
医療費ダウン、街も明るく! “男性目線”変えたスウェーデン
ジェンダー平等の先進国・北欧のスウェーデンでは、多様性に配慮した街づくりが成果をあげています。理由はシンプル。“男性目線” が多かった意思決定の場に “女性の目線” が入ったこと。大臣や国会議員、市議会議員もおよそ半数が女性。さまざまな政策や施策が、男女平等の視点で見直されてきました。
その結果、社会全体にとって良い変化が起きているというのです。実際の様子を取材してきました。
(報道局政経国際番組部ディレクター 宣 英理)
【関連番組】NHKスペシャル「“男性目線”変えてみた 第2回 無意識の壁を打ち破れ」
2023年4月30日(日) 総合 夜9時~放送
※放送から1週間は、NHKプラスで見逃し配信をご覧いただけます。
“怖くて外出できない” 女性の声を取り入れた街づくり
スウェーデンでは全国の自治体に男女平等を推進する専門の部署が設けられ、幅広い分野で “男性目線” の見直しが進められています。
北部の都市ウメオで行われているのは、公共空間の見直しです。例えば鉄道の下を通るトンネル。以前は暗くて狭く、昼間でも通るのに勇気がいるような場所でした。


今では写真のように広くて明るいトンネルに刷新されました。出口を複数つくったり壁をアートで装飾したり。安心して利用できるような工夫もされています。
同じようにバス停も見直されました。夜でも安心してバスを待てるよう、明るくて開放的な空間にリニューアル。

寒さをしのぐための風よけにも工夫が施されました。足元は隠れないようにすることで、外から見ても人がいることがわかるようにしたのです。利便性と安全性のどちらにも配慮したデザインが実現しました。
このような取り組みを進めた背景には、女性たちの心理的な不安を解消する目的があります。
自治体が2019年に行った調査では「誰かに襲われることを恐れて外出を控えることがある」と答えた人は、男性はわずか4.4%だったのに対し女性は34.6%でした。公共空間の安全性を高めて、女性たちも暮らしやすい街づくりを目指したのです。
公共空間で “見えない存在” だった女性たち
ウメオでは、公園を新しくつくるときにも女性たちの声を積極的に取り入れました。
それまでスケートパークなど体を動かすことができる公園がありましたが、利用者の多くは10代から20代の男性。女性の利用はほとんどありませんでした。
そこで自治体は新たな公園をつくるにあたり、10代の女性たちを集めたワークショップを主催。

どんな公園があるといいのか意見を出し合う機会をたびたび設け、企画から関わってもらうようにしたのです。
その結果これまでにない公園が生まれました。

公園の中央に設置されたのは、円形のベンチ。安心してくつろげる空間がほしいという女性たちからの要望でつくられました。備えられたスピーカーにスマートフォンを接続すると、自由に音楽を流すこともできます。

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アニカ・ダレーンさん(ウメオ男女平等戦略開発担当)
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「これまで公共空間では女性たちは “見えない存在” になっていました。そこで私たちは意識的に女性たちの声を反映させるようにしているのです。公共空間において、男性に比べ女性はより強い不安感を持つことが調査で明らかになっています。そのため、たとえば公園では植栽の後ろに誰かが隠れているのではないかと不安を抱くようなデザインにしてはいけないのです」
昔からの慣習で残ってきた “男性目線”
若者の健康施策では、昔からの慣習で残ってきた “男性目線” が見直されました。

ウメオでは、スポーツ施設の利用時間は男性が優先して希望した時間を利用できる仕組みになっていました。かつてスポーツ人口の大半を男性が占めていたころのルールが、そのまま残っていたのです。
この仕組みを問題視。スポーツクラブに対し自治体が利用時間を直接割り当てるようにして、男女の利用時間が公平になるよう仕組みを改めました。

すると今では女性のスポーツ人口が大幅に増え、男女がほぼ同数に。女性たちのメンタルヘルスや学力の向上にもつながっているといいます。

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ステーファン・ヒルディングソンさん(ウメオ スポーツ施策担当)
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「以前は男性たちが有利な状況が当たり前だったため、女性にも公平にスポーツの機会を提供するための施策を進めようとしたところ当初は反発も多くありました。しかし今ではその重要性が理解され、当たり前の日常として受け入れられるようになっています」
“男性目線” の除雪を見直したら、医療費まで削減
意外なところの “男性目線” に着目し、思わぬ効果が生まれた自治体もあります。スウェーデン中部にある人口3万の都市カールスクーガが見直した “男性目線” は、除雪の順番です。

それまで自治体では車道を優先して除雪していました。
ところが住民たちの暮らしを観察すると、あることに気づきました。男性は通勤で車を使うことが多いのに対し、女性は子どもの送り迎えや買い物などのため徒歩や自転車で移動する人が多かったのです。

そのため女性たちからは「雪の日には外出できない」「滑って転んでケガをする」という声が多く聞かれていました。

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ボッセ・ビョルクさん(カールスクーガ社会計画長)
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「車道を優先して除雪をすると車は雪の当日でも問題なく走ることができましたが、一方で歩道や自転車道を除雪するのは次の日になることもありました。これまで行ってきた除雪の方法が本当に正しいのだろうか?と疑問を持ちました」
ビョルクさんは、除雪を統括する道路管理担当者や市議会議員たちと話し合うことに。この状況をどのように変えるのか議論を重ねました。
20年にわたって除雪をとりまとめてきた当時道路管理担当だったレングマンさんは、自らの “男性目線” に気づかされたといいます。

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スティーグ・レングマンさん(元カールスクーガ道路管理長)
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「とにかく車道を優先しなくてはいけないと思い込んでいました。自転車で職場に行く人、ベビーカーを押しながら歩く人、そんな立場の人たちのことをそれまで考えたことがなかったのです。あのときの議論で初めて気づきました」

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リセロット・エリクソンさん(元カールスクーガ執行委員会副議長)
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「私たちの町には、保育園に子どもを預けて働く女性が大勢いる職場がいくつもあることに気づきました。地域の診療所や介護施設です。このような施設は雪が降っても業務をする必要があります。大企業の社長である男性なら車で移動できますが、こうした職場で働く女性たちはそうではありません。私たちにとって大きな気づきでした」
見直されることになった除雪の順番。朝一番に除雪するのは、保育園や学校の周りです。

次に、歩道や自転車道。

そして女性が多く通勤する職場の周りを、優先的に除雪するようにしたのです。
以前は外出することができないこともあった女性たちの生活は一変しました。
アンナ・ルンドベックさんは5人の子どもを育てながら、大学で医師として働いています。朝、自転車に乗って2人の娘を小学校まで送った後、病院へ出勤するのが日課です。

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アンナ・ルンドベックさん
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「私にとって一番いいことは、時間を節約できることです。自転車の代わりに車で行くとなるといつも以上に時間がかかるので早く家を出なければならないし、子どもたちも早起きをしなければなりません。歩道や自転車道が優先的に除雪されることは、本当にありがたいです」
この取り組みは思わぬ効果を生みました。転倒事故が大幅に減り、医療費の削減につながったのです。

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オーサ・アードリアンソンさん(スウェーデン地方自治体協会)
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「除雪の順番を見直したこの取り組みは、転倒事故を減らすことに貢献しました。私たちは調査から、全国で同じような成果が出せた場合130億円の医療費を削減できると試算しています」
除雪の取り組みは今ではスウェーデン全土に広がり、海外からも注目を集めています。
世界に先駆けてジェンダー平等に取り組んできたスウェーデン。男女平等庁のペーター・ヴィクストロムさんは社会に根付いてきた “男性目線” を見直すことは、女性はもちろん男性や子ども高齢者などさまざま人々や社会全体にとっても良い結果をもたらしているといいます。

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ペーター・ヴィクストロムさん(男女平等庁)
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「スウェーデンでは、男女平等を進めることは女性にとってより良いものにするという視点を持っています。しかしそれだけではなく、社会全体にとっても良いことであり有益であると考えています。表面だけを見れば女性にとって不利ではないと思われる政策も、細かく分析すると男女に異なる条件が生まれていることが少なくありません。男女平等の視点を持ってさまざまな側面から調べることがとても重要なのです」
取材を通して
スウェーデンではさまざまな政策や施策を男女平等の視点で見直す取り組みが、20年以上前から進められてきました。取材先の人たちが口をそろえて言っていたことに、私ははっとさせられました。それは、医療費の削減など経済的な効果も生まれていますが、それがいちばんの目的ではないということです。たしかに国や自治体にとって良いことではあるけれど、重要なのは社会を構成するさまざまな人たちの存在を誰1人取りこぼさないということです。意思決定層が多様になることで誰もが暮らしやすい社会になる、そんな取り組みが広がってほしいと感じました。