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「あの教育は虐待だった…」子ども、親それぞれの思い

―「成績を落としたら許さない」と怒鳴りつけてしまった
―深夜まで子どもに勉強させている

教育のためによかれと思って、こんな行動をしてしまったことありませんか?実はそれ、教育虐待かもしれません。 「教育虐待」とは、親が子どもの心や身体が耐えられる限度を超え教育を強制することを指す言葉で、時に暴言や暴力を伴うこともあります。「教育虐待」は、どのように起きるのか?子どもに長く残る影響とは?子どもと親、それぞれの立場の方に話を聞きました。

ぜひみなさんの体験も聞かせてください。寄せられた声をもとに、番組でこの問題を掘り下げたいと考えています。

(「クローズアップ現代」取材班)

記事へのご感想は「この記事にコメントする」からお寄せください。こちらのホームページや放送で紹介させていただくことがあります。

取材班にだけ伝えたい思いがある方は、どうぞ下記よりお寄せください。

「家でホッとできた場所は、トイレですね」

関東地方に住む、30代のAさんです。Aさんが “自分は教育虐待を受けていた” と気付いたのは、大学生になってからだったといいます。

教育虐待を受けたと話すAさん

「物心ついたころには、虐待されていた記憶があります。世間体のいい学校に入らないといけないという雰囲気で、際限なく勉強させられていました。でも当時は『毒親』という言葉もなかったし、子どもだったから虐待だとは認識できていませんでした」

医師の父親と専業主婦の母親の間に、長男として生まれたAさん。父方の祖母が学歴に強いこだわりを持つ人だったことから、親族全体に学歴を重視する空気があったといいます。小学生になるとAさんは、中学受験のため母親に塾に入れられました。週の半分以上は塾で、放課後に友達と遊ぶことは出来なくなりました。

以前からより成績の良い同級生と比較され、罵倒されていたAさん。それは、努力を重ね「選抜クラス」に選ばれるようになったあとも、変わりませんでした。

「比較対象にされたクラスメイトは全国模試でもトップ100に入るような子たちで、いくら成績を上げても終わりが見えませんでした。塾の先生も怖くて、その週の塾が始まる前の日にはいつも腹痛に苦しんでいたのを覚えています」

塾がない日も気を抜くことは許されませんでした。宿題の合間にアニメを見たり、ゲームをしたりするだけですぐに「勉強しろ」と怒声が飛んできました。ある晩、Aさんが塾の模試を終えリビングでくつろいでいた時のこと。母親が突然、近くにあった塾の冊子を泣きながらビリビリに破り捨てたといいます。

「私がその時勉強をしていなかったことが理由だと思いますが、見ていてすごく辛かったですし、まともな人間のすることではないと恐怖も覚えました。親にあれこれ言われるので、ホッと出来る瞬間はトイレの中くらいしかなかった。8歳のころから、『死にたい』というのが口癖でした」

親の強い圧力を受け勉強を続けたAさんは、厳しい指導で有名な私立の中高一貫校に合格。しかし中学より大学を見据えた親からは、「東大医学部以外は人間じゃない」とすり込まれていきました。結局、東大の受験には失敗。それでも難関私立大学に合格し、親族からのプレッシャーはなくなったといいます。

しかしAさんの心は、すでにむしばまれていました。

「自我が芽生えず、自分が幸せを感じるものが分からない。社会性もない」

Aさんは自殺未遂を機に大学を休学、医療機関へ通うことになりました。いまは家族と離れ1人で暮らしています。

「両親は人権という概念すらない状態で、私はずっと支配されていたと思います。違和感を感じて周囲に相談したことはありましたが、そのたび『これは愛情なのだ』と親や先生にすり込まれていきました。私の意思や意見は、何も尊重されませんでした」

いま、Aさんは親との直接のやりとりを絶ち、支援機関の力を借りながら回復への道を探っています。

娘に残る心の傷…「何てことをしてしまったのだろう」

自らの行った「教育虐待」を、いま猛烈に後悔しているという親もいます。
19歳の娘と2人で暮らすBさんです。

教育虐待をしてしまったと話すBさん

20代のころに娘を出産。予定よりも2ヶ月以上早く生まれたこと、さらに自らが産後うつに苦しんだ負い目から、Bさんは「娘を完璧に育てなくてはならない」という思いに強く支配されてきたといいます。

「子どもを不完全な状態で生まれさせてしまった。それなのに自分は産後うつで子どもに関わることも出来ない。そうした状況で娘の人生が始まったことが露呈しないように、それを補いたいという気持ちが強かったんだと思います。いまなら単に私のエゴでしかないと分かりますが、当時は必死でした」

小学校に上がると、公文にピアノ、英語、体操。高学年になると塾にも通わせるようになりました。やらされる勉強が好きでなかった娘は、たびたび塾を欠席します。親の期待に応えようとしない娘を、Bさんはそのたびに大声で怒鳴りつけたといいます。

10代になった娘は、高校受験で第一志望の進学校に合格。しかしある日突然、「わたし無理かも」とつぶやきました。当時、娘は学校の宿題や予習に終われ、いつも寝るのは深夜。布団までたどり着けず、床で寝ていることもしばしばだったといいます。

「長い年月娘との関係がうまくいっていなかったことに私が悩み、親子でカウンセリングを受けるようになった時期でもあったので、それ以上無理をさせようとは思えませんでした。本人が希望して進んだ学校でしたが、私の母校でもあり、私に満足してもらおうと娘は無理をしていたのかも知れません」

その後、Bさんと娘は話し合った末、苦労して入った進学校から通信制の高校に転校。現在は本人の希望に沿った専門学校に進みBさんもその選択を応援しています。しかし、ふとした時に娘に残る「教育虐待」の傷跡を感じるといいます。

「小さいときから “100点取らなければいけない” とか、“テストに出てきたことはしっかりできなければならない” という考えが娘に植え付けられていて、その根強く残っている考え方が娘自身を今も苦しめています。『そんなに大変だったら100点取らなくてもいいんじゃないの』と私が言っても寝る時間を惜しんで勉強して頑張りすぎたいま、うつ症状が出ています。“できないとお母さんから認めてもらえない”、“学校で先生に認められない” という感覚が、いまも彼女の生活を支配しているようで、何てことをしてしまったのだろうと後悔しています」

みなさんの声を聞かせて下さい

AさんやBさんの経験を、どう感じたでしょうか?いま「教育虐待」を受けているという方、かつて「教育虐待」を受けていた、または振り返るとあれは「教育虐待」だったという方。自らの子どもへの向き合い方が「教育虐待」ではないかと悩む保護者の方、ぜひみなさんの声を聞かせてください。みなさんの声をもとに、『クローズアップ現代』でこの問題を掘り下げたいと考えています。

記事へのご感想は「この記事にコメントする」からお寄せください。こちらのホームページや放送で紹介させていただくことがあります。

取材班にだけ伝えたい思いがある方は、どうぞ下記よりお寄せください。

記事へのご感想は「この記事にコメントする」からお寄せください。

みんなのコメント(50件)

体験談
ナカモ
30代 女性
2024年5月20日
スポーツ英才教育という名の教育虐待を受けていました。
母がコーチを兼ねていた事もあり、
家でも練習場でも叱責を受け続けメンタルを病みました。
ことさら教育に関しては「よそはよそ、うちはうち」精神が働くのか、異常な程の糾弾を練習場でうけていても誰も助けてくれませんでしたね。

そんな20年前の記憶が未だにトラウマになって精神科に通っています。
今更全てが親のせいだった、等とは思わないですが あれがなかったら今頃どんな人生を送っていただろうか?とは思います。

20年前とは違い、今の子はスマホを持つのも早いですし
教育虐待を受けていると気づいた場合、そこから逃げる術があることを願っています。
体験談
もろみ
40代
2024年5月19日
こどもが中学受験塾に通っています。
成績の良し悪しで叱責することはないのですが、毎週カリキュラムで決まっている自宅の勉強をやらないときは、強く叱っています。
暴力、締め出しは日常化しています。
そこまでしないとやらなくて子なので。
自主的に学習にむかえるお子さんが心底羨ましいです。
体験談
るーちゃん
30代 女性
2024年5月17日
私は産まれた時から両親と親族が不仲でした。叔母の家庭は暴走族の総長と結婚しておりヤンキー家系で、私の父親は刑事警官家庭でした。
私が産まれた頃から親族は対立しており、常に父親から親族と縁を切れと言われて育ちました。母親にとっては姉に当たるので仲良くして欲しかったのですが、余りにも親族が職業柄対立をしており、私は産まれた頃から鬱でした。母親は万引きをする人だったので父親がいつもそういう母に対して怒り、そのストレスで私に殴る、蹴る、叩く、髪を引っ張るなどの体罰と、父親に似てブスだ、産まなければ良かった。と日々言われ、腐ったものを食べさせられてそだちました。中学の受験シーズンで両親の離婚問題が2度重なり、受験勉強どころではなく鬱のまま受験をし、そのまま専門学校へ進学しましたが両親の喧嘩は耐えることが無く、父親が肺がんで私が19歳の頃に亡くなり平穏が訪れました。家族とは一体何ですか?
体験談
H
40代 女性
2024年4月30日
私も中学生の時から、東大に入らなければ人間じゃないと言われていました。つまり、子どもの間は人権はないということで、実際家庭の中では、父親への服従が求められていました。父は学習塾を経営し、勝手に放課後のカリキュラムを組んで子どもを通わせました。暴言は日常茶飯事、母は知らんぷりで助けてくれませんでした。後々、父がモラハラだと知りました。

いつかは認めてもらえると思って頑張り続け、大学入学後は無気力になりました。
社会に出て、子ども時代に遊んだり楽しんだりする経験が重要だったのだと知りました。
私は人間関係が苦手で、受け身で、自己肯定感が非常に低いです。

今子育て中ですが、親と同じことを繰り返したくないと思っています。それなのに、自分自身に優しくすることができず、頑張りすぎてしまいます。子どもに生きることの楽しさを伝えられるか不安です。
感想
ハムサンド
50代 女性
2024年4月8日
行き過ぎた体罰はさておき、何度言ってもやらないのが続けば、親も疲弊します。片付けずにずっとゲームしていれば、普通の親なら怒るでしょう。それでも、怒らない親はどうかと思います。また、宿題しないのも、結果的に親が学校からチクチク言われます。また、配偶者に何度も頼んでも子供を叱らない。それって、もはや親虐待ではないか、と、最近思います。どう考えたらよいのでしょうか。家庭内は1(母親のわたし)対3(男ども)の構図で、ごみ屋敷です。
感想
のんびりこ
50代 女性
2024年3月25日
私が小さい頃は、父が単身赴任や出張で
母が1人で子育てしていました。

母は、今要介護になりました。
「当時はとてもつらくても我慢して過ごしていた」
と父に話しています。

母は誰にでも
「大丈夫、私には何も悩みはない」と話している姿しか見ていませんでした。

どんなに酷かった事をされても
助けてって言われたら、親の元にかけつけないといけないのか、自問自答です。
具体的なことを書くとキリがないくらい
沢山言いたい事はありますが、思い出すと辛くなり眠れなくなります。
体験談
アラサー女の昼休み
20代 男性
2024年3月22日
自分は教育虐待をしているかも、と一度立ち止まることで子供が救われることは多いのではないでしょうか。私も、当時は教育虐待や毒親という言葉もなく、親に褒められたいという一心で、中学受験勉強を頑張っていた。そのまま親の望む中高、大学を卒業し、自分の意志を突き通せなかったことが積み重なり現在は自己決定もろくにできない自己肯定感0&両親からの結婚ハラスメントと闘うアラサー女です。私の体験談より、子供も1個人として対等に接し子供の意志を尊重してあげる、また小さい頃から選択させる環境づくりをして意思決定のトレーニングをしておくことが、最も重要なのではないかなと思います。
体験談
弥太郎
30代 女性
2024年3月19日
私は金銭的に大学に行けなかった両親に育てられました。そのせいか学歴コンプレックスが強い父から教育虐待(今思えば、ですが)を受けました。私は三兄弟の真ん中なのですが、幼い頃から父が『才能の可能性を見出したい』と花道教室や英会話、スイミング、書道教室、剣道、学習塾など様々な習い事をしました。そして良い大学に入るにはと、いつのまにか中学受験をするという話になりました。週3日ほど学習塾に通い、合間に上記の習い事をしていたので、いつも疲れていて、肝心の学校の授業で眠ることが多かったです。テストの成績が悪いと叱られ、深夜や朝方まで勉強させられ、側には父がついていて、居眠りをすると頭をたたれたり水をかけられました。大声で怒鳴られるのは当たり前でその時は期待されているのだと思っていました。しかし今考えても貴重なのびのびとした小学校時代を返して欲しいと思う事があります。
体験談
M
30代 女性
2024年3月19日
教育虐待を受けていたのは中学受験のために塾に通っていた小学4年生から。勉強をしないと父親から殴られ蹴られ、毎日泣いていました。母親は私ができない問題があると『なんでできないの?』と責めつづけました。バカアホとなじられ、自分はダメな人間なんだと思い死にたい気持ちが20代まで纏わりついてました。中学以降は逆に何も言われなくなりましたが、勉強をすると誉められず罵倒され身体的な痛みがあると刷り込まれたため、勉強が大嫌いになり全くやらなくなりました。今は子どもを持ち、親の気持ちを理解するところはありますが、子どもには自分のような人生は歩ませたくないと強く思います。
提言
菜の花
30代 女性
2024年3月16日
父親から教育虐待を受けました。

小5の冬から高校を卒業するまで何かと理由をつけては殴り、蹴り、暴言を浴びせられ、家の外に毎回追い出されていました。毎日、一回につき2時間ほど殴り蹴り、終わりの見えない支離滅裂な説教を浴びせられて、過度なストレスや睡眠不足のせいで成長ホルモンが充分に分泌されなかったためなのか、体が充分に成長しませんでした。

睡眠のリズムが身に付かないまま社会人になり、職場で居眠りが原因で解雇されたことも何度かありました。そして、29歳のとき精神疾患にかかりました。

最近、「叱ることへの依存がとまらない」という趣旨の本を読んで、あの頃の父親の心の中で起きていた出来事が理解できてきたように思います。人を叱るという行為は、依存性をはらむようです。本の中の「叱る人の苦しみを和らげるために〈叱る依存〉が加速する」という言葉が印象的でした。
感想
武士の息子
60代 男性
2024年3月16日
 私が疑問に思うのは、親というものは、いわば社会人の先輩である。
社会に出れば、学校時代の成績、すなわちテストで満点とっても、学年で1番になっても、そんなことはほとんど関係しない。私は大学受験に失敗し、高卒で就職したが、4年前に定年を迎えるまでの39年間、良い上司と同僚に恵まれ、人間関係で悩んだことはほとんど無く、充実した会社員人生を送ることが出来た。
 私には子供がいないので、わからない面もあるが、どうして親は、我が子に対して過大な期待、要求をしたがるのか、理解に苦しみます。
悩み
ぺりー
2024年3月14日
今高校一年の子供を持つ母親です。
受験は母親が90パーセント、といった趣旨の本もあり悩みます。放っておくとゲームばかりする子供に何も言わないのがよいのでしょうか。加減が難しいです。高校受験で第一志望に合格できず、今は、本人のペースを尊重してますが、幼い頃に勉強を強要してきてしまったと反省してます。ここから本人に影響がでないよう気をつけます。
提言
ひいこ
50代 女性
2024年3月14日
教育虐待してる親は自覚ゼロのことが多いです。今回のクロ現を見て、真顔で「酷い親がいるね。子供が可哀想」と言ってると思います。とくに高学歴になるほど厄介。「うちは教育虐待には当たらないなぁ。なぜなら…」と理屈をつけ、論理的っぽく説明つけちゃう。
だから、ぜひ!虐待を受けている子供たちに向けて発信してほしい。子供たちももちろん自覚がないんだけど、気づくきっかけになるような番組づくりを望みます。教育虐待は他人が口を挟みづらい案件だから。子供が気付けたなら、なんとかなるかもしれないから。
提言
みかん
2024年3月14日
子ども等をサポートする立場です。
教育虐待が一番ひどいのは学校で、その問題がそのまま家庭の教育虐待の元になっていると私は感じています。
教育虐待のそもそもの始まりは大学の入試の改悪からではないでしょうか?
社会の在り方がそもそも教育虐待の温床になっているのではないかと考えています。
まず、大学入試と学校改革、多様な学びの場の設置を急ぐべきだと考えています。
で、子どもの権利が尊重されてない国家運営が最大の問題であり、その結果、親の学びの場がない。
まともな知見を持った相談場所がない。
ネットの、子どもに関する様々な、詐欺まがいの相談サイトなど排除しないあり方もかなり問題を起こしています。注意が必要ですね。

NHKさんが、教育に関し、様々な問題提起をしていただいている事には感謝をしています。ありがとうございます。以上です。
提言
複雑性PTSD
40代 女性
2024年3月14日
教育虐待など1つの虐待をクローズアップするのではなく、どの虐待を受けても、大人になって後遺症で複雑性PTSDになりやすいです。複雑性PTSDについて早急に社会問題化しないと日本は手遅れになります。
体験談
くろしまねこ
40代 女性
2024年3月14日
私は掲載されている体験者とは真逆の教育を受けさせないネグレクトを受けていました。
高校で大学進学を強く勧められ私も進学したかったのですが、親は金がかかる、女のくせにと目の前で願書を破られ試験日は監禁。諦めて母親の希望通り、地元の短大に進みました。
これが今になって「大卒以上」の壁で希望する職種に応募すら出来ない等様々な弊害が生じています。
(私は幼少時から暴力ネグレクト、金銭面での虐待を受け他県に逃げています)
体験談
ユリ
50代 女性
2024年3月13日
離婚をし出戻って来ました。母は亡くなり老父(80代で健康)と一緒に暮らしています。母が死んだ時は泣いたけど、父の葬式は絶対に泣かない自信があります。正直、今でも憎いです。まだ健康で自分の事は出来るので、それぞれ生活をしていますが、絶対に介護なんて無理です。子供の頃はTV禁止、遊びに来た友達も追い返されました。紅白歌合戦を泣いて頼んでも、見せてもらえませんでした。当時、蓄膿症を患っていたので、病院に連れて行かれた時、「膿が脳まで侵されているから、この子は頭が悪いのか?」と、医者に言った事は忘れません。医者がびっくりしていましたっけ。現在でも弟(長男)の事を、頭が悪いとクソミソに言います。歳をとって設けた妹には、普通な親で接していて……私は妹が大嫌いです。父は「自閉スペクトラム症」だと思います。他人の気持ちが分からない。障害をもっていたとしても、私は父を許せません。許せない自分も許せない。
体験談
まる
40代
2024年3月13日
思い返すと母親が毒親でした。
比較的成績が良かった私と普通の成績だった弟を比べて弟に「こんな(悪い)点数のテストはみたことがない!」と言っていました。
全く行く気がない学校の入学願書を勝手に送っていました。
私、弟、妹の奨学金を勝手に申請した後、私に「自分のはもちろん、妹の奨学金はあんたが働いて返してね」と言っていました。
私を他人に紹介するときは決まって「出来の悪い子で」と必ず言っていました。
私は早く家を出たいと思っていたことが府に落ちました。今でも母と電話で話すだけで寝込んでしまいます。
提言
虐待サバイバーの当事者です
40代 女性
2024年3月13日
私は、教育ネグレクトをされました。教育虐待も問題ですが、金がかかるからと子どもに教育を受けさせない教育ネグレクトも深刻です。義務教育から教育ネグレクトされた人は、社会人になっても生きていく術を知りません。教育ネグレクトについても報道してほしいです。
体験談
SAKURA
女性
2024年3月13日
小学生の時、弟と習い事をしていました。家での練習に失敗すると弟は自分で頭を叩いていましたが、母はそれをがんばっていると褒めました。私は絵日記が母の思うようでないと叩かれ書き直させられました。
私は勉強ができれば怒られないので、受験や学校でも優等生でいることにつとめて、進学先や職業も親の希望に沿いました。就職する頃に疲れ果てて、自分が何をしたいのかわからなくなり、長期間休職し退職しました。身の程以上に頑張り続けることはむずかしいです。
転職先で勉強しなければと脅迫的に思って苦しかったです。
それから十年以上たち、最近、自分で学びたいことがあって本を読んでいますが、学ぶことに自由を感じますし、知ることが嬉しいです。
悩み
義理の姉が教育虐待を受けていた一般人
30代 女性
2024年3月9日
義理の姉が教育虐待を受けていたと話してくれました。義理の姉は摂食障害をはじめ、私が覚えられないほどの「障害」があるとも自認していて、聞いているだけで辛いほどでした。
ただ、義理の母は義理の父の考えに反対することができなかったことを後悔している様子で、義理の父もそんな姿を目の当たりにして初めての自分のしていたことが「教育虐待だったのかもしれない」と気づいた様子で、後悔の念とどうしていったらいいのか、熟慮している様子です。

本人がどうしたいかが重要だという気持ちと、その本人が「自分でもどうしたいのか、よくわらかない」と自分で考える経験が皆無だったことが想像できます。
答えのない問いに、それぞれの立場からどうにかしようともがいている様子です。

私は他人であり、他人ではない立場なので、一番身近な外部の目として、どのようにアプローチするべきか、しないべきか悩ましいです。
体験談
わっちー
30代 男性
2024年3月9日
自分も親からの教育虐待を受けたと思ってます。幼い頃からの塾強制、ランドセルの中身を全て親が入れる、部活を選ばせてもらえない、自分の進学校を自分で決めさせてもらえず親の望まぬ学校なら願書を書かない等。私も子供が生まれる歳になりましたが、親とは疎遠ですね。結婚前ですが交際相手に対して人間とは思えない酷い罵りをしたことがあり、虐待だけでなく親の持つ劣等感やパーソナル障害がいろんな悪影響になったのだとおもってます。
感想
多様性
60代
2024年3月9日
教育虐待の投稿を読ませて頂いて、とても胸が苦しくなった。家庭や学校、職場、地域で苦しんでいる人が多いのだと分かった。
 
2024年3月4日のBSNHKのドキュメンタリー「私は選挙に帰ります」を見た。
日本をはじめ、海外に住む多くの台湾人が投票の為に、わざわざ帰国して投票。投票率もとても高い。国の代表を直接選べる。政権交代の多さや議会に多様性がある。民主化を自らの力で作り上げる姿勢に共感。

日本は小選挙区に変わり投票率も低くなり、選挙に行かない人、多選や無投票が増え、世襲やマンネリか男性の中高年議員が独占。世代や性別の異なる多様な意見が届いていない。変わらない日本を離れて、若い女性を中心に55万人以上が海外に移住していると聞く。

不登校や虐めも多いので、選挙制度を改革して、政治資金もデジタルで透明化し、世代別、性別で、若者や女性の声を国会や地方議会に届けるように変えたほうが良い。
体験談
コアラママ
40代 女性
2024年3月8日
私は40代主婦。こどもは3人(20歳、中2、中1)教育虐待を幼児期からしている毒親でした。我が子の不登校と病気と家庭崩壊寸前をきっかけに自分を見つめ直し、子育てを見直し、子どもたちに謝り、今は彼らの意思を尊重した子育てにシフトチェンジ。現在は、我が子たちは通信制高校やオルタナティブスクールを選択しています。また私自身も世界の教育に目を向けたり、日本の教育価値観の偏りに疑問を持つようになりました。子育てプレッシャーの中に潜んでいる正体が何か?とか子育てや教育の本来の目的や、親の在り方を考えるようになりました。地域で子育て対話会を開催しています。
業績承認(doing、having)を求め過ぎる危うさが最も危険で、存在承認(being)や自己肯定感を大切にする考え方が広がれば、もっと自分も人にもやさしくなれて、自殺やうつが減っていくと思います。教育虐待は決して個人の問題では無いと考えます。
体験談
なみ
50代 女性
2024年3月7日
小学4年生ごろから長期休暇の時に講習と週末テストの塾に行かされていました。母は家庭内外の自分の立場を上げるために、私を有名校に進学させたかったのです。好きなことを禁じられ、友達とも遊べず、本当にいやでいやでやる気も起きませんでした。
結果として私は親の意向を忖度するようになってしまい、自己肯定感の低い、希望を言えず我慢する人間になってしまいました。
50代の今、人生を思い返し、自分を活かすチャンスはたくさんあったのに1つも掴むことができなかったことに呆然としています。今は少しずつ自分を取り戻そうともがいています。
両親は健在ですが未だに私の気持ちをわかってくれないので、二度と会いたくありません。
体験談
ひさりん
60代 女性
2024年3月7日
母は、頭が良くて気が利く、誰もがほめる娘でした。しかしその子どもの私は「落ち着きがない」と先生からよく注意されました。算数は、不注意なミスが原因で100点をとれないと「こんな悔しい事はないでしょ」と、母は私の体の外から見えないところを、竹の物差しで叩きました。大声で泣くと「近所に聞こえるでしょ」と、私の口を手でふさぎました。新興住宅地の核家族。家という密室が恐怖でした。後に、私は軽いADHDだと分かりました。叩く前に、その原因を知って欲しかったです。
私は結婚しました。夫はDV男でした。私は"虐待を受ける人”になる教育を受けたようです。
感想
夕波千鳥
20代
2024年3月6日
私は公立高校で教員をしています。
この記事では「「教育虐待」とは、親が子どもの心や身体が耐えられる限度を超え教育を強制することを指す言葉」と定義されています。
ただ勤務していると、親だけでなく、学校や教師が「教育虐待」の加害者として、子どもたちを追い詰めているのではないか?と思うことが多々あります。
いわゆる「進学校」では特に顕著で、どう考えても多すぎる宿題、早すぎるペースの授業、やたらと国公立大学や一般入試を賛美する風潮、偏差値や順位や点数ばかりこだわる進路指導…が並びます。
務めている私自身が、そうした学校の出身ではなく、この半年ほど心を病んでしまいました。学校も「教育虐待」の加害者だという自覚をもって、変革しなければならないと思います。
提言
菜の花
30代 女性
2024年3月6日
父親から教育虐待を受けました。
 小5の冬から高校を卒業するまで何かと理由をつけては殴り、蹴り、暴言を浴びせられ、家の外に毎回追い出されていました。毎日、一回につき2時間ほど殴り蹴り、終わりの見えない支離滅裂な説教を浴びせられて、過度なストレスや睡眠不足のせいで成長ホルモンが充分に分泌されず、体が充分に成長しませんでした。
 「勉強をしない」「成績が悪い」という理由で殴られていましたが、私自身は「進路」や「夢」という単語自体を知らず、何のために勉強しなければいけないのか分かりませんでした。分からないまま自分の意思を曲げて勉強したくなかったこともあり、勉強をしませんでした。高校時代のスクールカウンセラーもこれといって意味を為さず、ほかに周囲に相談することもなく大学を卒業してしまいました。 塾や学校の先生、周囲の大人が、虐待の疑いを持ってくれていればと今でも思います。私は七年間見過ごされたので
体験談
高校教諭
50代
2024年3月6日
教育虐待をしているのは保護者だけではありません。
今や、進学トップ校でも学校や教員によるそれが蔓延しています。

朝、放課後の補講授業(任意という名のほぼ強制)
GW、長期休暇ごと、学期ごと、週ごとに各教科大量の宿題
最近ではさらにWebテストが課されています。
毎授業の小テスト、その追試、追試になりたくない生徒が不正行為のサイクル
一日6時間時程で5時間が小テストや発表という日は少なくありません。
生徒たちはこれに加えて、部活動、学校行事を休みなくこなさなくてはなりません。

毎日疲労困憊し、次第に思考が浅くなって軽率な言動が増えます。
あるいは、生徒会長や行事の実行委員長といったリーダーたちが進路変更していくのもレアケースではありません。

これらは自治体から特別予算で支援されている公立進学校の多くで起きていることです。
悩み
ひたこまゆ
40代 女性
2024年3月6日
高2、中3、中1の子供がいます。高2娘は絵や漫画、アニメが好きで、芸術系高校へ進学。中3息子は3人の中で一番勉強もでき、サッカーで私立高校(進学校)に進学を決めました。
上2人はそれぞれやりたいことが明確で、勉強もそこそこできたので父親もほとんど口を出しませんでしたが、末の中1息子は2人に比べるとコレというやりたいことが今のところなく、成績も3人の中では一番低いので、父親からの厳しい目線に怯えています。
私も、基本的には興味のあることをどんどんやれるような進路を選んで欲しいと思っていて、そこに成績が必要なら足りるように頑張ればいいよね、と子供達に話していますが、父親の叱責が怖くてうまく対応ができません。
子供達の将来を守りたい、でも父親に面と向かって、あなたのその視点や考えは違う!とは怖くて言えないのです。
子どもたちのためにも、ちゃんと物言える母親でいたいです。
体験談
ムーミン
40代 女性
2024年3月5日
記事の内容を読んで、昔の私だと思った。当時は両親が全てで、彼らから与えられる考えや価値観が世の中の常識、価値観だと思っていた。成績が悪いと親から捨てられ社会で生きていけないと思っていた。毎日、怒鳴られ、父親は逃げる私を追いかけて叩く、蹴るの繰り返し。成績が下がり始めると私は生きる価値のない人間と思うようになり、自傷行為を行うように。両親を殺すこと。自殺。そればかり考えていた。その後、精神科へ。現在、結婚し、当時の私と同じ年齢の子供達がいる。彼らには小さい頃から、考えや価値観は多様であり、自分らしく生きる事が大切だと伝えてきたつもりだが…今でも自己肯定感や自尊心がなくなり生きづらさを感じ、死にたいと思うことがある。教育虐待は、親の歪んだ愛情。人格を否定し大切な命をも失いかねない。
体験談
3倍になりたいママ
60代 女性
2024年3月5日
塾への送迎に明け暮れた毎日。新聞で「教育虐待」という文字を見たとき、自分の子供たちに接してきた態度はまさしくこれだ!驚きと後悔、申し訳なさ。様々な思いが交錯して呆然とした。息子に「僕の時間を返してくれ!」と詰め寄られた時、適当にごまかしたが、この四文字を知って、言葉の意味を理解できたように思った。
虐待だったと気付いてからは、自分の価値観を押し付けることはしなかったつもりだ。
社会人になった三人の子供たちは、「ママのおかげで長時間一つのことに取り組む力がついた、シングルマザーなのに大学まで行かせてくれてありがとう」と言ってくれる。でも正直、責められているような気になってしまう。
体験談
くるみ
2024年3月5日
十分な経済力があるにも関わらず、保護者から大学進学は駄目と言われていました。理由は保護者も同じく、進学の道が閉ざされて育ったためです。最終的には自宅から通学できる、かつ、国公立大学なら授業料を出してもいいと折れてくれましたが、併願校がある同級生に比べ、大学受験の負荷は大変大きく、試験本番で失敗したときは、体調を崩しました。授業料を出してもらっている立場ですが、人生を左右することが保護者の考えだけで決まるのは、不公平だと感じています。奨学金も禁止でした。
体験談
匿名
60代 その他
2024年3月5日
 幼いころから父親の趣味の習い事を強制されていました。勉強はある程度できて、昔でのんびりしていた時代なので、地元の公立学校に行きました。父親と親族が自分中心で話し合いにならず、閉鎖的な一族で、小学校の低学年の時から高校まで、無理やり楽器のお稽古ごとに通わされていました。気分次第で暴言や直ぐ暴力を振るうので、小学校の低学年から不眠と鬱と人間不信に陥っています。短気で人の話を理解しない性格で、暴言と暴力は70代くらいまで続きました。父親の兄弟と子供も同様で家族とも不仲、親族や近隣とも疎遠の様です。家族や親族、同級生や地域の人等でも、立場の弱い人が標的になるようです。自分では出来ない、しないことを子供等に要求や支配、攻撃してきます。セクハラもありました。二度と思い出したくないです。市の法律相談や弁護士に相談に行っても無駄でした。家庭内、学校、職場、地域での長期間の深刻なトラブルで悩む人は多い。
提言
ぽぽ
50代 女性
2024年3月5日
教育虐待とともに、スポーツ虐待と言えるようなことも気になっています。
うちの息子は小学五年生で、週に二回サッカーの練習に通っています。
母親である私は、それでも少し多いかなと思っているのですが、周りのサッカーをやっている子たちは、いくつもクラブを掛け持ちして、週に五日も六日も、長時間サッカーをやっています。プラス自主練もやっているようです。
まだ小学生なのに、疲労骨折をしたり、整体に頻繁に通っていたりという子もいます。
練習のあとに疲れて気持ち悪くなって、ご飯が食べられなくなるという話も聞きました。
子どもたちは自分がやりたくてやっているという感じで、無理やりやらされているという感じはないのですが、まだ成長途中の子供たちがそこまでして大丈夫なのかと思います。親や指導者がもう少しセーブしてあげる必要があるのではないかと思います。スポーツについても取
りあげてください。
体験談
ぽぽ
50代 女性
2024年3月5日
友人の息子さん(小学六年生)の状態が教育虐待と言えるのではないかと思っています。
父親がとにかく勉強させることにしか関心がないようで、小学校に入る前から毎日、父親の課した勉強をやらされており、やらないと叩いたりすることもあるよう。泣きながら勉強をしたり、字が汚いとすべて消されてやり直しをさせられたり。
その子がやりたいことをさせてあげたり、行きたい所に連れていったり、欲しい物を買ってあげたりする場合も、すべて勉強と結びついていて(勉強すると約束したら叶えてもらえる。勉強すると言ったから叶えてやったのにと責められる。)、とても息苦しそうです。
赤ちゃんの時から知っている子なので、母親である友人から話を聞くたびに、やめたほうがいいのでは、と言ったことは何度かありますが、それ以上のことは何もできず、最近は会うことも少なくなりました。
早期教育の害についてもっと広く知られてほしいです。
感想
ハハコグサ
60代 女性
2024年3月5日
幼い時から父親から自身の教育虐待の話を聞かされ続け、父の母親に対する恨み事を聞き、その父は今度は勉強ではなく少しの過ちも許さず我が子に虐待をするようになっていました。反動で私の子供には勉強しなさいと怖くて一言も言えませんでした。負のループを断ち切りたいです。
体験談
みゆ
30代 女性
2024年3月4日
生まれた時から難病を患ってるのに親は不登校、フリースクールや工業高校に通うことを嫌がっていました。行きたい大学ももちろん通うことを嫌がっていました。今通ってる大学院も正直に求めていない大学院でした。毒親と教育虐待の毎日は本当に地獄しかないです。
体験談
まめ
50代 女性
2024年3月4日
勤務医の主人は長男が小2になると、受験用の問題集を与えて、休みの日にやらせて自分は目の前でサボらない様に見張ってました。日記は高校生になるまで、毎日書かせて点検してました。自分が家に帰れない時はLINEで送れとまで言い出して、これはおかしいと私が無理矢理やめさせました。子どもには好きな事をやらせたいと言ってたので中学で野球部に入れたら、野球は遊びだ勉強時間が足りないと練習から帰って来たら、すぐ勉強するようにと言われていました。定期テストは全部目の前に出させ、結果が悪い時は、2時間ほど説教。息子は立ったまま聞いてました。それを見るのが嫌で、しばしば私が途中で止めました。結局、そういう現場を見て来た私が精神的にに参ってすべてやめて貰いました。涙ながらに大声で頼みました。結果、長男は一浪して大学で好きな事をしています。しかし、今だに主人からはお前があの時辞めさせたから浪人したのだと言われます。
体験談
ゴン
19歳以下 女性
2024年3月3日
小学校の登校班に暴言と行動がひどい男の子がいます。私のお母さんは「しね!くそばばあ」とか、防犯ブザーをならされたり、猫に石を投げて、それをなぜか私のお母さんが謝ったり、全くの他人なのにお母さんがひどい目にあってるんです。このことを、その男の子のおじいさんに言っても、「そうですか」で終了。ご両親は、全く出てこない。これって、ある意味、教育を放置していて、虐待じゃないかなと思います。それも、周りに害を与えてくる悪質な。これから、どうなるのか、不安です…
体験談
影虎
19歳以下
2024年2月28日
良い学校に入れとか、100点取れという事は言われませんでした。ただ、ペット用のカメラをペットが居ないリビングに置き、学校から帰ったらテレビを見ているかおやつを食べているか勉強しているかを監視されていました。子供部屋だと漫画などを読むかもしれないという理由で、宿題や勉強をする時はリビングでしか許されない。そのために子供部屋の照明は使用禁止でリモコンを没収されました。また、勉強とは無関係なのかもしれませんが、真冬も真夏もエアコンも使用禁止。電化製品のほとんどが使わせて貰えなかった。
体験談
mayoi
30代 男性
2024年2月26日
私は父から教育虐待を受けました。
父は勤務医で、日ごろは仕事でほとんど私と話をせず、会話しても話題は私の成績だけでした。しかし上位5%に入っても褒めることはありません。受験シーズンになると有名処の学校に受けさせようとし、大学受験に至っては父自身が望む大学でなければ一切の資金的援助を出さないと脅しました。
私は父に「お前なんか落ちこぼれて、みんなから馬鹿にされればいい」と暴言をぶつけられ、無視されました。
今もこの言葉に苦しみつづけています。
体験談
Ken
60代 男性
2024年2月24日
64歳の医師、小学校入学前から塾へ行かされました。その頃、クラスで2番目なのが母の自慢。小学校では、毎日が習い事。そんな中、弟と遊んでいると、勉強しろと父に顔面をひっぱたかれました。母は助けてくれず、自分には優しい祖母のところへ行きたいのですが、自営業で祖母は店番。泣いて店番までは行けないと、子供ながらに思い、店がみえる窓越しにしがみついて泣きました。仕方なく家にはいたくなく、ペットの犬を連れて泣きながら外へ。涙がおさまるまで、愛犬は付き合ってくれました。そんなことはしょっちゅうで、叩かれても我慢して泣かないぞ、と実践してみました。しかし、父がそれが気に食わなく、こんどは両方の頬へビンタ。半端ない痛さと辛さで勉強なんてできるわけありません。連日の塾通いは小中学校と続き、結局親の望む高校へは行けず。自分が学びたいと思うようになったのは20歳を過ぎで、そこから親から離れて必死に勉強しまた。
体験談
sakura
40代 女性
2024年2月21日
頭の良い学校を望んではいなかったですが、普通であって欲しい一心で、公文、ピアノ、スイミング、やらせていましたが、徐々に本人の負担になり嫌がるようになり、やめたいと毎回言っていましたが、続けていくのが当たり前だし、何も厳しいことを私は望んでもいないし、やめることは駄目なことだとし行くのが当然だと思い込んでいたため、「しっかりして。あなたが行くって言ったんでしょ?やめてどうするの?もう少しがんばってみたら?」と嫌がる子を車に乗せて毎回怒ったり、なだめたりしながら連れて行っていました。娘は爪噛みがひどくなり、眉毛や睫毛、頭頂部の髪の毛を自分で抜くようになりました。何にこんなにストレスになってるのか?心が弱いのかなぁと、私が原因だとは全く気づかずにいました。今は不登校ですその時の気持ちによりそってあげていれば…と思います。不登校を無理に行かせようとすることも教育虐待と同じだと感じています。
体験談
匿名
2024年2月16日
親から教育虐待を10年以上受けていました。
高校卒業後医学部か東大以外の大学は許されず、医学部受験が落ちれば母親はもう1年やれ、もう1年やればかり。私は抵抗しましたが、聞く耳を持たず、父親は見て見ぬふりでした。
スマホも解約され社会と断絶させられ、外出も許されず狭い世界しか知らない生活が何年も続きました。
誰も助けてくれる人もいなくて、その時は既に成人していましたが唯一話をまともに聞いてくれたのは児童相談所でした。お金を貯め物理的に距離を取りなさい、そう言われお金を貯めやっと思いで親がいない間に家を出ました。
それでも未だに嫌がらせのメールが毎日届きます。警察に相談し、対応をしてもらっていますが、まだ親に対しての規制が甘いと感じます。親だから子どもに対する権利が強くある、でも虐待をした親に対しては厳しくあるべきだと感じます。もっと教育虐待について世間に知ってもらいたいです
体験談
中島
40代
2024年2月16日
小6の時、仲の良い友人達が中学受験のために進学塾へ通い始めました。
私の父は物心ついた頃から無職で貧乏だったため受験させるお金はありません。それなのに難関中学受験問題集の算数だけを買って来て、その日から毎日何時間もやらされました。
高卒の父も理解できておらず答えがわからないので解き方を教えられるわけではありません。3歳年下の弟は算数が得意で問題を見てすぐに答えが出せたので「どうして弟ができてお前はできないのか」と比べられ怒られました。
公立の中学に入学してからはその問題集から解放されましたが深夜まで「勉強を見てやる」といって無駄な話をだらだらと続けて邪魔をされ、成績が良ければ「俺のおかげ」悪ければ「おまえのせい」。志望の高校に合格したけれど「大学へは奨学金で行け」。私は勉強しなくなり落ちこぼれました。
体験談
ちぃ
40代 女性
2024年2月14日
教育虐待を受けていました。
中学受験塾に通っていましたが、深夜0時過ぎまで勉強させられ、罵声や暴力は日常茶飯事でした。
殴られて痛みや眠気に泣いていると隣室で寝ている父親が「お前の声が高くてうるさくて眠れない」と怒りを露わにして現れ、それを見た母に「あんたが泣くから私がパパに怒られるの!」ともっと叱られました。
隣室や声が聞こえないよう口を塞がれることもよくあり、涙と鼻水で息ができないため、窒息しかけることもあり、地獄でした。

妹は可愛がられており、数千万もする楽器を複数所持していました。
私が暴力を受けていたことをあまり知らず(寝ていたことと幼かったため)もう許してあげよう、ママは今すごく心配しているんだよ、などと言ってきます。
悪気はないということがわかっていますが、その言葉は聞きたくありません。

家庭を信じることも出来ず自己肯定感もなく、今は40代で、職も家族もありません。
体験談
あき
30代 女性
2024年2月13日
中3の時の出来事です。高校受験が心配との理由で、当時中学校の校長だった叔父に成績表を勝手に見せて、同時に私、母、叔父、叔母の4人で面談というのをさせられました。恥ずかしい思いとショックで親に対して信用ができなくなりました。あれからしばらく経ちある意味虐待だったのではと思うようになりました。どんな理由であれ、子供の気持ちを踏みにじる行為は虐待です。そして親はこの出来事をほとんど覚えてません。
体験談
しお
30代
2024年2月13日
私は20年ほどまえに中学受験を経験しました。中学受験自体は私にとってよい経験で、いわゆる教育虐待を受けたという認識はありません。ただ、書店で万引きをし、それが発覚して家庭で問題となったり、何らかのストレスがかかっていた可能性は否めませんが。
志望していた難関中学に入学して以降、事あるごとに、私立の学費を持ち出して叱られることが増え、そちらのほうが十分ストレスになっていました。
教育虐待について、今となっては小学生の親となった身として、自分が加害者になるのではないかと、話題を見かけるたびに不安になります。自分から子どもに当事者としてコーチできるのは、勉強のしかたくらいであって、それも程度を間違えると虐待と挙げられることになるのか。
センセーショナルかつ話題になりやすい教育虐待ですが、スポーツやその他の芸事でも虐待に近しいことは行われているのではないかと思うと、加熱する報道には心配もあります。
体験談
かさいなな
40代 女性
2024年2月13日
塾、浪人、滑り止めNGで進学のために勉強させられてきました。頼るのは学校が開設している講習か自宅学習、部活を続けるための条件は学年10位以内でした。何十年経ったかわからない今思うと家計のためはあれども教育虐待じゃないかと思っています。妹はかなり自由にさせて貰えましたからね。今でも勉強に関してトラウマを覚えつつ、通信制大学で好きなように学んでいます。