
ウクライナ人ディレクターが聞く “戦争のある暮らし”
ウクライナにロシアが侵攻を開始して1年4か月。終わりの見えない戦争の中で、一般市民の女性たちは何を思い、どんな暮らしをしているのでしょうか。
ウクライナ人のNHKディレクター、ノヴィツカ・カテリーナが首都キーウやその近郊に住む友人たちをオンラインで取材しました。
見えてきたのは「攻撃の合間にも日々の生活が続く」という、女性たちの“新しい日常”でした。
(「あさイチ」ディレクター 徳田 周子)
ウクライナ出身のNHKディレクターが、故郷の友人たちを取材
ノヴィツカ・カテリーナ(27)は、ウクライナ・キーウ出身。
幼いころから日本のアニメが大好きで、5年前に来日。NHKの国際放送局で主に海外向けのニュース番組のディレクターをしています。

2022年2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻で、彼女と彼女の大切な人たちの人生は一変しました。妹は日本に避難。母と父はキーウに残り、暮らしています。これまで家族4人で祝ってきた新年も、今年は離れ離れで迎えました。
カテリーナ自身は葛藤の末、「日本でウクライナの現状を伝え続けることで、母国のために戦おう」と心に決め、日本に避難している同胞やウクライナにいる人々の取材を続けています。

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ノヴィツカ・カテリーナ (NHK国際放送局 ディレクター)
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「ウクライナに帰って直接家族や同胞を助けた方がいいのか、深く悩みました。『家族や友達、祖国のために何かできているのか』ということは今も、特にウクライナがロシアから激しい攻撃を受けるたびに考えます。でも情報がとても大事な今の時代に、ウクライナの人々の声を日本や世界に伝えることは、自分の使命だと感じています」
今回、カテリーナはウクライナ国内に住む友人たちにオンラインで集まってもらって話を聞きました。事前に『あさイチ』が行ったアンケートに日本の視聴者から寄せられた質問に答える形で、今の暮らしや思いを話してもらいました。
“戦争のある日常”とは?
取材したのは6月2日。キーウではロシア軍による攻撃が連日のように続いていました。子どもを含む市民の犠牲も相次いでいました。
カテリーナは3人の友人に、まず、今どのような日常を送っているのか聞きました。


「はじめに言っておきたいのは、もし途中で身の危険を感じたら、すぐに中断していいからね」

「実は私はきょう、3時間しか寝ていない。防空警報が鳴って爆発もあったから。キーウはこの1か月、ほぼ毎晩そんな感じ」
少し疲れた笑顔でそう話すのは、オリガさん。カテリーナの小中高時代の同級生です。夫と4歳の息子の3人でキーウ市内に暮らしています。

警報が鳴るたびに多くの人々は地下鉄の駅などに避難しますが、オリガさんは最近、避難しなくなったといいます。

「一番近い地下鉄の避難所まで、15分も歩かなきゃいけない。想像してみて。夜中3時に、子どもを抱っこして地下鉄まで歩いて、朝5時頃までそこでじっと待つんだよ。しかも、そのあいだ一睡もできないの。
それなら家の中で、多少安全な廊下に布団を敷いたほうが、まだ少しは眠れるからね。
横になっていると、爆発音やミサイルの破片が落ちる音が聞こえる。『私の家に落ちないで』って祈っているの」
気がかりなのは、戦争が幼い息子に与える影響だといいます。

「息子が起きて、こう言ったの。『ねえ、ママ、またロシアのミサイル?本当にムカつく』。まだ5歳にもならない子が『ムカつく』って。
最近、エミールは『ロシアは弱い~♪ ウクライナはとても強い~♪』と歌うようにもなった。
子どもまで、イライラがつのっているのを感じる。だけど、どうしようもない。いまはどうしようもないの」
車の中から取材に応じてくれたのは、カテリーナの大学時代の同級生、オーリャさん。


「オーリャ、聞こえる?」

「聞こえるよ。私はたまに電波が悪くなるかも。今は田舎の道を走っているから」
オーリャさんはキーウ市内に暮らしていますが、夫とともにロシアの攻撃が少ない西部の街に向かって移動中でした。週末の数日だけでも、静かなところで心と体を休めたいと、11時間も車を走らせていました。

「毎晩、何度も起こされるのも、廊下で寝るのも、もう限界。夜中2時頃まで眠れなくて『また警報が鳴るかも』と落ち着かないの」

「分かる、分かる」

「睡眠も十分にとれず、安全も脅かされて、生きている心地がしない。だから休むことが必要だと思ったんだ。かなり精神的に落ち込むし、仕事の効率も悪くなるし、こんな状態が続くのはとてもじゃないけど『生きている』とは言えないよ」
3人目はカテリーナの大学時代からの友人、アンナさんです。実はアンナさんは5年間、日本に住んでいました。カテリーナと同じように日本が大好きで仲良くしていました。
しかし、アンナさんは「私はウクライナのために何もしていない。日本で生きるより、ウクライナに帰るほうが役に立てる」と思うようになり、悩んだ末、去年12月に日本を離れ、現在はキーウ近郊にある実家で家族と暮らしています。


「アンナは安全なところに行こうとは思わない?」

「思わない。自分のふるさとで暮らすために、ウクライナに戻ってきたんだから」

「日本からウクライナに戻ったことは、後悔してない?」

「後悔はしていないかな。今ここにいて、精神的に落ち着いているよ。今は家族と同じ気持ちでいられるから、とてもほっとする。
日本にいたときは家族のことを心配して、自分を責めていたの。『みんな毎日危険と隣り合わせで大丈夫かな。私だけ安全なところにいて、何もしてあげられない』ってね」

攻撃が続く中、変わる心や価値観
攻撃にさらされる毎日が当たり前になる中、3人はこれまでの感覚や価値観が大きく変わったといいます。

「よくないかもしれないけど、こういう状態に慣れてしまった。私たちにとっては、これが“新しい日常”。夜はミサイル攻撃があって、朝が来ればふだんの生活に戻るんだ。
攻撃と攻撃の合間に、普通の人生が続いているの」

「今まで問題だと思っていたことは、全然たいしたことではなかったって気づいたよ。例えば、仕事が間に合わないとか、誰かとケンカしたとかいうことはね。
本当の問題は自分や家族の命が常に危険にさらされていること。それから『死』についてのとらえ方も変わった。前は、映画などの影響で、死は抽象的でロマンチックなものとさえ思っていた。
いまは『死』と聞いても恐怖しかなくて、全くロマンチックではない。だって誰かがミサイルを発射すれば、私の命は簡単に奪われるんだから」

「家族とのつながりを今まで以上に感じるようになったと思う。前は自分のために生きる気持ちのほうが強かったから“誰かのサポートは必要ない、自分の足で歩ける”と思っていたの。この戦争が始まってから、大事な人たちとの繋がり、家族や友達をもっと大切に感じるようになった」
戦時下の暮らしの中での“癒やし”
命の危険と隣り合わせの戦時下の暮らしが続く中、3人はどのように安らぎを得ているのでしょうか。

「オーリャはどうやって気持ちを落ち着かせている?」

「気持ちが落ち着くように、最近は毎日散歩しているよ。家の周りやキーウ市内の公園にもよく行っているかな」

「アンナは何に幸せを感じる?」

「毎週日曜日にキーウで生け花を習っているの。生け花をしている時間は目の前の作品だけに没頭できる。周りの世界が消えていくような感覚になるんだよね。気持ちの切り替えができるのがうれしいんだ」


「オリガは何に喜びを感じている?」

「息子を幼稚園に迎えに行って一緒に帰る時に、息子にはアイスクリームを、私にはカフェラテを買って、ゆっくり歩く時間かな。いまこの瞬間はもう2度と戻って来ないからね」

プーチン大統領やロシアの人々に対する本音
視聴者のみなさんからは「戦争を続けるウクライナ政府の選択を支持していますか?」「戦争が終わったら、ロシア人とわだかまりなく交流できるか?」など、戦争が続くことについての考えやロシア人への感情について問う質問も届きました。
こうした踏み込んだ質問にも3人は本音で答えてくれました。

「日本の視聴者からの質問です。『みなさんは大変な状況にありますが、抵抗を続けるウクライナ政府を今も支持していますか?』」

「まず、私たちの置かれている状況を想像してみてほしいんです。例えば、もしアパートの隣の部屋の人が、ある日突然ドアを蹴破ってあなたの部屋にやってきて『ここはあなたの部屋じゃない、私の部屋だ。私は今日からここに住む』と言いだしたら?そしてあなたの冷蔵庫の中のものを全部食べて、あなたの妻をレイプして、あなたの子どもを奪ったら?これが私たちの置かれている状況です。
あなただったらどうしますか?「どうぞどうぞ、アパートをお譲りします、なんでも使っていいですよ」っていうわけにはいかないでしょ?
私たちの家、私たちの国、私たちの歴史を諦めるわけにはいかないの」

「(ロシアに)抵抗する道を選んだのは政府じゃなくて、私たち自身だよ。
ロシアは私たちが大切にしてきた文化やウクライナ人としてのアイデンティティまで否定している。こんな仕打ちは不条理すぎる。だから私たちは戦っているんだよ」

「でもそれより『命を守り、生き延びるほうが大切』という考え方はない?」

「ロシアは私たちを生かしてはくれない!私は一時期、ロシアに占領された村にいたの。その時、ロシア兵たちが行った恐ろしい暴力について、みんなが話しているのを聞いた」
3人の怒りの矛先は、ロシア軍やプーチン大統領だけでなく、一般のロシア国民にも向かっていました。

「多くの海外メディアは、いまだに『これはプーチンの戦争だ』と書いている。実際にはそうではないはず。誰にでも選択肢があると思う。
ロシア人は戦場に行くことを余儀なくされたとしても、そこで女性を襲ったり、民家を銃撃したり、SNSにうれしそうなコメントを書いたりすることは、誰かに強いられているわけではないでしょ。
だから私は『ロシアとウクライナの戦争は、あくまでプーチンの戦争なのだ』と言われると、憤りを感じるの」

「こちらも日本の視聴者からの質問です。『戦争が終わったら、またロシア人と会話できると思いますか?』」

「いいえ。どうコミュニケーションをとればいいの?第2次世界大戦の例を見ると、まあ、3世代くらい後には可能になるかもしれないけど。でも、私たちの世代も、私たちの子どもの世代も100%無理だと思う」
オリガさんは軍事侵攻をきっかけに、ロシアに住んでいる従兄(いとこ)と関係が悪くなってしまったといいます。

「侵攻開始後に従兄(いとこ)から電話がかかってきたの。彼は『早く荷物をまとめて、俺たちのいるロシアに来い』と。『ゼレンスキーはピエロの大統領だ』とか『ロシア兵は軍事目標しか攻撃していない』と言い始めたの!
私は彼に『あなたは何にも分かっってない』と言った。それから、私たちは罵(ののし)り合いになって、私は彼に『今後あなたはウクライナに親戚がいることは忘れてちょうだい。もうメールも電話も、お祝いの挨拶もしなくていい。私も連絡しない。あなたの存在も忘れることにするから』と言ったの」
ウクライナの誇り…美しい自然と文化
この1年、世界で報じられるウクライナに関するニュースは戦争一色。
カテリーナは、ウクライナについてもともとあまり知られていなかったところに、がれきのイメージが強くなってしまって残念だと感じています。
3人の友人に、彼女たちが誇りにしているウクライナの魅力的な自然や文化について聞きました。

「ウクライナで一番好きな場所はどこ?」

「好きな場所は、いま私が向かっているところ、ウクライナ西部にあるカルパチア山脈。ここは私の心のオアシス。心も体も充電できて、力が湧いてくるの。緑が豊かなとても美しい風景があり、川があり、さまざまな木がある。ウクライナの山々はありえないほど美しいよね」



「ウクライナと言えば畑よね。車で畑を走っていると、あらこちでコンバインが動いていたりトラクターが走っていたりするのが見える。それが美しいの!本当に穏やかさが感じられる場所なので、ここが好きなの。私は都会に住んでいるけれど、ウクライナの本当の姿を忘れることはないと思う」


「自分の家も、畑も、誇りに思えるようになった。前は『出身はどこ?』って聞かれたらキーウと答えていたけれど、今は『バリシウカ村です』と言えるようになった。
ステップ(平原)では地平線の果てが見えず、空はとても大きく、その広がりは信じられないほどで、日本のみなさんはきっと驚くと思う。戦争が終わったら友人たちをみんなウクライナに招待したい」


続いて、ウクライナの人々が大切にしている文化について聞きました。
オーリャさんのイチオシは、ウクライナの民族衣装、ヴィシヴァンカ。襟や袖の刺繍が特徴です。


「私たちの民族衣装ヴィシヴァンカは魅力的だよね。地域によって刺繍の模様が異なるの。その歴史や背景は信じられないほど奥深い。すべてのモチーフや色には、一つひとつ意味が込められている。本当に美しい。」
アンナさんが教えてくれたのは、知る人ぞ知るウクライナ文化。

「コシウの陶器」

「何々?私も知らない。教えて」

「本当にステキなんだよ!」
コシウ陶器はウクライナ西部の街、コシウで作られる伝統的な陶器で緑、黄色、茶色の3色で彩られているのが特徴です。2019年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。


「うちのおばあちゃんもそういう水差し持ってる」

「(コシウ陶器は)私は国の宝物だと思う。みんなに買ってもらいたいな」
いま抱いている夢
戦争が続く中、今、あるいは将来に向けて、どんな夢を抱いているのか尋ねました。

「ウクライナが勝利したら何をしようかなって考えてみたの。まずはスパークリングワインのボトルを買って、お祝いしたい。それから、夫と一緒にどこか海外に旅行したいかな」

「日本の友達や、日本で出会った他の国の友人達をみんなウクライナに招待したいな。キーウを見せてあげたいの。私は再びキーウにほれ直しました。みんなに見てもらいたいな」

「まず、『戦争はもう終わった』と認識したい。常にストレスを感じる生活に慣れきってしまっているので、家庭に平和が訪れたことを実感したい。
それから、ぜひ国内を安全に旅行したいな。私はどうしてもクリミア※に行きたい。戦争の中で色々と考えを見直したもの、新しく認識し直したウクライナを旅してみたいし、新鮮なものとして目に映ると思う」(※2014年にロシアが一方的に併合)
日本のみんなに伝えたいこと
最後に、日本の人たちに向けてメッセージをもらいました。

「ウクライナが絶え間なく攻撃されていることに、世界のみなさんには慣れてしまわないでほしいんです。亡くなったのが1人だとしても、その命が奪われたことは決して見過ごされてはなりません。
安心して眠れないことも苦しいです。これまでどおりの生活を送れないことも苦しいんです。そうした苦しみが今この瞬間も続いていることを、どうか忘れないでほしい。
そして、いつも思っていて伝えたいのは、軍の人も、私のように、街を歩いている普通の人たちだということです」

「私たちのことを『哀れな犠牲者』『かわいそう』とは思わないでほしい。
私たちは皆さんと変わらない普通の人々で、ただ自分や故郷を守っているだけ。そんな私たちのことを少しでも理解していただき、私たちが1日でも早く勝利を勝ち取って、夢のある幸せな生活に戻れるよう、応援してほしい」

「日常的に考えることは、みんな同じだと思う。夜ご飯は何にしよう?息子は来年小学校にあがるから、彼の性格に耐えられる先生を探さなきゃとか。
戦争のことを忘れることはないけど、ちょっとだけでも忘れたとき、いけないことをしたように感じます。時々私は絶望して、泣きたくなります。未来のことを考えられないけど、子どもがいるから、考えなきゃいけないんです」
友人たちの話を聞いたカテリーナも、日本の人たちにこれだけは伝えたいと話してくれました。
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カテリーナ(NHK国際放送局ディレクター)
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「3人と話して気づいたのは、彼女たちが日頃考えていることは日本のみなさんとあまり変わらないということです。「夕ご飯は何にしようか」とか、「子どもをどんな小学校に行かせようか」とか。ただその“普通”の考えの裏には必ず「でも今は戦争だから…」というフレーズがついてまわります。
彼女たちは女性、妻、母であると共に戦争下で生きる人たちであるということを悲しく思います。彼女たちは今、自分を戦争から切り離せないのです。オリガが「戦争のことをちょっとでも忘れたら、いけないことをしたように感じる」と言っているように…。
私は彼女たちの話を聞いて、日本の皆さんにもウクライナで起きている戦争について忘れないでほしい、とあらためて思いました。彼女たちの存在、ウクライナ人の存在についてどうか忘れないでください」
ウクライナの女性たちを取材して
今回、カテリーナを通じてウクライナ国内で暮らしている女性たちの声を直接聞かせてもらったことで、あらためて、“戦争のある暮らし”について、自分の想像が及んでいなかったことを痛感させられました。
「防空警報が鳴り地下鉄の駅に避難する人々」のニュースを聞いたことがあっても、オリガさんのように、夜中の子連れの避難を諦めざるを得ない人がいること。オーリャさんのように、心と体を休めるために、11時間も車で移動する人がいること…。アンナさんも言っていたとおり、命や家を奪われることだけではなく、「眠れないことも、これまで通りの生活を送れないことも苦しい」という切実な声をもっと伝えていきたいと思いました。
そして、オーリャさんの「私たちは哀れな犠牲者ではない、自分や故郷を守る普通の人々だ。私たちのことを少しでも理解してほしい」という言葉が特に強く印象に残りました。彼女の言葉からは、ロシアに攻め込まれて気の毒だと同情されることよりも、大きな犠牲を払いながらも守ろうとしているものは何であるのか、ウクライナ人の価値観に耳を傾けてほしい、という訴えであるように感じました。
日本から8,000km離れた国ウクライナ。今、私にとってウクライナは「カテリーナとオリガとオーリャとアンナの国」、行ったことはないけれど、近くに感じる国になりました。この記事を通じて、同じように感じてくれる方が一人でもいらっしゃればうれしいです。
【関連番組】あさイチ『カテリーナが届けたい ウクライナのリアル』
2023年6月28日(水)8:15~9:54
※放送後1週間、見逃し配信(NHKプラス)でご覧いただけます。