
島根英幸(カメラマン)
2022年11月18日 (金)

江戸時代から続く老舗酒蔵、火災の衝撃
ことし5月11日。
茨城県出身の私は、当時の勤務先だった東京・渋谷のNHK放送センターで、「結城酒造で火災」のニュースにくぎ付けになりました。
茨城が誇る、全国でも有名な老舗酒蔵の火災。その後、酒蔵はどうなっているのだろうか――。
結城酒造を切り盛りするのは、浦里さんご夫妻。ことし7月、ふるさと・水戸放送局に転勤となったことをきっかけに、お二人に話を伺いたいと連絡をしました。
「頑張れるのは“仲間”のおかげ」夫・昌明さん
夫で社長の浦里昌明さんと初めてお会いしたのは、火災から半年が経とうとしていた10月下旬でした。
訪ねたのは、火災の現場となった結城酒造。作業中にボイラーから出た火が燃え移り、江戸時代に建てられた国の登録有形文化財の蔵2棟をはじめ、住まいまで焼けてしまいました。
近所に迷惑をかけてしまったという申し訳なさや、後悔、すべてを失った絶望。
今は更地となったこの場所に立つたびに、昌明さんは、当時のことを思い出してしまうといいます。
これからどうしたらいいのだろうか。
そんな状況の中、寄り添ってくれたのは、地域の仲間たちでした。われわれの酒を全国に広げたいと意気投合して長年活動を共にしてきた酒造組合のメンバーや、取引のあった酒店の人たちが、率先してがれきの片付けや義援金の呼び掛けをしてくれたのです。
地域の人たちや酒の取引をしてきた仲間たちが心配してくれて、温かい言葉をかけてくれました。私たちが今、頑張れる理由は、その方たちの励ましと支援があったからということに尽きます。皆さんの期待に応えられるよう、また酒蔵として復活したい
浦里さん夫妻の酒蔵復活に向けた覚悟を知った私は、その足取りを記録したいと強く感じました。
結婚を機に酒の道へ 茨城を代表する杜氏の妻・美智子さん
結城酒造で酒の味を決める責任者、「杜氏」を務めるのは、妻の美智子さんです。美智子さんは結城市ではなく、北海道にいました。
私はさっそく、北海道に美智子さんを訪ねました。
「自分にできるのはお酒を造ることだけ」
そう話す美智子さんの第一印象は、よく笑う朗らかなお姉さん。身を寄せている北海道東川町の「三千櫻酒造」の若い蔵人たちと、楽しそうに作業にあたっていました。
とても明るい方で、酒造りも真剣に向き合ってらっしゃって尊敬できます。なんか、いつも“もろみ”に話しかけちゃったり。
だってかわいいですよ。子どもと同じです。
15年前、結婚をきっかけに酒造りを学び始めた美智子さん。実力を付け、茨城県などが設立した「常陸杜氏(ひたちとうじ)」という認証制度の一期生にも選ばれました。
火災は、美智子さんの造る酒が全国新酒鑑評会で金賞を受賞するなど全国的に知られ始めたやさきのことでした。その衝撃たるや、想像を絶するものだったといいます。

やっと世の中もコロナが落ち着いて明るくなってきて、自分たちの酒もだんだん評価してもらえるようになってきた中で、こういうことになってしまって。絶望し、これからどうしようと思いました。
北海道で造る“結城酒造の新酒”
途方に暮れる美智子さんに声をかけたのは、三千櫻酒造の社長兼杜氏の山田耕司さんでした。新しい酒蔵を再建するには時間もお金もかかる。沈み込む美智子さんに、北海道で結城酒造の新酒を仕込んでみないかと持ちかけたのです。
酒蔵の一部を使わせてくれるという、山田さんからの思いがけない支援。また結城酒造の酒が造れるという希望に、美智子さんは持ち前の明るさと笑顔を取り戻しました。
お酒も生き物なのでね。雰囲気が良くないといい酒ができない。楽しくお酒を造れる環境を作れるという部分でも、美智子さんは素晴らしい
多くは語らずとも、北の大地を思わせる広い心と、優しいまなざし。単身・北海道でしばらく暮らすことになっても、美智子さんが山田さんを頼った理由が分かった気がしました。
いよいよ始まった、今年の酒仕込み
北海道で始まった、結城酒造の新酒の仕込み。いつもは明るい美智子さんの表情にも、緊張感が漂います。
まずは洗米。米を水につけ置く時間を入念にチェックする美智子さんの眼光の鋭さは、息をのむほどでした。
そして蒸し上げた米を、こうじ室(むろ)へ。振りかけるのは、茨城から持ち込んだ「こうじ菌」。結城酒造で使っていたのと同じものです。温度と湿度で曇るレンズをふきながらファインダーを覗き込むと、そこには子どもを慈しむような表情の美智子さんの姿がありました。
こうしてできた結城酒造の麹と酵母を、北海道の水と米が入ったタンクに注いで混ぜ合わせると、新酒の仕込みが終わりました。
いまの段階が、いちばんいい香りがします。結城酒造で嗅いでいた香りと同じで、胸が熱くなります。こんなに早く、結城のラベルで造らせてもらえるとは思っていなかった。感謝しています。
“結城酒造の新酒”で恩返しを
単身北海道で働く美智子さんが、“お守り”にしているものがあります。地域の酒店や全国の日本酒ファンなど、復活を応援してくれる人たちが書きつづった、メッセージカードです。

応援のおかげで、今、立っていられる。焦ってしまう思いはありますが、ゆっくりと自分たちの進む先を見据えていければと思います。待っていてくださる方たちに新しいお酒を飲んでいただいて、恩返しをしたい。
茨城に残してきた家族。
何年かかるか分からない再建への長い道のり。
明るく振る舞っていた美智子さんが、見せた涙。
ようやくたどり着いた今回の新酒の仕込みが上手くいくことを、願わずにはいられませんでした。
いつかまた、ここで酒造りを
更地になった結城酒造の敷地には、昌明さんと美智子さんの“希望”が残されています。代々受け継いできた結城酒造の命とも言える「井戸水」です。火災後も水質に変化はなく、再び酒造りに使えることが分かっています。
「またこの水を使って、ここで酒造りがしたい」
浦里さん夫妻の、たった一つの願いです。
私も取材者として見つめ続けていきたいと思います。
ご夫妻が2人で祝杯をあげる、その日を願って。