
“心の復興”はまだ遠く 【ブチャ副市長・シェペティコさん】
ロシアによるウクライナ侵攻開始直後、ロシア軍によって占領され多くの市民の命が奪われた、首都キーウ近郊の街・ブチャ。占領から解放され、現在は住まいを失った人や他の都市からの避難民などが、ボランティアなどの支援を受けながら暮らしています。
今回、私たちはブチャの街に入り、市民たちに今の心境を取材しました。大切な人を失った人、ロシア軍からの拷問を受けた人、故郷を追われブチャに避難してきた人など、ブチャ市民の様々な心の傷が見えてきました。
これから、街はどのように復興していくのか。現在ブチャの行政で中核を担う、副市長のセルヒー・シェペティコさんに問いました。
(社会番組部ディレクター 吉岡礼美)
(クローズアップ現代 11月1日放送より)
クローズアップ現代「戦火が引き裂いた心 ウクライナ市民たちの記録」
放送:2022年11月1日(火)19:30~[総合]
※11月8日(火)までNHKプラスで見逃し配信をご覧いただけます
「まず取り組むのは住宅の再建」求められる支援

首都キーウからおよそ30キロの場所にあるブチャ。元々は閑静な住宅街として、定年後の老夫婦や、キーウに通学する学生などが多く住む町でした。
しかし、ロシアによる軍事侵攻で全てが一変しました。侵攻直後、キーウ攻撃の拠点としてロシア軍がブチャを占拠。その後、1か月に渡り攻撃が続けられました。
そして、ロシア軍が撤退した後、多くの遺体が発見されます。少なくとも461人が犠牲になったことがわかっています。拷問、強姦など凄惨な実態が次々と明らかになり、“虐殺があった町”として世界に知られることになりました。

ブチャではかつての暮らしを取り戻そうと、復興への歩みを進めようとしています。
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シェペティコ副市長
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いま、ブチャの街の第一課題は、「住民一人ひとりを家に帰すこと」です。
まずは、人々の失われた家の再建・修復を手伝うこと。屋根、窓、ドアなどの建設物資の調達のため、政府や市の予算などで補助しています。予算には限りがあるので、街の全てがすぐに元通り、というわけにはいきませんが、復興が進んでいるという情報を毎日のように市民に伝えるようにしています。
海外からも、ブチャの再建に関わりたいと支援を表明してくれた「パートナー」もいますが、彼らの支援は戦争が終わってからではないと始まりません。もし再び攻撃があったら、彼らが投資したお金が無駄になってしまいますからね。
東部からの避難民とブチャ市民
今回、ブチャの仮設住宅の取材をする中で、住民たちは互いに不信感や憎悪といった複雑な感情を抱えていることが見えてきました。

ロシア軍に拷問された男性は、地元の住民の中にお金のためにロシア軍に情報を提供していた人がいることを知り、決して許すことはできないと強い憤りを感じています。
東部ドネツク州から避難してきた女性は、家族がウクライナ軍として戦っているのにもかかわらず、「ロシア軍を呼んだのは、東部出身のあなたたちだ。東部の人たちは皆、ロシアを支持していたでしょ?」と非難されると涙ながらに語りました。
激しい戦闘が終わってもなお、市民たちは、地域や人とのつながりを壊され続けている。その実情にどう向き合うのか、副市長に問いました。
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シェペティコ副市長
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私たちは、避難民が元からのブチャの住民なのか、そうでないのかの区別はしていません。みなウクライナ人であり、住む場所を必要としている。私たちはウクライナ人として団結し、この戦争という難しい状況にある、一人ひとりを支援しなければなりません。
最短で平和を取り戻すには、皆が団結するやり方を選ばなければなりません。
ブチャが占領された当初、ウクライナの他の街や海外からの支援が、ブチャの住民を支えました。ですから、いま我々もウクライナ国民一人ひとりを支援しなければならないのです。
ブチャに避難してきた人は、他に選択肢のない状況に置かれていることでしょう。彼らが、ブチャが「第2の家」だと感じられるようにしなければいけないと思っています。なぜなら、「人」こそ、国にとってかけがえのないものだからです。

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シェペティコ副市長
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私たちは東部から避難してきたウクライナ人、一人ひとりに対しても、できることを尽くさねばならないと思います。避難するという覚悟をした人たちは、親ロシアとか親ウクライナといった考えではなく、「自分はウクライナ人だ」と感じているはずだと信じています。
たとえ親ロシア派の人がいたとしても、彼らもロシア兵が住民とインフラに与えたダメージを目の当たりにして、ウクライナに居ることだけが平和につながるとわかってくれるはずです。その人がブチャの人とは異なる人生を歩んできたということだけで、その人に対する疑いなどもちません。
私は、地方から来たウクライナ人に対して、悪い態度をとる人がいるとは信じたくないのです。
ただ、人はさまざまな好みがあり、社会に対する異なる考えがあります。ウクライナはロシアとは違います。私たちは自分の意見を表明することができます。人々にはその権利がある。それこそ、独裁主義と民主主義の違いですから。
市民からぶつけられる不信感
隣人への不信感や複雑な気持ち、離れることのない不安感などを抱えざるを得なくなった住民たち。そのなかには、“市は私たちを裏切っていないだろうか”という不信感を語る市民にも出会いました。市民との関係性を築くために取り組んでいることはあるか、問いました。
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シェペティコ副市長
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市民には一人ひとり異なる意見があります。市としてまずは、人々が失った家の修復を手伝うことから始めています。また、ブチャも政府も予算に余裕がないこと、すぐに元通りにできないことを知らせるのと同時に、復興は毎日確かに進んでいることを知らせるための情報発信に力を入れています。また、ブチャの再建にかかわりたいと表明してくれている海外のパートナーもいますが、戦争が終わってからでないと始められないという事情もあります。再びキーウ州に侵攻があった場合、投資してもらったお金を無駄にしてしまうからです。
市は市民にできうる限りの支援をしていますし、市民にもそれが伝わるに違いないと思っていますが、市民が足りない情報、必要な情報はいつでも提供します。私たちはいつでも会話をし、いつでも質問できるように扉を開きます
時間がかかる“心の復興”

少しずつ家屋の復興が進んでも、心に癒えない傷や複雑な感情を持ちながら生きるブチャの人たち。
私は、広島で原子爆弾の被害にあった被爆者の方を取材したときに言われた言葉を思い出しました。「世の中は戦後70年、71年とか言うけれど、私の気持ちはあの日から進んでいないのよ」。
突然、理不尽に命と暮らしを奪われたブチャの人たちの心の傷と共にどうやって復興の歩みを進めていこうと考えているか。最後にそのことをシェペティコさんと話してみたいと思いました。
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シェペティコ副市長
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私も広島と長崎の悲劇のことは知っています。すでに長い時間が経ちましたが、日本の方々にとっては苦しい時間だったでしょう。
ブチャを含むウクライナ国民は、国際支援のおかげで精神的なサポートを得ることができています。ブチャでは、17人の精神科医が、子どもや避難民などの治療をしています。悲劇のあと、すぐにストレスを感じる人ばかりでなく、時間が経ってから辛さを感じることもあるでしょう。精神科医たちは彼らを治療することに加えて、心の健康についての情報発信もしています。
もちろんこれは難しい仕事で、効果は人それぞれだと理解しています。人も予算も限りがありますが、私たちにやれる限りのサポートを尽くします。それは「心の復興」でも、「建物の復興」でも同じです。
ですから、私は「ブチャの住民たちが国際的な支援を必要としている」と伝えねばなりません。国際社会の支援に感謝するとともに、「戦争では何も解決しない、話し合いで解決しなければならない」ということを訴え、国際社会の団結を呼びかけ続けなければいけないと感じています。

クローズアップ現代「戦火が引き裂いた心 ウクライナ市民たちの記録」
放送:2022年11月1日(火)19:30~[総合]
※11月8日(火)までNHKプラスで見逃し配信をご覧いただけます
