
硬派な「クローズアップ現代」で“アイドル”を伝える理由
「クローズアップ現代」、8月31日放送回のテーマは、ずばり“アイドル”です。
ことし30年目に突入した「クロ現」。この記事を書くため、改めて番組HPを見てみると、「目指すのは“心に刺さるジャーナリズム”」という文字が。番組では、これまで政治や経済、暮らしに直結する話題などさまざまなテーマを取り上げてきました。
「音楽番組や情報番組ではなく、なぜ報道番組でアイドル?」と思った方もいるのではないでしょうか。同僚からも同じようなことを何度も聞かれました。
「SONGS」でも「あさイチ」でもなく、なぜ「クロ現」で今アイドルを伝えるのか。実はアイドルの現場を見ることこそが、“いまのニッポン”を語る上でも大切なんです!
(クローズアップ現代 「アイドル」番組制作ディレクター)
特別版が12月29日(木)後10:30~(総合)放送決定!
クローズアップ現代 「ジャニーズ、そしてBTS アイドル新潮流 舞台裏を追う」(8月31日(水)放送)
この記事を書いたディレクターの番組です!
番組のきっかけは…アイドルが好きという思い
そもそも今回の放送は、この記事を書いているディレクターの私(入局8年目)と、同期のディレクターが発起人となりました。2人ともふだんは報道畑のディレクター。
最近も新型コロナや経済、ジェンダーなどをテーマとした番組を制作し、音楽番組は新人のときに研修で「のど自慢」の現場を見学したぐらいしか経験がありません。

なぜこの番組を企画したのか。それは、何を隠そう、私たち自身が生っ粋のアイドル好きだからです。
私がアイドルに魅了されたのは、小学生のとき。当時、民放のバラエティー番組で「モーニング娘。」第3回追加オーデションを見て、アイドルの卵たちが一喜一憂する姿にときめきました。
クラスで「辻ちゃん派?加護ちゃん派?」という会話も、光る原石を見つけたのは私…!と一歩引いた目で聞いている、ませた子どもでした。今もオーデション番組は欠かさずチェックしています。
田舎育ちの私は、大学進学を機に上京してからは歯止めがきかなくなり、某アイドルの総選挙の上位30位を評論家並みに予想してみたり、友達に誘われていろいろなコンサートに出向いてみたり…と、男性や女性、国籍を問わずさまざまなアイドルを追いかけてきました。
「なんでそんなにアイドルが好きなの?」と聞かれることが多いのですが、私的アイドルの魅力は、ストーリー性と共感です。
私が語るのもおこがましいですが、アイドルが現在地に到達するまでの歴史や苦労を知ったり、メンバーどうしの友情が見え隠れしたりするほど、アイドルは輝きを増していくように感じます。
私は、圧倒的なカリスマ性のあるセンターよりも、端のほうで悩みながらも見えないところで頑張るメンバーに目がいってしまうタイプ。日々の仕事で上司に怒られたり、上手くいかないことがあったりしても、「あのアイドルも頑張っているんだから、たとえ私は優等生になれなくても、頑張ろう」と自己投影しながら応援しています。
私ほどアイドルに関心がない人でも、街中で流れるアイドルソングをふと口ずさんでしまったり、過去にアイドルが出ているドラマや曲を聴くと当時を思い出して懐かしい気持ちになったり…コロナ禍でもアイドルの曲や言動に励まされている人もいるのではないでしょうか。
憧れのカリスマだったり、会いに行ける身近な存在だったり…。
時代に合わせて音楽シーンを作りあげ、その時代、その時代で輝くアイドル。
まさに、アイドルは「時代の映し鏡」ではないか!というのが私の持論です。
なぜアイドル好きが番組に?
こうした話を酒の席などでまくしたてると、「就職する場所を間違えたんじゃない?」と上司や同僚たちに揶揄されることがしばしばあります。
ふだんはアイドル好きであることを隠し、同じ趣味を持つ仲間たちとひっそり楽しんでいるつもりでしたが…。ある日、そんな姿を見た上司(プロデューサー)から、「好きと言えることを番組にしたら、情熱のこもった、いい番組になるのでは?」と言われました。これが、今回の番組をつくるきっかけになりました。
しかし、アイドルはあくまで趣味として好きなのであって、仕事として関わるのは何か違うし、好きだからこそ客観的に厳しい目を持って仕事ができないのではないか。複雑な心理から、「作りたいです!」とはなかなか言えず・・・。
以下、当時の会話の一部始終です。
いや、いいです。好きなことは仕事にしないって決めているので…
え、なんで?
雲の上の存在と会ってはいけないので…
番組にしたら絶対おもしろいのに。他のディレクターと作ろうかな。
それは嫌です。
誰かがこの番組をやるくらいなら、私が作ったほうが、アイドルに寄り添った番組ができるかも…感情の狭間に揺れ動くこと…数日。同じくアイドル好きな同期と番組を目指すことを決意しました。
しかし、ここから私の悩みはさらに深まることに…。誰を取材してどんな内容にするのか…。
そして何よりもアイドルを通じて私は何を伝えたいのかー
なかなか考えがまとまらず、初めて番組の企画書を書いたのが、パソコンの記録だと去年の9月。その後も試行錯誤を続け、実現化するまでに約1年かかりました。
そんなとき、最近15~24歳のZ世代の間で広がっている、“推し”のアイドルを応援する活動=「推し活」を取材することになったのです。
向かったのは、渋谷109。かつての109と言えば「ギャルの聖地」というイメージが強いですが…、まず目を引いたのが、通称「映え壁」というフォトスポット。かわいらしい壁で撮影をしている女性を複数見かけました。

撮影していた女性が手にしていたのは、アクリルスタンド(通称アクスタ)。話を聞くと、手のひらに収まるアクリル製の小さな“推し”を日常的に持ち歩き、オシャレな場所でアクスタと一緒に撮った写真をSNSに投稿しているといいます。なかでも、この場所は映えると有名なんだそうです。
「推しのグッズが映えそうだったので。推しと一緒に来た的な感じを味わいたいなと」
(SEVENTEENジュン推し・20代女性)
さらに109を見渡すと、テナントの雑貨店には、推しのうちわやアクリルスタンドを保存するさまざまな種類のケースが販売され、アパレルショップにも推しのコンサートでアピールできるよう何色ものリボンが置かれていました。
今や109は、Z世代の間で「推し活の聖地」となっていたのです!

若者のマーケティング研究を行うSHIBUYA109lab.によると、Z世代の女性の8割が推し活を行い、そのうち約5割が推しの存在が“アイドル”であると答えているといいます。
この日、取材をした女性の推しは韓国のボーイズグループのメンバー。「推しはどんな存在?」と聞くと…
「生きていくために楽しむものなので。もう酸素みたいなものですね」
アイドルの存在は「酸素」。なんとインパクトのある言葉。
ファンはアイドルの姿に癒やされたり、励まされたり、一喜一憂したり、この関係性って尊いなと思うとともに、アイドルは不思議な存在だなとも思うようになりました。友達や家族のように慣れ親しんだ間柄ではないにも関わらず、言動に共感したり、身近な仲間に思えるのです。
アイドル自身の持つ人間性に惹かれるファンが多いのではないでしょうか。アイドルには、人の心をつかむ力が必要とされているように思えたのです。アイドルは直訳すると「偶像」ですが、意味を検索すると、「憧れや崇拝の対象となるもの」と出てきます。定義があやふやなアイドル。
「そもそもアイドルって何なんだろう」と考えるようになりました。
番組で、アイドルとは何かを見つめたい
そんなとき、出会ったのが今回の番組で取材することになる、関ジャニ∞の大倉忠義さんのツイッターでした。
去年デビューしたなにわ男子のプロデュースを手がけ、現役アイドル、そしてプロデューサーという2つの顔を持つ大倉さん。去年開設したツイッターに赤裸々な思いが語られていました。
「…僕自身が自分の存在意義を見失っていました。誰の為に、何の為にやってるんだろう?自分は必要とされているのだろうか?…」
(関ジャニ∞ 大倉忠義さんツイッターより)
10代から活動を続け、ことしでアイドル25年目となる大倉さん。“アイドル”とは何か。そして、いまのアイドル業界をどう見つめ、プロデュースをしているのか話を聞いてみたいと思いました。
そんなとき、「アイドルの番組、作ってみなよ」と以前に声をかけてくれた上司(プロデューサー)が偶然にも関ジャニ∞の安田章大さんがMCを務める「もやもやパラダイム」(8月16日に第2弾を放送)という番組を制作していると聞き、相談したのが始まりとなりました。今回のクロ現もその上司がプロデューサーとして制作に関わっています。
またひとつの大きなタイミングにも恵まれました。
グラミー賞にノミネートされるなど世界で人気を集めるBTSを生み出したHYBEの日本法人でボーイズグループのオーデションが始まることを知り、プロデューサーの視点からアイドルを伝える番組にできるのではないかと企画書を書き進めることになりました。
番組への最後の関門は、クロ現 番組統括の壁
クロ現は、随時ディレクターが番組のテーマや内容を番組の統括にプレゼンし、総合的にラインナップが決定されていきます。
「いまなぜこのテーマを取り上げるのか」、「この番組で伝えたいことは」、ディレクターが問われる瞬間でもあります。

そもそも「社会と向き合う報道番組のクロ現でアイドルをテーマにするのは難しいだろうか…」と弱腰だった私ですが…
2月25日、クロ現統括にプレゼンする日がとうとうやってきました。その日の朝は弱気になり、すがれるものはなんでもすがろうと神社に参拝に行くほど…
30分にわたるプレゼンでは、「アイドルへの思い」、「いまアイドルを見つめる理由」をこれでもかと熱弁。
そのあと、クロ現統括からは「熱いね!」という一言とともに、「ジャーナルな目線でアイドルを伝えられるなら…」と意外にも好評な反応が返ってきました。
想像以上の声が後押しになり、番組が動き出しました。
アイドルのその先に…
そして、大倉さんの取材を始めたのは3月下旬。
カメラを回してまず驚いたのが、プロデュースの仕事では基本的にスタッフは同行せずに行動していたことです。取材中に体調不良で一時休養する期間もありましたが、いつも自然体で、アイドル、プロデューサー、そして36歳(当時)の一人の男性として取材に真摯(しんし)に向き合っていただきました。
後輩たちと向き合う姿は、優しさの中に厳しさもあり、まさに理想の上司だな…と何度も思いました。
そして、この記事を書いているのは、8月24日。

放送まであと一週間です。
あしたから試写(制作段階のVTRを上司がチェックすること)が始まるのですが、現時点で出来上がったVTRの尺は35分。VTRだけで放送尺(27分)を大幅に超えてしまいました。
が、どの場面も魅力的で削れない…
上司がこの記事を読んで、怒らずに試写に臨んでもらえることを願いつつ記事を書き終えたいと思います。
番組HPの「目指すのは“心に刺さるジャーナリズム”」という文章を胸に、報道から見つめる“アイドル”。制作が大詰めの8月31日のクロ現、ぜひご覧ください。
クローズアップ現代 「ジャニーズ、そしてBTS アイドル新潮流 舞台裏を追う」
この記事を書いたディレクターが制作した番組は、8月31日(水)午後7:30から放送です!