
AIや都市計画は男性びいき!? 性の違いを科学で分析するジェンダード・イノベーションとは?
今、これまで見過ごされてきた「性の違い」に着目する、ジェンダード・イノベーションという研究手法が注目されています。
医療分野では、男女で病気の起こり方や薬の効き方に差があることが明らかになり、それぞれに最適な診察や治療法の開発が始まっています。また情報工学の分野では、AI=人工知能は「男性びいき」であることが分かってきました。
ジェンダード・イノベーションとは一体どんな研究手法なのか?その可能性は?
去年4月、日本で初めて研究所を立ち上げたお茶の水女子大学の教授陣に、目からウロコの実例を紹介して頂きました。
(クローズアップ現代取材班)
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ジェンダード・イノベーションとは!?
まず最初に「ジェンダード・イノベーション」の概念や可能性について、お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所の特任教授、佐々木成江さんにお聞きしました。

―ジェンダード・イノベーションとは、どんな概念なのでしょうか?
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佐々木さん
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ジェンダード・イノベーションとは、性差に基づくという意味の「ジェンダード」と知的創造や革新を意味する「イノベーション」を組み合わせた造語です。2005年に米スタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授が提唱した比較的新しい概念で、男女の体の構造や機能の違いといった「生物学的な性」や性別役割分担など「社会・文化的に作られる性」の視点を研究や開発の中に組み込み、性の違いを正しく理解し、創造や革新につなげようという研究手法です。
―ジェンダード・イノベーションを研究することは私たちの社会にどんな影響がありますか?
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佐々木さん
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これまで科学・技術分野における研究や開発では、男性のみを対象や基準とすることが多く、女性の方に不利益が生じがちな状況がありました。ジェンダード・イノベーションは、それをネガティブに捉えるのではなく「新しい発見や技術革新が生まれるチャンスである」とポジティブに捉えることが出発点となります。
最近では性別だけでなく、年齢や人種、トランスジェンダーなど様々な違いの視点も同時に考えていくことがジェンダード・イノベーションで重要視されています。ジェンダード・イノベーションが進めば、女性だけでなく子どもやお年寄りも含め、多くの「社会的な弱者」にメリットがあることが多く、より良い社会を作る原動力になると私は思っています。
―今回はどんなジェンダード・イノベーションをご紹介いただけますか?
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佐々木さん
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今回は入門編と位置づけました。比較的分かりやすい具体例を、私を含めた本学の先生に紹介してもらいます。ジェンダード・イノベーション研究の面白さと可能性を感じて頂けたら幸いです。
薬の副作用が起こるリスクは女性の方が高い

―「薬の副作用が起こるリスクは女性の方が高い」これはどういう調査で分かったのでしょうか?
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佐々木さん
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アメリカのカリフォルニア大学の研究者たちが、一般に処方されている86種類の医薬品について調査したところ、そのうち76種類において女性の方が体内に薬が残りやすく、女性に残りやすかった薬のほぼすべてにおいて副作用の報告も女性の方に高いことが分かりました。
副作用の内容は頭痛や吐き気といった比較的軽度なものから、突然死につながる不整脈など深刻なケースまでありました。こうして明らかになった性による違いを基に研究が進められた結果、女性の体内に薬が残りやすい原因は、男女の体格差だけではないことも分かってきました。
―体格差でないとすれば、女性の方が薬が体内に残りやすい理由は何でしょうか?
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佐々木さん
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まず、臓器の働きの違いがあります。
例えば小腸で薬を吸収する速さは、女性は男性より遅い傾向があるため時間をかけて吸収されます。また、肝臓で薬を排出しやすい性質に変える力も女性は男性よりも弱く、さらに腎臓で薬を排出する速さも女性は男性よりも遅い傾向があります。そのため薬が体内に蓄積し濃度が高くなるため、薬の作用が強すぎたり長時間つづきやすくなり、結果として女性は男性よりも副作用のリスクが高くなりやすいんです。
また、性ホルモンや性染色体の違いにより、薬の反応性が細胞レベルでも男女で違うということも分かっています。薬はまずその効果が大切なので「薬の量を女性は減らせばいい」という単純な話にはなりませんが、2013年アメリカ食品医薬品局は、女性での副作用が深刻であった睡眠薬ゾルビデムについて女性に処方される推奨用量を半分にしました。
つい最近まで「病気に男女の違いはない」と考えられていた
―「病気に男女の違いはない」と考えられていたというのは、本当でしょうか?
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佐々木さん
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にわかには信じがたい話しですが、確かに長い間、医学界では「男女で生じる一般的な病気に違いはない」という認識でした。そのため研究対象は、性周期で体の状態が変化する女性やメスの動物ではなく、体の状態が安定している男性やオスが主となり、それを基に診断や治療の基準が作られていきました。かくいう私自身も実験にオスばかり使っていることに全く疑問を持っていませんでした。
―医学界の認識が変わったのは、何がきっかけだったのでしょうか?
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佐々木さん
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状況に風穴を開けたのは同じ医学界の研究者たちでした。その一人が「性差医療の母」と呼ばれるマリアンヌ・レガード博士です。男女で心臓病の起こり方が違うことに気づいていた(※)博士は、1990年代に性差医療を専門に研究する学会を設立。政府関係者にも、その重要性を訴え続けました。

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佐々木さん
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レガード博士の取り組みの甲斐もあり、現在では全米60か所以上に女性専門の循環器クリニックが設立されています。さらに2000年以降、女性の心臓病の死者数が20%以上減るという具体的な成果もあがっています。
※例えば狭心症では、男性は太い血管がつまることで起こることが多く、痛みは胸が中心。女性は微小血管の拡張や収縮の異常で起こることが多く、痛みは首や肩、腹など多様な場所で生じやすい。
AIは放っておくと男性をひいきする

―「AIは放っておくと男性をひいきする」。これは、どういうことでしょうか?
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伊藤さん
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まず具体例をお話しますと、例えば飜訳サイトでは「佐藤さんは科学者だ」という文章を英文に変換すると「Mr.Sato is ~」と、自動的にMr.の冠詞が付けられる事例が知られています。また顔認証が男性を識別する精度は、女性よりも高い傾向があります。このようにAIは放っておくとバイアスがかかり、現在の社会においては「男性びいき」になってしまいがちなんです。
―どうしてAIは「男性びいき」になってしまうのですか?
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伊藤さん
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原因は大きく2つです。
まず現代のAIの代表的技術である機械学習(※)は、データの中の多数派を占める内容に動作結果を適合させるように学習が進むことが多いためです。よって、データ中に男性科学者の方が女性科学者よりも多ければ、科学者は男性である前提で文章を組み立てる可能性が高くなります。
もう一つの原因は、AI開発者の男性比率が高いことです。そもそもバイアスは不利益を受けている側の人々によって発見されることがほとんどです。AIの動作結果に関するジェンダーバイアスの問題は、総じて女性が不利益を受ける事例が多く、男性はその問題に気づきにくい状況にあると考えられます。
※機会学習=コンピューターが膨大な量のデータを学習することによって、自らルールを学習し、そのルールに則った予測や判断を実現する技術のこと
―AIの「男性びいき」を改善するためには、どうすればいいのでしょうか?
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伊藤さん
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対策としては機械学習の対象となるデータを多様にすること。そのためには開発者や運用者に女性や多様なバックボーンを持つ人が入ることが重要です。また技術開発も欠かせません。私はマイクロソフト社と共同でAIの機械学習で起こるバイアスを可視化し、改善に役立てる技術の開発に取り組んでいます。AIが人間の社会でしっかりと稼働するためには、開発の組織作りも含めて、人の手による不断の努力が欠かせません。
都市は男性目線でつくられてきた

―「都市は男性目線でつくられてきた」、どういうことでしょうか?
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宮澤さん
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世界中の多くの都市は、近代以降に人口が急増していく過程で、いわゆる「郊外」に住宅地をつくることで拡大していきました。都市の外側に「郊外」という空間が生まれたことで、郊外から都市の中心部、つまり「都心」の職場へ通勤する職住分離型のライフスタイルが広がったのです。
そして、この「郊外」と「都心」という二つの空間は、当時の性別役割分業の考えを無意識のうちに取り込みつくられていきました。都心は男性が働く生産活動の場、郊外は女性が家事や育児、介護をする再生産活動の場という考え方です。私が専門とする都市地理学では、このように「ジェンダー化された都市」の研究に取り組んできました。
―「ジェンダー化された都市」では、どんな不都合が起こるのでしょう?
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宮澤さん
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男性が働く場とされた都心は男性目線でつくられるため、その他の人々にとっては利用しづらかったり、時には危険な空間になったりします。地下鉄やバスのつり革はわかりやすい例です。近年では、さまざまなタイプも増えてきましたが、一昔前までは小柄な女性や子どもがつかむのは難しい高さだったので、そうして人々が体を支える術は限られ、急ブレーキの時などはとても危険です。
では郊外は女性目線でつくられたかというと、そうではありません。増え続ける人口の受け皿となる住宅用地の効率的な確保と男性が職場に向かうために使用する交通システムの構築が優先されました。結局、都心も郊外も含め「都市」は男性目線でつくられていくことになったのです。
―男性目線でつくられてきた都市を改善する取り組みは行われていますか?

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宮澤さん
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EU諸国を中心にジェンダード・イノベーションの切り口で都市の再開発が行われています。最も有名なのはオーストリアのウィーンです。ウィーンでは都市計画にジェンダーの専門家を参加させています。地下鉄の入り口は改札がなく自由にホームに出入りすることができます。
大きな荷物を持っていたり、ベビーカーを押していたりすると煩わしい切符の出し入れは最小限ですみます。チケット料金は、日本のように距離ではなく、1日券や1回券など利用可能回数や有効日数によって変わり、乗車前に乗車日時を刻印すればよいとうシステムです。
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宮澤さん
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その他にもウィーンの再開発では、子どもを連れていても歩きやすいように歩道スペースが拡張され、歩行中に座って休めるようなベンチの設置なども行われました。これらは改善された例の一部ですが、取り組みの甲斐あってウィーンはアメリカのコンサルティング会社が発表するランキングで長い間「世界で最も生活の質が高い町」に選ばれてきました。
さらに近年ウィーンは、男女を超えてより広い意味で多様性に配慮した都市へと発展しています。

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宮澤さん
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LGBTQのシンボルカラーで塗られている横断歩道や同性カップルが表示されている信号機があるなど、セクシュアルマイノリティーの人々への連帯の意思が市内の様々な場所で見られます。
都市は男性目線でつくられてきたという「性の違い」に気づいたことで、ウィーンは女性だけでなく子どもやお年寄り、そしてあらゆるセクシュアルマイノリティーの人々にとって暮らしやすい都市空間づくりが進んでいます。
男性が料理をするとき「止まっている」時間は女性の29倍長い

斎藤悦子教授には、今、ご自身が取り組んでいる研究について教えて頂きました。
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斎藤さん
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料理はあらゆる家事の中で、最も男性の参加率が低いとされています。
私は男性が料理に参加しにくい原因を探るため、昨年、夫婦20組40名に協力をあおぎ、夫・妻それぞれの調理の様子を撮影、調理行動に関する男女の違いを明らかにしようと試みました。
調理動作を「洗う」「皮をむく」「切る」など大きく6つの動作項目に分けて比較すると、ほとんど全ての動作で夫は妻よりも時間がかかり、特に動作が「止まっている」時間は、夫は妻の29倍にもなるという結果が出ました。

―料理中に男性が「止まってしまう」原因は何でしょうか?
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斎藤さん
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夫は料理に慣れていないからとも言えますが、この傾向は、週に2回以上家族の夕食を作る夫に関しても見られました。そして動作が止まっている時間のほとんどは、レシピを確認していることも分かりました。
これはあくまで私の印象ですが、男性は完璧主義な傾向が強く、例えばきんぴらゴボウもレシピの写真どおりに、針のように細かく切ろうとする人が多いように思います。「料亭ではないのだから、ある程度アバウトで良い」と思うことができれば、気軽に料理ができるようになるかも知れません。
こうした男性の傾向を理解することで、調理に関する困りごとを解決する調理方法や調理器具の開発・提案につなげていくことができければ、それらを用いて男性も料理へ参加できるようになります。性別役割分業を解消するジェンダード・イノベーションを社会に広げていきたいと私は思っています。
―取材にご協力頂いた皆さま、誠にありがとうございました。
お茶の水女子大学では、この他にもジェンダード・イノベーションに関する興味深い研究が行われています。詳しくは以下のリンクからご覧ください。
【関連番組】 NHKプラスで11/15(水) 午後7:57 まで見逃し配信👇