
がん検診の誤解|早期発見しなくてよいがんがある?
年齢が上がるほど、がんになる可能性は高くなり、「自分は大丈夫だろうか・・?」と不安になります。治療の効果が高い早期に見つけられれば・・・。
そのときに頼りにしたいのが、がん検診です。
内視鏡やCTなど、以前からある検診だけでなく、最近では血液や唾液、尿などでがんのリスクが分かるというものまで見られます。
しかし、2人の専門家に取材すると、「検診の目的は『がんを見つけること』ではない。
見つけなくてもいいがんもある」など、意外な指摘が。
今回の「#がんの誤解」は、正しいがん検診について考えます。
(NHKニュースの取材をもとに記事を作成しています)
がん検診は大きく2種類 “国推奨か、そうじゃないか”

最初に話を聞いたのは、国立がん研究センターの中山富雄 検診研究部長です。
中山さんは「検診には2種類あるんです」と話し始めました。
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国立がん研究センター 中山富雄 検診研究部長
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「国が受診を推奨している検診と、そうではない検診の2種類があります。
国が推奨しているのは①胃がん、②肺がん、③大腸がん、④乳がん、⑤子宮頸がんの5種類。
それぞれ検査の方法や対象年齢、回数なども定められています」(下図参照)

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国立がん研究センター 中山富雄 検診研究部長
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「この5種類の検診がほかと異なるのは、これまでの研究で『がんを早期に発見することで亡くなる人を減らす』ことが科学的に確かめられていて、不利益が少なく、早期にがんが見つかったあとに行える効果的な治療法が確立しているという点です。
ですから、推奨されているがん検診はぜひ受けてもらいたいです」
※胃がんの検診については海外では推奨されていないところもあります。胃がんは日本などアジアに多く、国立がん研究センターによりますと、日本で行われた複数の研究結果を複合的に解析した結果、X線検診を受けることによって40~48%の胃がん死亡率が減少したことが認められています※
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国立がん研究センター 中山富雄 検診研究部長
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「逆にいえば、この5種類以外の“がん検診”は、まだ『効果的な早期発見はどうしたらできるのか?』という検証の段階にあるものだということを知ってもらわないといけません。
推奨されている以外の“がん検診”を受けるのならば、そうした検証のいわば“実験台”になる可能性があるということを理解した上で受けなければなりません」
がん検診のデメリット 受けると不利益になることも
しかし、科学的な検証が済んでいないとはいえ、早く見つかるに越したことはないのではないか?という疑問も出てきます。
推奨されている以外の“がん検診”を受ける前に、中山さんは「受ける前に、検診にはデメリットもあることを知ってほしい」と指摘します。
特に大きなデメリットが「過剰診断」と「偽陽性」の2つだといいます。

これについて、中山さんは韓国で起きたケースを例に説明しました。
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国立がん研究センター 中山富雄 検診研究部長
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「韓国では2000年代に検診ブームが起き、2002年から特に女性で甲状腺がんと診断される人の数が激増し、10年間で10数倍に膨れ上がりました。
こんなにがんが増えたにも関わらず、これまでのところ甲状腺がんによる死亡数にはほとんど変化がありません」

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国立がん研究センター 中山富雄 検診研究部長
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「つまり命に関わらない、治療の必要が無い甲状腺がんが大量に発見され、大勢の人が本来は必要のない治療を受けたということなのです。手術には合併症のリスクが必ずあります。甲状腺ホルモンの低下や声のかすれなどです。がんを見つけて取り除いたことで受けられるメリットと、治療をしたことで受けるデメリットはどちらが大きかったのか?という視点で考える必要があります。韓国ではこれが過剰診断の典型的なケースとして社会問題になり、いま過剰な検診は下火になりつつあります。

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国立がん研究センター 中山富雄 検診研究部長
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「さらに偽陽性の問題もあります。100%正確な検診は不可能で、誤ってがんではないのに“がん疑い”の判定が出てしまうことがあります。精密検査でがんではないことが分かっても、多くの人にとっては、疑いがあるといわれるだけで極めて大きな精神的負担になります。検診にはこうしたデメリットがあることを理解しないといけませんが、医師でも分かっていない人がいます」
半数の人は「がんがない」ことを確認するために検診受診
さらに中山さんは、「がんの疑いがある」という結果が出たときのことを考えて、精密検査や治療など、その後の対応の手立てがあるかどうか知ってから受けることも大事なポイントだと言います。
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国立がん研究センター 中山富雄 検診研究部長
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「過去の調査では、がん検診を受ける半数の人は異常が見つからないことを前提に、『がんがない』というお墨付きを得たいという気持ちで受けていることがわかっています。
最近、唾液や血液、尿などで簡単にがんの有無が分かるといううたい文句の検査が出てきていますが、軽い気持ちで受けて、もし陽性が出たらどうなるでしょうか?
国から推奨されていない検査では、『がんの疑いがある』という結果が出たときに、どういう精密検査をしたらよいのか、どう治療すればいいのか、方法が確立していません。病院で詳しく検査しても何も出てこず、がんがあるという結果だけを抱えながら何も対処できないという事態に追い込まれかねません。こうしたことをよく考えてから受けるかどうかを判断するべきです」
がん検診は「がんを見つけるため」ではない?

がんの放射線治療の専門家で、新聞のコラムや講演などでがんに関する正しい知識の発信を続けている東京大学の中川恵一特任教授にも話を聞きました。
中川さんは「そもそもなぜ検診を受けるのか」考えることが重要だと指摘します。
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東京大学 中川恵一特任教授
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「がん検診の目的は、単にがんを早くに発見することではありません。早期発見して、死亡率を下げることが目的なのです。すべてのケースについて『がんを早期に見つけることが善とは限らない』ということがとても重要なポイントです。
がんは、みなさんが思っているように、どんどんと大きくなって患者さんを死に至らしめるものだけではない。たとえば、甲状腺がんや前立腺がんでは、場合によっては数十年かけて大きくなるものもあります。
こうしたがんは、人によっては“見つけなくてもよいがん”です。
甲状腺がんは、多くの場合は極めてゆっくり進行するタイプで、命に関わることはまれです。特殊ながんで、若い人や子どもにも珍しくないうえ、とても小さいものも含めれば多くの高齢者にあると言われています」
※国立がん研究センターの「がん情報サービス」によりますと、前立腺がんも、多くの場合は比較的ゆっくり進行し、中には寿命に影響しないと考えられるがんもあるということです※
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東京大学 中川恵一特任教授
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「患者さんにしてみれば、どんながんでも見つかれば心配になるし、治療してほしいと思うはずです。でも、治療による合併症のリスクだってあります。仮に治療をせず経過観察ということになっても、やはり抑うつ的になるはずです。がんと診断された人で自殺率が上がったというデータもあります。
繰り返しますが、がん検診の目的はがんを見つけることではなく、死亡率を下げることです。不幸を減らし、幸せを維持することが目的です。治療の必要のないがんを見つけ、手術で不利益を受けることを避けようとすると、結果的に“受けるべきがん検診”は限られてきます」
受けてほしいがん検診の受診が減少

一方で、中川さんは「受けるべきがん検診」、つまり国が推奨する5つのがん検診の受診者数が、新型コロナウイルスが広がった影響で減少したことを危惧しています。
検診施設では感染対策を充実させているので、ぜひ受けてもらいたいとしています。
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東京大学 中川恵一特任教授
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「基本的には、自治体からお知らせがくる住民検診のメニューを受けてもらいたいですが、これが減っています。さらに悪いことに、特に受けてほしい高齢者の受診が減っているのです。
がんになる人は、特に男性で、60代に入ってから急激に増えてきますから、ぜひ推奨されているがん検診は受けてもらいたいです」

大きく受け止められるリスク、注目されないけど気にすべきリスク
さらに中川さんは、新たに現れたリスクは大きく見えることに注意すべきだと言います。
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東京大学 中川恵一特任教授
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「どのがん検診を受けるかも、受けることによるリスクとメリットを比較することで決めねばなりません。特に『リスクの認知』が上手ではない人も多いと感じています。
例えば、私は東日本大震災の原発事故のあと、放射線のリスクについて地域に入ってコミュニケーションを続けてきました。新しいリスクは非常に大きく見えてしまいます。原発事故による放射線のリスクは大きく認知されました。
その一方、福島県の相馬市と南相馬市での調査によると、避難指示が出ていた区域からの避難者では、糖尿病の人が6割も増加していました。糖尿病はがんになるリスクを高めます。すい臓がんや肝臓がんのリスクは2倍にもなります。確認されている線量での放射線の被ばくと比べると、かなり大きいリスクです。
でも、それほど注目されていません。
糖尿病はリスクとしてのボリュームはすごく大きいけれど、ありふれていて、リスクそのものが認知されていない」

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東京大学 中川恵一特任教授
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「リスクを正しく見極めることは、がん検診を受ける上でも重要です。
必要な検診を受けずに放っておくリスクと、コロナに感染するかもしれないリスク、どちらが大きいでしょうか。また、国が推奨する検診以外を受診するときは、どんなデメリットによるリスクがあるのか見極めること。正しい知識を身につけた上で、そのあたりのことを自分である程度判断してもらうことが大切です」