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茨城 ひたちなか海浜鉄道 時代に逆行? 3キロ延伸 ひたち海浜公園200万人を取り込め

執筆者のアイコン画像三輪知広(記者)
2022年06月03日 (金)

茨城県のローカル鉄道、ひたちなか海浜鉄道。 

かつては廃線の危機にあったこの路線が、3キロ延伸する計画を立て、去年、国土交通省に認められました。
なぜ、延伸という時代に逆行する挑戦に打って出たのか。 

そこには「ニーズに応えることはビジネスの原点」と、新駅の設置をはじめ攻めの姿勢を貫いてきた会社の姿勢がありました。

 

無謀?延伸計画のわけ

20220603m_1.jpg茨城県ひたちなか市の勝田駅から阿字ヶ浦駅の14.3キロを結ぶ、ひたちなか海浜鉄道。電化されていない単線の1路線だけ。運行されている列車のほとんどは1両編成のディーゼルカーです。

かつて乗客の減少によって、廃線が議論され、15年前には市などが出資する第三セクターとして生き残りました。

この典型的なローカル鉄道が、去年1月に国の許可を受けて路線を延ばす事業を進めています。

20220603m_2.jpg延伸路線の新たなターミナル駅が設置される予定地を、吉田千秋社長が案内してくれました。

ひたちなか海浜鉄道 吉田千秋 社長
こちらが、国営ひたち海浜公園の西口。いわば正面玄関です。そして、いまは広場になっているここが、延伸した後の駅の予定地になっています

 

目の前には、国営ひたち海浜公園のメインゲート「翼のゲート」が。新駅は目と鼻の先と言えるほどの近さです。

国営ひたち海浜公園はネモフィラやコキアが世界に発信され、新型コロナの前には年間200万人が訪れる茨城県を代表する観光地の1つ。

予定地はまだ、雑草が生い茂った空き地が広がっているだけですが、ここに駅ができれば、多くの人が利用しやすくなる便利な場所だと実感できます。

20220603m_3.jpg延伸計画は、国営ひたち海浜公園の入り口と、いまの終点の阿字ヶ浦駅を結ぶ、3.1キロの計画です。

事業費は概算で78億円余り、年間の収入が3億円程度の会社にとって多額の費用が必要です。

しかし、吉田社長は必要な投資だと考えています。

ひたちなか海浜鉄道 吉田千秋 社長
沿線に年間200万人が訪れる観光地は、そうそうあるものではありません。ゲート近くに駅ができれば、多くの人が列車で来ようと思うようになるでしょう。どうやって、たくさんお客さまに乗ってもらおうか、算段しなくてはいけないと思っています

 

小さな鉄道会社にとって、延伸計画は一見すると無謀とも思えます。しかし、ひたちなか海浜鉄道に限っていえば、やってのけるのではないかと思わせるものがあります。

それは、廃線の危機から生き残ったひたちなか海浜鉄道が、吉田社長を先頭に一貫してチャレンジを重ね、利用客を回復させてきたからです。

ひたちなか海浜鉄道 吉田千秋 社長
つくづく、鉄道とバスって、お客さん目線じゃない部分があると思っていました。もう思い切って、お客さんと一緒に改革をやっていこうと思いました

 

これから、ひたちなか海浜鉄道の数々の攻めの戦略についてご説明します。

ニーズを捉え乗客確保へ

吉田社長は、富山県で地方鉄道を再生した実績を買われ、2008年にひたちなか海浜鉄道の社長に就任しました。利用者を増やすために取り組んだのが、地域の人たちの声を聞き、乗ってもらえる鉄道にしていくことでした。

特に、通勤や通学の人たちから指摘されたのが、列車ダイヤの不便さでした。単線で上下の列車の行き違いができるのが、当時は路線の中間地点にある那珂湊駅だけ。

これがネックとなって、最短でも40分間隔でしか列車を運行できませんでした。

20220603m_4.jpgそこで、プラットホームの両側に線路を設置できる、いわゆる島式のプラットホームだった金上駅に、本線から分岐する線路を新たに敷いて、列車が行き違いできるように整備しました。

その結果、20分間隔で列車を運行できるようになり、学生などが「列車を1本逃しても学校に間に合う」と通学に利用してくれるようになったといいます。

さらに、出張を終えて都心から帰る人たちや、街の中心地で飲食を楽しんだ人たちのために終電の時間も遅くしました。いままで、ひたちなか海浜鉄道を利用したくても機会がなかった、潜在的な需要を掘り起こすことに成功しました。

また、「通学定期券の料金が割高に感じる」という保護者の意見に機敏に対応。吉田社長は、重要な収入源でもある定期券の価格にもメスを入れます。

20220603m_5.jpg1年分の通学定期券を一括で購入すれば、普通運賃の120日分の料金で利用できると訴えて利用を促したところ、保護者の負担感もやわらぎ、列車通学の生徒が増えました。

子どもの通学定期券の購入した保護者
定期券の価格は1年間で8万円ほどですが、毎日利用できるのであれば負担感はありません。わたしが学生の頃は、海浜鉄道で通学しようとも思いませんでしたが、定期券の価格が下がり、ダイヤも改善されたので、子どもは便利に使っています

 

「ニーズに応えることはビジネスの原点」、鉄道会社の経営も同じで、その原点を大切にしているという吉田社長は、住民の要望に次々と応えていきます。それが、2014年に設置した「高田の鉄橋駅」です。 

新駅の設置は、ひたちなか海浜鉄道の前身の会社を含め、開業以来、およそ50年ぶりでした。

周辺には住宅地があり、多くの住民がいますが、高齢化が進んでいました。自動車を運転できなくなった人も増えたことから、駅設置の要望が高まったのです。

吉田社長の実行力も地域の人に知れ渡り、日に日に駅の新設を求める声が強まったといいます。

20220603m_6.jpg行政と連携して、新駅を設置した例もあります。去年、ひたちなか市はこの地域の5つの小中学校を統合して、中高一貫の義務教育学校を沿線に設置しました。これを受けて会社側は、学校から徒歩2分の場所に新しい駅「美乃浜学園駅」を作りました。

全児童・生徒の約70%、約400人の児童・生徒が利用しています。統合して学区が広がったために、徒歩で通えない児童・生徒も多いのですが、スクールバスを運行するのは経費がかかります。既設の鉄道を通学手段に使ってもらうのは、市側にとってもメリットが大きいのです。

利用している生徒
学校ができてから使うようになって便利だとわかったので、休日にも、よく利用するようになりました。沿線に畑とか緑が多くて景色がきれいだと気づき、乗っていて気持ちがいいです

 

「美乃浜学園」の校長や教頭は、上級生と下級生が実の兄弟、姉妹のようにコミュニケーションをとったり、子どもたちが高齢者に席を譲るなど気遣ったりしていて、予想していなかった相乗効果を感じていると話してくれました。

できることはなんでもやる

20220603m_7.jpgまだまだ、できることはあると考える吉田社長。車両の更新にもあたりました。

製造から約50年が経過して老朽化が激しく、冷房もついていない、エンジン音もうるさいベテラン列車たち。昭和を感じることができて、イベント列車としては喜ばれますが、毎日利用する人たちにとっては決して快適とは言えません。

財政的な余裕はありませんが、鉄道会社どうしのネットワークを駆使して、比較的新しい中古車両を割安で購入。サービスの改善と安全性の向上につなげました。

ひたちなか海浜鉄道 吉田千秋 社長
高校生が、自分の通学のイメージが変わったと。老朽化した車両で通学するのはつらいけど、車両が更新されたことで、ふだんから使ってもいいかなと言ってくれる方が、けっこういらっしゃって、それがいちばん嬉しいですね。個性がなくなったといったら、それはそうかもしれませんけれど、乗り心地は格段によくなりました

 

鉄道から広がる地域活性化

20220603m_8.jpgこれまで、地域のニーズをつかんで、着実な利用が見込まれる通学・通勤客などの確保に向けた施策の数々を紹介してきました。その一方で、ひたちなか海浜鉄道ではイメージアップや観光客など新たな需要の開拓にも意欲的に取り組んでいます。

那珂湊駅の駅猫として人気を集めた黒猫の「おさむ」。駅の近くで、ケガをして弱っていたところを保護して「黒猫のタンゴ」を歌った皆川おさむさんの名前から「おさむ」と名付けました。

ホームから列車を見守る愛くるしい姿が人気となり、休日には県外からもファンが訪れました。2019年に息を引き取りましたが、いまも、「おさむ」のイラストなどがデザインされた、記念乗車券やスマートフォンケースなどのグッズが人気です。

20220603m_9.jpgまた、駅舎やプラットホームに掲げられている駅名の文字も親しみがもてるように工夫しました。路線にある11の駅すべてで、それぞれの地域の特徴を図案化して、文字で表現しています。

「那珂湊」の表示は史跡の反射炉や駅猫の「おさむ」をデザインに取り入れ「高田の鉄橋駅」は線路や鉄橋に見立てたデザインが文字化されています。特に優れたデザインに贈られる「グッドデザイン賞」にも選ばれました。

さらに、住民主体での活性化を、ひたちなか海浜鉄道も全力でバックアップしています。

2019年、住民の有志が終点の阿字ヶ浦駅の近くに「ほしいも神社」を作りました。ほし芋の生産が県内で最も盛んなことをPRしようと、ほし芋にちなんだ神様をまつり、「ほしいものが手に入る神社」として、御利益に預かろうと県外からも多くの人が訪れます。

20220603m_10.jpg去年6月には、ひたちなか海浜鉄道で廃車となった車両を活用して地域活性化に取り組んできたグループが、この車両をご神体にした神社、その名も「ひたちなか開運鐵道神社」を作りました。

全国でも現存している台数が少なく、鉄道ファンから根強い人気があることに目をつけたもので、50年以上、無事故で運行されたことから、交通安全や長寿などに縁起がいいとアピール。

車両の前には、ひたちなか海浜鉄道から譲り受けた古い線路を加工して、鳥居も設置しました。

ユーモアもあふれる設定もあいまって、鉄道に乗って、ご神体を一目見ようという人が増えています。

鉄道神社を作った町おこしグループ 佐藤久彰 代表
ずいぶんとむちゃなことを言っているんですけれど、どんな企画を持っていっても、吉田社長は『やってみましょう』とアイデアに乗ってくれる。だから吉田社長に相談すればいいと思える。本当に頼りになる、懐の深さに感謝しています

 

ダイヤの改善、地域ニーズに応えた新駅の設置、イメージアップと地域との連携。様々なチャレンジの結果、ひたちなか海浜鉄道は、開業10年余りで利用者を1.5倍に増やし、年間でも黒字を達成しました。

ひたちなか海浜鉄道 吉田千秋 社長
確実にお客様が増えています。思っていたことを1つ1つやって、それに周りの皆さんが、どんどんアイデアを出してくれて。その積み重ねが、今すごくうまくいっている感じがします

 

延伸は当然の戦略

20220603m_11.jpgあの手この手で活性化に取り組んできた吉田社長にとって、延伸は当然の戦略でした。ネモフィラやコキアが世界に発信され、年間200万人が訪れる公園の来場者を逃す手はありません。

しかし、赤字に悩む全国の地方鉄道を存続させるかが議論されているなかで、国土交通省からは採算性や事業の継続性を厳しく問われたといいます。

会社は、公園の来場者のわずか10%が利用するだけでも採算がとれるという手堅い試算と、沿線では新たな住宅地や工場の整備も進められ、観光客だけでなく通勤客の増加も見込めると国を説得しました。

ハードル乗り越え延長実現するか

20220603m_12.jpg第1段階はクリアしましたが、経験のない事業でもあり、慎重に作業を進めざるをえません。国の決まりで踏切が新設できないため、区間のおよそ70%を高架橋にする必要があるほか、高速道路のインターチェンジを越えなければいけないなど難しい工事が多いため再来年の春の開業は遅れる見通しです。

また、今後も、国や県から事業費を補助してもらえるのかといった、次のハードルも待っています。多くの人に延伸への理解と支援を求めていきたい。そのために、吉田社長は、地域の後押しが、よりいっそう必要だと感じています。

ひたちなか海浜鉄道 吉田千秋 社長
鉄道自体が地域と一体になって、地域の活性化も一緒にやっていかなければいけないのは間違いないことです。これから商店街とか市民の皆さんと一緒になって鉄道が延伸したから、「見てください地域が活性化できました」と言えるように、地域の活性化のモデルになっていくところまでプロジェクトを持ってきたいと考えています

 

取材を終えて

わたしは、2018年に東京から水戸放送局に転勤してすぐ、たまたま出席した市長の定例会見で、延伸計画の具体案が発表されたことから、壮大な計画が動きだしたと感じてワクワクしました。

背景を取材すると、行政、地域が一体となって、地域の鉄道を盛り上げようという取り組みの数々を知りました。

また、富山県でローカル鉄道の経営改革に成功した吉田社長の経営手腕と、困難にもひるむことなく一貫して前に進み続けてきた実行力があるからこそ、着実に成長することができたのだとわかりました。

さらに、地域の皆さんも吉田社長も、ひたちなか海浜鉄道が盛り上がるためなら、メディアにも協力しようと、情報発信に積極的に応じてくれました。

地方鉄道が延伸という異例の大プロジェクトは、地域づくりや公共交通のありかたについて一石を投じています。ひたちなか海浜鉄道が、どう課題を乗り越えて延伸を成功するか、今後も見つめていきたいと思います。

 

 

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