
HPVワクチンなぜ男性にも有効?メリットと効果は
子宮頸がんなどを防ぐための「HPVワクチン」。
女性だけが接種するワクチン、というイメージはありませんか?
実は、男性の接種も有効とされているんです。
女性へのヒトパピローマウイルス(=HPV)の感染を防ぐだけでなく、男性がかかる病気を防ぐ効果もあるといいます。
しかし、日本では男性の接種についてはまだ広く知られていないのが現状です。
具体的にどんな効果があるのか、国内の議論や医療の現場はどうなっているのか、取材しました。
(2023年3月26日放送のおはよう日本をもとに記事を作成しています)
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【解説】HPVワクチンとは?
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国内で子宮頸がんと診断される患者は毎年1万人余り。年間3000人近くの女性が亡くなっているとされています。その原因であるヒトパピローマウイルス(=HPV)の感染を防ぐために行われているのがHPVワクチンの接種です。
小学6年生から高校1年生までの女性を対象に、2013年4月に原則、無料で受けられる定期接種になりましたが、体の痛みなどを訴える人が相次ぎ、2か月後に接種の積極的な呼びかけが中止された経緯があります。
しかしその後、国内外で有効性や安全性のデータが報告され、接種のメリットが副反応のデメリットを上回るとして、厚生労働省は去年から接種の呼びかけを再開。2023年4月からは、高い感染予防効果があるとされる「9価」のワクチンも追加されました。
友人がHPVに感染「他人事ではなくなった」

都内の大学に通う、久保田瑠璃子さん(22)です。
友人がHPVに感染し、通院し始めたことをきっかけにワクチンに関心を持つようになりました。当時、久保田さん自身はワクチンを接種しておらず、詳しい知識もなかったといいます。
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久保田瑠璃子さん
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「友人の話を聞いて初めて『子宮頸がんは他人事ではない』と感じるようになりました。
HPVに感染した人が身近にいなければ、実感がわかなかったと思います。
一方で、ワクチンについて副反応の懸念があることは報道を通じて知っていたので、接種することに対して不安な気持ちもありました」
HPVワクチンについて詳しく知りたいと考えた久保田さんは、産婦人科の医師に話を聞いたり、インターネットで情報を集めたりするようになりました。
その中で、ワクチンを接種すれば高い確率で子宮頸がんを防げることなどを知り、去年、みずからの判断でワクチンを接種したといいます。
さらに、久保田さんが情報を集める中で耳にしたのが、男性の接種も有効だということです。
男性の接種 なぜ有効?
男性の接種も有効とされる理由、それはウイルスの感染経路にあります。
HPVは、ほとんどが性交渉を通じて感染するとされています。このため、男性から女性に感染し、その結果、女性が子宮頸がんになるケースもあるのです。

こうしたことから、WHO=世界保健機関は、男性についてもワクチンの接種を推奨しています。
さらに、性別に関係なくかかる肛門がんや性感染症の尖圭(せんけい)コンジローマを防ぐ効果もあり、日本でも一部のワクチン(4価)については、男性の接種が認められています。
立ちはだかる「費用のハードル」
HPVワクチンについて、男性も含めて広く知ってもらいたいと、久保田さんは大学の仲間と一緒に、SNSなどを使って情報を発信する活動を始めました。

しかし、現状では男性の接種にはハードルがあると感じています。費用の問題です。
HPVワクチンは3回接種する必要がありますが、小学6年生から高校1年生まで定期接種の対象となっている女性と異なり、男性の場合はおよそ6万円の費用を全額自己負担しなければなりません。

久保田さんは、兄や男性の友人にワクチンの接種について話をしましたが、こんな答えが返ってきました。
「そもそも知らなかった」
「費用が高すぎて打てない」
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久保田瑠璃子さん
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「男性もHPVの感染を防ぐという意識を持ってほしいし、ワクチンを接種してほしいと思います。しかし、やはりお金がかかるという費用面の課題があるので、まずは私たち学生の立場から分かりやすい情報を発信することで、1人でも多くの人に自分事として捉えてもらえればと思っています。
HPVワクチンは『女性のワクチン』ではなく、男女ともに関わってくるものだということをまず知ってほしいです」
男性の定期接種 39か国で実施
男性のHPVワクチンの接種、実は海外ではすでに広がっています。
WHOによると、男性にも定期接種が行われている国は39か国に上っていて、イギリスやオーストラリアでは男女ともに接種率が7割を超えているということです。
このうち、女性は2007年、男性は2013年から定期接種を始めたオーストラリアでは、子宮頸がんにかかる女性の割合が2020年には10万人に5.6人と、日本の15.2人に比べて低くなっていて、2034年には子宮頸がんで亡くなる人はほぼいなくなるという推計もあります。

医療現場では独自の取り組みも

東京・渋谷区にあるクリニックでは、今年1月から3月にかけて、性交渉を経験する前の年齢にあたる9歳から18歳を対象に、ワクチン1回分を無料で接種するキャンペーンを行いました。
課題となっている費用負担を軽減するとともに、男性の接種について広く知ってもらうのがねらいです。
SNSなどを通じて希望者を募ったところ、60人の定員に対して2倍を超える140人から応募がありました。
このうち、接種に訪れた中学3年生の男子生徒は、なぜ接種するのかや、副反応のリスクなどについて母親と話し合い、納得した上で決めたといいます。


「最初に子宮頸がんのためのワクチンと聞いた時、僕は打つ必要はないのではないかと思いましたが、男性でもHPVが原因でかかる病気があると知り、少しでも防げるなら接種を受けた方がいいのではないかと考えました」

「娘もいるのでHPVワクチンについては知っていましたが、たまたまインターネットでこのキャンペーンを見つけて、ウイルスは男の子にも女の子にも感染することを知りました。多くの人への感染を防ぐというのは大事なことなので、今回応募してみようと思いました。息子にとっても、後々になって『やっぱり打っておけばよかった』と後悔するより、今接種しておく方がいいのではないかと考えています」

キャンペーンを行ったクリニックの院長は、情報がきちんと伝われば接種のニーズは高いことを実感したといいます。
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マーガレットこどもクリニック 田中純子院長
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「HPVワクチンの男性への接種について、これまで患者側から質問されることはなく、本当に知られていないと感じていましたが、今回は想定を超える応募があったので驚きました。
ワクチンの接種率が上がっていくことが感染を防ぐための大事なステップなので、潜在的には接種を希望する人がもっといるのではないかという感触を得られたのはよかったと思います」
男性の定期接種 国内の議論の現状は?
HPVワクチンの男性の定期接種については、一部の自治体も独自に助成を始めています。
▽青森県平川市
接種1回あたり1万6775円を上限に助成(対象:12~25歳)
▽北海道余市町
指定の病院で接種の場合、全額助成(対象:小学6年~平成9年4月2日生まれ)
▽千葉県いすみ市
指定の病院で接種の場合、全額助成(対象:小学6年~高校1年生)
▽東京・中野区(今年8月~)
接種1回あたり約1万7000円を上限に助成(対象:小学6年~高校1年生)

しかし、こうした動きはまだごくわずか。
国の審議会でも男性の定期接種に関する議論が始まっていますが、現状はどうなっているのでしょうか。審議会の委員も務めるワクチンの専門家に聞きました。

国際感染症センター 医長)

Q国の議論の現状は?

「日本では、男性の接種についての議論をする段階にすらなかったというのが正直なところです。女性の定期接種について積極的な勧奨を差し控えていたものを再開することが目的であり、最初にやらなければならないことでした。男性の定期接種については、現在、検討に必要な情報を整理しているところです」

Q副反応のリスクについてはどう考えればいい?

「男性の接種のリスクについては、国内ではまだ十分なデータがありませんが、女性の接種については、医学的な観点で、2013年に報告があった重篤な副反応とワクチンとの因果関係が証明されたケースは基本的にはないと考えています。そのあたりの医学的な評価と社会的な需要のバランスをとって、男性の公的な予防接種プログラムのあり方が検討されていくのだろうと思います」
男性の定期接種化について、厚生労働省にも取材したところ「現在検討するために必要なデータをまとめているところで、それをもとに今後、国の審議会で論点を整理し、必要性について議論を進めていきたい」と話していました。

さいごに
今回の取材を通して、女性である私自身もHPVワクチンについて十分に知らないということに気づきました。日本では接種の積極的な呼びかけが中止された経緯もあるだけに、まずは正しい情報を知ることが大事だと感じました。
一方、これまで「#がんの誤解」でお伝えしてきたHPVワクチンに関する記事を読んだ方からは男性の接種についてのコメントも寄せられていて、関心が徐々に高まりつつあると感じています。

「素朴な疑問なのですが、なぜ女性側だけなのでしょうか? 男性も接種すべきでは?と思うのですが」

「男性のワクチン接種が無料になることを望みます。性交渉は多くの場合、男女が両方いて成り立つもの。(中略)無料接種には予算の確保も必要で、まず女性がというのも分かります。ただ、男性も接種することでさらなる予防効果が見込めるだけでなく、女性だけに関わる病気ではないのだという意識が生まれる、偏見をなくすための一助になると考えます」
男性の接種をめぐる国の議論はまだこれからですが、それぞれが自分やパートナーを守るためにはどうしたらいいのか、今後も取材を続けていきたいと思います。
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"子宮頸がんもHPVワクチンも何も知らなかった" 俳優と共に伝え続けた最期の10日間
30代で子宮頸がんと診断された芸能事務所マネージャー。亡くなる数時間前まで、俳優たちと共に伝え続けたことがあります。「男性も女性も関係なく、子宮頸がんとHPVワクチンのことを知ってほしい」。ぜひ、彼女が多くの人に伝えたかったことも合わせてお読みください。
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