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“紅茶売り”の少年が14億人のリーダーに インドのモディ首相ってどんな人?

紅茶売りの少年から、14億人のリーダーに上り詰めた人を知っていますか。

高い経済成長を続け、来年(2025年)には経済規模で日本を追い抜こうとするインドを率いてきたモディ首相です。今回の総選挙でモディ首相率いる与党連合が過半数を上回り、3期目も続投する見通しとなりました。

そもそも、モディ首相ってどんな人物なの?
私たちは、インドとどう向き合っていけばいいの?
14億人のリーダーの素顔をさぐるため、モディ首相をよく知る人たちを訪ねました。
(「クローズアップ現代」取材班)

14億人のトップ、生まれはどこにでもある小さな町

車が通ると舞う土ぼこりに、道路脇の小さな露店。
インドの日常風景が広がる小さな町が、モディ氏のふるさとです。

インドでは、酷暑期となる5月上旬。
日中の最高気温が40度を超えるなか、私たちは、いまや14億人を率いるリーダーとなったモディ氏の原点を探ろうと、インド西部にあるグジャラート州のヴァドナガルに向かいました。

訪ねたのは、60年ほど前にモディ氏が4年間通っていた学校です。
今でも建物は、そのまま残っていました。
出迎えてくれたのは、モディ氏と同じ名字のモディ校長です。
さっそく2枚の写真を見せてくれました。

写真左 演劇をする少年時代のモディ氏

金庫から慎重に取り出した白黒写真には、学校行事で劇を披露するモディ首相の少年時代の姿が写っていました。
モディ氏が演じたのはこの州に伝わる物語の勇敢なリーダーで、貧しい人を手助けする役だったといいます。

母校を訪れたモディ氏

2枚目は、校長室の壁にかかっていた、モディ氏が前にかがんだ姿勢で親指を額につけている写真でした。
2017年、すでにインドの首相に上り詰めていたモディ氏が、学校の土を額につけて、敬意を表すしぐさを示した様子を写したものだそうです。
当初は学校を訪問する予定はなかったものの、たまたま学校を通りかかったときに、急きょ予定を変更し、警備の特殊部隊に囲まれながら母校を訪れたと説明してくれました。

「少年時代は1日3回駅で紅茶売り」

次に実際にモディ首相が勉強していたという教室を案内してくれました。
ここで、モディ氏の少年時代の話を聞かせてくれたのは、幼少期から教室で文字どおり隣で席をならべてともに過ごしてきたという、デサイさんです。

同級生のデサイさん

デサイさんはこちらが質問する前に、せきを切ったように「友達」だったモディ氏とのエピソードを話し始めました。

デサイさん

「11年生の時、モディさんを含めて友達数人で過ごしていたとき、ビハール州から来たという占い師がやってきました。私たちが1ルピーを渡すと、私たちの将来を占ってくれました。私の手相や、モディさんの額を見てくれました。占い師は『あの男の子は偉大な宗教的指導者になるか、偉大なリーダーになる』と言いました。私たちは笑い出しました。このチャイを売る少年がまさかと」。

そして、こう続けました。

デサイさん

「それは現実になったのです」。

デサイさんが話した、「チャイ」とはインドでよく飲まれているインド式の紅茶のことです。
インドでは道路脇の売店や駅などいたるところで、チャイを飲みながら一息入れる人の姿を見ることができます。

デサイさんによると、毎朝6時、昼の学校の休み時間、それに夕方に近くの駅に行き、屋台でチャイを受け取ると、列車に乗り降りする人に売っていたということです。
売れ行きは好調で、稼いだお金は家族に渡していたといいます。

当時は、1日3回も駅に行かないといけないほどの暮らしぶりだったのでしょうか?

モディ氏の家の近くに住み、幼いころ母を亡くしてから、モディ氏の母親に、モディ氏とともに一緒に育てられたというシャマドバイさんは、こう証言しました。

幼なじみのシャマドバイさん
シャマドバイさん

「お金なんてなかった。彼はやかんを持ってチャイを売っていました。家には、穀物を粉にする機械があって、それが稼働していただけです」。

シャマドバイさんは、いまもモディ氏とつながりがある印として、「PRIME MINISTER」と書かれた白い封筒とモディ氏からの手紙を見せてくれました。

毎年モディ氏の誕生日にお祝いの手紙を送っていて、必ず返事を返してくれるのだといいます。

手紙は直筆ではなく、個人的なメッセージはありませんでしたが、地元で使われているグジャラート語でこう書かれていました。

「あなたの感情的な言葉に私は圧倒されました。国民から常に頂いている計り知れない愛情をとても幸運だと思っています。私に対するこの信頼は、国のために私が継続的に献身するエネルギーを与えてくれる一番大きい力となっています」。

デサイさんは学校での取材のあと、実際にモディ氏が少年時代チャイを売っていた近くの駅を案内してくれました。

駅舎の外には、やかんのモニュメントがありました。

当時の暮らしぶりを伝えるシンボルとして、新たに設置されたのだといいます。

駅の構内を見ると、現在は小さな町としてはかなり整備されている印象で、当時チャイを販売していた屋台も保存されていました。

駅構内にあるチャイの屋台

デサイさんは、昔を懐かしみながら振り返りました。

デサイさん

「ここに来ると昔のことを思い出す。ナレンドラバイ(モディ氏の名前を親しみをこめて呼ぶ)と一緒にチャイを売ったり、話をしたりしていたのを思い出します。貧しい家庭の出身から首相になるとは思っていませんでした。しかし彼は自力でやってみせたのです」。

当時のエピソードや暮らしぶりとともに、もうひとつ聞きたいことがありました。
若くしてヒンドゥー至上主義団体である「RSS=民族奉仕団」に入っていたことでも知られるモディ氏が、少年時代にどのような信念を持っていたかでした。

デサイさんは、モディ氏は学校の図書館で政治や宗教関係の本をほかのジャンルの本よりも多く読んでいたと証言しました。

そして、この学校を出たのちに、州の中心都市アーメダバードにあるRSSの事務所で指導者と出会い、政治などを学んだということです。

デサイさん

「子どものころから彼はRSSの活動に参加していました。ただ、その前からヒンドゥー教への信仰心を持っていたし、愛国者でもありました。もともと愛国心は強くて、国のために働くことを目標にしていました。愛国心はRSSとの出会いによりますます強くなりました」。

“グジャラート・モデル”普及を訴え国のトップに

モディ氏は、20代前半にRSSの活動に専従するようになり、本格的に政治の道に足を踏み入れたのは1980年代です。
30代のときに、いまの政権与党・インド人民党に入党したのです。

入党後に戦略家として、また、卓越したコミュニケーション能力を持つ人物として知られるようになり、党内で頭角を現すと、2001年には出身地であるグジャラート州の州首相に就任します。

在任期間中には、▼電力改革や港湾・道路などのインフラ整備を進めたほか、▼みずから企業に働きかけたり、州主催の大規模な投資イベントを開いたりするなどして国内外の企業を積極的に誘致しました。
当時、「インドで唯一、停電のない州」とも呼ばれ、高い経済成長をもたらしました。

グジャラート州などで生産され輸出される自動車

2014年に行われた総選挙では、「グジャラート・モデル」をインド全体に広げることを訴えて、インド人民党を圧勝に導き、首相の座に上り詰めると、2019年の総選挙でも再び圧勝しました。

モディ氏を最もよく知る日本人

モディ首相はどのようにして数々の政策を推し進めてきたのか?

そのヒントを得ようと、働きぶりを間近で見てきた日本人が首都ニューデリーにいると知り、訪ねました。

モディ氏と日本企業の窓口となった豊福健一朗さん

話を聞いたのは「モディ氏を最もよく知る日本人」と言われることもある豊福健一朗さんです。現在は、インドに拠点を置く日系の自動車メーカーで取締役を務めています。

モディ氏がグジャラート州首相だった2007年、豊福さんは日本大使館の一等書記官として日系の自動車メーカーと州政府との窓口となり、初めてモディ氏に出会いました。

モディ氏の第一印象は「実務の人」で、豊福さんに会うなり、すぐに具体的な仕事の話を切り出したといいます。

豊福健一朗さん

「私はほかの州政府ともこれまで仕事をしてきましたが、州首相とすぐに具体的で実務的な話をするというのは初めての経験でした。『日本の自動車メーカーが輸出をしたいのであれば、グジャラート州に工場を誘致してほしい』といった実務的なやりとりを直接、させてもらいました。ほかの州首相と比べても圧倒的に実務を自分でこなしていると感じました」。

モディ首相の目に映る日本とは

そして2014年にモディ氏が63歳で首相に就任すると、モディ首相はインド政府内に「ジャパン・プラス」という日印のビジネスを促進する窓口の設置を発表。

豊福さんは、これまでのモディ首相とのつながりを買われ、窓口の責任者としてインド政府に出向しました。日本人としては異例のことでした。

背景には、モディ氏がグジャラート州首相だったころから、日本に特別な思いを持っていたからだといいます。特に注目していたのは日本の「規律」でした。

豊福健一朗さん

「モディさんが州首相のとき、一緒に仕事をした3年間で20社の日本企業が工場をグジャラート州につくりました。モディさんは日本企業は時間を守る、整理整頓が行き届いている、決められたことをしっかりやることに感心し、この規律文化をインドの方々に広めたいという考えを持っていました。そして、それをインド人の従業員の各家庭にも持ち帰って広げてほしいと話していました」。

モディ氏はみずから、“決まった時間に寝起きし、3時間半から4時間の睡眠時間以外は1日中働いている”と話すなど、ストイックで規律を重んじることで知られています。

だからこそ、「規律」ということばが響いたのかもしれない。
私たち(取材班)はそう思いながら、豊福さんに現在のモディ氏が日本をどのように見ているのか聞きました。

豊福健一朗さん

「インドが抱える課題の中でも、モディさんが最も関心を抱いているのは、農村がどうやって経済成長をしていくのかです。これからインドで製造業を振興して、雇用を増やすために、高い技術で高品質な製品を作っていく土壌が必要だと考えているのです。そのために日本企業に工場を作ってもらって、インドの製造力を向上させようとしています」。

モディ首相は“インドの田中角栄元総理大臣”

貧しい家庭の出身で首相に上り詰めたモディ氏を間近で見てきた豊福さんは、モディ氏をある日本の著名人になぞらえて語ってくれました。

豊福健一朗さん

「農村の出身で首相まで上り詰めたということや、政策の実施能力の高さが日本の田中角栄さんに通ずるところがあると感じています。モディさんの政治信念にはブレがなく、経済成長したいと思っているインドの農村の方々のために自分が働くんだという一貫した考えは変わっていないと思います」。

経済成長を背景に、国際社会で存在感を高めるインド

こうしたモディ氏の強いリーダーシップのもとで、インドは飛躍的な経済発展を遂げてきました。

昨年度(2023年度)のGDP=国内総生産の伸び率が8%を超えるなど、高い経済成長を続けています。

IMF=国際通貨基金のまとめによりますと、インドは3年後には(2027年)には日本とドイツを抜いて、世界3位の経済規模になるとの見通しとなっています。

また、こうした経済成長を背景にインドは、外交面でも国際社会で存在感を高めています。

国益に応じて協力する相手を変える「全方位外交」を展開し、日本やアメリカ、オーストラリアでつくる4か国の枠組み「クアッド」の一角を担い、海洋進出を強める中国を念頭に欧米と協調する姿勢を示しています。

一方で、長年、兵器の輸入の多くを依存する伝統的な友好国ロシアと、ウクライナ侵攻後も経済協力を強化し、欧米がロシアに経済制裁を科す中でも、原油の輸入を増やしてきました。

去年(2023年)議長国インドで開かれたG20では、新興国や途上国の課題を中心に議論を主導し、「グローバル・サウス」と呼ばれる国々をけん引する姿勢を示してきました。

ただ、盤石に見えるモディ政権ですが、足元では多くの課題を抱えています。
著しい経済成長を続けるかげで、その恩恵を受けられない人たちもいます。

ILO=国際労働機関の報告書によりますと、おととし(2022年)の大卒者の失業率は29%にのぼり、若者の失業が深刻化しています。

また、人口の6割以上が暮らす農村部では、かんがいや物流などのインフラが行き渡っておらず、農家の生産性の低さが課題となっていて、貧困から抜け出せずにいます。

総選挙の前には、所得の向上を訴える農家による抗議デモが各地で起き、ことし2月には首都ニューデリー近郊にデモ隊が押し寄せる事態となりました。

さらに、モディ氏の強いリーダーシップは軋轢も生み出しています。人口の8割を占めるヒンドゥー教徒を重視する姿勢をとっていると指摘されています。

ことし3月には、近隣の国から迫害を逃れてきたヒンドゥー教徒などに市民権を与える改正法の施行が発表されましたが、少数派のイスラム教徒を対象外としていることから宗教による差別だと野党から批判されています。

10年にわたって政権を掌握してきたモディ首相。

きょうの開票結果を受けて異例の3期連続となる長期政権を維持することになれば、モディ首相の「一強体制」がますます強まり、その動向を世界が注目することになりそうです。

取材後記

わたしたち取材班は1か月半にわたって、インド各地で“世界最大”の総選挙を取材しました。

その中で実感したのは、モディ首相の圧倒的な人気ぶりです。

大規模な集会やパレードなどにモディ首相が姿を現すと、「モディ、モディ」と繰り返し名前を叫ぶ熱狂的な支持者たちの姿がありました。

自分たちのより良い暮らしを実現してくれるのではないかと、多くのインド人がモディ首相に期待していることも強く実感しました。

一方で、そのかげで、生活が苦しいと訴える失業者や、迫害を受けるのではないかと懸念する少数派のイスラム教徒の声も聞こえてきました。

各地の投票所でも取材をしましたが、炎天下のなかで、大勢の人たちがそれぞれの立場から、国の将来を決める1票を投じていたことが印象的でした。
今回、初めて選挙権を得て投票したという若い人たちも多くいて、このうち私たちがインタビューした18歳の女性は、「すべての人に寛容で多様性を尊重する国であってほしい」と訴えていました。

人口が14億人を超え、多様な民族、言語、宗教を抱えるインド。
“台頭する新大国”は総選挙をへてどこに向かっていくのか。
わたしたちは今後とも注視していく必要がありそうです。

みんなのコメント(2件)

感想
とおる
40代 男性
2024年6月12日
今、インドのインデックスファンドに長期投資しており、経済指標ベースで分析するとまさに1960~70年くらいの日本の経済状況と類似していることに気づき、「なぜ、これほどまでに成長しているのか?」と疑問に思っていました。
またニュースでモディ首相がメーカーを興すことで、まだまだ貧しい階層の市民の雇用と収入を作ることに励んでいる話も聞いていました。

この記事のおかげで、背景がよく分かりました。非常にわかりやすい内容でとても勉強になりました。ありがとうございます。
またモディ首相やその右腕(おられれば)などの記事を見れることを楽しみにしております。
質問
ゆっきー
70歳以上 男性
2024年6月10日
ヒンズー教とイスラム教との関係はどのような状況でしょうか?

担当 「クローズアップ現代」取材班の
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