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性教育

性教育の記事一覧
かに
こちらの記事を読んでいて、男女の身体の違いや成長に伴う身体の変化などの経験を伝えていくだけでなく、教室の中にいる自身と周りの人々との感じ方の違いや考え方の違いを経験していく機会と捉えているところが興味深いです。アイスブレイクと呼ばれるコミュニケーションの手法に近いところがあるのかも。 自身と相手は互いに喜怒哀楽を感じる存在だけど、自身には快と感じても相手にとっては不快と感じることもあるかもしれないし、世間では当たり前に行われていることに対して違和感を持ったり、異なる意見の対立や言葉でうまく説明できない状態が起きたりした時、知っているだけではうまくいかないこと、どのように活用すればいいのか分からないことなどをできる限り減らしていくのも大切なのかなと。
rescue rainbow
ぜひこの問題、やはりお母さん任せにせずお父さんも参加して然るべきですよね。 特に男の子の場合は。 ただ、その前提としてお父さんに知ってほしい事は、性的同意と尊厳だと思います。 今までの知識はフルリセットしてイチから今の情報を吸収してほしい。 刑法改正という点でも間違えば子供を性犯罪者にしてしまいますから、マトモな性教育を受けていない我々お父さん世代の性に関する知識や経験で子供に話すととんでもない事になります。 また、同意や尊重は当然ながら妊娠や出産や中絶など女性側からの視点や事実もお母さんから親子で学ぶくらいが丁度いいのかもしれませんね。 少なくとも、「お父さんが逃げた」は特に男親の場合一番最低ですよ。娘さんの場合は少し配慮すべきかと思いますが、何れもケースバイケースで判断してほしいですね。
永遠の15歳
今回の取材の記事を読んで、自分の今までを振り返ってみるとやはり"同意"を求めずに性的に干渉することが多かったかなと改めて感じました。自分ではなかなか気づかないものだなと実感しましたし、何より相手を不快にしながらも圧力で押し切ってしまうことは、知らぬうちに相手を傷つけているかもしれないということにも再確認させられたなと思います。今回の取材の中では、女性側の立場に立ってお話しされていましたが、男性側からも同じことが言えるのかなと思います。女上司からのセクハラ問題なんかも話題になっていましたし、男女問わず『ノー』と言える雰囲気づくりが大切なんだと感じました
「性暴力を考える」取材班
皆さん、コメントをありがとうございます。 この記事を公開したあと、取材班の周囲から「“いい大人”の世代が認識を見直すことが、本人たちにとっても、他の世代にとっても“生き心地のよい”社会を作ることにつながるのかもしれない」といった感想をもらう機会がありました。皆さんと一緒に「考えるきっかけ」になるような記事をこれからも発信していけたらと思います。ご意見やご感想など、ぜひ聞かせて下さい。
かに
記事の中で「性教育=道徳教育(純潔教育)」というふうにありましたが、今までの教育の中での嫌悪感や抵抗感を感じさせるようなやり方も影響していると思います。 最初は誰でも分からなくて当たり前の状態なのに、男女の身体の仕組みや性病に対する恐怖というような断片的な情報を一方的に押し付けられ、いたずらに不安をあおられたり、ああだこうだとダメ出しをされたりして、自分だけでなく相手を守るという性教育の本来の目的が伝わりにくいかわりに、素性の分からない相手に自身の行動を管理されてしまうのではと錯覚させるような状態になっていなかっただろうか、と考えさせられます。
まりな
私も子供時代、同性の女の子から、人前で私のズボンをずり下ろされた(不幸中の幸いパンティは偶然、落ちなかったけど)事があります。同性からされた事だし、私は相手が無邪気な子供のイタズラをしただけと受け取り、 苛められたとも思ってなかったし、同性から された事だから性暴力をされたんではないと、ずっと思ってました。 だけど最近、高齢の母に打ち明けたら、 「それは性暴力だ。貴女は性被害に遭ったんだ」と母から指摘されて、驚きました。 確かに、恥ずかしい事をされたとは思ってましたが、まさか私が性暴力を受けた被害者だとは自覚してませんでした。
「性暴力を考える」取材班
皆さん、コメントをありがとうございます。 ご自身が被害に遭った時のことについて書いてくださっているコメントも多く、胸が痛みます。いやな思いをした記憶は、そう簡単には消えません。まずは大人が「子どもどうしのことだから・・・」「悪ふざけなのだろう」と受け流さないことが大切だと思います。
くも
小学校低学年のころ性被害に遭い、そのことを母に伝えると「あんたが家に帰るのが遅いからそんな目にあうのよ」という心無い返事が返ってきました。 それ以降も何度か性被害に遭いましたが私が悪いからこんなことが起こるんだと自分を責め続けて生きてきました。 ずっと情緒は安定せず私のせいで人間関係はいつもうまくいかなくなり、最終的に鬱になってしまい今では薬が手放せない生活保護者です。 母とは普段は仲が良く、過去の私の性被害のことも話せるし鬱のことも理解があるので関係は良好な方なのですが時折性被害に遭われた方のニュースを見て、私の前で心無いことを吐きます。 その度に私は傷付き泣きながらそういうことは言ってはいけないと訴えてきましたが、やはり自分ごととは考えてないようで改善されません。
「性暴力を考える」取材班
皆さん、コメントをありがとうございます。 思い出したくもないつらい記憶を振り返りながら、それでも社会に変わってほしい、これ以上性暴力で傷つく人が増えないでほしい・・・との思いでアンケートに答えて下さったかたがたの思いをしっかりと受けとめ、“これから”に確かに繋げていくための発信を続けていきます。 一方で、アンケートや記事、番組などの報道を通じて性被害の傷みにふれたことで、つらい気持ちになったかたもいらっしゃると思います。どうかご自身だけで抱えずに、あなたの傷みを一緒に考えてくれる人とつながってください。各都道府県の性暴力ワンストップ支援センターの連絡先や、ここで相談できることについて【相談窓口】の記事でまとめています。このコメント欄の上部にリンクがありますので、ご参照下さい。
ねこ
性暴力は、その後の人生を大きく変えてしまう事実もあるってことを改めて知りました。実は私も同じ被害に遭いました。それは、男性が強いイメージがあるため、うまく抵抗できませんでした。ただ、怖くて仕方がなかったと思うのですが、ほんとに嫌だとはっきりいうべきだと思いました。今でも男性恐怖症です。
みみ
2023年の夏に配達に来た郵便局員に身体を触られました。痴漢です。調べた所、郵便局員の性犯罪は余り出て来ないので書かせて頂きます。私の様な被害に合わない為にどの配達員に対してもチェーンを掛けて対応して下さい。痴漢の事を話に行ったらその上司には脅されました。だから今まで郵便局員の痴漢の報道が無かったのかもしれないです。
スマイル
私は知り合いの韓国人男性から、騙されて、性的被害に合いました。 韓国の警察にも被害届を出し、陳述もしました。それでも韓国の警察は無責任な言葉だけを私に、伝え連絡ももらえませんでした。 そして私は韓国の弁護士さんにご相談しました。私に、任せてください。貴方は弁護士費用を私に、支払ってくれればいいですと言われ、ほとんどこちらから連絡しないと何も教えていただけない状況が続いています。 生きているのも、辛い思いをしているのに、韓国の警察も、弁護士さんも理解をしてくれません。捜査をしてくれると言いましたが、韓国の警察は捜査もしてくれていないみたいです。韓国の警察は日本の警察と違いがありますか? 悪い事をしている人が普通に暮らしこんなことが私は辛いです どこに相談をしていいのかもわかりません。 国際問題になりますので、韓国の日本語の話せる弁護士にも聞きましたが教えてくれません。
ぽえぽえ
僕の学校はスカートかズボンかを選べる学校。 ただ、女子の目線だと、ズボンを買うのに少し躊躇(ちゅうちょ)がある。 周りからの反応が気になって、最初は買っていなかったけど、いろいろあって買った。 周りの目線に気にならないように、皆んなが僕らみたいな人を理解してくれたらいいと思う。
山椒
私は両親と長々会えない環境に育った事もあり、生理用品や下着の選び方も祖母(私は彼女から宗教や介護を強要された)の世代とジェネレーションギャップがありすぎなのと他の父子家庭等の子も(当時は)自治体からのサポートもない上、性教育冊子がエイズとかの話題一色で知りたい情報とマッチせず困り果てました。 性教育=お母さん任せでお母さんのいない家庭への配慮や児童虐待だの性被害(犯人は私の家庭環境を知っていて暴行されたが、被害を訴えたら「被害妄想」だの「世間体や嫁に行けなくなるから」と言われ泣き寝入り)だのの話題は世間には全然なかった
タイガー
性被害・性加害については女性と男性で保護者の意識がまるで違うと思います。女性の保護者はいつ被害に遭うかと常に警戒していますが、男性の保護者は他人事の方が何と多いか。「うちは男の子でよかった」とまで言われる方も少なくありません。わが子が女性に牙をむくかもしれないということを全く考えていないのです。福祉事業所でも同じです。施設内の利用者同士の性被害性加害の事件について、「仲良くしたくてもそう言えないから許してやって」と被害女性に言って済ませた施設長がいたことを聞いています。障害者男性の性加害について「ありえないこと」「なかったこと」で済まされているような気がします。
「性暴力を考える」取材班
皆さん、コメントをありがとうございます。 “性教育とは何のためにあるのか”ということを突き詰めて考えていくと、お互いがお互いに想像力を持って対等に向き合うすべを知るためにある…ということではないか、と感じさせられます。この記事にある教員志望の学生たちが始めたような“きれいごとではない”試行錯誤を、このページでも皆さんと一緒に続けていきたいと考えています。これからも、思いや考えを聞かせて頂けたら 心強いです。