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“文化や心を壊すことはできない” マリウポリの劇場演出家

ロシア軍に包囲され、3か月以上にわたって猛攻を受けたウクライナ東部のマリウポリ。街は甚大な被害を受け、3月には市内中心部にあるドラマ劇場が破壊されました。詳細は今も明らかにされてはいませんが、当時、そこには女性や子どもなど多くの人が避難し、数百人が犠牲になったとされています。
その劇場で演出を務めてきたのが、リュドミーラ・コロソービッチさん(59)です。ロシア軍の侵攻後、ウクライナ西部の街に避難しましたが、マリウポリの劇場の火を絶やすまいと演劇活動を続けています。
「劇場は破壊できても文化や心を壊すことはできない」
そう語るコロソービッチさんの思いを取材しました。
(国際報道2022 10月14日放送)

演劇の火を絶やさない

「もっと元気に登場して!彼の鼻を近くで指さして」

ウクライナ西部の国境の街、ウジホロド。街の中心部にある劇場で、演出家コロソービッチさんの真剣な声が響き渡ります。ロシアによる軍事侵攻が始まってすぐにコロソービッチさんはマリウポリを脱出、同じく街を抜け出すことに成功した12人の俳優たちと共に、ここで舞台制作に挑んでいます。
コロソービッチさんの故郷はウクライナ東部のドネツク州スラビャンスク。同じ東部にある国立の演劇学校を卒業し、その後は西部リビウなどで、演劇の仕事に携わってきました。

舞台上のコロソービッチさん

地元ドネツク州に戻ったのは2020年のこと、マリウポリの劇場に芸術監督兼演出家として赴任したのです。2014年には、ロシアが一方的クリミアを併合し、国内でロシアへの反発が強まる中、ロシア語話者の多いマリウポリでも、意識的にウクライナ語の舞台を上演してきました。

思い入れのある大切な劇場。
街を脱出後、テレビやインターネットを通じて、大切な劇場が破壊されたことを知ったコロソービッチさんは、深い悲しみに襲われました

コロソービッチさん

「信じられないほどのショックを受けました。恐ろしく、辛かったです。なぜ21世紀にこんなことが起こるのだろうと思いました。劇場には私の友人を含めてたくさんの人が身を寄せていたことを知っています。劇場を上から撮影した映像を見たとき、私は自分の友人たちが命を落としたと分かりました。どの部屋に彼らが隠れていたか知っていたからです。もちろん私は泣きました。悲しかったです。どうして神は私と友人との交流にこんなに短い時間しかくれなかったのかと問いかけました」

破壊されたマリウポリの劇場

“国民の叫び”を舞台に

それでも、コロソービッチさんが下を向くことはありませんでした。劇場が破壊された中でも、自分たちに何ができるのか。コロソービッチさんはマリウポリの劇場のメンバーらに呼びかけ、ウジホロドの街で“マリウポリの演劇”を再興することにしたのです。

コロソービッチさんがいま力を入れているのは、ウクライナ・ドネツク州出身のある詩人の物語です。それは、ソビエト時代の反体制派詩人、ワシーリー・ストゥス。ソビエト当局による厳しい弾圧の中でもウクライナ語で詩を書き続けてきました。1980年代にソビエト当局が拘束、それでも信念を曲げることなく、47歳で獄中死しました。

詩人 ワシーリー・ストゥス

コロソービッチさんは自らシナリオを執筆、舞台を『国民の叫び』と名付けました。そしてストゥスの生きざまに、演劇人としての自分たちの役割を重ね合わせました。

コロソービッチさん

「彼の詩の多くは発表さえできませんでした。それでも、彼はウクライナのために苦しみ、ウクライナの言葉、ウクライナの民族のために戦いました。今の私たちと同じように、ウクライナの独立、ウクライナの言葉のために命を落としたのです。私たちもまた文化の最前線で闘わなければなりません」

舞台『国民の叫び』の一場面

舞台『国民の叫び』ではロシア占領下のマリウポリの“現実”を想起させるかのようなシーンが盛り込まれています。
舞台上で「ソビエトは素晴らしい!国に愛されることは素晴らしい!」と声高に語り、集団でロシアへと向かう青年たち。コロソービッチさんは彼らがその後、拘束され強制収容所へ送られたと設定しました。

舞台『国民の叫び』の一場面

そして人々がソビエト権力の人形のように操られる中で、ひとりストゥスだけが抵抗し、苦悩を深めていく姿を描き出しました。
ウジホロドの劇場には連日、多くの観客が訪れ、ウクライナの人々の心を揺さぶっています。

観客

「舞台には悲しみもあったが、同時に力も感じました。過去に闘争が実施されて、今も闘争が行われています。今この戦争で戦っている人たちに力が必要です」

「舞台からインスピレーションを感じます。ウクライナは復興します。何があっても、どんなに抑圧しても、どんなに拷問されても。一方で、積極的な行動をしない、黙ったままの大衆も存在します。私は積極的であるか、消極的なのか、自分の立場についても考えました」

劇場の再興を願って

終わりの見えないロシアの軍事侵攻。マリウポリの占領は今も続くだけでなく、プーチン政権は核兵器の使用までちらつかせています。ただ、コロソービッチさんは、厳しい状況が続く中でも、演劇という形で抵抗を続けていきたいと考え、私たちに力強く、こう語りました。

コロソービッチさん

「ロシア軍が爆撃したからと言って、私たちは不幸で哀れになればいいのですか?私たちは闘い抵抗しなければなりません。マリウポリの劇場は必ず復活すると信じています。劇場はあの場所で発展し創造を続けていくのです」

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