
在日韓国人女性(26)が、戦い方を知るためにVR空間に飛び込んでみたら・・・人生のミッションを再確認して、転職することになった。
「俺たちはマイノリティだ」―父親からそう言われて育ってきたと語るウォルさん(26歳/仮名)。韓国籍の両親のもと日本で生まれ育ち、19歳のときに韓国籍を選びました。偏見を乗り越えるため、“完璧な人間”になろうと努力し、国籍問題などについても率先して主張をしてきましたが、何かを変えるキッカケを求めて“VR空間”に飛び込みました。ウォルさんと一緒にVRの可能性について探っていきます。
プロジェクトエイリアン ”分断”が進む社会をVR×エイリアンアバターで解決!? 全く新しいドキュメンタリー番組!
放送:9月20日(火)[NHK総合]
再放送:12月10日(土)15:55~[NHK総合](一部地域を除く)
異なる背景や価値観を持った若者4人が、お互いの外見や属性などを隠し、エイリアンのアバター
としてVR空間で交流。“違い”を乗り越えて分かり合うことができるのか?
VR空間に飛び込む番組に参加を決めた理由は?

NHKの開発番組『プロジェクトエイリアン』では、VR空間を舞台に、見た目に影響されないアバターでの交流を通じて、ジェンダーや国籍などを理由とした“分断を乗り越える”きっかけとなる場を作ろうとチャレンジしています。参加を希望したウォルさんの目には、今回のVRの企画がどのように映ったのでしょうか?
Q.ウォルさんが今回の番組に参加した理由を教えていただけますか?
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ウォルさん
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はい、ちょっと攻撃的に聞こえるかもしれませんが・・・今後マイノリティとして戦っていくなかで生きる糧になるのかなっていう気がしたんです。自分以外の人たちが、どういう現象を前にどういう気持ちを抱くのかというのを知れば知るだけ蓄えになるというか。
自分も今私のことを全然わかってくれないマジョリティの人がいても、今回、そういう人と関わって、「あ、そういう人たちってこういうふうに考えていて、こういう気持ちなんだ」ってわかれば、私の戦い方もまた変わってくるのかなとか。材料にしたい、という気持ちが大きかったですね。
VR空間で“エイリアン”になってみて

番組では、現実社会では交わり合わないような若者4人に、VR空間でお互いの外見や素性などを隠して、一緒に月面旅行をしてもらいました。その際、人間の姿ではなく、“エイリアン”のアバターのデザインを細かく選んでもらったのですが、意外な効果がありました。
Q.今回のVR空間での交流はいかがでしたか?
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ウォルさん
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本当に何もかも自分の素のままのコミュニケーションをするしかない状態だったので、面白かったですね。お互いのエイリアンの形しかわからないなかで、どう距離を詰めようかと本当に脳がフル回転した時間でした。疲れたというよりは、「なんかコミュニケーションしたな・・・」みたいな達成感のほうが大きかったです。
Q.相手が何者かわからない、というのは不安ではありませんでしたか?
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ウォルさん
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えー、どうだろう。これ、私だけかもしれないんですけど、あまり不安には思わなかったです。それこそ社会から解放されているので、偏見から解放されてコミュニケーションをしている実感もありましたし、自分がどう見られても現実でもう1回関わることないかもしれないじゃないですか。なので、あまり怖くもないし、恐れもなかったですね。
Q.偏見から解放された、という部分について詳しく教えていただけますか?
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ウォルさん
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エイリアンのアバター、というのがすごく良かったんだと思います。人間の形だったら、もっと深く考えちゃっていたと思います。例えば、この人ってこういう姿になりたくてこれ選んだのかなとか。
自分だったら、すっごい可愛い女の子のアバターを選ぶと思うんですよ。私は特に外見に何か言われたりとかっていう経験がすごく大きかった人間で、自分にコンプレックスがたくさんあるので。それから解放されて会話ができるのは本当に新鮮でしたし、自分もそれにあんまりとらわれずに、コンプレックスの告白ができたりしたかなって思います。

現在は韓国籍を選択したウォルさんですが、幼少期は自身のアイデンティティをもとにいじめられることもあったといいます。ふだんは自分の国籍をオープンにして生活していますが、それは「自分の身を守るため」でもあると語ってくれました。
Q.現実とは違って素性がわからないVRでのコミュニケーションは気楽さもあったりしましたか?
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ウォルさん
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ふだんのコミュニケーションだったら、名字がこうで、実は韓国人で、でも、日本にずっと住んでいますみたいな。そういう自己紹介の仕方をわざとするんですよ。自分から申告することによる予防線効果はあると思っています。
国籍について黙っていて、知らなかったよ、うそつかれたみたいになったら絶対に嫌なんで。あえて自分が何者であるかをさらすことで守っている部分はあります。
それに加えて、私、相手がどんな人間だか、できるだけ目に見えるヒントを多くキャッチしようとする癖もあって。すごくわかりやすい例で言うと、例えば、K-POPのアイドルのキーホルダーがついている。韓国も嫌いじゃないんだな、じゃあ、自分の国籍を告白しても大丈夫だなとか。
逆に、例えば何か日の丸の持ち物を持っていて、それを大事にしていたら、あ、すごく日本に愛国心を持っている人で、もしかしたら・・・とか、そんな感じですかね。
エイリアンの世界は、これが非常に楽だった…。情報がないことによって不安になるとたぶん思われると思うんですけど、逆にもう、どうしようもないじゃないですか。情報を得ようがないので、楽になりました。

VR空間がもたらした“自己開示”
「プロジェクトエイリアン」では2回に分けて収録を実施。1回目は相手が何者か分からないなかで距離を縮めてもらい、2回目では自分の素性を皆の前で開示するか否かを参加者に選んでもらいました。それぞれの素性が明らかになったあとの会話をどのように受け止めたのでしょうか?
Q.今回、2回目の収録でお互いの素性が明らかになったのですが、その時の心境をお答えいただけますか?
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ウォルさん
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私の中では、せいやさん(“親ガチャ”が失敗したと語るホストの男性)のインタビューがいちばん衝撃でした。1回目の収録の時から、率先して場を和ませたり、妹思いの一面を伺ってはいたのですが、その背景に苦しい家庭環境からはい上がろうとする気持ちがあることを知って・・・。
私自身、ホストという職業に固定観念を持っていたことを突きつけられた瞬間でした。「お酒飲むのが好きなんでしょ」「華やかな世界にいたいんでしょ」といったある種の偏見を持っていたのですが、もっと深い人生があるんだな・・・と。
Q.最初からお互いの素性がわかっていた場合だと、コミュニケーションは変わりそうでしょうか?
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ウォルさん
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きっと自分をさらけ出して話すことはできなかったと思います。日常生活だと往々にしてそうですが、相手のステータスを最初に知ってからの会話って、どうしても、そのステータスを起点とした形式ばった深掘りしかできないじゃないですか。
例えば最初に「ホスト」って聞いたら、もしかすると「苦手」ってシャッターを下ろしていたかもしれないです。相手がわからないときの交流ってどうしても相手を探るようなコミュニケーションになるんですけど、ステータスを知りたいんじゃなくて、相手の人間性を知りたいんだな、と個人的に思いました。
相手の人となりに触れられてから、相手の属性がわかったとき、事情を知りたい、もっと話したい、という気持ちになりました。
Q.こうようさん(実家暮らしの無職の男性)は、インタビューで“SNSで権利主張する人が苦手”ということが明らかになりましたが、その時はどう思いましたか?
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ウォルさん
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もちろん私自身、自分の生い立ちから強く主張してきた経験があるので、ドキッとしました。でも、そういう属性の人間が嫌いな訳ではなくて、何か深いロジックがあるんじゃないかな、と思い至ることができました。
こういうコミュニケーションが理想型で、本当は多くの人とこうやって交流したいと思いましたが、現実だと難しいよな、と思ったのも事実です。
“エイリアン”になって手に入れたこと

ふだんの生活でもゲームが好きだと語るウォルさん。VRの世界観についても話が盛り上がった。
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ウォルさん
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私の場合は、最初にVR空間に入ったときからアバターとシンクロしていましたね。それぞれの素性がわかっていく場面では本当に重厚な気分になったし、その後に月面空間に出たときは重力がなくなったくらい気分が軽くなりました。
たき火を囲んでの会話も、夏の夜の修学旅行を思い出すようなところもあって、開けっぴろげに話せるなと感じました。取り繕う必要もないし、等身大の自分で語ることができたなと思います。
Q.相手の話の聞こえ方も変わりましたか?
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ウォルさん
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日常生活でも「鎧を下ろせばいいじゃん」ってすごく言われますけど、VRで一期一会の人にも言われるんだ、と妙に自然と受け止めることができました。でも、4人で話を進めていく中で、「鎧を着てきたから生きてこられたし」という、自分の生き方を否定せずに、どう受け入れていくかという形にギアを変えることもできましたね。
前を見ることって大事だけど、無いものを探してしまうとツラいじゃないですか。改めて自分の輪郭を知ることの大切さも今回感じました。それが新しい自分として進む一歩なのかもしれないですね。実は私、今回の収録をきっかけに、転職を決意しまして・・・。
Q.え!?本当ですか??
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ウォルさん
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収録が終わったその日には、転職エージェントとの面談の日を決めまして(笑)。今の職場もすごくやりがいがあるのですが、「会社に貢献するために働いている自分」の存在に気付いたんです。
これまでの人生で自己本位的に動くことにためらいがあったのですが、ほかの3人にポンと背中を押してもらって・・・。別に何かが大きく変わったわけではないのですが、エールをもらった気がしたんですね。
みんな困難はあるけれど、じゃあ明日どう生きる?みたいな。もし、また会えたらうれしいし、会ったときに語れることがあるといいな、と思ったんです。私の人生、私のものだしなって。尊敬する会社の上司にも相談したのですが、「ウォルらしいな」と笑って応援してくれています。
今は、業界にこだわらず新しいキャリアを探しています。自分の人生のミッションは「何かと何かをつなぐ」だなということを今回再確認しました。自分自身、日本と韓国をつなぎたいと思って生きてきたし、VR空間でも誰かと誰かを繋いでいたしなって。
Q.新たな門出を番組チーム一同、応援させていただきます!
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ウォルさん
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ありがとうございます(笑)

他者との交流のハードルを下げ、さらには距離感を縮めることも可能なVR空間。「VR×社会課題」プロジェクトでは、今後もVRの有効活用法を模索していきたいと思います。
プロジェクトエイリアン ”分断”が進む社会をVR×エイリアンアバターで解決!? 全く新しいドキュメンタリー番組!
放送:9月20日(火)[NHK総合]
再放送:12月10日(土)15:55~[NHK総合](一部地域を除く)
異なる背景や価値観を持った若者4人が、お互いの外見や属性などを隠し、エイリアンのアバター
としてVR空間で交流。“違い”を乗り越えて分かり合うことができるのか?