
“もし症状が出てもいつでも相談を” 子宮頸がんとワクチン 不安と向き合う医師たち
「接種券届いた?」「子宮頸がんのワクチンって昔、危ないと言ってなかった?」。
今、全国の保護者の間で、こんな会話が飛び交い始めています。
子宮頸がんを予防するためのHPVワクチン。
「安全性のデータが集まった」などとして、4月から国が接種の積極的な呼びかけを再開。
対象となる女性に案内が届き始めています。
接種後に何か症状が出たらどうしよう。そんな不安を抱える当事者や保護者の不安を取り除こうと、医師たちが地域ぐるみで、支援に乗り出しています。
(社会部 小林さやか記者)
(4月15日放送のニュースウオッチ9をもとに記事を作成)
HPVワクチンって何?

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HPVワクチンとは
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子宮頸がんの原因となるHPV=ヒトパピローマウイルスの感染を予防するワクチン。国内では9年前、小学6年生から高校1年生を対象に原則無料で接種できる「定期接種」になりました。
しかし、その直後、体の痛みやしびれ、けいれんなどの症状を訴える人の様子がメディアで広く伝えられ、国は接種を積極的に呼びかけることを中止。
ヒトパピローマウイルスは主に性行為で感染するため、性行為を経験する前にワクチンを接種すれば多くの患者の命を救えると、子宮頸がんの治療にあたる産婦人科医を中心に再開を求める声が高まっていました。
そして今回、国は「国内外の研究で、有効性や安全性のデータが蓄積され、接種によるメリットがリスクを上回っている」として積極的な呼びかけを再開することを決めたのです。
(さらに詳しく知りたい方はこちら)
不安を取り除く鍵「接種前の丁寧な説明」
4月5日、富山市の産婦人科クリニックにも、中学生や高校生が接種に訪れました。

中学1年生のチヨコさん(仮名)は、市から自宅に接種券が届いたことをきっかけに、家族で話し合って、接種を決めたといいます。

対応したのは産婦人科医の鮫島梓さん。
接種の前には、個室でゆっくりと時間を取って、ワクチンの説明をします。

子宮頸がんとはどういう病気なのか。
このワクチンでどのようにがんを防げるのか。
さらに、接種後に起こりうるリスクについても包み隠さずに説明します。
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チヨコさんの母親
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「自分でも色々スマホで調べたんですけど分からないことが多くて。 先生のお話を聞いて、安心につながりました 」
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産婦人科医 鮫島梓さん
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「偏りすぎないように、リスクもベネフィットもしっかり説明するようにしています。
何か強く誘導すると逆に不信感が生まれてしまう。
変に隠さずに、こんなことが起こりうるけど対策はこういうことがあるとちゃんと説明する。接種を受ける本人が理解して納得した上で進めたい と思っています」
症状が出たら? 接種医が必ず引き取る
次に訪れたのは、高校1年生のマユミさん(仮名)と母親 。

マユミさんの母親は、この日クリニックを訪れる決意をするまで、接種するかどうか、一年近く検討を重ねてきたといいます。
公費で接種できるのは原則高校1年まで。
「後で打っておけばよかった」という思いを娘にさせたくないと考える一方、心配だったのが接種後の症状でした。周囲ですでに接種した友達の様子を聞いたり、保健所に問い合わせたり、自分なりに調べました。
最終的に、国の呼びかけが再開したことで「国から安全だよと背中を押された感じがした」と、クリニックを訪れました。
鮫島さんは、マユミさんたちにも、ワクチンの効果と、接種後に起こりうる症状について説明します。まず、接種後の腕の痛みやはれ。そして吐き気やだるさなど。

そしてマユミさんの母親にとって気になるのは、接種直後ではなく、しばらくたってから、ごくまれに報告される 、広い範囲の痛みやしびれなどの「多様な症状」です。
この不安に対して、鮫島さんは次のように伝えていました。


「お母さんは、昔、ニュースでたくさん放送された印象があって心配ですよね」

「そうですね・・・」

「これに関しては、打つ打たないに関わらず思春期の子はあのような症状が出ると言われていますが、症状が出ている時にちゃんと専門の先生に診てもらうことがすごく大事です。ワクチンと関係があるかどうかわからなくても、わたしたちがちゃんと診るので、何か気になる時には我慢せずいつでも私に連絡してくださいね」
そう話した鮫島さんは、自分の名前と連絡先を書いたチラシを手渡しました。
ささいなことでも、不安になったらいつでも相談できる相手として思い出してもらえるようにするためです。
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マユミさんの母親
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「接種後に何か症状が出た時に、副反応かどうか判断がつかなくても、気になればいつでも対応していただけると聞いて、安心して接種できました。『問い合わせたら嫌がられるかな』と思うとなかなか踏み出せないので」
“9年前の『たらい回し』を繰り返さない”

富山県では、接種後に、原因がわからない症状が出ても地域ぐるみで支える準備が進められてきました。そのひとつが、鮫島さんのような丁寧な説明と接種後のフォローの徹底です。

その背景には、9年前、子宮頸がんワクチンの定期接種が始まった直後、全国の医療現場で相次いだ失敗を二度と繰り返してはならないという現場の医師たちの思いがあります。
当時は、症状の原因や治療法などわからないことが多くありました。

検査しても原因を特定できなかったことから、受診した医療機関から「気のせい」などとして取り合ってもらえず、たらい回しにされてしまったことも少なくありませんでした。
適切な治療を受けられずに症状がさらに悪化したケースもあったとされ、富山県でもそうした患者がいたのではないかと医師たちは考えています。
原因不明でも“痛みは確かに存在する”
現在は、接種後に出る多様な症状について、WHOが3年前(2019年)に提唱した「予防接種ストレス関連反応」という考え方が医療現場では広がってきています。

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「予防接種ストレス関連反応」とは
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WHOによりますと、どんなワクチンであっても、接種への不安や注射針への恐怖、痛みなどが、過呼吸やめまい、手足の動かしさといった症状を引き起こすのではないかと考えられています。
厚生労働省の研究班が作成した手引きによると、特に、接種直後ではなく数日してから起きる症状の中には、まひや手足の異常な動きなどのほか、長期間の不安による二次的な症状など、生物学的なメカニズムでは説明がつかない多様な症状が出ることがあるといいます。
そして、こうした症状には、周囲やメディアからのネガティブな情報に加え、「気のせい」などと、医師から症状を否定される心理的なストレスなどが作用するとしています。
このため、接種する医師や症状を診察する医師の対応が非常に重要だと考えられています。

今月、富山県の医師会は、県内の開業医たちを集め、接種に向けた勉強会を開きました。

講師を務めたのは、今後、北陸で接種後の症状を訴える人がいた場合、診療にあたることになっている富山大学附属病院「痛みセンター」のセンター長、川口善治さんです。
今後接種を担うことになる地域の医師たちに対し、症状を訴える患者に寄り添う姿勢が重要だと強調しました。

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富山大学附属病院「痛みセンター」センター長 川口善治さん
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「痛みは確かに存在すると認めてあげることが大切です。決して気のせいではない、患者さんのせいではないと味方になってあげることが必要です。そして、大学病院に丸投げせず、『自分もちゃんと診るよ』という信頼関係を築き、患者さんをひとりにしないでほしい」
実際の治療は?「痛み」は多様な専門家が連携して診る

富山大学附属病院「痛みセンター」でも、接種後の症状を訴える患者を受け入れる準備を進めています。

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①じっくり聴く
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まず「痛み」の診療を得意とする麻酔科の「ペインクリニック」が窓口になり、患者の話を聞き取ります。
週に2回、30分以上の時間をかけて診察する枠を設け、じっくり話を聴く体制を整えています。
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②メインの診療科を選ぶ
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その上で、どの診療科で対応するのが適切かを医師が判断。
接種後の症状は多様なため、必要に応じて、整形外科、小児科、産婦人科、神経精神科、総合診療科の医師などが連携して対応に当たります。
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③症状ごとに連携
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治療は、その場で痛みをとる注射などを行うこともありますが、心理的な要因や背景に家庭環境や学校生活などの影響があると疑われる場合は、児童心理に詳しい精神科医や小児科医とも連携します。
また、臨床心理士やリハビリにあたる理学療法士も参加します。
各科との連携を調整するため、ソーシャルワーカーの資格を持つコーディネーターも配置しました。

「痛みセンター」に関わる医師たちが院内で集まり、カンファレンスも開いています。
各科の専門知識を生かしながら、どのように連携して治療を行うのか、議論します。

この日も、まず窓口となる麻酔科の医師が「子どもの患者をふだんそれほど診療していないが、どう対応したらいいか」と質問すると、小児科医が相談に応じると申し出ました。
さらに総合内科医は「早急に原因を決めつけないことが大事」と指摘。
臨床心理士は「痛みだけに気持ちを集中させず、痛みがあってもどんなことができるかを一緒に考えていくべきだ」と、生活の質を向上させる取り組みの必要性を訴えていました。

「痛みセンター」では、こうした会議を毎月開きながら、患者の情報を共有していくことにしています。
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富山大学附属病院「痛みセンター」センター長 川口善治さん
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「診療科ごとの連携がないと『自分のところは関係ないから次に行って』と患者さんが見放されたようになってしまう。チームを作って、それぞれの得意分野を生かして、みんなで責任を持って診る。患者さんをひとりにさせない、診療の枠の外にはみ出させないという気持ちで診ていきたい」
“片道切符を渡さない” 地域ぐるみで患者を支える
こうした取り組みを全国で進めようと、国も、全国の地域ごとにあわせて9つの拠点病院を設けました。
富山大学附属病院の「痛みセンター」も北陸の拠点病院に指定されています。

しかし、課題もあります。
接種の積極的な呼びかけが中止されて以降、9年間で接種率が1%台にまで下がるなど、接種を受ける人が急激に減りました。
かかりつけ医から紹介された患者を受け入れるために都道府県ごとに指定されている協力医療機関でも、接種後に症状が出た患者を診察した経験がない医師もいます。
このため、診療の体制整備や、患者を確実に拠点病院につなげる連携体制の再構築が急がれているのです。
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富山大学附属病院「痛みセンター」センター長 川口善治さん
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「全国で地域と拠点病院の連携が広がって、万が一痛みが起こったとしてもちゃんと診てくれるという情報が広がっていけば、きっと良い方向でHPVワクチンの接種が広がっていくんじゃないかと期待しています」
HPVワクチンをめぐっては、国内外で有効性と安全性についてデータが蓄積されてきたにも関わらず、接種について検討する機会を逃してしまった人が数多くいました。
HPVワクチンに限らず、ワクチンの接種においてリスクがゼロということはありません。
リスクがあったとしても、効果が上回ると納得でき、さらに万が一のリスクに備えた体制もあって初めて、安心して接種するかどうかを判断できます。
富山のような丁寧な対応を全国で確実に進める必要があります。
子宮頸がんは適切なタイミングでのワクチン接種と検診で予防できます。詳しくまとめた記事はこちら。
“子宮頸がんは予防できる” イチから分かる子宮頸がんとHPVワクチン"
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