
子宮頸がん・HPVワクチンは親子で学んで デマや誤解で接種を逃した医学生
2022年度に17歳から25歳になる女性の多くは、子宮頸がんを予防するためのHPVワクチンの呼びかけが中止された間に、情報が届かないまま、無料接種の機会を逃しました。
20歳の医学生は中学生の頃、親に言われるまま接種を見送りました。
“子宮頸がんは性に奔放な人がなる”。
“HPVワクチンは危険なもの”。
こうした漠然としたイメージが誤解だったことを、医学を学んで初めて知ったと言います。
「ワクチンは周りに流されず、子ども自身が学んで接種するかどうか判断してほしい」
そんな思いから、声を上げ始めた医学生に話を聞きました。
(5月18日放送のおはよう日本をもとに作成しています)
【12~16歳】知らぬ間に接種の機会を逃した

関西の大学の医学部に通う中島花音さんは、HPVワクチンが定期接種の対象となった2013年当時は小学6年生。
小学6年生から高校1年生までが無料接種の対象年齢となっていました。
しかし、2013年6月、HPVワクチンを接種した人に体の痛みなどを訴える人が相次ぎ、厚生労働省が接種の積極的な呼びかけを中止しました。
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Vcan 共同代表 医学部3年 中島花音さん(20)
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「当時10代の私からしたらがんは高齢者がなるもので、あまり自分には関係ないと思っていましたし、自分の健康にもワクチンにも関心がありませんでした。
でも、HPVワクチンの副反応の報道を見て親がすごくセンシティブになったことは覚えています。親としては当然ですが、すごく心配するようになりましたし、今じゃなくていいと接種を先延ばしにしたという感じです」
誰かが「安全だ」というまでは、いったん保留する。
そのような形で、中島さんの家庭ではほとんどHPVワクチンについて話し合うこともなく時間は過ぎていました。
そんな中、中島さんが中学生の頃、副反応への不安とは違うもう一つの“接種しなくていい理由”を母親が口にしていたことを今も覚えていると言います。
“私が当時 HPVワクチンを接種しなかった理由”

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中島さんの母親の言葉(当時)
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「“そういう子”になってほしくないから打たなくていいよね?」
当時、「子宮頸がんは性に奔放な人がなる」と、母親も中島さん自身も思い込んでいたことで、なんの疑問を持つこともないまま出てきた言葉だと言います。
“そういう子”=というのは、つまり「性に奔放な子」という意味。
「良識的な生活をしていれば子宮頸がんにはならないから、HPVワクチンを打つ必要はないよね」という、母から娘への確認の言葉だったのです。

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Vcan 共同代表 中島花音さん(20)
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「私が当時HPVワクチンを接種しなかった理由は、子宮頸がんやワクチンへの誤解が積み重なったことにあります。
HPVの感染経路が性交渉なので、子宮頸がんは性に奔放な人だけがなる病気だと、母も私も当時は誤解をしていました。
そういう誤解もあったので、自分には関係ないだろうと勝手に思い込んでいました」
中島さんは、無料で接種できる対象年齢だった16歳までに、HPVワクチンを接種することはありませんでした。
中島さんと母親が当時持っていた思い込みは、今も根強く残る「子宮頸がんの誤解」の一つです。
【解説】“子宮頸がんは性に奔放な人がなる病気ではない”

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【解説】
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日本産科婦人科学会によると、子宮頸がんは、主に性交渉によって、HPV=ヒトパピローマウイルスに感染したことが原因で発症しますが、「性感染症」ではありません。
「性感染症」とは、性交渉に伴う感染によってすぐに症状が出る感染症のことを指しますが、子宮頸がんを含むHPV関連がんは、HPVに感染しても大部分は病気にならないことから「性感染症」ではないとされています。
日本産科婦人科学会の推定によると、すべての女性のうち、50~80%が生涯でHPV に感染するとみられます。男性も同様で、性交経験のある人のほとんどが感染すると考えられています。HPV はそれくらい「ありふれたウイルス」で、普通の生活の中で感染するウイルスです。子宮頸がんは決して、性に奔放な人だけがなるがんではないと覚えておきましょう。
「何で誰も教えてくれなかったの?」 医学部で知った現実

中島さんは高校を卒業後、医学部に進学しました。
医学部ではさまざまな診療科について学ぶ機会が多く、覚えることもたくさんあると言いますが、その中でも最も衝撃を受けたことが子宮頸がんとHPVワクチンについてだったと言います。
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Vcan 共同代表 中島花音さん(20)
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「専門家の先生にとってHPVワクチンは打つのが当たり前という認識が広がっていて、特に産婦人科の先生は『自分の子どもには絶対HPVワクチン打たせる』と言ってる先生ばかりでした。
一般的な人との大きなギャップを感じ、なんで誰も教えてくれなかったんだろうと思いました。
でも、自分の健康のことなのに、親に言われるままだったことに気づいたんです。自分で何も調べず、ただ誤解していたことが、医学部を目指した私にとってはすごく恥ずかしいことでした」
当時報道された接種後に出た重篤な症状について、ワクチン接種の因果関係は認められないとするデータが国内外で蓄積されたことや、HPVワクチンで子宮頸がんが防げるというデータも集まってきていることなど、「知らないことばかりだった」という中島さん。
リスクもベネフィットも勉強し、今からでも遅くないと考えたため、5万円ほどの費用を負担してHPVワクチンを接種しました。
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2022年4月から償還払いが始まっています
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キャッチアップ接種世代の人(今年度17~25歳)で、すでに自費で接種を済ませていた人は払い戻しの対象です。該当する人は、お住まいの自治体に問い合わせてみてください。
学生団体「Vcan」始動 “接種機会を逃した医学生たち”

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Vcan 共同代表 中島花音さん(20)
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「私は医学部に入ったので情報を手に入れることができたんですけど、医学部じゃない友達が自分の健康を守る情報を知らないと思うと、すごくもどかしさを感じました。
何も知らないまま命を守る選択肢を捨てることと、正しい情報を知った上で選択しないことは全然意味が違います。
接種するかしないかの前に、まずは全員が知るべきだと思ったんです」
中島さんは何か自分にできることはないかと考え始めました。
そして、中島さんは去年、HPVワクチンの正しい知識を広めるための学生団体を立ち上げました。

その名も、「Vcan」 です。
「preVentable CANcer(予防できたはずのがん)」で苦しむ人のいる未来を変えたい、という願いが込められていいます。
活動に参加したのは、全国の医学生や大学生、10人ほど。半数は男性のメンバーです。

HPVワクチンについてどうすれば多くの人に正しい理解を広げることができるのか、オンラインで何度も意見交換を重ねながら、活動しています。
中島さん以外のメンバーにも、「Vcan」の活動で目指していることを聞いてみました。

「多くの人がワクチンのことを知らぬままに病気から身を守る機会を失う状況を変えたいと思って活動に参加しました。特に男性にもHPVワクチンが効果があることはほとんど知られていないし、パートナーを守るためにも重要だと知ってほしいと思っています。性別に関わらず全ての人が、接種するしないの判断を含めた話し合いができる社会づくりを目指しています」

「私はHPVワクチンについて親子の対話を促せるツールをつくりたいです。私の母親がワクチンそのものに懐疑的で、HPVワクチンを接種したいと告げたとき、衝突してしまった経験があります。親も子もほとんど情報が行き届いていなかったり、性についてタブー視する風潮もあるので、親子での「対話」の助けになることを目指したいです」
“若者には情報が届いていない“
2022年4月から、厚生労働省や自治体が、HPVワクチンの積極的な接種の呼びかけを再開。
対象年齢である12歳から16歳に加え、接種の機会を逃した17歳から25歳の女性も、キャッチアップ接種として無料で接種することができるようになっています。

しかし、中島さんは、「同世代にほとんど伝わっていない」と感じているといいます。
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Vcan 共同代表 中島花音さん(20)
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「各家庭に予診票などが届いても、親が子どもに見せていなかったり、親元を離れた大学生にはそもそも情報が届いていなかったりしています。もっとさまざまな形で伝えていかないと、何も知らないまま機会を逃していく人は減らないんじゃないかと思っています」
“HPVワクチンのことを親子で話して”
中島さんがメンバーたちとまず始めたのは、SNSでの情報発信です。

インスタグラムを中心に、漫画や動画など興味を持ってもらうための工夫を凝らしたり、忙しい中でも一目見るだけで気軽に情報を得られるものにしようと工夫をしています。
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Vcan 共同代表 中島花音さん(20)
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「友達にも親にもイチから話をするのは気が重いけど、『これ見た?』ってインスタの画面を見せながら話してもらうことに使ってもらえたらと思っています」
さらに、「全国中高ツアー」と題して、医学生たちが全国の中学校や高校を訪問。

医師の監修を受けた上で、生徒たちに直接子宮頸がんやHPVワクチンについて教える、出張授業も始めています。
授業を受けた高校生たちからは、こんな感想が届いていました。

「とても楽しくてわかりやすかったです!!」
「自分にも関係があることだと知れた」
「副反応についてよくわからずに怖いなと思っていたけれど、よく知ってみると自分の思っていたものとは異なると分かった」
がんやワクチンと聞くと、どうしても難しそう、面白くなさそう、そもそも自分に関係ない、と思ってしまう学生が多いものです。
そこで、中島さんたちは、ただの“お堅い授業”にはならない工夫をしています。

たとえば、中学生や高校生にとっては普段なかなか会う機会のない「医学生」という立場を活用。「受験のコツ」や「医学部あるある」なども交えながら、“年の近い兄弟くらい”の親しみやすいかたちでHPVワクチンの情報に触れられる授業を目指しているといいます。
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Vcan 共同代表 中島花音さん(20)
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「狭い意味での当事者って小学6年生から高校1年生の女性だと思うんですけど、その保護者も当事者です。キャッチアップ世代の大学生もそのパートナーも関わっています。なので、自分には関係ないと切り捨てずに、自分にも関係あることだって思って興味を持ってもらいたいし、正確な情報をもとに家族ともパートナーともHPVワクチンについて対話をしてもらう機会を増やしていけたらいいなと思っています」

中島さんたちの活動には少しずつ新たなメンバーも加わり始めています。
中島さんやVcanのメンバーの取材を通して、子どもの健康は親が守っていかなければいけないという考え方に加えて、子ども自身が考えて判断する機会をつくることもとても大切なことなのだと教えられました。
「こどもには難しい」「わからないだろう」と諦めるのではなく、親子で一緒に考えて決めていく家庭が増えていくといいなと感じました。