
トランスジェンダー男性(27)が、マイノリティーの存在を知ってほしいとVR空間に飛び込んでみたら・・・将来の夢が膨らんだ。
地方のボードゲームカフェで働く「たくや」さん(27歳/仮名)。女性として生まれましたが、幼少の頃から性別違和を感じ始め、1年前に性別適合手術を受けました。
その後、男性として人生を歩み、現在は婚約をしているパートナーと同棲しています。「少しでも、自分のような性的マイノリティーの存在を知ってほしい」とVR空間で交流することを決めました。今回は、たくやさんと一緒にVRの可能性について探っていきます。
(「プロジェクトエイリアン」ディレクター 松元 柊吾)
プロジェクトエイリアン ”分断”が進む社会をVR×エイリアンアバターで解決!? 全く新しいドキュメンタリー番組!
放送:9月20日(火)[NHK総合]
再放送:12月10日(土)15:55~[NHK総合](一部地域を除く)
異なる背景や価値観を持った若者4人が、お互いの外見や属性などを隠し、エイリアンのアバター
としてVR空間で交流。“違い”を乗り越えて分かり合うことができるのか?
VR空間に飛び込む番組に参加を決めた理由は?

NHKの開発番組『プロジェクトエイリアン』では、VR空間を舞台に、見た目に影響されないアバターでの交流を通じて、ジェンダーや国籍などを理由とした“分断を乗り越える”きっかけとなる場を作ろうとチャレンジしています。この場への参加を希望したたくやさん。なぜ、このVRの企画に参加したのでしょうか?
Q.ご無沙汰しています。まず、たくやさんが番組に参加した理由を教えてください。
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たくやさん
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まだまだLGBTQについて偏見を持っている人や知識がなく「なんだそりゃ」という感じの人に向けて、少しでも知ってほしいという気持ちがあったのが大きかったです。
でも、詳しくしってほしいということではなく、LGBTQ、それぞれの意味を知ってほしいくらいで、それ以上は全く求めてないです。
僕のような人がいたときに「異分子見つけました」みたいな目で見られると一番傷つくので、「ああ、ということはトランスジェンダーなんだね」みたいに思ってくれるだけで十分。僕が出演することで、そんな社会に少しでも近づけるならと思ってお話を受けてみることにしました。
あとは、僕のジェンダーが理由で彼女の両親に結婚を反対されていたりするので、そのことを誰かに相談したいという気持ちもありましたね…。
VR空間で“エイリアン”になってみて

番組では、現実社会では交わり合わないような20~30代前半の若者4人が、お互いの外見や素性などを隠した状態で、エイリアンのアバターとなってVR空間で一緒に月面旅行をしてもらいました。信頼している人にしか自身のジェンダーについて打ち明けないと話すたくやさんですが、VR空間ではどのように交流を進めていったのでしょうか?
Q.VR空間での交流に参加してみていかがでしたか?
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たくやさん
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最初は、伝えたいという気持ちが強かったのでVRか否かはどちらでもよかったのですが、実際にやってみると自分の気持ちをいつもより素直に言葉にできていたのが面白かったです。
現実社会だと、見た目が怖そうだから話すのをやめようとか思うこともあるんですけど、アバターで顔が見えないからこそ、そういった固定概念から解放されて、抵抗なく話すことができましたね。
声の感じで3人がどんな人か探っていたんですけど、みなさん優しい人なんだろうなと早い段階で思えたのも大きかったかもしれません!
Q.確かに相手を判断する材料は声くらいしかないですよね。最初の方で、みなさんと自己紹介した後で、女性参加者のウォルさんが、自分のことを「紅一点ですね」って発言したのは覚えていますか?
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たくやさん
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めちゃめちゃ覚えてます。ウォルさんが声しか相手を判断する情報が無い中で、僕を男性とジャッジしてくれたのはとても嬉しかったです。
学生時代は見た目をどれだけ男の子っぽくしても、声をかけられて返事したら「あ、女の人だったんだね」って言われたりして、誰ともしゃべりたくなかった時期がありました。その後、長いホルモン治療を経て、ようやく今の声を手にすることができたので、「あ、声だけで男性枠に入れた」とホッとしました。
Q.たくやさんは声から3人をどんな人だと推測していましたか?
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たくやさん
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ウォルさんは「初めまして」の時から、落ち着いたトーンでみんなに話を振ったり場を回していたので、現実社会でも責任の重い仕事を任されているリーダー的ポジションの人だろうなと思っていました。
こうようさんは、か細い声が印象的で、常に気を遣ってくれているなという印象。せいやさんは、トーン高めで面白おかしく場を盛り上げようとしてくれていたのでヤンチャなイメージでした(笑)

トランスジェンダー男性であることを信頼のできる人には打ち明けているたくやさん。3人にも打ち明けても大丈夫かどうか探り探りで交流を進めていったと言います。
Q.交流する上で不安はありましたか?
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たくやさん
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ほとんどなかったんですけど、強いていえばトランスジェンダーというだけで距離をとる人がいたら怖いという不安はありましたね。
SNSを見てると、「LGBTQは存在しない」「結局は男か女のどちらか」という意見を発信していたりする人もいたりするので…そんな過激な意見を持つ人が3人の中にいないことを祈りながらコミュニケーションをとっていましたね。

VR空間は参加者に何をもたらしたのか?
「プロジェクトエイリアン」では2回に分けて収録を実施。1回目は相手が何者か分からないなかで距離を縮めてもらい、2回目では自分の素性をみんなの前で開示するか否かを参加者に選んでもらいました。たくやさんはそれぞれの自己開示を聞いて、その素性や価値観をどのように受け止めたのでしょうか?
Q.今回、2回目の収録でお互いの素性が明らかになったのですが、その時の心境をお答えいただけますか?
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たくやさん
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とにもかくにもこうようさん(“SNS上で権利主張する人”が苦手と語る男性)がLGBTQに対して、いい印象を抱いていないと知ったときは焦りました。
「えー苦手なんだ」「終わったー」みたいな(笑)。そういうタイプの人はいないだろうと安心しきっていたので。思わず「LGBTQの人が苦手なの?」とVTRが終わったら聞いちゃってる自分がいましたね。
でも、話を聞いてみるとごく一部の主張が強い人がということだったので安心しました。僕自身もLGBTQの代表みたいな顔をして、SNS上で強い言葉を発信している人に対して「やめてー、自分もそういう人だと思われちゃう」と感じることもあるので、むしろ、こうようさんとは意見が近かいことが分かりました。
Q.印象が変わった人はいましたか?
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たくやさん
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こうようさんはそのワンポイントの驚きはあったけど、一番印象が変わったのはウォル(自身の鎧が脱げないと語る女性)さんかな。VTRを見る前も「闘う」という言葉を随所で発言されていたので、世の中に強く発信するタイプの人なんだろうなと思っていました。
そういう部分ももちろんあるんだろうけど、VTRを見た後は「周りの求める自分になろうと期待に応え続けてしまった人」という印象に変わりましたね。
僕の母親もウォルさんのご両親に負けず劣らず厳しい人で、小さい頃はウォルさんのように期待に応えようと生きてきました。
ただ、反抗期くらいで「言うこと聞くのやめよ」「親の人形になるのはやめよ」と自分の道を生きることにしたんです。こう言うと聞こえがいいですけど、もう少し正確に言うと「僕は“期待についていけなかった人”でウォルさんは“期待についていけちゃった人”」なんだと思います。僕なんかよりずっと能力が高い人だからこそ。
“エイリアン”になって相手と向きあう

エイリアンのアバターになり、月に到着した参加者4人。最後に「たき火」を囲んで本音で語り合いました。「在日韓国人というマイノリティーであるがゆえに優秀でいないといけない」と父から育てられた参加者のウォルさん。「鎧が脱げない」と本音を語り始めた話したウォルさんに対して、「ありのままでいい」と伝えるたくやさんの姿がありました。
Q.最後の「たき火」でのトークでウォルさんの本音を聞いていかがでしたか?
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たくやさん
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やはりそうだったかと。ウォルさんのつらさが少しは理解できるからこそ、「もっと気楽に生きてもいいんだよ」と伝えてあげたいという気持ちがこみあげてきました。誰かに合わせた自分になって生き続けたら、「じゃあ、本当の自分はどこ?」ってなるし、人と話すだけでも大分、体力を使うだろうし。「ありのままのウォルさんでいい」と一応伝えたつもりではいるんですけどね…少しでも僕の言葉が伝わってウォルさんの中で何かいい変化があれば嬉しいな。
Q.たくやさんも色々と打ちあけていましたが、「たき火」での話はどんな気持ちで臨んでいましたか?
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たくやさん
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「たき火」でのトークは解放感がすごかったですね。1回目の収録では周りの性格を探るのと自分がどういう話をしていったらいいのかで精一杯だったけど、最後はみんなの素性も知れたし自分もさらけだせていたので、解放的な気持ちで話すことができました。
「自分を知ってくれ」「自分はこういう人間なんだ」と3人に伝えたいという不思議な感覚を覚えていましたね。だからこそ、それまで話してこなかった結婚問題についても打ち明けることができたんだと思います。

たくやさんは、大学生の時からお付き合いを始めた彼女さんと同棲中。参加後、プライベートで様々な進展があったといいます。
Q.結婚については進展ございましたか?
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たくやさん
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まだ完全には彼女の両親から認められたわけではないですけど、なんとかはなりそうです。今回の企画を通して、今一度、彼女のご両親と向き合ってみようと思えるようになりました!とりあえず、今年の11月に入籍して、来春には結婚式を挙げる予定です!
Q.おお!それはおめでとうございます!他には変化ございましたか?
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たくやさん
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実は、収録が終わってから小さい頃の夢だったラーメン屋さんになることにチャレンジしてみようと思って、近所のラーメン屋でアルバイトを始めたんです。番組を通し、3人の人生に触れることで「自分と同じだ」や「あの頃の自分はこうだったな」と自分の今までの人生を振り返ってみる機会になりました。
振り返ってみると自分が逃げてきたことや諦めてきたことって、そういえばたくさんあるなって思った時に、このまま生きていくより、本当にやりたいことを一旦挑戦してみようと思いました。
ただ、アルバイトは一旦やめてしまったんです。あまりに体力的にきつくて、これは自分で店を開くのは夢のまた夢だなって思うくらい、頭が混乱する現場でした(笑)
でもラーメン屋の夢は諦めていないですし、今回VRを体験してみてゲームの空間を作る仕事もいいなって思い始めています(笑)とにかく後悔のない人生になるよう、挑戦することは今後も続けていければと思います!
Q.たくやさんの挑戦、応援させていただきます!
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たくやさん
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ありがとうございます。でも、あまり期待はしないでください(笑)

他者との交流のハードルを下げ、さらには距離感を縮めることも可能なVR空間。「VR×社会課題」プロジェクトでは、今後もVRの有効活用法を模索していきたいと思います。
プロジェクトエイリアン ”分断”が進む社会をVR×エイリアンアバターで解決!? 全く新しいドキュメンタリー番組!
放送:9月20日(火)[NHK総合]
再放送:12月10日(土)15:55~[NHK総合](一部地域を除く)
異なる背景や価値観を持った若者4人が、お互いの外見や属性などを隠し、エイリアンのアバター
としてVR空間で交流。“違い”を乗り越えて分かり合うことができるのか?