
「がんに効く○○」のワナ 37歳で命を落とした女性が信じた誤情報
もし突然がんと診断されたとしたら、どちらの言葉を信じたくなりますか?
①「この“水”を飲めばがんが消える。副作用も全くない。手術や抗がん剤は命を縮める」
②「治療で治る可能性が高い。ただ子宮やリンパは摘出。合併症が残る可能性もある」
この二つは、がんと診断された35歳の女性が実際に伝えられた内容です。
女性が信じたのは①の言葉。
病院での治療を拒否する間に、がんは全身に転移し命を落としました。
女性はなぜ根拠が不確かな情報を信じたのか。
そこには、誰もがだまされかねない、巧妙なワナが潜んでいることが見えてきました。
(「フェイク・バスターズ」取材班)
「がんに効く」との言葉を信じ、命を落とした女性

今回取材に応じてくれたのは、妹のともみさん(仮名)をがんで亡くした、けいこさん(仮名)です。
二人で旅行に行くほど、仲のいい姉妹だったという二人。しかしともみさんががんと診断された後、「溝ができるようになった」と言います。

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姉 けいこさん
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「私は妹と一番仲が良かったので、何でもわかってあげられる気になっていました。妹は私のことは信頼してくれていると思っていたのですが、一度できてしまった溝はなかなか修復できなくて、結果的に妹が1人で病気と闘うことになってしまいました」
ともみさんは35歳のとき、不正出血が続いたことで婦人科を受診しました。
何度か検査を受けた結果、「子宮体がんステージ1B」という主治医の見立てを伝えられました。



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解説:子宮体がんステージ1Bとは
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国立がん研究センターの統計によると、子宮体がんの場合、ステージ1期で治療を始めれば5年生存率は9割を超えます。1B期は、がんが見つかるのは子宮体部のみですが、がんの2分の1以上が子宮の筋肉まで広がっている段階で、一般的には子宮、卵巣、リンパ節などを切除する治療が行われます。出産はできなくなり、術後の合併症の可能性もある一方、根治できる可能性が高いとされています。
将来結婚して子どもがほしいと願っていたともみさんは、手術を受けることをためらっていました。
子宮などを摘出することなくがんを治す方法はないか。
インターネットで検索したり、知人に相談したりしながら「代案」を探していたともみさんに、LINEを通じて、以前ビジネス関係の勉強会で知り合ったという知人から、がんについてのセミナーの誘いが届きました。

足を運んだともみさんは、ここである飲料水の存在を知りました。

「特別に加工したヨウ素が入っている」という水。「病院での手術や抗がん剤は命を縮めるが、この水は副作用もなくがんに効果がある」という趣旨で紹介されていました。

会社の未公開株を購入するとこの水が手に入ると説明されたともみさんは株を購入。その後、この水を使い続けるために毎月5万円を支払うようになりました。
ともみさんが水などと一緒に渡され、記入していた実際の日記があります。

「がんを3か月で治す」と書かれたノートには、指定されたとおり、1日8回この水を飲んでいることや食事内容などが毎日丁寧につづられていました。

このころ、ともみさんは家族の言葉や説得が全く耳に入っていないようだったと、姉のけいこさんは言います。


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姉 けいこさん
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「妹は『西洋医学は間違っている』『手術も抗がん剤も反対です』と伝えられていました。なので、家族がいくら話を聞いても『言ったってわからないでしょ』みたいな感じになってしまっていたんです。家族としては病院での治療を検討してほしかったのですが、1人で代替療法に突き進んでいってしまいました」
病院での治療を受けないまま1年以上が経過したともみさんは、腹部の激しい痛みに襲われるようになっていました。
提供されていた水の服用や食事法などでは一向に症状が改善せず、ともみさんは動くのもやっとなほどの体調の中で病院に向かい、病院での治療を受けることができないか主治医に相談しました。
しかし改めて検査を行うと、がんが全身に転移していることが発覚。

主治医からは「根治を目指すための治療はすでに難しい状態まで進行している」と告げられました。

痛みを抑える緩和ケアを受ける病床で、ともみさんはけいこさんにこのような話をしていたと言います。

「信じてしまった自分が悪い。家族に迷惑をかけたくなくて頑張ってきたけど、結果的にこんなことになってしまって申し訳ない」

ともみさんは37歳で亡くなりました。

その後、ともみさんのスマホを確認した姉のけいこさんは、家族から見えない形で妹が複数の人物とやりとりしていたことを知りました。

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姉 けいこさん
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「私たち身内が知らないところで、うそなのか本当なのかわからない情報を繰り返し伝えられていて、閉ざされた携帯の中だけのやり取りで進んでいたので、家にいながら、家族と一緒にいながらも知らない間にどんどんどんどん深みにはまっていました。複数の人たちと連絡を取っていて、囲い込みみたいになっていたのです」
姉が見つけたLINE履歴 閉ざされたSNS空間で…
ともみさんは、セミナーに参加したとき会場を案内された人物とLINEで連絡先を交換。
その後複数の人物を紹介され、がんに関する症状やさまざまな不安について、LINEで相談をするようになっていました。

「不安や悩みを聞く人」、「食事管理に詳しい人」、「健康機器に詳しい人」、さらに「“がんアドバイザー”」を名乗る人物などから、励ましの言葉や生活習慣に対するアドバイスが送られていました。

この中で“がんアドバイザー”だと名乗る人物は、ともみさんに病院での検査結果やレントゲン写真などの写真を送らせたり、日々の体調の変化を報告させたりしながら、“医療的なアドバイス”をするという形でやりとりを重ねていました。
ともみさんが、製品を飲んだ後に起きた体調の変化をどう受け止めたらいいかについて尋ねたときの実際のやりとりがこちらです。



出血はともみさんが飲んでいた製品の効果で、「がん細胞が体の外に出た証拠」であるかのように説明していました。
ともみさんに伝えられていた情報は、どれほど根拠があるものなのか。私たちは、婦人科がんの専門医2人に見解を求めました。
国際医療福祉大学大学院の青木大輔教授と、横浜市立大学医学部の宮城悦子教授は、この“がんアドバイザー”の説明について「医学的にありえない話」だと口をそろえました。

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青木大輔教授と宮城悦子教授の見解
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「出血は子宮体がんの患者の多くに見られる症状で、進行するほど出血量も増える。筋肉に深い浸潤が見られる1B期以降の患者の場合、がん細胞が出血で排出され、がんが治るというのは医学的にありえない話です」
“がんアドバイザー”を名乗っていたのは、タレント活動をしている人物でした。医療については独学で勉強したと語っていて、医師免許は持っていないとみられます。

ともみさんの不安や症状を聞き取り、それに合わせて“アドバイス”を行ったり、病院の治療の代わりになるものとして、さまざまな製品の情報を送ったりしていました。
元社員が証言 「がん患者が増えれば増えるほど金もうけになる」
私たちは、「がんに効く」と説明されていた水を提供した健康食品会社の元社員に話を聞くことができました。

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健康食品会社 元社員
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「がん患者様に対しての『治療薬』というと薬機法に違反するので、『がんの治療に効果があるもの』とか、うまく濁すような形で使っていましたね。がん患者さんが増えれば増えるほどお金もうけになる。現状がんの治療をしている方とか、家族ががんで困っているとか、どうにかしたいという方がターゲットになっていると思います」
ともみさんはこの水を得るために、未公開株などにおよそ50万円を投じていました。
この会社の社長らは、ほかにも多くの人に対し、国に届け出をせず株を売り出していたなどとして、2023年3月、金融商品取引法違反の疑いで逮捕。その後、起訴されました。
警視庁は2022年4月までのおよそ5年間に、およそ80億円を集めていたとみています。
社長らはおよそ2か月で保釈。その後も、全国でがんの患者を集めたセミナーなどを開催しています。

さらに元社員に、ともみさんがLINEでやりとりをしていた人物たちについて聞きました。
元社員は、病院での治療に反対し、代わりとなる製品の情報を送る人物たちの中には、ネットワークビジネスに関わる人物がいると証言。この人物たちと「閉ざされたSNS」の中などでコミュニケーションをとり続けると、悩みを持つ人たちは信じ込んでいくと話しました。
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健康食品会社 元社員
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「グループリーダーと呼ばれる人や、会社の支社を任されている人の中には、前にも別のネットワークビジネスで有名だった人がいて、そういう人を会社に取り込んでいるのかなと感じていました。
『大丈夫ですから』『よくなります』『本当に良かったですね』とか、そういう声かけやサポートは、悩んでいる方たちがものすごく頼りにしているものなので、極端な話、家族の反対を押し切ってでも信用する人は信用する。そういう人たちに『これを飲めばよくなります』と言われたら、出せる金額だったら出しちゃうと思いますし、催眠と言ったらおかしいですけど、そういうものから解けるには時間がだいぶかかると思います」
論文検証 “がんに効く水”に科学的根拠はあったのか?
ともみさんが「がんに効く」と提供されていた水の成分の効果について、会社が示した論文があります。

この論文には、がん細胞を植えつけたマウスにヨウ素を投与すると、がんの増殖が鈍くなったと書かれています。
その一方、人への効果や安全性を確認する臨床試験は行われておらず、今後確認する必要があるとしていました。

動物実験の結果を示した論文について、がんになる原因や予防に詳しい国際医療福祉大学大学院の津金昌一郎教授に話を聞きました。

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津金昌一郎教授
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「この論文に限らず、動物実験の結果が人で実際起こるかというのは次元の違う別の問題です。マウスやサルと人間はもともと生物学的に全然違うので、予防にしても治療にしても動物実験だけでそれが人間に使われるということはありえないことだと思います」
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解説:臨床試験とは
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「治療に効果がある」ということを示すためには、動物実験などを経た後に、その効果や安全性を確認する、人を対象とした試験「臨床試験」での確認が不可欠です。
現在、私たちが公的な医療保険が適用されて受けることができる標準治療は、臨床試験で科学的に効果や安全性が確認されているものです。これまでとは異なる方法で行う手術(外科治療)、新しい薬を用いた薬物療法、新しい技術を用いた放射線治療などの新しい治療法は、決められたルールに従い、計画的に試験を行って、治療の効果や安全性を科学的に確かめた上で、患者に適用されるようになります。
国立がん研究センターの臨床試験Q&Aはこちら(※NHKサイトを離れます)
【関連記事】がん治療は“最先端”より標準治療がいい?
標準治療についてさらに詳しく知りたい方は、国立がん研究センターの若尾文彦医師の解説記事をご覧ください。
私たちはこの会社に取材を申し込み、製品のがん治療に対する効果や、医師ではない人物が医療的なアドバイスを行っていることについて問いました。
しかし、期日までに回答はありませんでした。
「がんに効く○○」 注意すべきポイントは?
「ともみさんが信じた『がんに効く』という言葉は、誰もが信じてしまう可能性がある」
そう話すのは、自身も20代のときに乳がんの治療を経験した、認定NPO法人「マギーズ東京」共同代表の鈴木美穂さんです。

もともとテレビ局で報道記者をしていた鈴木さんは、自身ががんと診断された当時、何を信じていいかわからなくなったと言います。
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鈴木美穂さん
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「私ががんの治療をしたのは15年前なのですが、当時心からの善意や信じ切っている人も含め、いろんな人からたくさんの民間療法を勧められました。ふだん情報収集をして、選択して伝えるという記者の仕事をしていた私でも、『これさえあれば治る』というふうに言われると、気持ちが揺らいでしまったことが何度もあります。私の場合は主治医だったり家族だったりに話を聞いて、『いや、それはないよ』と言ってもらって、結果的には標準治療しかしてないのですが、周りの人の情報が遮断されていたら、ともみさんのようになってしまうだろうという気持ちはすごくわかります」
現在は、がんの患者やその家族が専門家に無料で悩みを相談できる場を提供している鈴木さん。ともみさんのように「標準治療とは違う科学的根拠が乏しい治療法を信じてお金を払ってしまった」という相談が日々寄せられていると言います。
「がんに効く○○」という情報に翻弄されないためにはどんなことに注意すれば良いのか、鈴木さんは3つのポイントを挙げました。

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鈴木美穂さん
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「不安を抱いているときは、『絶対大丈夫』『絶対治るよ』と言ってもらいたいじゃないですか。その点、『がんに効く』という情報をくれる人たちの多くは、優しくて甘い言葉をかけてくれますが、医療というのは本当に不確実性の多いものなので、本当に誠実な医師は『絶対治る』とか『絶対大丈夫』とはなかなか言ってくれない。そういう中で『絶対大丈夫だよ』『絶対治るよ』『私たちがついているよ』と優しくされてしまうと、そちらに行きたくなる心理があるのだと思います。
だからこそ、ひとりで考えないでほしい。フェイクが世の中にあふれているということを前提に、誰もがだまされる可能性があると思って、ぜひ周りの人だったり身近な大切な人、私たちみたいな相談先やがんの拠点病院にある相談支援センターなどに相談してもらいたいと思います」
【次に読むなら】がん治療は“最先端”より標準治療がいい?

【関連記事】がん治療は“最先端”より標準治療がいい?
「標準治療」と「最新治療」では、どちらが「がんに効きそう」だと感じますか?
この質問の背景には、日本中に広がっている「がんの誤解」が隠れています。
標準治療についてさらに詳しく知りたい方は、国立がん研究センターの若尾文彦医師の解説記事をご覧ください。