
戦地から奏でる“希望のムジカ” ウクライナと日本の音楽家たち
この夏、日本にいる指揮者の男性の元に、戦禍を生きる11人のウクライナの音楽家たちから演奏が届けられました。
北部チェルニヒウのオーケストラで指揮者を務めてきた髙谷光信さんは、ロシアによる侵攻を受け、散り散りになってしまったオーケストラのメンバーたちとのリモートでの演奏を企画しました。
戦火の下で奏でられた音楽。そこから生み出される“希望”のシンフォニーを動画とテキストで伝えます。
(かんさい熱視線「希望のムジカ」2022年9月2日放送より)
かんさい熱視線「希望のムジカ」
放送:2022年9月2日(金)(NHK総合・大阪)
ドボルザーク交響曲第九番「新世界から」第二楽章
また一緒に音楽をやろう

この演奏を企画したのは、指揮者の髙谷光信さん。大阪の大学を卒業後、単身ウクライナに渡り、ウクライナ北部・チェルニヒウで活動するチェルニヒウ・フィルハーモニー交響楽団で20年間、指揮者を務めてきました。

髙谷さんは、このオーケストラに人生を捧げてきました。
しかし、ウクライナ侵攻後、チェルニヒウは激しい戦闘で街の大部分が破壊されたとみられ、オーケストラメンバーは散り散りになりました。
「彼らが音楽を取り戻す場を作りたい」
日本に戻っていた髙谷さんが考えたのは、日本とウクライナをつないだリモート演奏です。
自分が指揮する曲の映像と楽譜を演奏者に送り、演奏者は、送られてきた楽譜を髙谷さんの指揮に合わせて演奏。その様子を映した映像を集めて、一つの曲にしました。
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高谷さん
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「また一緒に音楽をやろう、これに尽きると思います。僕たちのつながっているものはその音楽なんですよ。一縷(る)の望みなんです」
戦地で演奏を続けるメンバーも
通信状態が悪い中、連絡が取れる仲間はいないか、高谷さんは一人一人探していきました。
連絡を取ることができた、オーボエ奏者のマーシャ。画面の中の彼女は軍服を着ていました。
マーシャは軍事侵攻以来、夫でファゴット奏者のヴァシリーとともにウクライナ軍の音楽隊として活動しています。

ヴァシリー
「音楽に対する思いは変わっていないと思うけれど…」
マーシャ
「以前も音楽を愛していたし、いまも同じように愛しています」
ヴァシリー
「でも、今は、以前、演奏していた音楽とは少し違っているんです」
マーシャ
「私たちは軍事侵攻前どのよう生きてきたのか忘れつつあります」
戦地に赴き、兵士の前で演奏する日々。吹く曲も愛国心を高める軍歌風のものなど、かつてと変わりました。それでも、髙谷さんの誘いに応じ、平和への思いを込めた演奏の動画を送りました。

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マーシャさん
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「今、心を込めて、心の中にあるものを、楽器を通して伝えたいです。いつかすべてが終わり、国や生活、家族の平和が戻ってくる。兵士は家に帰り、人々も家に帰る。この音楽で、穏やかになってほしいです」
学び舎を奪われた学生たち
この企画には、ハルキウ芸術大学の学生たちも参加してくれることになりました。
大学は、すぐ近くの建物にミサイルが打ち込まれ、校舎も被害を受けたため、通常授業ができなくなりました。

大学でチェロを学ぶ、マイヤとイェバの姉妹には、将来オーケストラで演奏したいという夢があります。軍事侵攻直後は国外に避難することも考えましたが、チェロの練習をこれまで通りできる、ハルキウの自宅に残ることを選びました。
ふたりは、家の近くにある廃墟となった学校の前で、演奏することを決めました。

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マイヤさんとイェバさん
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「音楽のない未来は考えられません。いろんなオーケストラで演奏したいんです。これが私たちの夢です。何があっても揺らぐことはありません」
少女が歌声に込めた思い
キーウに残って暮らす12歳のリディアさんは、合唱団のメンバーです。

活発な性格で、人前で歌うのが大好きだったリディアさんですが、侵攻以来、家に閉じこもり、塞ぎ込むようになりました。
合唱団の仲間に誘われ参加することになったリディアさんは、歌声に次のような思いを込めたと言います。

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リディアさん
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「他の国の人たちに伝えたかったんです。戦争とは何か。いま何が起きているのかを」
悲しみを音楽に託して
ウクライナへの軍事侵攻から半年。指揮者の髙谷さんは、40人いたオーケストラのメンバーのうち、連絡が取れたのは、わずか7人でした。
ふるさとや当たり前の日常。
多くのものを奪われ、苦しみや悲しみを音楽に託してきたウクライナの人々。
平和が訪れることを信じ、今日も奏で続けます。

かんさい熱視線「希望のムジカ」
放送:2022年9月2日(金)(NHK総合・大阪)