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ロシア元外交官の証言 「ウクライナ侵攻開始の時、外務省の中では…」

「今の外務省は外交をするのではなく、戦争の挑発、うそ、憎悪に終始している」。

ロシアによる軍事侵攻から3か月後、こう声明を発表し、20年のキャリアに終止符を打ったロシアの外交官がいます。スイスのジュネーブにあるロシア政府代表部で、参事官として勤務していたボリス・ボンダレフ氏(42)です。これまで外交官として、カンボジアやモンゴルの大使館で勤務。ジュネーブでは非武装化に関する問題に取り組んできたと言います。

これまで取材してきたウクライナ市民や、記事にコメントを寄せてくれた人の中には、「ロシア側の内実を知りたい」という声も少なくありません。
退職からおよそ半年、ボンダレフ氏に取材を申し込んだところ、NHKの単独インタビューに応じ、ロシア外務省の実態を明かしてくれました。
(おはよう日本11月16日放送より)

軍事侵攻は “大使さえ知らなかったのではないか”

ボンダレフ氏

2月24日に突如始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻。ボンダレフ氏は、外務省の職員にさえ事前には何も知らされていなかったと明かしました。

Q:2月24日の軍事侵攻について、あなたはいつどうやって知りましたか?
ボンダレフ氏

私は2月24日に、ジュネーブの自宅で知りました。起床して、メールボックスや電話のニュースをチェックしたとき、侵攻についてのニュースや、爆撃や砲撃の画像を見ました。(職員たち)全員にとって、これはまったく予期せぬことでした。

ガルージン駐日ロシア大使(当時)
Q:侵攻の始まる10日前に、ガルージン駐日ロシア大使(当時)がNHKの取材に応じた際、「ロシアが戦争をする意図もないし、計画もない」と明言していました。 これは大使レベルでも知らされていなかったということでしょうか?それとも、嘘をつくように指令が出ていたのでしょうか?
ボンダレフ氏

私は、彼は嘘をつくよう指示されていたわけではなく、知らされていなかったのだと思います。彼にはただ、「侵攻はないと言うように」と、指示が出されていた。それだけです。そして彼はその指示を忠実に遂行したのでしょう。

Q:それほど大事な情報を、外務省が知らないということが信じられないのですが…。
ボンダレフ氏

もしかすると、ラブロフ外相は何かを知っていたかもしれません。(侵攻が)始まる数時間前か、あるいは、1~2日前には。
このような大規模な軍事作戦を計画しているとき、その時間と場所を全員には知らせないでしょう。世界中すべての、およそ150のロシア大使館に送信すれば、誰かがどこかで何かを言ってしまい、情報漏えいが起きる可能性があります。
それに、外務省はもう長いこと「決定を下す」のに関与していません。外務省は「決定を遂行」しているだけです。決定を下すのはクレムリンの中の人々。私たちでさえ、その人たちのことは、実際のところほとんどよく知りません。

Q:プーチン大統領は、なぜこの侵攻に踏み切ったのだと思いますか?
ボンダレフ氏

二つの理由があると思います。
一つ目の理由は、2014年のクリミアの経験を繰り返したかったということです。プーチン氏がクリミアを一方的に併合したときは、ロシア社会でとても肯定的に受け止められ、彼の支持率は急激に高まりました。いま、プーチン体制は国内の経済発展の可能性を使い果たし、ロシアでは徐々に経済的な衰退が起きています。2014年に課された制裁などのためですが、それだけではありません。そもそも国内の経済構造が正しい状態とは言えないのです。人々の収入は減り、反対に物価は上昇し、社会における不満は少しずつ増加しています。そのためプーチン氏は「戦争」によって――もちろん短期間で勝利するつもりで――自身の権威を急激に引き上げることを決意したのでしょう。これは客観的な見方だと思います。
二つ目の理由はより主観的な見方ですが、プーチン氏が自身の統治期間の間に、現実から切り離されてしまったことです。「自分の想像の世界」を作り出し、その中で彼は偉大なロシアのために、米国やその他の「帝国主義者」たちと戦っているのです。つまり、彼がソ連時代にKGBで学び働いていた時に聞いていた冷戦時代のプロパガンダを、彼は自分の頭の中で生き返らせたのです。そして、心の底からそれを信じたのかもしれませんね。

省内に浸透する“プロパガンダ”

ロシアによる軍事侵攻は、国際社会の大きな反発を招きました。しかし、ボンダレフ氏の同僚の外交官たちの中には、侵攻を肯定的にとらえる声も少なくなかったと言います。

Q:侵攻開始以降、あなたの職場の雰囲気はどう変わっていったのですか?
ボンダレフ氏

多くの同僚たちは、「ロシアがついに自身の力を見せつけた」、「やっとロシアはすべての問題を解決し、世界をロシアの好きなように再構築するのだ」と喜び、満足していました。残念ながらこのような人々はとても多いです。大部分だと言っていいでしょう。

ボンダレフ氏

もちろん同僚の中には、私と同じようにこの出来事にショックを受けて、意気消沈していた人々もいました。私たちは「ポイント・オブ・ノーリターン」を過ぎてしまったことを理解しました。この先、状況は悪くなる一方ですし、元の正常な軌道にどうやって戻せばいいのかは全く分からない。ですが、どうにかして(ロシアの社会情勢に)適応しなければなりません。そのため彼らは自分の職場に残り、今も同じ指示を遂行しています。明らかに嘘で奇妙な声明を出したりしています。どうにかして、この状況の中で生き延びようとしているのです。

Q:職場の同僚の多くは、どんな話をしていたのですか?
ボンダレフ氏

多くの人が、「ロシアは勝利する。数日でウクライナを占領しナチスたちを排除できる。少なくともウクライナにはナチスがいる」と話していました。私には、彼らがどの程度、心の底からそう信じているのか分かりませんが、もしかすると本心でそう思っているのではないかと思っています。
同僚の中には、ウクライナがアメリカと共に製造しているとかいう「生物兵器の問題」について、真剣に議論していた人もいました。一切の批判に耐えない、ありえない話です。ですが、長いこと「指導部は常に正しい」という考えの中で育てられてきた人々は、すべて真実だと考えているのです。 上司が言うことを遂行しなければならない、なぜならそれは正しいからだ、と。

Q:驚きました。外務省の職員は実態を知りながらも、表面上は嘘をついていると思っていたのですが…。あなたの話を聞くと、高い教育を受けた外務省の人でも“プロパガンダ”を信じている人がいたということですか?
ボンダレフ氏

その通りです。プロパガンダは世界のすべての問題に対して、とてもシンプルな答えを出します。「誰が悪いのか」という問いに対して、「すべてアメリカが悪い。ヨーロッパが悪い。西側世界が悪い」といった具合です。
人々は自分で考えたくないし、自分で分析したくありません。このプロパガンダを信じる方がはるかに楽なのです。これは外務省だけではなく、大半の人々はそうしています。
そもそも原則として、人々はプロパガンダを信じ、一番シンプルで明白な答えを信じる傾向があると私は思います。世界中でそのようになっている。残念なことですけどね。

“出世が全て”の職員たち

ボンダレフ氏の話は、次第にロシア外務省の体質にまで及んでいきました。出世のために、外務省幹部の指示に盲目的に従う職員も少なくないと語りました。

Q:あなたは別のインタビューで、ロシア外務省は「ピラミッド型の組織」で、“職員は出世のために上の言うことに従う”とおっしゃっています。ロシア外務省の組織のありようについて、お話しいただけますか?
ボンダレフ氏

ロシア外務省は、非常に閉鎖的なシステムです。外務省のどの職員も、キャリアを形成し、昇進したければ、すべてのことを上層部に気に入られるようにしなければなりません。
上層部、つまりラブロフ外相は18年間変わらないままです。彼はありとあらゆる場所に自分に近い人間を置き、彼らもまた長年同じ役職に就いていて、誰も交代しません。なので、キャリアを形成するためには、上層部が気に入るように報告書や電報・文書を書かなければならない。そこに書かれていることが真実だろうが、誇張していようが、あるいは(事実と)違うように書こうが、それはどうでもいいのです。重要なことは、上層部が気に入ること。そうすれば、出世のすばらしいチャンスが訪れます。真実を書けば、モスクワにいる人間誰からも気に入られないですし、仕事ぶりが悪いと言われるでしょう。そんなこと誰も望みません。
そうした状況がプロパガンダにつながり、外務省の内部ですら、それが繰り返されているのです。

ラブロフ外相
Q:あなたはラブロフ外相とも接点があったと聞いていますが、彼はどんな人物なのですか?
ボンダレフ氏

私は、彼がジュネーブに訪問した時など、何度か接点がありました。私には、彼は教養があり、丁寧で自制心があり、規律正しい人に見えました。ソ連時代の、大声を出したり言い争ったりする多くの指導者とは異なっています。ラブロフ氏は、とても「いい人」だと言っていいと思います。だから彼はこれほど長年にわたって、外相でいられるのかもしれません。なぜなら彼は、誰に対しても、相手にとって「聞きたいこと」を言うからです。

Q:(いまのロシアの状況に対して)ラブロフ外相の責任も大きいと考えますか?
ボンダレフ氏

もちろんです。実質的に外交を遂行し実行している、彼は外相として責任を負っています。
もちろん、私は彼が外交政策で重要な決定をするのに大きな影響力を持っているとは思っていません。ですが、少なくとも彼は自分の地位にいる。つまり彼は(クレムリンに)同意しているということです。彼はクレムリンの決定を自分の組織全体の中で具現化し、実現化してきた責任があることは分かります。ここには何の疑いもありません。

少しでも事態を動かしたい 退職への思い

ロシア外務省のあり方に異を唱える形で、辞職を決断したボンダレフ氏。ロシア政府からは「敵」だとさえ言われ、多くの“代償”を支払っています。今は最後の勤務地であったスイスに留まっていますが、定職も見つからず、スイス政府の支援金で生計を立てていると言います。

Q:自分自身を危険にさらしてまで、あなた自身が声明を出して職を辞したのはなぜですか?
ボンダレフ氏

私がただ退職するのであれば、そもそも何の影響も及ぼさないと考えたのです。誰にとっても良くはなりませんし、悪くもなりません。ですが、もし私が声明を何らかの形で発信し、どうにかして注目を集めれば…。もしかしたら誰かが深く考えるかもしれません。
私はロシアのシステムの中で20年働きました。私の働いてきたこの20年は無駄だったというわけではありませんが、この戦争のためだったのだ、ということになってしまいました。そのため、私は退職するなら、なぜ退職したのかを多くの人々が知るようにしなければならないと考えたのです。

取材の最後、この“戦争”が終わった先に、ロシアにどんな未来が待っていると考えているのか、ボンダレフ氏に聞きました。

Q:この軍事侵攻が終わったあと、ロシアをどんな未来が待っているでしょうか?そして、西側諸国はロシアに対してどんな支援が必要だと思いますか?
ボンダレフ氏

ソビエト連邦が崩壊した時のことを、私は未成年でしたが、よく覚えています。退役軍人たちがゴミ箱をあさって、食べ物を探しているのを見ました。恐ろしいことでした。それ以来、何百万人もの人々が、「1990年代の民主主義と自由」を、貧困と強盗などの犯罪がはびこる無法状態と結びつけて記憶していたのです。
もちろん、今も同じです。もしプーチン体制が崩壊し、社会の不安定が始まると、生活水準も何もかもが低くなるでしょう。人々は何をどのようにすればいいのか分からなくなります。新たな政府は人々に人気のない多くの決定を下さなければなりません。例えば核兵器の削減、軍隊の縮小などです。戦争に関与した人々をどうしたらいいのでしょうか。プーチンの支持者や、戦争犯罪で責任のある人々、彼らの部下などをどうしたらいいのでしょうか。その人数は数百万人にのぼるでしょう。
西側諸国は、どうすれば(ロシアが)もっとうまくやれるか、その財政的な支援や助言などを行い、支援するべきです。「プーチンを排除したのだから、今度は自分たちで民主主義を建設しなさい」と言って放置するのではなくです。例えばイラクやリビアではそうでしたが、経験がない人はうまくいきません。
そして、数年後に「新しいプーチン」が現れることになるのです。「あなたのすべてがよくなるように、私があなたの代わりに決定する」と言う人が登場してしまう。
そうではなくて、西側諸国はロシアが新しい体制になったときには、資金を拠出する必要があります。人々が再び貧困に陥らないようにするために。

取材後記

今から8年前、2014年に始まったウクライナ東部での紛争。多くの避難民が東部からウクライナの国内外に逃れる中、私はロシア側の国境の街タガンログを訪れ、ロシア政府が運営する避難民の収容施設を長期にわたって取材していました。

そのとき、多くの避難民が食い入るように見つめていたのは、プーチン政権の強い影響下にあるロシアのテレビでした。家族を失った人が泣き叫ぶ声、爆撃に巻き込まれ血を流す人々と遺体、インターネットなどから集めた衝撃的な音声や映像をロシアメディアは巧みに編集し、断定的な口調で、ウクライナと支援する欧米を非難していました。
毎日のように、その報道を目にする中で、私自身の心の中にも、ウクライナ政府への憎悪が生まれてきたことを、今でもはっきりと覚えています。なぜこんな残忍なことをするのか、と強い怒りが掻き立てられてくるのです。ロシアの“プロパガンダ”の恐ろしさを感じました。

今回、ボンダレフ氏の取材を通じて、私が最も恐ろしいと感じたのは、ロシア外務省の、少なくともボンダレフ氏の同僚の多くが、ロシア政府の一方的な言い分を信じているという話です。高い教育を受け、海外駐在も多い彼らは、”事実は違う”と分かりながらも、生きるために、家族のために、指導部の指示に従っているのだと私は考えていたからです。

しかし、いま、実際はそうではないのかもしれない、とボンダレフ氏の話を聞いて感じています。
新聞も、テレビも、ネットも、全ての言論空間が政権の影響下にある報道に包まれる中で、外交を動かす彼らもまた、ロシア政府の”プロパガンダの虜”になっているのだと感じます。
一方的な報道によって、心の奥底に植え付けられた憎悪。それをどう拭いさるのか。
たとえ軍事侵攻が終わったとしても、その先には果てしない道が待っているように思います。

(国際報道2022 取材班)

みんなのコメント(2件)

感想
福田寿史
60代 男性
2022年12月16日
ロシアの外交官の多くも自国の政権の主張を信じているようなんですね。たくさんの外交官がウクライナ侵攻は正しい行為だと思っているんだ。なんか第二次世界大戦中の日本みたいですね。満州や中国に侵攻して、鬼畜英米とか膺懲志那とかのスローガンが叫ばれていた80年くらい前の。でも、今のロシアは当時の日本と違ってまだ戦争に反対する人が少なからずいるのですね。
悩み
名無しの権兵衛
2022年12月11日
洗脳されたロシア人もですけど、報道を見た我々第三国の国民もウクライナ戦争後に彼の国の人民とどう接したら良いだろうかと考えさせられます。
ブチャを皮切りに連日報道されるロシア軍のウクライナ市民への悪業や蛮行を見た後に、ロシア人という人種で一括りにしてはいけないと頭では理解しても感情が追いつきません。今すぐこの国からロシア人を排除したいという考えを、まさに今のロシアの思想と同じなのに、抱いてしまい己の思慮の浅さに悩みます。